2018年4月5日木曜日

記事紹介|代謝なくして創造なし

経営において本質的に大事なことは、たったひとつ。

それは、会社が「生きている」ことである。

「生きている」とは、ただたんに存在することではない。

会社全体が大きな熱を帯び、理詰めで考え、行動し、新たな創造に向かって社員たちの心が奮い立っている。

「生きている会社」とは、そういう会社だ。

生きていさえすれば、目の前にどんな困難が待ち受けていても、きっと未来を切り拓いていくことができる。

生命体としての力強さが、会社という「生き物」の価値を決める。

「GAFA(ガーファ)」と呼ばれるアルファベット(グーグル)、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コムなど、米国西海岸のIT企業が世界を席巻し、躍進しつづけるのは、たんに彼らの先見性や高い技術力だけが理由ではない。

彼らは世界のどの会社よりも挑戦をしつづけ、新たな価値を創造している。

「デーワン(1日目)」の初々しくもフレッシュな気持ちと行動を忘れずに、「生きている会社」でありつづけようと、懸命に努力をしている。

一方、日本にいま、どれほど「生きている会社」があるだろうか。

挑戦しつづけ、実践にこだわり、創造に燃えている会社がどれだけあるだろうか。

現実を見れば、挑戦よりも守りに終始し、実践よりも管理に走り、創造ではなく停滞に沈んでいる会社がじつに多い。

会社としては存在していても、実体は「死んでいる」。

大志や理想を脇に置き、目先の利益やROE(株主資本利益率)といった経営数字に振り回され、いつの間にか数字だけを追いかける日本企業が増えていることに、私は大きな危さを感じている。

会社を、数字だけで「いい」「悪い」と安易に判断してはいけない。

最も大事なのは、その会社が「生きている」か「死んでいるか」かである。

「生きている会社」とはどういう会社を指すのか。

それは次の言葉に集約される。

《絶え間なく挑戦し、絶え間なく創造し、絶え間なく代謝する会社》

「生きている会社」とは、未来を切り拓こうとする明確な意思をもち、常に自己否定し、挑戦しつづけ、実践しつづけ、創造しつづける会社だ。

しかし、それだけでは足りない。

じつは、「生きている会社」でありつづけるための鍵は「新陳代謝」にある。

会社は、よく見れば、いらないものだらけである。

新たなものを創造しようと思えば、「捨てる」「やめる」「入れ替える」をタイムリーかつ大胆に行わなければならない。

私たちは、ともすると「つくる」ことばかりに目が行きがちだ。

だが、つくったものは、やがて陳腐化し、価値を失っていく。

古くて価値を失い、凡庸になったものをどう処理するのかは、あまり前向きな仕事のようには思えない。

しかし、じつは本当に大事なのは、創造ではなく代謝なのだ。

創造に長けている会社は、新陳代謝にも長けている。

「創造戦略」と同時に、「代謝戦略」を明確にし、「捨てる」「やめる」「入れ替える」を適切かつ大胆に実行している。

儲からなくなった事業を捨てる、価値のない仕事をやめる、意味のなくなった組織を撤廃する、人を思い切って入れ替えるなど、新陳代謝することに躊躇がない。

代謝を戦略的かつ前向きなものと捉えている。

一方、「死んでいる会社」は著しく代謝が悪い。

老廃物を捨てることができず、新たな栄養分を取り込むことができない。

流動性が低く、会社全体が沈滞し、澱んでいる。

代謝なくして創造なし…。

「生きている会社」になろうと思えば、思い切った代謝が不可欠なのである。


城野宏氏の提唱した「脳力開発」で言うなら、

「生きている会社」とは、現状打破の姿勢の会社。

「死んでいる会社」とは、現状維持の姿勢の会社。

現状打破とは、常に進歩発展を願い、よりよい未来を目指して、たとえ少しでも一歩前に具体的に行動する。

現状維持とは、現状に甘んじ、いつもグチや泣き言、不平不満や文句を言い、まわりのせいにして、結局は動かない。そして、「困った」「出来ない」「難しい」が口癖。

現状打破の姿勢の人は、明るく、朗(ほが)らかで、のびのびとしていて、「愉(たの)しみの人生」をおくる。

現状維持の姿勢の人は、暗く、湿っぽく、いじけて、「嘆(なげ)きの人生」をおくる。

愉しみの人生をおくる人には、他人の利益もはかる姿勢がある。

嘆きの人生をおくる人には、自分だけよければいいという姿勢がある。

他人の利益をはかる姿勢の人には、人が集まり、協力する人が次々現れる。

自分だけよければいい姿勢の人には、憎しみ、バカにする、尊敬しないといったタイプの人々が集まる。

つまり、現状打破の人は、常に「主体的にやる姿勢」があり、現状維持の人は「他人(ひと)頼りの姿勢」がある。

これらのことはすべて、会社の姿勢としても同じ。

生きている会社を目指したい。

生きている会社|人の心に灯をともす から

2018年3月30日金曜日

記事紹介|感性

あなたといると月が綺麗ですね 夏目 漱石

「I love you」という言葉を夏目漱石が訳したらこうなったそうです。

AIが発達して自動翻訳が発達しても、文章の意味そのものは理解しないAIがこうした表現を自分から紡ぎだすことは不可能でしょう。

ここに人間らしさがあるのだと思います。

直訳は、知識を与える行為で、漱石の訳は、心を教えている行為と言えるのではないでしょうか。

「雪が融けると何になりますか?」という質問に

「水」ではなく、「春になります」

と答えられる感性に通じますね。

意味|今日の言葉 から

2018年3月29日木曜日

記事紹介|失敗とは人間を立ち止まらせ、その人生を考えさせ、チャンスを探させる、成功の前兆なのだ

業種に関係なく、あなたは常に無限のチャンスがある。

型にはまった考え方を捨て、新しいものとかかわろうとする人々は、物質的に満たされるだけではなく、自分の仕事のなかに多大な喜びと満足を見出すことができる。

もしあなたがチャンスを待って、言い訳に言い訳を重ねているのなら、いずれは「もう年をとりすぎた」という最後の言い訳にたどり着くであろう。

この世を去るその日まであなたは、世界は自分に背を向けていて、自分の才能はふさわしい評価を得ず、成功した人たちは単に「運」や「まわりの力」に恵まれていただけなのだと考えつづけるであろう。

億万長者とあなたとの間にあるただ一つの差異は、「自身の姿勢」なのだ。

あなたは自分自身にとって、最も質が悪く手ごわい敵になりうるのだ。

「この世のどんな力も、あなた自身ほど、あなたの成長を確実にそして容赦なく妨げることはできはしない」

自分の無限の可能性を理解し、チャンスをつかむことは自分の当然の権利なのだと気づいたなら、ただ前に進めばいい。

1809年、ケンタッキーにある赤ん坊が生まれた。

父親は貧しいうえに、浮浪者であった。

母親は子どもが9歳のときに他界した。

すべてのチャンスは待っているだけではなく、自分で探さなければいけないと言い残して。

父親が反対し、彼は本を読むことも許されなかった。

彼の名はアブラハム・リンカーンといった。

「探せ、さらば見つけられるだろう」という言葉は、人は何であれ、まず探さなければそれを手に入れることはできない、という意味である。

待て、されば訪れるだろうとは意味が違うのである。


『ある父親が息子の通信簿を見て、そのあまりの劣等生ぶりに愕然とした。

父親は息子に法廷弁護士になってもらいたいと考えていたが、校長はその可能性はまったくないと断言した。

少年は落伍者だった。

そう、この人物こそウィンストン・チャーチルである。

彼は法廷弁護士にはならなかった。

ただ英国史上最も偉大な指導者の一人となったのである。

挫折は彼に大志を抱かせた。

奇妙に聞こえるかもしれないが、失敗とは人間を立ち止まらせ、その人生を考えさせ、チャンスを探させる、成功の前兆なのだ。

失敗の数が多いほど、未来の成功への可能性は高くなるのだ』

松下幸之助翁は、「子どもの頃は貧乏で一家離散、 病気がちで体が弱く、学歴もない(小学校中退)人だった。でも、だから成功できた」という。

貧乏、病気がち、無学歴、という3つの困難があった。

並の人間なら、そのうちの一つでもあったら、ペシャンコになってしまう。

それを乗り越えたがゆえに、大きな仕事を成し遂げた。

これは、リンカーンも、チャーチルも同じ。

だからこそ、人はみな、無限のチャンスを持っている。

「失敗とは成功の前兆である」、という言葉を胸に刻みたい。