2008年2月18日月曜日

教育振興基本計画

中教審分科会が他部会に「檄文」「大学予算も考慮を」 (2008年2月9日付朝日新聞)

教育基本法の改正を受けて教育振興基本計画作りを進める中央教育審議会(文部科学相の諮問機関)の特別部会に対し、同審議会の大学分科会が8日、「檄(げき)文」を送った。

中教審内の会議が、別の会議の審議に強い調子で異議を申し立てるのは異例。
小中高校の予算が増えるのに対し大学関係の予算が減らされていることもあり、分科会の議論では毎回、「特別部会の議論は小中高校の教育に偏っている」という意見が出ており、こうした不満が爆発した形だ。

檄文は、大学分科会長の安西祐一郎・慶応義塾長ら特別部会委員も兼ねる4人の連名で出された。
「先進諸国が大学への投資を競い合うように伸ばしている現実を無視するのは、鎖国的発想と言わざるを得ない」などと、強い調子で特別部会の議論を批判。
檄文とともに、25年までに現在の大学への公的支出2.6兆円の倍増が必要などとする提言も送った。

特別部会は、こうした委員間の意見調整や、5年後の教育の姿を示す数値目標をめぐる文科省内の調整が難航。
基本計画の閣議決定は、同省が目標とする07年度内からずれこむ見通しとなった。
特別部会長の三村明夫・新日鉄社長が「年度内は無理」と述べた。


上記報道の詳細については、まだ、文部科学省から議事録や会議資料が公表されていませんのでよくわかりませんが、このたび、文部科学省高等教育局から配信された高等教育政策に関する情報メルマガ(2008年2月15日号)により次のような概要を把握することができます。

教育振興基本計画特別部会(第12回)-答申に向けて重点事項を審議、大学関係4委員が意見書を提出-

去る2月8日に中央教育審議会教育振興基本計画特別部会(部会長:三村明夫・新日鐵代表取締役社長)が開催されました。

特別部会では、
1)答申の構成案(素案)
2)今後10年間を通じて目指すべき教育の姿(素案)(第2章に相当)
3)今後5年間に特に重点的に取り組むべき事項(素案)(第3章(2)に相当)
等について事務局から紹介の上、議論が行われました。

1)では、
  • 第1章 我が国教育の現状と課題-「教育立国」の実現に向けて-
  • 第2章 今後10年間を通じて目指すべき教育の姿
  • 第3章 今後5年間に総合的かつ計画的に取り組むべき施策
  • 第4章 施策の総合的かつ計画的な推進のために必要な事項
といった大枠が示されました。

高等教育に関しては、2)今後10年間を通じて目指すべき教育の姿として、
「社会を支え、発展させるとともに、国際社会をリードする人材を育てる」(1)高等教育や大学等における教育の質を保証する、(2)世界最高水準の教育研究拠点を重点的に形成するという目標を掲げています。

また、3)今後5年間に特に重点的に取り組むべき事項として、
主に「大学等の教育力の抜本的強化と質保証」、「大学の国際競争力の飛躍的向上」を示しています。

意見交換に先立ち、当部会と大学分科会を兼務する安西祐一郎慶應義塾長、郷道子お茶の水女子大学長、金子元久東京大学大学院教育学研究科長、木村孟独立行政法人大学評価・学位授与機構長の連名による「教育振興基本計画の在り方について-『大学教育の転換と革新』を可能とするために-」と題する意見書が紹介されました。

会議では、郷委員から4委員を代表して以下のとおり意見書に関する説明がありました。

大学分科会では、教育振興基本計画特別部会の対応につき、安西分科会長へ一任する手続きをとっており、当該意見書は、これを受けてまとめられたものです。
  • 意見書は、(1)意見提出の趣意書、(2)「大学教育の転換と革新(2025年に向けた展望)」と題する提言、(3)バックデータや概念図の3つの内容から構成

  • (1)では高等教育の将来に対する危機感、大学関係者自身の粘り強い努力とともにそれを支える財政措置が不可欠であるとの認識を表明

  • (2)では、厳しい財政事情や大学の実情を踏まえ、約20年後の2025年を展望し、「大学像と学生」、「大学システム」、「アクセスと進路選択」、「教育条件」、「質保証の体制」に関する5つの項目にわたって提言。教育振興基本計画の第1期(2008~2012年度)を「転換の始動」、第2期(2013~2017年度)を「転換の加速」、第3期及び第4期(2018年度~)を「転換の完成、革新の実現とその持続」と位置づけ、現在2.6兆円程度の公財政支出を5兆円以上に拡大していくことにより5つの提言を実現していくことを提唱

  • 2025年の姿として、多くの社会人や留学生を含む約380万人の学生に対し、総額11兆円の投資がなされ、うち半分の5.5兆円の公的支出が行われるという構造を提示(これによって、日本の学生一人あたりの教育費は、現在のアメリカ並みに到達)

  • 5.5兆円の財政支援のイメージについては、(3)の中で「基礎的支援」、「選択的支援」、「重点的支援」、「学生への経済的支援」の4つに類型化し、国公私立を問わず効果的な配分がなされるような姿を提示。これに伴い、適格認定の厳格化の必要性を指摘

この説明を受け、金子委員他若干の委員から高等教育の振興の重要性に関するご発言がありました。

今後、教育振興基本計画特別部会では、年度内の答申を目指して引き続き審議を進めて行く予定です。高等教育への投資の在り方も重要な論点の一つです。

今回の教育振興基本計画特別部会の配付資料については、後日、文部科学省のホームページに掲載される予定ですので、詳しくはそちらをご覧下さい。

編集後記


最近の流行語に「KY」(空気が読めない)というものがあります。

裏を返せば、この言葉は、「日本の社会が、いかに空気に支配されやすい存在であるのか」を示しています。

それは今に始まったものでなく、例えば、旧・日本軍の致命的欠陥の一つには、戦略策定における「空気の支配」が挙げられています(『失敗の本質』中公文庫)。

大学改革をめぐっては、「学生も大学も多すぎる。これからは少子化が進むから投資を減らせるはず。」、「日本の大学は全くの非効率。国際競争力を強めなければ駄目だ。」といった議論が、それぞれ支配力を持った「空気」を形成しているようです。

それらは、一定の事実を含んでいるが故に、俗耳に入りやすい主張です。
しかし、こうした二つの議論は、果たしてどこまで正しく、また両立し得るものでしょうか。

2月8日に示された大学分科会関係4委員の提言は、様々な示唆を含んでいます。

もつれる議論を解きほぐすためには、長期の学生数の規模や構成のイメージを描く必要があるのではないか。

1月の総理施政方針演説で打ち出された「留学生30万人計画」のように、部分的な目標だけで、全体の投資プランを立てられるのか。

「国際競争力強化」を標榜するなら、国情は違えど、ベンチマークとなる相手国を想定した資源投入の議論が必要なのではないか、等々。

有識者の提言を拝し、「空気の支配」を免れない自らの限界(提言中の表現を借りれば「鎖国的発想」)を痛感します。

むろん、行政は、現実の制約条件を踏まえねばなりませんが、それは未来永劫、不変のものではない筈。

先人は、指導者の要件の一つに、「どんな事態に直面しても「それにもかかわらず(デンノッホ)!」と言い切る自信のある人間」(マックス・ヴェーバー)を挙げています。

大学界で指導的立場にいらっしゃる4委員の先生方が一石を投じられた意味を、中教審の場だけでなく、社会全体で考えていただければと願います。