2008年7月25日金曜日

これからの大学事務職員に求められる能力

近時、国立大学の法人化や全入時代の到来等に伴う大学経営重視の考え方が、以前から専門家によって行われてきた大学事務職員の在り方や職能開発に関する研究を、大学現場における実学として導入する必要性を高めています。

また、教育再生会議や経済財政諮問会議といった政府レベルにおける大学事務局の改革、事務職員の一層の資質向上と合理化等経営の効率化に関する議論が、国の重要政策としての大学の事務改革に拍車をかけています。

しかし、例えば国立大学の場合、事務職員の現状は、天野郁夫氏が指摘しているとおり、これまで、教員中心の大学運営の下で文部科学省所属の国家公務員としてルーティンワークに従事し、自立的な大学経営に必要な職能開発の機会を与えられてこなかったために、新規事業の企画立案等に対応しうる人材は質・量ともに十分ではありません。

事務職員の職能開発に関する多くの文献等において共通するこれからの事務職員に求められる能力は、教育研究活動支援及び大学経営支援という大学のミッションの特性に応じた専門的能力であり、この専門性は、従来のジェネラリストからスペシャリストへの単純な移行のためのツールではなく、幅広い教養や学術的視点、社会や学生・教員とのコミュニケーション能力、高等教育を取り巻く状況を分析する能力、そして戦略的な経営思考や企画能力などの大学人としての基盤的能力に裏打ちされたもの、またそれは、理論と豊富な実践経験を備えた大学経営人材(プロフェッショナル)を志向するものでなければならないとされています。

これからの大学には、学長や経営トップを支えるプロとしての力量のある事務職員が不可欠であり、今後、OJTを通じた実践的SD、職能団体や大学等が行うSD活動、大学院での専門教育など、多様な機会を積極的に活用し、事務職員が主体的に企画能力、専門能力、課題発見・解決能力を高め、教員との適切な役割分担・対等関係に基づく協働を促進していく必要があります。

その前提として、大学(私達)は、教職員の意識改革(又は意識のない者への動機付け)、事務組織の硬直性や非効率性の解消、OJTにおいて指導者となるべき幹部事務職員の能力開発、そして、大学の特殊性と言われる部局(教授会)自治主導の運営方式からの早急な脱却に向けた組織的、責任のある行動に努めなければなりません。


さて今日は、日本私立大学協会のアルカディア学報に掲載された「『職員論』前進への課題-現実改革を担う具体論の構築を」(日本福祉大学常任理事 篠田道夫氏)をご紹介します。

職員の戦力化

7月に発表された定員割れ大学は、160校と過去最高を数えた。07年全入、09年18歳人口120万人時代、今、私学経営は本当の正念場を迎えている。改革の中身とスピード、市場の評価が厳しく問われる中、現場の第一線にいる職員の戦力化と開発型業務の推進は直ちに着手でき、また実効性もある取り組みだ。

職員養成を行う桜美林大学大学院で「大学職員論」を担当している。現状分析から始めるレポートで多くの受講生から語られるのは、年功序列型で管理者も順送り、異動もなく、業務方針も不明確で前年通り、意見を言える場や提案を求められることも無いという旧態依然の状況の中で苦闘している姿だ。

市場競争と淘汰へ、時代の激変にも拘らず、大学の戦略とマネジメントの転換は遅れている。「職員論」はこの数年で飛躍した。「アドミニストレーター」も「SD」も市民権を得た。大学関係各誌でも職員特集が相次いで組まれ、東京大学や立命館大学でも職員養成教育を手がけ始めた。しかし、大学の改革と経営に職員の力は欠かせないという理念の普及にも拘らず、現実の業務改革は遅れているのが実態だ。職員論自体の進化のためにも、また改革の前進のためにも、この理念の実体化、実践の指針となる具体論、実践論が求められている。

「車の両輪」の実質化

第1は、職員の管理運営への参画問題だ。職員の位置や役割の重要性の提起から、経営組織や大学機構への職員参加のあるべき姿、そこでのポストや権限など具体策が不可欠だ。これを語らない職員論には限界がある。

「車の両輪」論を学内機構に実体化する具体的取り組み、方法論なしに、職員の主体性の確立、急速な力量形成、真の教・職協働は難しい。特に改革にとって重要なのは政策決定機関(過程)への職員参加だ。市場に向き合う職員の現場からの提案を生かす仕組みなしに、ニーズを踏まえた問題解決に繋がる意思決定は出来ない。

そのためには経営体制の刷新や経営と教学を結ぶ政策統合機関の確立なども重要だ。教学との関係では、現在副学長など教学の重要ポストへの職員配置は徐々にではあるが広まり、大学機関への職員参加も前進しつつある。教・職協働からさらに教・職幹部の一体的業務遂行へ進む、具体論の解明が必要だ。また、これがアドミニストレーター実現にもつながる。

OJTの高度化

第2は、SDを集合研修や外部セミナー、大学院での教育だけに解消しては駄目だと言う点だ。危機の時代に直面する厳しい現実課題の解決を通してこそ、実践的な政策・開発力量を育てることが出来る。今改めて、OJT、人事考課・育成制度のあり方と構築が求められている。

業務提案を決定に持ち込み、事業実施をマネジメントする、この中に研修計画を組み込み、開発と統治の力量を持続的に評価し、育成する仕組みがいる。それを基礎に外部研修を活用する、また大学院修了者を適切なポストにつけるなどすれば、知識と実践が結びつき、現実を動かす力になる。

形はともかく人事・育成・考課システムの改革は避けて通れない。しかし、進んだ考課システムも単独では機能しない。採用方針から配置、異動、育成、管理者選抜など人事制度、人事政策をトータルにどう構想するか、育成を軸にした事務局建設の全体方針がいる。

業務と育成の一体化

第3に、こうしたOJTの重視は人事管理と業務管理の結合、業務の遂行そのものが育成に直結する仕組みを作ることを意味する。そのためには大学の戦略課題に連動した業務課題の設定と遂行、すなわち業務を処理型から政策型に作り変えなければ専門力量の形成は出来ない。

この「『戦略的に仕事をする』というアプローチによって、初めてミッションの達成も、また業務の卓越性も獲得する」(孫福)ことが出来る。これがルーチン型の従属的業務からの脱却のキーであり、この遂行が職員の固有の役割である「経営・教学の、業務による統合」を実現する過程でもある。

「目標管理制度」とも言いうるこのシステムは専任職員のコア業務へのシフト、明確な目標設定と評価、開発・企画と統治・マネジメントへの力の集中を求めるが、これこそ今日、プロフェッショナルとしての職員に求められる業務である。

業務目標の達成行動が評価と研修の結合によって力量形成システムにもなりうる。このシステムは個人でもチームでも応用可能で、こうした育成と業務の一体化した業務・人事制度の開発が求められる。

領域別業務論の展開

さらに第4には、こうした職員の政策的業務の中身や水準を、業務領域別に明らかにする必要があるという点だ。理論が個別業務の実践の指針となるような各論の展開がいる。

教務分野では学生満足度の向上やエンロールメント・マネジメント、学習支援にどのような役割を担うべきか、学募や就職分野では、営業活動で掴む高校や企業の大学評価をどう改革に繋げるか、研究の社会的連携の組織や新規事業の企画推進、財政指標や人事計画作りなど、業務ごとの仕事のレベルと目標の明確化が問われている。

行政管理職員と訳されるアドミニストレーターと合わせ、最近議論となっているアカデミック・アドミニストレーター、学術専門職員、学術経営分野の独自の業務のあり方や育成、その専門性についての具体的解明も重要だ。この分野は企業的手法が通用せず、教員との協業も不可避で、業務の境界や権限も未分化のままだ。個別の学生や教員に対処するため、単一方針では対応が難しく、求められるスキルも違う。

また、今後新たに発生する業務は、教・職の境界が不明確で、ニッチ業務ともグレイゾーンともいわれるが、大学の革新にとって重要な分野が多く、積極的に挑戦すべきだ。そのためにも縦割りを脱却する新たな業務運営、事務局編成の追求がいる。また、最近急速に進む戦略思考を支えるツール、環境変化を常に組織革新に結びつけるマネジメント手法、SWOT分析、マーケティング、戦略的プランニング手法等の大学への創造的適用の研究も求められる。

戦略と業務を結ぶ管理者

第5は、以上の課題の推進を実際に担う現場の責任者、リーダーである管理者論だ。

職員の力は基本的にチームによって発揮されるため、それらを組織し、リードする管理者の役割や力量は決定的だ。元気な企業は、中堅層、課長補佐クラスが会社を動かす原動力になっており、このミドルアップダウンのシステム、現場の事実やニーズを熟知したミドル層が自立的な動きで経営事業の立案に関与し、市場評価を勝ち取っている。この現場(業務)と戦略の結び目に管理者がおり、その自覚や資質、政策提言力量が業務の成否に大きな影響を持つ。

孫福氏は今日求められる管理者を、スペシャリストの専門性とゼネラリストの判断力の結合した「ハイブリット型のプレイングマネージャー」と呼んだ。トヨタではこれを赤鉛筆と黒鉛筆と称し、黒鉛筆を離さない実践型の管理者育成を重視してきた。ところが大学管理者は調整型、実務チェック型のスタイルもまだ少なくない。

年功型の打破、実力主義に基づく管理職人事の刷新と若手幹部の登用、管理業務の水準の抜本改革は困難も伴うが、直面する最重要課題のひとつだ。戦略に確信を持ち、その実現の先頭に立つのは、この最前線で指揮を取る管理者集団以外にないからだ。

戦略を現場の言葉で語り、課員を組織し、第一線の現場から課題を構築し事業を構想する、このマーケティングによる市場への敏感な対応と不断の事業革新こそ、管理者の今日の役割に他ならない。大学改革の当面の重要な環のひとつは、ここにある。