2008年11月18日火曜日

求められる管理職像-1

前回の日記でも触れましたが、「やる気の湧く職場」を創造していくために「幹部職員の養成」が不可欠であることは論を俟たないところです。

今回は、日本福祉大学常任理事の篠田道夫さんが「文部科学教育通信」(No206、207)に寄稿された「戦略経営の確立に向けて-リーダーシップの確立-」をご紹介します。

戦略を遂行していくためには、リーダー(理事長や学長に相当するのだろうと思いますが)の強いリーダーシップ(先見性のある戦略の明示と構成員への浸透、そのための組織化)が求められ、戦略を重点課題ごとに組織や個人に分配し具体化し実践の課題に落とし込んで行動指針にまで高め、組織的に実現する「戦略の分配」が必要であること、また、戦略の実現のためには、現場のニーズや問題点、競争環境を把握している中堅幹部が戦略策定にも参画し、かつ策定後はその実践の先頭に立つことが求められること、そして大学現場ではどのような管理者像が求められるのかなどについて指摘されています。

リーダーによる戦略の分配

こうした戦略を遂行していくためには、当然、強いトップのリーダーシップが求められる。今日のリーダーに求められるのは、先見性のある戦略を明示すること、構成員に戦略を浸透させ納得を得ること、そして構成員の行動を目的達成に向けて組織することである。

トップには戦略への確信、責任感、信頼性、そして先頭に立って改革を推進する強い姿勢が求められる。しかし戦略は一人では実現できない。ここに戦略の分配という手法がとられることになる。戦略をテーマごと重点課題ごとに組織や個人に分配し、具体化し、実践の課題に落とし込んで、行動指針にまで高め、組織的に実現するための手法である。分配に当たっては、戦略の全体目標と分配する部門目標との関係性や整合性を明確に説明づけることがポイントとなる。戦略の部門における位置づけや意義の理解を前提に、分配する組織や人(責任者)の特定、期限の明示、権限の付与等が必要である。大学においては、これらの分配は会議体で行われることが多いが、一般に課題遂行責任(者)や期限が曖昧な場合が多い。方針や政策を会議体で決定する場合、「誰が、いつまでに」を常に意識的に明確にすることが、実行性を保障する最大の要件である。

その上で、この戦略の具体化(分配)を担う経営、管理運営組織をどう編成するか、この意思決定システムの迅速化、運営の効率化、責任体制の確立もまた重要な要素である。大学の管理運営を同僚制、官僚制、法人性、企業性の4つに分類するマクネイの大学組織モデルがある。政策方針を明確に策定し、その実施を構成員に強く求める「法人性」の組織モデルから、戦略の共有を前提に、環境変化や顧客ニーズの変動に、現場で敏感かつ柔軟に対応できる「企業性」組織モデルヘの移行が、今日の組織運営改革のひとつのテーマといえる。明確なトップからの戦略設定(分配)とその実践における分権化の新たな組織体制の構築、大学組織におけるトップと現場の権限委譲と新たな接合システムの創造が重要な検討課題となる。

チェンジリーダーの重要性

また、戦略の実現を実質的に担う幹部層、特に中堅管理者の役割、レベルアップは、実践的には極めて重要である。大学ではトップダウンも求められるがボトムアップも不可避で、この接合なり融合が重要となる。その接合の中核を担うのは、戦略目標を理解しつつ現場も熟知しているミドル層(中堅管理者群)にある。ミドル層を戦略の具体化と実現の中核部隊と位置づけ、ここを基点にトップとつなぎ、課員を業務遂行に組織し、戦略の創造的実践を行うのが現実的である。これがミドル・アップダウン・マネジメントによる運営だ。現場のニーズや問題点、競争環境を把握している中堅幹部が戦略策定にも参画し、かつ策定後はその実践の先頭に立つ。それをトップが効率的に統制することを通じて戦略の実現を行うのが戦略の分配の本質である。大学改革推進の中核を担う教員・職員幹部のレベルアップ、能力育成、この層の厚さこそが問われている。多忙な現実業務に苦闘しているミドル層の目標実現への目線の高さが、戦略の水準を決める。単なる管理サイクルを回すだけの管理者から、戦略目標に従って現場を実際に変革する、新たな事業を創造する、これを課員を巻き込みながら推進するチェンジリーダーこそが求められている。

戦略重点課題を構成員全員の業務課題に落とし、行動指針にしていくこと、すなわち戦略と個々人の業務課題の接合によって初めて、目標は実践される保障を得る。この遂行システムが目標管理制度でこの要にミドル(中堅管理者)が居る。仕事は常に定常業務と戦略業務に分けられる。前者は組織の維持に欠かせないが、後者は組織の発展、明日の存立にとって欠かすことはできない。全ての専任構成員が、日常課題とあわせ戦略的テーマを設定し、追求する政策型業務を中核に据えなければならない。そして、こうした改革型業務を作り出せるか否かは、まさにこの現場に居る管理者の資質、姿勢にかかっている。チェンジリーダーへの管理者の転換こそ、戦略経営を支える最も大きな力となる。

管理業務改善のための手法

では、管理行動の現状や問題点を客観的に分析・評価できるのか。その点で、三隅二不二氏(大阪大学教授・当時)が確立したPM(PerformanceとMaintenance)理論に基づくリーダーシップの科学的診断法は有効な手法だと思われる。その基本的考え方は、リーダーシップを映す鏡、客観的な測定は企業であれば自分の部下、教師であれば教え子であるという点だ。目標を実現させるために組織があり、それを方向づけるリーダーが生まれる。組織は目標を達成する行動を強めるほど個人を統制することとなり、その反発から常に崩壊の危機を内包し、それを抑える行動が強まるという二面のバランスの上に成り立っている。

三隅氏は、集団におけるリーダーシップを「集団の目標達成や課題解決を促進し、集団に胚胎する崩壊への傾向を抑制して、集団の維持を強化する機能」(『リーダーシップの科学」指導力の科学的診断法』三隅二不二著、講談社、1968年7月)と定義した。リーダーは資質より実際の行動様式によって評価は決まり、かつ機能や効果も測定できる。

PM論におけるP(パフォーマンス)は、集団における目標達成や課題解決に関するリーダーシップを意味しており、M(メンテナンス)は集団の維持に関するリーダーシップを指す。簡潔に目標達成行動と集団維持行動とも呼ばれ、この2つの次元の異なる行動の強弱や特性の分析によって、リーダーシップの実態、管理行動における強みと弱みやその生産性への影響を科学的に明らかにできるようになった。

もちろん職場の違いによりPとMの力点の置き方は違ってくるが、このバランスの取れたリーダーが高い業務遂行能力を持つことが調査の積み重ねで立証された。その測定は部下への職階・職種別の調査票(アンケート)による上司の評価という形で行う。

監督者の管理行動として、Pについては、計画や目標、期限等に関する指示や報告の強弱、仕事をする上での環境や状況把握、計画化や指導の強さ、適切さについて聞き、またM行動については、部下の意見をよく聞くか、その実現に努力し、信頼し、公平に扱い、気を配り、好意的かというような点でその度合いを聞いている。これにより管理者本人の意図とは別に、部下がそれをどう受け取っているか、管理行動の客観的特性が浮かび上がることとなる。

今日の大学職場では特に改革提言力、目標達成行動とそのマネジメントが求められるが、これを目標達成行動と集団維持行動に分け、各大学が求める管理者像に従って設問し職員に調査することで管理行動の実態はかなり客観的に把握できる。この実態把握や評価改善提案は、部下との信頼関係を持って組織を牽引できるリーダーの育成に大きな意味を持つ。

ドラッカーも、リーダーは資質や能力でなく行動様式だとして、1)ポストを地位でなく仕事とみなし、唯一使命と目標に沿って判断、行動すること、2)特権ではなく責任と捉えていること、3)信頼されること、その前提に賢さよりも一貫性があること、の3要件をあげている。管理者の資質として考えさせられる基本点である。(文部科学教育通信 No206 2008.10.27)

大学管理者像の模索

大学職場ではどのようなリーダーシップ、管理者像が求められるのか、数少ない提起の中から、孫福弘氏(大学行政管理学会初代会長)の提案「経営革新をサポートする職員組織の確立を」(『BetWeen』2004年6月号、特集「リーダーシップが生きる職員組織」)を手がかりに考えてみる。

ここで孫福氏は、管理者の有り様を、1)経営トップ、2)それを支える経営陣、3)行政管理職層(アドミニストレーター)、4)現場専門職層、の4層に分けて論じている。

まず、1)の経営トップリーダーについては、組織の使命・目標を構成員やステークホルダーが理解し、納得できる革新的ビジョンとして提示できる力が求められている。選挙や世襲では、こうした適任者の選任にはマイナス面があり今後の課題だとした。2)のトップを支える経営陣については、担当役員制など業務領域ごとの管轄権限を明確にした経営遂行体制の整備が提起されており、そのための責任と権限の委譲、業務に実権を持つ職員幹部の役員への登用による最強の布陣の重要性を指摘した。

3)の管理職層(アドミニストレーター)の有り様については、次のように述べている。従来の事務機構の多くは官僚型の運営で、管理者は所轄の職場、仕事、部下を管理し、自分が仕事をするのでなく下から上がって来たものを決裁する下向きの仕事が多かった。こうした管理者に期待される能力は、異動を通して蓄積した「組織の常識」に基づき穏当な判断ができるという点にあった。しかし、激変する環境は、こうした管理者機能の抜本的改革を求めている。

プレーイングマネージャー

孫福氏は、この新たな管理者像を「プロフェッショナル型アドミニストレーター」と位置づけた。これまでの単なるゼネラリスト型でなく、自らの専門性(スペシャリティー)を持った管理者、それも狭い専門家でなく、全体の状況や課題を把握した「いわばゼネラリストとスペシャリストのハイブリット型プロフェッショナル」とも言うべき管理者像であるとした。下から来る仕事を待つのでなく、自らも特定の領域に持つ強み(専門性)を背景に、現場を持ち、そこから発信できる「プレーイングマネージャー」となる。

もう一つ、今日の管理者に不可欠な力量として「政策提言能力」を位置づけた。所管の分野での現実の問題を正確に分析・把握し、それを改革・改善するために必要な施策・計画を示す、いわば問題発見・解決力量である。そして、的確な政策立案のための留意点として、セクショナリズム(部分最適)でなく全体最適志向、ゼネラリストとしての視野を持つこと、外部環境への改革的挑戦を含む戦略思考を持つことの二点をあげた。

これら二つの要素を持つ「プロフェッショナル型アドミニストレーター」は、トップや役員層に向かって革新的な企画提案をしていく、上向きの経営管理人材となる。トヨタはこれを赤エンピツ(他人の仕事のチェック)から黒エンピツ(自分で書く仕事)への転換と呼んだ。改革型の大学運営を担う管理者の「プレーイングマネージャー」への転換、意思決定・執行における「ミドルアップダウン」の実質化である。中堅管理職層が積極的に現場から主張、提案を行い、経営・教学幹部に働きかけて意思決定に持ち込み、決定と同時に現場に方針を下ろし、財政投資と効果評価を含む遂行マネジメントを行う一連の流れを作り出すことが重要である。

現場と会社を繋ぐ管理者

では一般に読まれている本を素材に管理者のあり方を考えてみたい。2004年4月、集英社新書から出版された橋本治氏著の『上司は思いつきでものを言う』は、そのタイトル通り堅苦しい管理者論でないこともあって、多くの人々に読まれた。日本の伝統的なライン型の管理構造の中では、現場からの革新的な提案に上司は「必ず思いつきでものを言う」ことになる。その理由は何かという切り口で、「会社」と「現場」の関係を、ユーモアを交えて論じている。

現場からの的確な改革提案は、意図しなくても必ず「会社のこれまで」の批判、問題指摘を含んでいる。上司は、過去の成功体験の積み重ねでその地位におり、「会社」もまた、過去の成果の集積の上に成り立っていることから、大きい会社ほど「会社の論理」が強固で、本質的な改革に踏み込めず、過去にこだわり、危機の原因を外に求め、問題に気づきながらも現状は温存して第3の道を探そうとする。これが著者の言う「思いつきでものを言う」状況を作り出すことになる。

大学に置き換えてみると、この「今まで」を切れない、既存の学部や学科には手をつけない、管理の基本構造や人事の刷新はせずに、何か他に良い手はないかと新規事業を探す、新たな学部を作るという手法はしばしばあるケースだ。この「現場の論理」と「会社の論理」の乖離、「現場と会社の分裂」は、今日の日本企業の陥っている構造的な問題であると著者は言うが、大学にも共通する課題だ。

管理者、上司のピラミッドは、成長企業ほど高くなり現場との距離は離れていく。成功の伝統と大きさゆえに企業が成り立っていると錯覚し、ピラミッド構造を維持することが会社を発展させることだと信じてしまう。企業も大学もニーズによって成り立っている以上、管理者は現場の実態や要望に基づく改革推進が本務のはずが、上から命令しチェックするのが管理者の役割と考えてしまう。現場での危機的な環境や深刻な実態を無視した大学の論理、学内者の論理の横行、高校や企業の大学評価や志願者ニーズとのずれ、教育方針や教育サービスの学生ニーズや満足度とのずれ、現場との乖離はまさに大学の今直面している課題そのものでもある。

会社に吹く二つの風

現場とは何か?これは会社の寄って立つ基盤であり、仕事とは「まさに他人の需要に応えること」であり、会社を会社たらしめている「外からの需要」は「現場」という所にまずやって来ると著者はいう。「現場」とは会社の外部との接触面であり、大学もこの現場(各課)に来る需要に依拠して成り立っている以上、これを敏感につかみ自らを変えられるか、その要に位置する管理者の力量が問われている。

問題は、この「現場から見るか、会社からみるか」「現場の都合か、会社の都合か」にあり、この足の置き方が改革型の上司か否かの分かれ目でもある。これを折半しようとする管理は中途半端になり、部下からは思いつきで動いていると思われる羽目になる。こうした組織では現場の地盤沈下が始まっているのに厳しく対処できない。皆危機を感じているのに誰も事実を明確にせず取り繕う。そして危機は突然やって来る。

橋本氏は、会社(上層部)には常に方向の違う2つの風、現場から上に吹く風と会社から下に吹く風があるという。しかし、これは実は別々の風ではなくて一つの風の対流現象だ、ということだ。下からの問題提起という風がうまく上へ流れ、それが会社の意思・方針となって下へ降りてくる。この対流がスムーズに出来るか否かが重要で、これが詰まると会社は次第に枯れていく。

大学における現場、外からの需要は、職員が社会(企業・高校・地域等)や在学生との接点から汲みとるニーズや評価にあり、ここに真に立脚した運営が出来るかが重要だ。第一線(現場)にいる管理者が、指示待ちでなく、自らの感度と知恵で自立的改革を提起し遂行しうるか、今このスピードと水準が問われている。(文部科学教育通信 No207 2008.11.10)