2008年11月4日火曜日

訴求力に欠けた要望書

今年も残すところ2か月。国会の動向も金融危機、選挙がらみで先行き不透明な状況が続いていますが、国の来年度予算編成作業は、例年通り財務省と各府省との攻防が粛々と進められていることでしょう。

高等教育関係予算に関してもこの時期、要望合戦が繰り広げられます。このたび、国立大学協会は、「平成21年度国立大学関係予算の確保・充実について」と題する要望書を文部科学大臣、文教関係の有力政治家に提出しました。その内容は以下のようなものです。

若干の感想を加えますと、以下の文章からは、予算の確保を至上命題とするような緊迫感はなんら伝わってはきませんし、相変わらずの役人的・学者的用語の羅列、しかも国民や社会の皆さんには何を言っているのか皆目理解できないような内容、教育振興基本計画の策定時における財務省VS文科省の厳しい攻防が全く教訓になっていない、総じて国立大学の存在意義が見えてこない、要は社会に対する訴求力に全く欠けたものと言わざるを得ません。

平成21年度国立大学関係予算の確保・充実について(要望)

貴職におかれては、日頃から国立大学法人について深いご理解と力強いご支援をいただいており、厚く御礼を申し上げます。

21世紀は「知識基盤社会」であり、その中で、高等教育は、個人の人格形成の上でも、社会・経済・文化の発展・振興や国際競争力の強化等の国家戦略の上でも、極めて重要な役割を果たすものであります。大学・大学院教育においては、留学生や社会人など多様な学生を積極的に受け入れつつ、教育の質を維持・向上し、学位の国際通用性を確保することが求められています。国立大学は、これまで、我が国における知の創造拠点として高度人材育成の中核機能を果たすとともに、高度な学術研究や科学技術の振興を担い、国力の源泉としての役割を担ってきました。

しかしながら、我が国における高等教育への公財政支出は、GDP比0.5%に過ぎずOECD平均の1%を大きく下回っています。国立大学法人の財政的基盤である運営費交付金は、骨太方針2006に基づき、毎年△1%の適用を受け、削減され続けており、各法人では各々が懸命の経営努力により対応しているものの、その努力も限界に近づきつつあります。特に、医師養成等の国の重要な機能を担う大学附属病院には経営改善係数(△2%)の適用とも併せて大きな影響が生じています。また、国立大学の教育研究活動を支える施設・設備については、施設整備費補助金等の削減により、その老朽・狭隘化が著しく進んでおります。

それにも関わらず、平成21年度概算要求基準において、運営費交付金は、政策棚卸し分を加え、△3%の削減となっております。このような運営費交付金・施設整備費補助金等の削減が続けば、今後数年を経ずして教育の質を保つことは難しくなり、さらには一部国立大学の経営が破綻するばかりか、学問分野を問わず、基礎研究や萌芽的な研究の芽を潰すなど、これまで積み上げてきた国の高等教育施策とその成果を根底から崩壊させることとなります。知的競争時代において諸外国が大学等に重点投資を行い、優秀な人材を惹きつけようとする中で、ひとり我が国だけが投資の削減を続けていては、このたび閣議決定された「教育振興基本計画」に掲げられた諸方策を十分に実行することもできず、教育研究の水準の維持・向上を図り、国際的な競争に打ち勝つことも困難です。

つきましては、貴職に対して我々の意をお伝えするため、別紙の事項について、要望いたします。平成21年度予算編成に向けて、国立大学関係予算の確保・充実について、ご理解をいただき、引き続きご尽力とご支援を賜りますようお願い申し上げます。


要望事項1 運営費交付金の拡充(総額△1%の撤廃、重要課題推進枠の確保)

我が国の発展の基礎を支える国立大学法人の教育・研究活動が安定的・持続的に推進できるよう、基盤的経費である運営費交付金を拡充すること。また、骨太の方針2006に盛り込まれた5年間の運営費交付金の総額1%削減方針は、今期のみならず次期の中期目標期間にわたり、大学の教育・研究の基盤に重大な影響を与えるものであることから、これを早期に撤廃すること。「教育振興基本計画」に掲げられた諸方策を実行するため、重要課題推進枠の確保に努め、政策棚卸しによる2%削減を越える必要な財政的支援を行うこと。

本来、国立大学が果たしてきた役割は、我が国の力強い成長と国際競争力向上の活力源となることであり、社会が国立大学に対してその役割を求める限り、その財政的基盤は安定的に担保されるべきものである。

そのためには、高等教育予算全体の増額が必要であり、国からの公財政投資を先進国並みに(GDP比0.5%を1%に)大幅に増額するように最大限の努力が求められている。国立大学の果たしている役割(国際競争力の源としてのナショナルセンターと、地域社会・経済を支えるリージョナルセンター)にご理解をいただき、国からの財政的支援を抜本的に拡充していただきたい。

また、国立大学法人における教育・研究の基盤となる運営費交付金については、各国立大学法人が6年間の中期目標・計画期間を通じて安定的・持続的にその役割を果たすために必要な経費であり、創造的・先端的な学術研究や我が国の発展の中核となる人材育成を着実に実施できるよう十分な予算を確保していただきたい。その際、骨太方針2006に盛り込まれた5年間の運営費交付金の総額1%削減方針は、今期のみならず次期の中期目標期間にわたり、大学の教育研究の基盤に重大な影響を与えるものであることから、これを早期に撤廃していただきたい。

このたび閣議決定された「教育振興基本計画」に掲げられた諸方策を実行するため、重点課題推進枠の確保に努め、政策棚卸しによる2%の削減を越える必要な財政的支援を行っていただきたい。


要望事項2 国立大学附属病院の経営に対する財政的支援等(△2%見直し)

経営改善係数の適用による△2%を見直すとともに、医師等の人材育成、地域医療の中核病院、地域医療体制の確立、高度先進的医療の提供など、国立大学附属病院特有の役割を果たすために必要な財政的支援を行うこと。また、経営努力にもかかわらず、診療報酬のマイナス改定等、外的な要因による経営への影響については、特段の配慮を講ずること。

国立大学附属病院は、地域で活躍する医師の育成や生涯教育、新しい治療の開発や治験などの臨床医学研究、重症患者の治療や先端医療、災害時やがん治療などの拠点病院として、地域医療を守る最後の砦としての使命を果たしてきているが、法人化の際には想定されなかった診療報酬の大幅なマイナス改定等の外的な要因により厳しい経営を迫られている。

この状況の中、附属病院は、懸命の経営努力を重ね、医業収入の増額を図っているものの、効率化係数(△1%)と経営改善係数(△2%)の適用も併せて、その努力は限界に近づいている。平成19年度決算では、16附属病院(42病院中)が実質的な赤字に陥っており、早急に対策を講じなければ大半の附属病院が赤字となる。

併せて、新臨床研修制度や新看護体制の導入をきっかけとした医師、看護師等の診療に必要な人材の確保に苦慮しており、医師・看護師の確保や離職防止等に必要な措置が講じられなければならない。

また、附属病院が地域の医療機関と有機的な連携をしながら、例えば、研修医や専門医の地域循環型の研修システムを整備していかなければ、地域医療体制の確保ができず、地域社会に対して多大な影響を与えることとなる。

高度先進的医療を提供するため、特に、附属病院を中心に実施されるがん専門医の養成やがんの診断・治療の臨床研究などに必要な措置を講じることは、我が国の医学・医療レベルの向上に寄与するとともに、安心・納得できるがん医療の提供を実現し、国民の期待に応えることに繋がる。

さらに重大なことは、現場の医師、教員は、教育・研究の時間を犠牲にして、医業収入増のための診療時間を増加せざるを得ず、医師養成機能の低下、臨床研究論文の減少を生み、国際競争力を低下させつつある。

したがって、今後も、附属病院に課せられた使命を果たし続けていくためには、経営基盤の安定化が不可欠であり、これに対する国からの財政的支援をお願いしたい。更に、医師不足対策については、大学の医学部定員を「早急に過去最大程度まで増員」という目標が骨太方針2008に盛り込まれている。医師の養成には多額の費用が必要であり、特段の配慮を願いたい。


要望事項3 教育・研究環境整備の予算の確保(施設・設備費の増額)

「第2次国立大学等施設緊急整備5か年計画」に基づき、国立大学法人の教育・研究環境を計画的に整備するために必要な予算を確保すること。また、世界最先端の研究やイノベーションの基盤となる研究施設・設備の整備や老朽化した教育・研究及び診療用設備の更新に必要な財政措置を講ずること。さらに、自然災害時に国立大学が病院を中心に地域の災害対策拠点としての役割を果たすことを踏まえ、必要な対策を講じるための財政的支援を行うこと。

国立大学の施設については、第3期科学技術基本計画で指摘されているとおり老朽化したものが増加している。そのため、耐震性不足など安全・安心でない教育研究環境にあり、全学的な視点に立った施設マネジメントや新たな整備手法を導入しても、整備に必要な所要額が絶対的に不足している状況にある*1

また、世界最先端の基礎研究や競争的資金等を活用したプロジェクト研究など新たな教育研究ニーズによる施設の狭隘化の解消が依然として課題となっている状況にある。

このため、昨年に引き続き、耐震化等の安全・安心を確保するための支援はもちろんのこと、国際競争力を高める教育研究を行う上で基盤となる施設の整備に対して、国からの絶大なる支援をお願いしたい。

また、国立大学研究施設・設備は、基盤的な教育研究が立ち行かないほど老朽化している状況にある。イノベーションを創出し、我が国の国際競争力を高めるために大型研究施設・設備の整備や老朽化した設備の更新は不可欠であるとともに、国際的に魅力ある教育研究環境の確保が急務であることに配慮願いたい。

さらに、自然災害時に国立大学が病院を中心に地域の災害対策拠点としての役割を果たすことを踏まえ、必要な対策を講じるための財政的支援をお願いしたい。


要望事項4 科学研究費補助金の拡充(予算の拡充、間接経費の措置)

第3期科学技術基本計画に従って、競争的資金、特に、大学等で行われる学術研究を支える科学研究費補助金の拡充に必要な措置を講ずること。また、研究環境の向上、適正な資金管理等に寄与する間接経費30%措置の早期実現に必要な予算を確保すること。

我が国の社会水準の向上や国際競争力のある優れた科学技術の発展を支えているのは、大学等で行われる学術研究(研究者の自由な発想に基づく研究)である。そのため、学術研究のすそ野を広げ、独創性・先駆性の高い研究を幅広く推進する必要がある。

科学研究費補助金は、こうした学術研究を支援する競争的資金であるが、近年、予算の伸びが鈍化しており、特に、研究者に配分する直接経費については、2年連続で減少している状況である。そのため、更なる予算の拡充が不可欠であり、中でも多くの地方国立大学の教員が応募する「基盤研究」や「若手研究」の充実とともに、既成の枠を越えた革新的・挑戦的な研究を促進する「新学術領域研究」や「萌芽研究」の拡充に配慮いただきたい*2

また、競争的資金の間接経費は、各大学等における研究環境の向上や適正な資金管理などに必要な経費であり、第3期科学技術基本計画において、全ての制度で30%の措置をできるだけ早期に実現することとされている。しかしながら、科学研究費補助金においては、一部の研究種目について、未だに間接経費が措置されていない*3

科学研究費補助金の果たす役割の重要性に配慮し、予算額全体の拡充及び未措置の間接経費に必要な予算の確保について、必要な措置を講じていただきたい。


要望事項5 「留学生30万人計画」実現のための予算の確保

大学間の国際的な競争が進展する中、「留学生30万人計画」を実現し、優れた留学生を多数受入れ、国内での就職を支援するためには、大学の国際化にかかる環境整備や、留学生のための宿舎、奨学金の充実、きめ細かな支援を行うための教育及びサポート体制の強化等、魅力ある大学づくりと受入れ体制の充実が必要であり、そのために必要な予算を確保すること。

留学生の受入れの推進は、グローバル化する知識基盤社会、学習社会の中で、我が国と諸外国との間の密接な人的ネットワークの形成、相互理解の増進や友好関係の深化、及び我が国の大学等の国際的な通用性・共通性の向上と国際競争力の強化を図る上で意義は大きい。

そうした中、文部科学省をはじめとした関係6省が本年7月に策定した「留学生30万人計画」骨子では、日本を世界により開かれた国とし、アジア、世界との間のヒト・モノ・カネ・情報の流れを拡大する「グローバル戦略」の展開を図るため、2020年を目途に留学生受入れ30万人を目指すこととしている。

また、大学の国際競争力を維持・向上させるためには、国際的に活躍できる人材を育成するプログラムや環境の整備が必要不可欠である。
そして「留学生30万人計画」を確実に実行するためには、留学生のための宿舎、奨学金の充実等、留学生の「量」的な増加に対応した受入れ環境の整備、並びにきめ細かな留学生支援が可能となる教育及びサポート体制の強化による「質」の維持・向上を図るための措置を講ずることが緊要な課題である。

しかしながら、大学の国際化や留学生の受入れ環境は、12万人を受入れている現状ですら必ずしも十分とは言えず、このような状況のままでは、国家戦略として取り組むべき「留学生30万人計画」の実行が困難な状況である。
このことから、留学生を引きつける魅力ある大学づくりと、受入れ体制の整備のために必要な経費を確実に措置していただきたい。


*1:国立大学法人等施設の状況(平成20年5月1日現在):国立大学法人等が保有する施設2,575万平方メートル、うち経年25年以上の施設 1,467万平方メートル(約57%)、うち未改修の老朽施設 757万平方メートル(保有施設の約1/3)

*2:平成20年度予算額:1,932億円(対前年度1.0%増)。直接経費の推移(補正後予算):平成18年度(1,620億円)→平成19年度(1,617億円)→平成20年度(1,579億円)

*3:措置済:特別推進研究、基盤研究、若手研究、新学術領域研究、学術創成研究費。未措置:萌芽研究、特定領域研究、特別研究促進費、特別研究員奨励費