2008年12月6日土曜日

国立大学におけるITの活用

業務の効率化を図るためのツールとして「IT」を活用することはもはや常識ですが、活用の意義を見誤るといいますか、活用の仕方についての十分な検証を怠ると費用対効果等の面で大学に大きな痛手を与えることになります。

今回は、全国の国立大学法人の監事さんから選ばれた方々で組織された「業務効率化タスクフォース」が、平成19年11月末に公表した報告書の中から、国立大学の「ITシステム活用に係る課題」を抜き出してみたいと思います。個人的にはご指摘は全て妥当と考えます。


課題1 統合化されていない組織

教員グループと事務系職員グループで、別の組織になっているところが多い。各事務組織で開発・運用するため、システム毎にそれぞれのベンダーに任せきりの状態になりやすく、結果として、大学全体のIT戦略作成、IT基盤設計、システム連携等の障害になっている。


課題2 要員育成

経費削減目的のための過度のアウトソーシング化、ベンダーへの設計・開発・保守の任せきりなどにより、学内に必要なスキルを持つ業務システム担当やIT担当の要員が育成できていない。その結果、パッケージソフトウェア採用時に技術的問題を考慮せずにカスタマイズ要求をしてコスト・パフォーマンスを悪化させること、当初から必要な機能を付けなかったために多額の機能追加費用を負担することなどが発生している。要員育成の必要性はかねてから認識されてはいる。ベンダーやNII(国立情報学研究所)等の外部研修には参加させている。しかしながら、IT専門職員の必要なスキル・キャリアパス・処遇等が明確ではなく、育成体制ができていない。また、業務システム担当職員のベンダー依存意識を改革する必要がある。


課題3 大学の姿勢

業務改革、組織改革、ITシステムを一体のものと考えていない。情報システム責任者が業務改革、組織改革のチームに入ることによりトータルで効率化を達成するという仕組みができていない。したがって、IT戦略を考慮していない業務改善に沿う形で情報システムが導入されるため、システム導入が根本的な業務効率化につながっていない。(「業務効率化できるシステムか、継続的な業務改善ができるか、システム・人間の業務全体が効果的に設計されているか、中長期的な視点で目標に向かって進んでいるか」)ITの高度活用によって大学の経営を変えていこうという発想がない。システム連携によってデータを入学・就職・人事組織・病院経営・広報など広範な施策に反映させていないし、その必要性についての議論も少ない。なお、一部の法人を除いて大半の法人では、CIO(Chief Information Officer 最高情報責任者)が任命されている。


課題4 予 算

情報システム導入後の機能改善の予算が付かないか、予算獲得が困難である。法人化以後、システム構築・運用の予算は、各大学の運営費交付金の中でやり繰りしなければならず、継続した予算の確保が問題である。


課題5 大学間の連携

大学の事務処理には共通点が多く、大学同士の共同開発・共同運用あるいはASP*1活用が効果的である可能性はある。しかしながら、汎用システムは今後終了する予定であり、新たな連携の形態を作る必要がある。


課題6 内部統制

最近の大学への不正アクセス・ウイルス侵入事件、個人情報漏洩事件を踏まえ、システム上の課題を大学経営上の重要課題として、大学における内部統制について「ITへの対応」を行うことが必要である。


上記のような課題を大学という組織全体で解決していくためには、学長や理事長といった経営トップの理解とリーダーシップが不可欠であると同時に、トップに代わってIT戦略を推進していく力量のある責任者である「CIO」を配置し、予算などの強固な権限を与えることが必要です。しかしながら実態は、CIOの意味すら理解できない構成員がほとんどで、大学をまとめ切ることの困難性が以下の報道にも表れています。


大学CIOフォーラム:なくせ「縦割り」の弊害 模索する国立大 (2008年6月12日付 毎日新聞)

11大学からCIOを務める副学長らが参加した 大学のIT戦略を統括するCIO(最高情報責任者)が意見交換する第5回「大学CIOフォーラム」が11日、東京都内で開かれた。

東大、京都大など全国11大学のCIOが実情を報告。「縦割り」の弊害をどのように改善するか模索する国立大の姿が浮き彫りになった。国立大が「障壁」として挙げたのは、各部局ごとに人事情報や管理システム、予算権が分散していること▽予算が年度別で長期的な計画が組めないことなど。大阪大の竹村治雄・サイバーメディアセンター長は「今はシステムごとに予算を要求する『自転車操業』状態。ばらばらに更新していると、全体の最適化はできないので、中期的な計画を立てているが、現場の教員との意思疎通が難しい」と話した。会場の大学関係者からも「ネックは予算権。獲得のポイントを教えてほしい」との声があがった。

それに対し、筑波大の腰塚武志副学長は「ようやく予算権をCIOに集約し、大学全体の機器利用を分析して、整備計画をまとめた。全体を見渡せたところで、2台あったスーパーコンピューターを減らすなど、誰でも納得するところから削減している」と説明。東北大も今年4月、学内のIT戦略を担当する情報シナジー機構を改編。各研究室ごとに負担金を算定し、学部から徴収する方法で予算を確保した。

東大の岡村定矩副学長は「ITサポートは教育、研究、事務という目的ごとに考えることを共通認識にした方がいい」と指摘。部局ごとに持っていた研究員などの人事データを、大学全体を網羅したものに切り替え、適正な人員配置を模索。部局ごとの『ローカルルール』を排除するのにも役立つという。

一方、私大の同志社大は学校の事務効率化よりも「学生へのサービス提供」をIT化の目的にする。真胴正宏・総合情報センター長は「学生を集めることが優先。優れた研究者がいても保護者は評価しない」と明言。同大では独自システムで、履修登録・取り消し、成績通知、授業アンケートなどを実施。中でも、成績評価に海外の大学で採用されているGPA(Grade Point Average)制度を導入。平均点が重視されることから、自宅から登録したものの受講してない教科の履修を取り消せば、平均点が下がらないため、利便性は高いとみている。



このように、大学では残念ながら「名ばかりCIO」が現実のようです。民間では、以下の記事のようにCIOに求められる役割は重要度を増すばかりのようで、意識の格差は次第に広がっていきます。


混沌とする時代に立ち向かえ:CIOに求められる役割とは (2008年12月1日 ITmedia)


■ビジネス戦略への造詣

CIOの役割の力点は次第にビジネス戦略へとシフトし、職責が向上しつつあることは事実です。さらにCIOへの期待は、企業や政府、自治体、NPO(非営利団体)など特定組織に固執せずに拡大しています。戦略性が重視される新潮流は、社会背景に呼応するための手段であり進化です。CIOは環境の変化に影響を受けやすいのではなく、変化に素早く対応し、順応できる-時代のニーズをうまくキャッチアップし、ITのみならず業務プロセスのグランドデザインが描ける人材が望ましいといえます。

ITの効果は、単なる効率性や生産性の向上、あるいは運用管理コストの削減のみならず、ITの戦略性を生かすビジネスによって成功をけん引するのです。そのためにはITの能力だけでも、経営の能力だけでも駄目で、この2つのスキルを両方兼ね備えることが重要です。

最近では、従来なら社長やトップが遂行すべき業務をCIOに任せる企業も増えてきました。ITは経営に貢献する、経営をけん引する存在であり、企業戦略とIT戦略の一体化こそ、CIOの課題といえるでしょう。またCIOは、複雑かつ膨大な情報の中から価値ある情報の取捨選択を行い、速やかに導入していくイノベーター(変革者)でなければなりません。必然的に起こり得る変化や突発的な事象に場当たり的に対応するのではなく、迅速かつ適切に行動をとることがCIOに求められるのです。

全文→http://mag.executive.itmedia.co.jp:80/executive/articles/0812/01/news003.html



*1:Application Service Provider:業務用のアプリケーションソフトウェアをインターネットを利用して顧客にレンタルする事業者あるいはサービス。ユーザのパソコンには個々のアプリケーションソフトウェアをインストールする必要がないので、法人の情報システム部門の大きな負担となっていたインストールや管理、アップグレードにかかる費用・手間を節減することができる。