2009年8月21日金曜日

夏休みの読書

8月も残り10日あまりとなりました。いつの間にか蜩が鳴くようになり、季節は秋を迎えようとしています。我が家では、子ども達が夏休みの宿題と格闘しています。
さて今日は、この日記ではおなじみになりました、広島大学高等教育研究センター長の山本眞一氏お勧めの夏休み読本(文部科学教育通信 No225 2009.8.10 抜粋)をご紹介します。

「大学の誕生 上下」(中公新書)・天野邦夫著

最初に紹介したいのは、天野郁夫署「大学の誕生 上下」(中公新書)である。この本は、新書という形式ではあるが、上巻が391ページ、下巻が431ページという大部なものであり、全部を読み通すには少々骨が折れる。しかし苦労して上下二巻を読めば、今日のわが国の大学が抱える多くの問題のルーツが、明治初期にさかのぼるほど奥の深いものであることを、よく理解できることであろう。同書はわが国の大学の誕生の経緯を、明治初年すなわち帝国大学以前の姿から説き起こし、大正期の大学令によって高等教育の秩序が一応定まるまでのおよそ50年間を取り扱ったわが国の「大学誕生」の物語である。

ここで繰り返し出てくるモチーフは、帝国大学に対するその他高等教育機関の位置付けである。著者の言葉を借りれば「大学誕生の時代に形成された、わが国の大学組織と高等教育システムの基本的構造の、強固な持続性」であり、またそれは「高等教育システム内部に形成された大学・学校間の序列構造は、すべての高等教育機関が新しい大学として制度上の同等化を達成(注:戦後大学改革のこと)してから半世紀以上たった今も、大学間の格差構造として継承され、拡大再生産されている」のである。

豊富な資料紹介による記述には、100年を超える昔の出来事をあたかも目前に見るかのごとき躍動感をもって読者に伝える力がある。本書は一見大学の歴史を取り扱うようであるが、実は歴史の背後にある大きな流れと、決して変わることなく今日に至るまで続いている高等教育機関間の序列の構造をしっかりと分析した教育社会学的著作なのである。




「大学の教育力」(ちくま新書)・金子元久著

第二に紹介すべきは、一昨年の出版ではあるが、金子元久著「大学の教育力」(ちくま新書)である。この本は、その表題にもかかわらず、大学そのものを扱った書物である。著者の視点は、わが国の大学教育の現状分析にとどまらず、中世の大学生成から始まり、日米の大学比較に至るほど広く、また近年話題の中心になっている大学における教育のあり方を、「職業教育・コンピテンス・教養」という分析軸で鮮やかに描いている。同書のカバーには「社会が変われば大学も変わる。・・・今後も大学が未来の社会を考える場であり続けるためには、何が必要なのか」とあり、この本が教育のあり方を扱うものだけではなく、広く高等教育システム全般を扱うものであることが分かる。とくに第一章の「大学教育の歴史的潮流」はお勧めのチャプターであり、大学問題を世界的かつ歴史的視野で広く考えたい人にとっては非常に役立つ部分である。

なお、この本は著者の意図としては「広く高等教育に関わる人」を読者と想定しているが、私の印象では高等教育に専門的立場から関わっている人こそ読むべき本のように思える。多少の予備知識を持っている人が、自分の学識を一歩進めたい折には必読書だと私には思えた。



「大学教育を科学する」(東信堂)・山田礼子編著

話が大学の教育にまで及んだところで、第三にお勧めなのは、山田礼子編著「大学教育を科学する」(東信望)である。この本の副題は「学生の教育評価の国際比較」とあり、昨今話題に上ることの多い教育の質の保証という観点から、大学の教育成果というものを単に学習達成度評価に限定することなく、「学習意欲や関心などの学習を達成していく上での基盤となるべき意欲や満足度、自己評価・価値観などから成る情緒的側面での教育効果に関する研究」にまで視野を広げて論じていて、大学における教育評価や教育改革を考えている方々には大いに参考となるに違いない。

また、同書はアメリカの大学に多く見られるIR(インスティチューショナル・リサーチ)部門の役割やFDのあり方についても論じている。教育評価とこれらがどのように関係するものなのかは、この本を読み進めていくうちに自然に理解が深まっていくので気にすることはないが、教育評価の本だと思って目次をはじめにご覧になった方は、ちょっと戸惑われるかもしれない。なお、IRは教育評価だけではなく、広く大学経営にも役立つ情報を収集し分析し、大学経営の中枢部門に報告するという役割を担っており、その点ではわが国の大学にある総合企画部門や大学教育センターのような組織の将来像を描くにも参考になることであろう。



「大学進学の機会」(東京大学出版会)・小林雅之著

さて、大学経営や政策立案に関わる者にとって、昨今関心が高まっているもう一つのことは、学生の支援であろう。小林雅之著「大学進学の機会」(東京大学出版会)は、そのような人々にとって、われわれの普段もっている常識を検証し、将来の大学のあり方を考えるのにぴったりの本である。同書は著者の記述によると「戦後日本における大学進学機会の格差是正政策の展開をあとづけるとともに、学生の大学進学機会の選択と学生生活を明らかにすることにより、大学進学機会の格差是正策を、包括的・実証的に検証し、将来の格差拡大の恐れに対して、今後の大学政策のあり方を検討すること」を目的としている。

私自身もそう思い、また著者も述べているように、わが国あるいは中国・韓国など東アジア諸国に根付いている「教育費は家計が負担する」という文化は、家計に相当無理を強いるものであり、教育費の高騰と経済状況の悪化の中で、いつまでもこれに頼っているわけにはいかない。教育費への公的投資は国家の将来に関わる重要事と思えばこそ、関係者はこの本からさまざまなことを学ぶべきである。



「大学の反省」(NTT出版)・猪木武徳著

最後に紹介したいのは、猪木武徳著「大学の反省」(NTT出版)である。著者は大阪大学教授を経て現在は国際日本文化研究センター長を務め、各方面に名前が知られた経済学者である。著者の問題意識を●度すれば、昨今の不完全な大学改革の中で、大学の教養教育は隙間に落ちてしまい、また財政基盤は損なわれ、その間大学教師の雑務が増えて繁忙を極めている。今こそ、大学教師という職業を再生し、総合のための教養教育を重視すべきで、そのために良質な私立大学への助成を充実すべきということになるようである。

高等教育を専門とする学者でないにもかかわらず、いやむしろそうでないからこそであろうか、話題はきわめて豊富であり、大学という組織の問題や知識そのものにかかわる課題、大学の自立性や学問の自由、産業と学問、競争と質の保証、大学の国際化など、もともとの豊富な見識を武器に縦横無尽に高等教育の問題点を論じる点は、さすがである。

引用文献などは、高等教育研究者なら引用すべきと思うものとはやや異なるものの、一般人や他分野の学者が考える大学像というものはおよそこういうものであるということを理解することは、大学問題を広い視野で考えるべきという点から大事なことである。

また、この本を大学問題のインデックスとして使うとこれほど便利なことはなく、私としては、今回紹介した本の中では、まずこの本から読み始めるのがもっとも効果的ではないかと思う次第である。