2011年1月27日木曜日

職員育成システムの現状と課題

事務職員の職能開発の重要性・必要性を踏まえ、現在多くの大学では、事務職員のための研修方針・研修規程・研修マニュアル等が整備されています。

しかし、国立大学法人の中には、法人化以前の国家公務員としての研修体系をそのまま維持し、人事院による研修を中心としたメニューから脱皮することなく、相変わらず”公務員”を育成している大学も少なくありません。

次代の大学職員を育成するための考え方や方法が確立していない大学は、やがて衰退の一途をたどって行く危険性が大きく、”化石”ような研修制度を後生大事に維持している大学の学長や事務局長は、すぐさま意識の改革を図るべきでしょう。

さらに、研修担当の部署、責任者、担当者といった推進体制と彼らの責任と権限を明確にし、よりより研修体系の開発と推進を重要課題として認識させていくことも必須の事項ではないかと思います。

今回は、この日記ではおなじみの、日本福祉大学常任理事 篠田道夫さんが文部科学教育通信(No260 2011.1.24)に寄稿された「職員の力量向上の取り組み」をご紹介します。(※太字強調は私の判断で行ったものです。)


職員の力量向上の取り組み (日本福祉大学常任理事 篠田道夫)


問われる職員の開発力

学生満足度を向上させるための仕掛けをどう作るか、入学者確保のためにどんな企画が必要か、収支を安定させるための投資と経費削減の施策など、大学の進路や運営をめぐる現場レベルからの提案力、開発力量が問われている。大学危機の深化は、職員の専門性の強化、執行機能のレベルアップとともに、競争を勝ち抜く改革を担う開発力育成へのシフトを求めている。職員の役割への期待の高まりや職務の高度化に対応し、職員育成制度も従来型からの転換を迫られている。直面する危機を打開するためには、各分野の現場で厳しい事態に直面し、ニーズや要望また批判を受けながら苦闘している職員の、開発と統治の力量の向上が不可欠だ。

職員の専門力量を高めるための育成システムは、大学の内外を問わず急速に整備されてきたといえる。しかし、今もっとも肝心な大学の戦略遂行を担う開発力量、すなわち、現状を調査・分析、ベンチマークし、政策に取りまとめ、提案、決定後はその遂行マネジメントを行う力量の形成という点では、まだ十分とはいえない。今日までの職員育成システムの現状と課題を整理してみたい。


学内研修制度の体系的実施

職員の力量向上のために、学内において研修体系を整備し、新人教育から管理者まで一貫した育成を図ろうとする取り組みは強まっている。代表的なものに階層別研修があり、職員を業務遂行能力別あるいは年代別に分け、ふさわしいテーマと方法で育成を図るやり方である。どの大学でも取り組んでいる新任研修から、二十歳くらいまでを対象とした若手職員研修、四十歳くらいまでの中堅職員研修、五十代を中心とした管理職研修、さらには全職員共通テーマによる全体研修などがある。

またそれらを補完する特定の業務テーマに即した課題(部門)別研修、各種の通信講座での学習を奨励する通信研修、一定期間の海外研修、資格取得等を支援するスキルアップ研修、自己啓発への支援制度など様々な取り組みが行われている。これらの研修が職員の基礎的力量の向上に役割を果たしていることは間違いない。ただ中小規模の大学だとどこまで体系的な整備ができるか限界もあり、また講演を聴いて知識を学ぶやり方を毎年繰り返すだけで身に付いたものとなるかなど問題点もある。これを改善するため、研修を踏まえた現場からの実践報告や経験交流、さらには進んだ改革の取り組みを報告、事例研究することや実践的なトレーニングを行ったりするなどの工夫がなされている。つまり、こうした研修や知識も、現場の業務に実際的に適用し、その改善に使うところまで具体化することなしには生きたものにならない


外部セミナー等への派遣

内部での養成だけでは限界があることから、外部研修や各種セミナーへの派遣も拡大しており、またそうしたニーズから研修のメニューも増加している。私大協会や私大連盟を始め各大学団体が主催する多様な研修会、大学関連の民間研修機関や高等教育関係誌等が主催するセミナー、大学行政管理学会をはじめとする大学関連の研究機関等が主催する研究会やセミナー等、その数は膨大なものに上る。学内研修と併せて、これらをうまく活用し、最新の知識や考え方、ノウハウを学習することは大変意義がある。しかしこれも同様に、単に知識として学ぶだけでは力量形成に結び付かない。いくつかの大学では、研修報告の形で学んだことを文章にまとめ、学内で発表の機会を作って普及を図り、より身に付いたものとするための取り組みを行っている。学んだことを基本に、その視点から見れば自らの大学はどこに問題があり、解決を迫られている課題は何で、そのために自分は何をすれば良いか、というところまで分析・提案できれば生きたものとなる。その過程で自らの頭で考え、問題発見、問題解決できる力も付いてくる。つまり現場の直面する課題に接合させる仕組みが介在しなければ、せっかくの研修も身に付いたものにならないということだ。


職員対象の大学院への入学

大学院での職員育成の専門的な教育課程もここ数年で急速に整備されてきた。日本で最初に大学アドミニストレーション専攻を立ち上げ、通信教育課程も置いて現職職員中心に全国展開する桜美林大学大学院をはじめ、名城大学大学院の大学・学校づくり研究科、東京大学大学院教育学研究科の大学経営・政策コースなどで様々な教育が行われている。これらの大学院で学ぶことは、大学の歴史、法制度、高等教育体系や教育制度、経営・管理システムやマネジメント手法などを、集中して体系的に、しかもその分野で第一線にいる専門的な研究者から講義を受拂られる点で大きな意義がある。実務家教員から実践に即した講義も聞け、かつ現実のテーマや手法に基づいたトレーニングや調査分析の訓練も受けられる点で、総合的な力量を養成するカリキュラムとなっている。

東京大学の金子元久教授(当時)は、同大大学院の大学経営・政策コースの発足に当たって「こうしたコースでは大学の組織や財務経営などに関する理論的な学習が必要なことは言うまでもないが、・・・重要なのは大学での具体的問題についてのデータを分析し、目標を立ててその達成の手順、戦略を立てる、またそれを学内に説得していく、という能力を形成していくこと」(日経、2004年12月4日付)と述べ、そうした実践的教育方法に工夫がいることを指摘した。こうした現場での業務課題に即して、分析力、政策立案能力、マネジメント力をいかに養成するかという点は、多くの大学院で共通する課題でもある。

その上で、大学院を修了した職員が、大学の改革に力を発揮するにふさわしい現場、ポストに配置され、学んだ理論を実践に結び付けることが望まれる。


「三つのリテラシー」の修得

寺崎昌男氏が、「大学人、特に職員の基礎知識を考える」と題して「大学リテラシー試論」を、「教育学術新聞」に発表された。(平成20年3月5日、12日、26日の3回連載)事務員から職員へ飛躍しようとするとき、とりわけ大学全体を視野に将来方向を考えられる人材になるためには、この大学リテラシーが不可欠だとして以下の三つの柱を提起した。

その内容は「1)大学という組織・制度への知識と認識、2)自校への認識とアイデンティティの確認と共有、3)大学・高等教育政策への認識と洞察」だ。いずれも職員が大学改革について何らかの提案をしようとするとき、狭い分掌の現実からだけでなく広い視野から問題を捉える上で基本となる素養だ。また解決方策を決定に持ち込む上でも、部分最適ではなく大学全体を見据えた全体最適の視点が大切で、こうした提起ができる力をつくるためにも重要である。これらは「基礎知識」といわれているとおり、大学人としての職員が共通して身に付けるべきもので、特に2)の自校認識は、それぞれの大学で折に触れ意識的に教育プログラムに組み込むべき重要な柱である。

この三点とも日々変化する内容を含んでおり、一度学んだらそれで良いというものではなく、仕事の高度化に従って学ぶべき内容もまた高度化する。その点では学習を続けることのできる職員を作り出すことが大切だともいえる。そしてこれらの知識も、処理型の業務から使命感を持って大学の政策・運営へ関与し、開発型業務に転換しようとするとき、初めて切実な必要性を持ってくる。(文部科学教育通信  No.260 2011.1.24)