2011年4月29日金曜日

まず時間からスタートせよ (ドラッカー)

私の見るところでは、成果をあげる者は、仕事からスタートしない。
時間からスタートする。計画からもスタートしない。
何に時間がとられているかを明らかにすることからスタートする。
次に、時間を管理すべく、時間を奪おうとする非生産的な要求を退ける。
そして最後に、得られた自由な時間を大きくまとめる。


2011年4月26日火曜日

田中好子さんのご冥福をお祈りいたします

記憶に残したいと思いましたので転載させていただきます。

田中好子さんからのメッセージ・全文です (NHK科学文化部(かぶん)のブログ)

乳がんのため、55歳で亡くなったスーちゃん、田中好子さん。
きょうの告別式では、先月前に病床で録音された、肉声のメッセージが公開されました。
内容を全文ご紹介します。


こんにちは、田中好子です。

きょうは3月29日、東日本大震災から2週間経ちました。

被災された皆様のことを思うと心が破裂するような、破裂するように痛み、ただただ、亡くなられた方々のご冥福をお祈りするばかりです。


私も一生懸命病気と闘ってきましたが、もしかすると負けてしまうかもしれません。

でもその時は必ず天国で被災された方のお役に立ちたいと思います。

それが私のつとめと思っています。


今日お集まりいただいたみなさまにお礼を伝えたくて、このテープを託します。

キャンディーズでデビューして以来、本当に長い間お世話になりました。

幸せな、幸せな人生でした。心の底から感謝しています。

特に蘭さん、美樹さんありがとう。2人が大好きでした。

映画にもっと出たかった。テレビでもっと演じたかった。

もっともっと女優を続けたかった。

お礼の言葉をいつまでもいつまでもみなさまに伝えたいのですが、息苦しくなってきました。

いつの日か、妹・夏目雅子のように、支えて下さった皆様に、社会に、少しでも恩返しできるように復活したいと思っています。

かずさんよろしくね。その日までさようなら。

「やっぱりお父さんはすごい」 被災児童の日記

記憶に残したいと思いましたので転載させていただきます。


東日本大震災:「顔が水より冷たく…」 被災児童が日記 (2011年4月25日 毎日新聞)

「お父さんが軽トラでもどっていった姿を見ました。津波にのみ込まれませんように。そう祈っていました」。巨大地震と大津波が東日本を襲ったあの日、子供たちは何を見、その後をどう生きたのか。岩手県山田町の町立大沢小学校を3月に卒業した箱石佑太君(12)が毎日小学生新聞に寄せた体験日記には震災と向き合う姿が率直につづられていた。


3月11日

卒業式の歌の練習をしていました。とてもゆれの大きい地震が来ました。最初は単なる地震だと思っていました。大津波警報が出ても、どうせこないと思っていました。来たとしても10センチメートル程度の津波だと思っていました。全然違いました。ぼくが見たのは、国道45号線を水とがれきが流れているところです。お母さんとお父さんが津波が来る前に大沢小に来ているところは見ました。だけどその後、お父さんが軽トラでもどっていった姿を見ました。お父さんのことが不安でした。車を運転しながら津波にのみ込まれませんように。そう祈っていました。


3月18日

津波から1週間。お母さんは、もうこんなに日がたっているのに、まだお父さんが見えないとあきらめていました。じいやんは泣いて「家も頑張って建てるし、おまえたちだってしっかり学校にいかせられるように頑張るから、お父さんがもしだめだとしても頑張るからな」と言っていました。


3月23日

卒業式でした。「ありがとう」の歌を歌っている時、お父さんに「お父さん、お父さんのおかげで卒業できたよ。ありがとう」と頭の中で言いました。そしたらなぜか、声がふるえて涙が少し出てきました。その夜、こんな夢を見ました。お母さんとお父さんが宮古のスーパーマーケットから帰ってきた夢でした。


3月25日

親せきの人の携帯に電話がかかってきました。内容は、お父さんらしき人が消防署の方で見つかったということでした。急いで行ってみると、口を開けて横たわっていたお父さんの姿でした。ねえちゃんは泣き叫び、お母さんは声も出ず、弟は親せきの人にくっついていました。顔をさわってみると、水より冷たくなっていました。

ぼくは「何でもどったんだよ」と何度も何度も頭の中で言いました。「おれがくよくよしてどうすんだ」と自分に言いました。でも、言えば言うほど目がうるんでくるばかりです。お父さんの身に付けていたチタン、東京で買った足のお守りや結婚指輪、携帯。そして驚いたのが時計が動いていたことです。お父さんの息が絶えた時も、津波に飲み込まれている時も、ずっと。お父さんの時計は今はぼくのものになっている。ぼくがその時計をなくしたりすることは一生ないだろう。


3月26~27日

見つかった時のお父さんの顔。まだ頭のどこかで見なきゃよかったと。でも見つかったおかげで火葬もできるし、お父さんをさわることができた。お父さんの体は水を飲んだのか胸がふくらんでいるだけだ。やっぱり見つかってよかった。


3月28日

きょうは火葬の日。ぼくとねえちゃんとお母さんとけいじろうは、手紙を書いて、お父さんと一緒に入れてやりました。拝んでいる時ぼくは「箱石家は頑張って継ぐからまかせて」と言いました。お墓に骨を埋めるまで、ぼくに骨を持たせてくれました。骨をうめてホッとしました。


4月7日

きょうは、ありがたいと心から言える日でした。お父さんとぼくたちの記事を見て、お父さんが東京マラソンを走った時の写真とお手紙を新聞の人が持ってきてくれました。ぼくたち家族に贈る言葉や、さらにはぼくに贈る言葉の手紙もありました。やっぱりお父さんはすごい。今日は本当にありがたい日だ。


箱石君は25日、155人の仲間と一緒に町立山田中学校に入学した。日記は、大沢小の子供たちが復興に立ち向かう様子を紹介する「大沢からの報告」として毎日小学生新聞に11日に掲載。「何回も読み、涙が止まりません。皆様が少しずつでも前に進める日がくることを願っております」(2人の子を持つ東京都北区の女性)とのメールが届くなど大きな反響を呼んだ。「大沢からの報告」は同紙で随時掲載され、次回は5月11日の予定。

2011年4月24日日曜日

時代が求める新しい大学づくりとは

納得の記事をご紹介します。

危機の時代に挑む大胆な大学改革を (2011年4月24日 日本経済新聞)

東日本大震災と原子力発電所の事故は、日本の社会や経済の大きな転機となるだろう。国の将来を左右する人材を育てる高等教育の仕組みもまた、見直しを迫られる。

いま、国の復興と地域や産業の再建に力を発揮する人たちを元気づけ、新たに育てていくことが、かつてないほど国家的な急務になった。グローバル経済の奔流は傷ついた日本の回復を待っていてはくれない。世界と競える能力も以前に増して日本に求められている。

文理の枠を超えて学ぶ

私たちは震災前に掲載したこのシリーズの冒頭、政治や経済、科学や文化などをひっくるめた「国の力」の根幹にあるのは一人ひとりの人間の能力であると主張した。

明日の日本を築くのは国民の「個の力」である。いま、それは一段と重みを持つはずだ。とりわけ、政治や経済、科学などの分野で、危機に際して指導力や専門知識を生かし、組織や社会が目指す方向を適切に判断できる人たちの力が大切だ。

そうした力を育てる日本の高等教育は十分に機能してきただろうか。大学を中心にした高等教育のシステムは、戦後も幾度か改革の試みがあったが、これからはもっと大胆に見直さなければならない。大学の淘汰や再編も避けられないだろう。

まず、大学の1、2年は、文系と理系の枠を超えて幅広い教養を学ぶ機会とするのが望ましい。

若いときに歴史や自然科学など多様な知識に接することが「個の力」を強め、信頼される人材を育てる根幹にもなる。若者が様々な学問に接してから進路を決め、学部や大学を自由に移れるようにしたい。

かつて、大学は学問で結ばれた者たちの共同体だった。それゆえ大学間のライバル意識が強烈な一方で、学者による学者のための閉鎖的な仕組みを内部に残してきた。これを学生中心の開かれた組織に再生しなければならない。

学生中心とは、学生を甘やかすこととは違う。授業料に見合った知識や技能を与え、学生が未来を切り開く力を獲得することに大学が責任を持つということだ。

そのためには大学のなかに様々な専門職が要る。大学教員が入学試験など学内業務に多くの時間を費やしているのが現状だが、これでは本来の教育や研究がおろそかになる。

社会との関係も、大学はもっと深めるべきだ。研究の成果や知識を一般社会に説明する機会を普段からつくり、学問が大切にされる文化の醸成に努める必要がある。大震災のような危機にあたっては、国民の安心と安全のために大学が持つ知を総動員する責任がある。

戦後の若年人口の増加と学歴志向の高まりで、大学は長らく右肩上がりの成長を楽しんできた。1992年に18歳人口がピークを超えた後も、学生数を増やしてきた。引き換えに学生の質の劣化を招いたが、そうした時代ももう続かない。

若者はさらに減る。定員割れで募集停止や学部統廃合に追い込まれる大学が出始めた。それが日本の高等教育の衰退につながっては困る。

海外にはグローバル競争を背景に、急速に大学進学率を高めている国がある。経済協力開発機構(OECD)の調べでは、日本の大学進学率48%に対し英国は57%、韓国はじつに71%に達する。もはや日本だけが「教育大国」ではない。

学長に大きな権限必要

新たな知識や先端的な技術を生み出す拠点として、大学院の拡充が必要だ。ただし従来のようにやみくもに増やすのではなく、世界と競う研究拠点を戦略的に築かねばならない。横並びをやめ、先端の知を追求する研究主体の大学と、教育主体の大学に分かれていくのが望ましい。

現場がそれぞれ特色のある教育や研究で競い合うため、文部科学省は大学に大きな裁量権を与えるべきだ。文科省は国立大学を法人化したが目的は行政改革で、真に高等教育の改革を目指したとは言えない。

国立大学法人の学長は事実上、人事権も予算配分の権限も持たない。学長に権限を与え、教育に見識があり経営にも通じた人物を、例えば産業界や海外から招き、個性が光るような大学経営を促したい。

文科省は交付金と天下りで国立大学を保護し、統制してきた。文科省も大学も、こうしたもたれ合いの関係から脱するときだ。

大学教員は昔ながらの仕組みにしがみついていてはならない。学生は意欲的に学び、可能性を広げる努力をしてほしい。就職のためだけでなく、社会のためにできることを自らに問いかけたいものだ。新しい大学づくりに挑戦する教員や意欲ある学生を、時代は求めている。

2011年4月23日土曜日

何によって人に憶えられたいか (ドラッカー)

私が13歳のとき、宗教の先生が生徒一人ひとりに「何によって人に憶えられたいかね」と聞いた。
誰も答えられなかった。
先生は笑いながらこう言った。
「いま答えられるとは思わない。でも、50歳になって答えられないと問題だよ。人生を無駄に過ごしたことになるからね」。


2011年4月19日火曜日

東日本大震災が与える示唆

今なお廃墟と化した被災地の映像を見、被災者の吐露する言葉を聴く毎日。私たちは日本人として何を考え、行動していかなければならないのか。共感を覚えた記事がありましたのでご紹介します。

東日本大震災から1ヵ月 生きる意味を揺さぶられた30日間 われわれはいま何を問われているか(2011年4月11日 ダイヤモンド・オンライン)

あの日から、ちょうど1カ月が経った。2001年の9.11がアメリカの世界観を変えたように、3.11からわれわれの世界を見る目は、大きく変わったように思う。

アメリカにおける世界観は90年代の冷戦の終結による平和の配当から、サミュエル・ハンチントンが予言した『文明の衝突』へと変わり、ときのブッシュ政権はアフガン戦争から、果てはイラク戦争にまで突っ込んでいった。では、3.11が我々にもたらしたものは何だろうか。それは文明に対する「不信」かもしれない。

暴きだされた欺瞞と一筋の光明

世界で最も文明の進んだ先進国の一つでありながら、巨大地震を予知することはできず、堤防も防潮堤や水門も、巨大な津波にいともたやすく乗り越えられてしまった。そして、われわれの豊かさ、利便性、効率性を支えてきた巨大なシステムが、あの時を境に恐怖の源泉となっている。原子力の専門家なる人々の楽観的な見立てはことごとく外れ、完全に信頼を失った。福島第一原発は、いまもなお近隣の土地を殺し、海を殺し続けている。

そして、電力不足で右往左往する大都会は、その利便性と生産力を支えるためのリスクを、補助金という巨額の札束で、田舎の町や村に押しつけていたという構図を、目の前に突きつけられることとなった。

その一方で、われわれが光を見出したのは、自らの犠牲を顧みず自分たちの責任を果たそうとした人々の存在であり、互いに乏しきを分かち合い、助け合う被災者たちの「絆」であった。テレビでインタビューを受ける自治体の長たちから、最初に口を突いて出てくる言葉は、全国からの支援に対する感謝である。NHKで見た老婆は、肉親が行方不明になっていながら「ご迷惑をおかけしております」とマイクに向かって答えていた。私はこの言葉に返す言葉を見出せない。

この三つを前提とするならば、われわれが学んだことは、日本が3.11までの旧社会へ復帰することでよいのかということであろう。言い換えるならば、日本人が考える豊かさや幸せとは何かが問われていると言ってよい。

自然エネルギーだけで原子力を代替するのは難しい

極端な言い方をすれば、文明がその失敗を糧とすることを信じて、なお物質的な豊かさと利便性を追求していくのか、文明の限界を知り、自然に謙虚になることによって、豊かさや幸福の尺度を変えた生き方をするかである。恐らく現実の結論は、その間のどこかに見出されることになるとしても、である。

その判断が最も象徴的に問われるのが、エネルギーの問題だろう。これまでと同じような利便性と効率性、そして低コストを求めるならば、原子力エネルギーになお依存しなくてはなるまい(と思い込まされているのかもしれない)。地球温暖化を防ぐためには、二酸化炭素に代表される温暖化ガスを、減らしていかなくてはならないという大きな課題を背負っているからである。

これを機会に、風力、太陽光、バイオマスなどの自然エネルギーの増大に力を入れることになるだろうが、こうした自然エネルギーが発電量全体に占めるシェアはわずか1%で、水力を加えても10%にすぎない。これに対して原子力発電のシェアは約30%もあるから、短期間に自然エネルギーで代替することは不可能に近い。

しかも自然エネルギーは水力を除くと、発電コストは原子力よりも高い。ちなみに、太陽光発電は原子力のほぼ10倍である。短中期に原子力に代替しうるとすれば、LNG(液化天然ガス)か石油ということになるが、これらを燃やして電気を得れば二酸化炭素の排出が増える。

とすれば、われわれは、なおも低コストのエネルギー(電気)を好きなだけ使える便利な社会を追求するのか、安全だがいくぶんか不便でエネルギーコストの高い社会のどちらを選ぶかという選択を迫られることになる。

その際、最大の問題は、グローバルに見れば高い電力コストがさらに上がることによって、日本国内に立地する企業の国際競争力が落ち、雇用が減少することだろう。

安全を失ってもまだ成長至上主義に捕らわれていないか

しかしである。頑張って1日も早く生産を復旧しなければ、海外の企業にシェアを奪われてしまうとか、電気が足りなければ日本企業は生産拠点を海外に移転するといった議論は、旧社会の経済成長至上主義の延長線上にある。

3.11が起こる以前にも、すでに日本の社会は格差社会、無縁社会といった言葉で表現される病根にさいなまれていた。その一方で、マスコミも「勝ち組」「負け組」という言葉を安易に使いながら、日本企業が、あるいはわれわれ一人ひとりが、「何のために」「何に対して」勝たなくてはならないのかを、深く問うことはなかった。

これに対して、われわれはこの大惨事の中で、人々の「絆」に一筋の光明を見た。だれかの笑顔を見ることが、この上なく幸せな気持ちを呼び覚ますという感情も、改めて思い出した。もし仕事の総量が増えないとすれば、それをシェアすることはできる。それは日本の労働市場の仕組みを大きく変える作業ではあるが、政労使が一体となって取り組むに値する価値がある。それによって、1人1人はこれ以上豊かにならないかもしれないけれども、「絆」を社会の真ん中に置いた新しい豊かさの尺度を手に入れることができるかもしれない。

それは大都会の快適さと利便性を支えるために、リスクを引き受けてきた(今でも引き受けている)東北の、そして日本の地方に対する都会人および大企業の責務ではないだろうか。それでもなお、市場原理を軸とした競争社会こそが富を生み出す原動力であり、進歩の源であると考えるのであれば、自分たちの住む地域に、原子力発電所を建設する覚悟が問われるだろう。

もちろん結果としての経済成長を否定しているわけではない。人口減少、高齢化社会という長期の構造変化に、復興の負担と、エネルギー制約が加わった。もはやわれわれは成長と効率性、安全と利便性のすべてを、同時に手に入れることはできない。政治はすべてを実現できるという幻想をふりまくのではなく、そうした制約条件の中でどのような社会を構想してくのかを、提示していかなくてはならない。そしてどのような新世界を選択していくかを問われるのは、われわれ一人一人なのである。

復興にかかる長い道のり 3.11を心に刻んで

これからが復興である。その道は長く遠いだろう。それは5年、10年という時を費やす営みとなることは間違いない。阪神・淡路大震災が起こったときに兵庫県知事だった貝原俊民氏は、その著書の中で被災者の心理状態は、被災してから復興に入るまで、4つの時期があるということを紹介している。それは「英雄期」「ハネムーン期」「幻滅期」本格的な「復興期」である。

この例にならえば、現在は、外部からの支援の手が差し伸べられ、人間同士が支え合う連帯感に満ちたハネムーン期だろう。だが、次にいくら努力しても、先が見えてこないという幻滅期が必ず訪れる。われわれは、被災者とともにこの幻滅期をいかに乗り切っていくのかが、これから問われるのだ。

そのためになすべきことは何よりも、忘れないことである。われわれ日本人の欠点は、いともたやすく歴史を忘れてしまうことにある。私も含めて今回の大震災が起こるまで、阪神・淡路大震災の起こった日を問われて、即座に答えられる人が何人いただろうか。同じように沖縄戦終了の日、広島、長崎に原爆が投下された日を、あなたは、私は記憶しているだろうか。

3.11を、われわれ日本人は心に刻み込んでおかねばならない。

2011年4月17日日曜日

政治家よ、学者よ、しっかりしてくれ!

個人的に納得の記事があったので。

菅首相への批判 ただ「辞めろ」は無責任だ(2011年4月14日 毎日新聞)

統一地方選前半戦での民主党敗北を受け、野党だけでなく民主党内からも菅直人首相の退陣を求める声が出てきた。強い余震が続き、東京電力福島第1原発の危機的な状況がなお続く中での退陣論だ。果たして政治がこんな状態でこの難局を乗り切れるだろうか。不安と不信を募らす国民は多いはずだ。

まず、この非常時に退陣要求が出ること自体、菅首相の責任というべきだろう。震災前から予想されていたとはいえ、統一地方選での敗北は多くの国民が原発事故や大震災の被災者支援などに関し、政権の対応に不満を持っている表れである。

ねじれ国会の下、首相がどう復旧・復興策を実現しようとしているのかも、なお明確ではない。一時、自民党の谷垣禎一総裁に入閣を持ちかけたが、拒否されるとその後はなしのつぶてだ。首相を支える民主党執行部も今度は与党の国民新党への気兼ねなのか、この時期およそ優先度は低いと思われる郵政改革法案を審議する特別委員会を12日設置した。自民党が反発するのは当然だ。

既に指摘したように何より首相には「最終責任は自分が取る」という迫力が欠けている。「非常時だから野党は協力するのが当たり前だ」といった謙虚さに欠けた姿勢では、やはり与野党の協力体制はできない。

ただし、だからといって今、首相退陣を求める意見にも到底、賛同はできない。谷垣氏は「菅首相は国民の厳しい声にどう応えるか、自ら判断すべきだ」という。自発的に辞任せよというわけだ。だが、菅首相が退陣し、どんな体制を作ればよいのか。具体的な言及はない。

当面、衆院を解散して民意を問うことができないのは野党も承知のはずだ。では、首相さえ交代すれば連立を組んでもよいと考えているのか、あるいは「私が首相になる」と谷垣氏は考えているのか。このリーダーのもと、こんな体制にすれば原発対応も復興も進むという具体的な案もないまま、ただ「辞めろ」というのは無責任というものだ。

民主党内では小沢一郎元代表が13日、菅首相を強く批判する書面を出し、小沢元代表を支持するグループから退陣論が出ているが、こちらも「首相交代した後、どうする」が見えない。

仮に今、首相が交代すれば、国民のみならず、国際社会も「いよいよ日本は政治の統治能力を失った」と不安を募らすのではなかろうか。内向きな政局発想から今も抜け出せないことに驚くほどだ。

被災地では多くの人々が余震におびえながら忍耐強く避難生活を続けている。首相も与野党議員も「党利党略」「個利個略」を捨て、総力体制を築くべきだと再度指摘したい。


先生方が互いに「先生」と呼び合う復興会議に未来はあるのか?(2011年4月17日 INSIGHT NOW)

東日本大震災でわかったことがある。政治家、官僚、東電・・・日本のエリートの方々は、集まっていても、あまり役に立たないのではないかという現実。「先生方」が、各々の「先生方」を、「先生」呼ばわりする組織では、危機管理能力なんて存在しなかったという、日本というシステムの恐ろしい現実である。

サンデー毎日の4月24日号で、「街場の原発論」と題して内田樹さんがこのように指摘されている。「エリート達は、受験秀才です。彼らの仕事は、正解を答えることであり、誤答を嫌います。誤答をするくらいなら、黙っている。でも、危機というのは、資源がない、情報がない、人員がない、時間がない。という状況のことです。そのような状況下で、最適判断を求められると、受験秀才はフリーズしてしまう。」「このように判断したことには十分な根拠があるという条件が整うまで、秀才は何もしない。その間に、もっとも貴重な資源である時間は、不可逆的に失われてしまう」。このような人達に、日本の管理運営を委ねるようなシステムを採用してきたことに警鐘を鳴らされている。

その道の秀才は、畑の違う分野には、同じような秀才が居ると信じている。だから、お互いが「先生」と謙遜し合う。秀才だから、自分を全知全能だと言ったりはしない。賢くて変に傲慢じゃないから、その得意分野だけの智慧を出そうとする。

その「先生方」達の意見を聞く、また、その上の「先生方=政治家」達は、その無責任な意見を、それぞれの思惑と立場で聞く。その偉い先生方は、自分がいちばん偉いと各々に思っているから、その分野の「先生方」は、自分にいちばん正しいことを伝えてくれていると信じている。

でも、その専門の「先生方」は、お金をもらったり使われたりする身分なので、いちばん偉いと想っている先生方達の思惑と立場に合わせて意見を言う。心の中では、政治家の先生方を、少し蔑んだりして見たりしているのに・・・。

そうやって「先生方」達は、集まって意見を聞くほどに、バカになり、ヘボくなり、ドジな結果を招くことになる。

公式的には、 先生×先生=ヘボ の法則である。

高学歴&高収入な先生方は、自分より高学歴&高収入な人達の意見を聞く傾向がある。勉強をして先生になった方々は、正々堂々とした誤答を、「正答」にしてしまう心弱さがある。

東日本大震災の後の荒野。長引く原発の問題。この状況で、みんなが100%納得する「正答」なんて導き出せるわけがない。しかし、高学歴&高収入な先生方は、この期に及んでも、「美文」を用意されようとする。いまある大きな危機と将来を、簡単につなげられるこの有事だからこそ、華麗なレトリックを駆使して復興案を書かれようとしている。その政治のために、先生方が、いっぱい官邸に呼ばれるわけだ。

管総理大臣は、東日本大震災復興構想会議をスタートするにあたり「64年の中で最も大きな危機だが、これを乗り越え、創造的復興案をお示し頂きたい」と期待を述べた。単なる復旧案ではなく、「創造的復興案」の策定をするらしい・・・。

では、その創造性とは、どこから来るのか? その創造性は、あらゆる分野の先生方を集めたら生まれてくるのか? 仮に生まれてきた「創造的復興案」を推進する創造性は、本当にあるのか?

専門の先生方が集まってできる「創造的復興案」は、復興の考え方と順序が指し示された「美文」であろうことは、間違いない。

しかし、そのプランを推進し実行するのは、この国の政府と国民である。政府の長である首相が「創造性」の全権を、先生方に委ねた時点で、そんなものに真の創造力が宿らないことを理解されていない気がする。「創造性」とは、「会議の時間」と「先生方」があればできるものではない。

R・フロリダの『クリエイティブ都市論』には、「創造性は居心地のよい場所を求める」という副題が付いている。居心地の悪い首相が集めた復興構想会議に、創造性なんか期待できるわけがない。

きっと・・・この「創造的復興案」は、美文のままで終わる。どうせ、復興案は各省の官僚の権限争い場になる。最初から政府に「創造性」がないのだから・・・結果は、目に見えている。

私には、正直、良くわからない。このような東日本大震災復興構想会議に名前を連ねる先生方の真意が・・・。「創造性」を求められて、管総理大臣に苦言も呈さずに、自分に日本を再建する「創造性」があるという顔をされている皆さんの気持ちが・・・。いつまで、同じコトを繰り返されるのか?う・・・ん、わからないっ。

2011年4月16日土曜日

ツイッターの活用から見る大学の姿

このたびの東日本大震災において、ツイッターの果たした役割を高く評価する記事を最近よく目にします。

このツイッター、利用者人口の増加に相まって、いろんな活用の仕方が生まれてきているようですが、大学の広報ツールとしての存在感も日増しに強くなってきているような気がします。

(参考)

「大学のTwitter利用に関する実態と意向」-全国1128大学/大学人(教員・職員)を対象とした調査による『高等教育界とTwitter(ツイッター)の現在と明日』 -(調査報告書)
http://chiikikagaku-k.co.jp/kkjhp/survey/201006/report/report.pdf
要約版はこちらをどうぞ
http://chiikikagaku-k.co.jp/kkjhp/survey/201006/report/summary.pdf


ツイッターに登録されているアカウントから大学関係者と思われるものを探してみましたが、大学教員による研究室やゼミの紹介、学生個人による課外活動、サークル等の学生グループの紹介のほか、同窓会、生活協同組合、教職員組合等の関連団体による情報発信など、様々なものがありました。

そこで、国立大学法人が大学広報の一環として公式的に発信しているものをいくつかご紹介します。今後のツイッター活用の進展が大いに期待されるところです。


 東北大学 Unofficial
 @TohokuUniv
https://twitter.com/#!/TohokuUniv
宮城県仙台市青葉区片平2丁目1-1に本部を置く日本の国立大学。1907年に設置され、大学の略称は「東北大」。日本で三番目の帝国大学として、1907年(明治40年)に創設された東北帝国大学を前身とした大学である。「研究第一主義」「門戸開放」「実学尊重」の3つを大学理念としている。
※まだツイートがありません。

koho terui(宮城教育大学)
@teruco_mue
https://twitter.com/#!/teruco_mue
宮城教育大学の事務職員です。広報担当として、宮教の良さをたくさんの人に知っていただきたいとの思いから、つぶやいています。一応、中学生と小学生の子どもの親でもあります。音楽と野球が好きです。多少その辺の話題に脱線することもあります。

筑波大学 (非公式)
@univ_tsukuba
https://twitter.com/#!/univ_tsukuba
筑波大学HPのRSSを配信するBOTです。 稀に管理者が重要だと思った事も呟きます。

筑波大学新生活応援ポータル
@UT_newlife
https://twitter.com/#!/UT_newlife
筑波大生(新入生・受験生・在学生etc.)のための、「筑波大学新生活応援ポータル(移転作業中...)」付属のTwitterサイトです。 上記HPでは筑波大の環境に関する取り組みをはじめ、宿舎情報、自転車・バス情報、店舗情報、サークルなど学生生活に役立つ各種情報を集積しています。

University of Tokyo(東京大学)
@Univ_of_Tokyo
https://twitter.com/#!/Univ_of_Tokyo
The University of Tokyo (東京大学)の非公式アカウント

一橋大学附属図書館
@hito_lib
https://twitter.com/#!/hito_lib
一橋大学附属図書館のガイダンスをご案内します。本サービスは、4月のガイダンス期間中の試行です。当アカウントからフォロー、リプライ、RTすることはありません。 当館に対するお問い合わせ・レファレンスはレファレンス相談フォームまでお願いします。

新潟大学
@NiigataUniv
https://twitter.com/#!/NiigataUniv
※まだツイートがありません。

横浜国立大学
@YNU
https://twitter.com/#!/YNU
横国生・OBのためのつぃっこです。このアカウントは、コミュニティー・サービス「ついっこ」に登録してあります。ご利用に当たっては上のリンクの先にある利用規約をお読みください。このアカウントに投稿するとフォローしている全員にメッセージが届きます。

山梨大学
@NASHIDAI
https://twitter.com/#!/NASHIDAI
山梨大学(UNIVERSITY OF YAMANASHI)の非公式アカウントです。梨大(山梨大学)のお知らせ等発信していきたいと思います。

京都大学総長室
@KU_President
https://twitter.com/#!/KU_President
京都大学総長室公式アカウント.総長、理事等の活動報告と様々な取り組みの広報を目的としてつぶやきます。

大阪大学
@osaka_univ
https://twitter.com/#!/osaka_univ

和歌山大学
@wakayama_univ
https://twitter.com/#!/wakayama_univ
国立大学法人和歌山大学の情報を発信するアカウントです。和歌山大学広報室が管理運営しています。ホームページ等で更新される広報情報を取りまとめてこちらでお知らせしていきます。

広島大学
@Hiroshima_Univ
https://twitter.com/#!/Hiroshima_Univ
広島大学の公式アカウントです。広報グループがツイートしています。最新ニュースや日々のできごとなど、広大の広報トピックスをT2とMとKがつぶやきます。【現在、試験運用中】お問い合わせ、ご質問は公式サイトからお願いします。

広島大学高等教育研究開発センター
@rihe_hiroshima
https://twitter.com/#!/rihe_hiroshima
大学・高等教育研究の普及・発展を目指します。

九州大学【非公式】ツイッター
@KyushuUniv
https://twitter.com/#!/KyushuUniv
九州大学のなかの人による個人的な非公式アカウントですが,公式情報を元に正確な情報をお伝えしていきます。

鹿児島大学情報Bot
@kadai_bot
https://twitter.com/#!/kadai_bot
鹿児島大学のサイトから収拾した情報を配信するBotです。よろしくお願いします。鹿大元職員が管理しています。一日のまとめについてはTwilogをご覧ください。

この日だけは泣くよ 明日へ、また歩むため

つらい内容ですが、どうしても日記に掲載したかった記事なので。


俺は父ちゃんだから。泣くのはやめよう。そう決めていた。岩手県釜石市の測量会社勤務佐藤正則さん(55)は震災から1カ月たって、ようやく、亡くした長男正樹さん(18)の思い出に浸ることができた。ふだんは泣けないから。毎月、この日だけは兄ちゃんのことを思い出して泣くよ。

ダウン症だった正樹さんは、12歳から特別支援学校の寄宿舎に入っていた。自活する力を身に付けてほしかったから。

震災後、火葬場で正樹さんだけの卒業式をした。「卒業したら、ちゃんと働きたい」。特別支援学校の校長から手渡された文集に書かれた夢。卒業証書とともに持ってきてくれた。誰かが「おめでとう」と声を掛けてくれた。それで十分だった。自分も声を掛けたら、きっと我慢できない。

3月に入り、インフルエンザの流行で学級閉鎖になり、久しぶりに根浜海岸に近い鵜住居地区にある家に戻ってきたところだった。

あの日、経験したことのない強烈な揺れに、すぐに津波が来ると分かった。避難した高台から防潮堤をやすやすと乗り越えてくる津波を見てぞっとした。

夕方。水が引いたのを待って鵜住居に戻った。家は崩れ、内陸側に約100メートル流されていた。近所の人から、近くの避難所に家族がいると聞き、合流した。正樹さんの顔だけがなかった。「兄ちゃんはどうした」「家にいたけど、分からない」

寒い日だった。「早く助けてやらねえと」。夜、懐中電灯を持って、1人で家に戻った。がれきをかき分け、隙間を照らす。1時間ほど作業を続けた。白く、冷たくなった正樹さんを見つけた。

高台に連れて行った。息をしていないのは分かっている。それでも、なんとかしてやりたいと思って泥をぬぐい、服を着替えさせた。「明日になったら、病院に連れて行ってやっかんな」と声をかけ続けた。応えてくれない正樹さんの隣に座り、一晩中泣いた。

泣いたのはそれっきりだった。家族がいる。俺は家長、父ちゃんだ。泣くわけにはいかなかった。生きてゆくための煩雑な手続きで時間はあっという間に過ぎた。

震災から1カ月たった4月11日午後2時46分。釜石の隣にある大槌町の城山公園に上った。津波にのまれた町を見下ろし、正樹さんとの思い出に浸ることを初めて自分に許した。

寄宿舎で使っていた歯ブラシを手にしてみた。「さとうまさき」。ゆがんでいたが力強い筆跡。無口で意志が強く、一度決めたことは曲げなかった。学校が大好きで、いつもにこにこしていた。

ささやかな夢は「しっかりした大人になりたい。まじめに働きたい」。18年間生きていてくれた。ありがとう。1カ月ぶりに思い切り泣いた。

明日から、また前を向かなくてはいけない。

でも毎月11日だけは泣いてもいいだろ。誰にも見られない、この場所なら。(2011年4月13日 共同通信

明日のために昨日を捨てる (ドラッカー)

イノベーションの戦略の一歩は、古いもの、死につつあるもの、陳腐化したものを計画的かつ体系的に捨てることである。
イノベーションを行う組織は、昨日を守るために時間と資源を使わない。
昨日を捨ててこそ、資源、特に人材という貴重な資源を新しいもののために解放できる。


Japan’s crisis: one month later

Japan is just in the beginning of the long term recovery effort from the earthquake that struck off northeastern Japan on March 11. The crisis alert level from the damage to the Fukushima Nuclear Power Plant has now been raised to the highest level of impact, the same as the Chernobyl Russia incident 25 years ago. Searchers continue to look for the dead, displaced Japanese live in shelters, protests continue over use of nuclear power, Japan's economic engine may be disrupted, the massive cleanup of debris is just underway, aftershocks are feared and many continue to mourn those who were lost. The photos collected here are from one month to the day of the quake and beyond. -- Lloyd Young (36 photos total)(April 13, 2011 BOSTON.COM)


その他の写真はこちら
http://www.boston.com/bigpicture/2011/04/japans_crisis_one_month_later.html

気持ちはわかるけど、人間としては言語道断!

差別・偏見。ムカツク記事をまとめて。

福島ごみ「受け入れるな」 川崎市に市民ら苦情2千件超 (2011年4月13 日 共同通信)

川崎市の阿部孝夫市長が福島県などの被災地を7、8両日に訪れた際、災害廃棄物処理の支援を表明し、川崎市民らから「放射能に汚染されたごみを受け入れるな」などの苦情が2千件以上寄せられていることが13日、市への取材で分かった。担当者は「汚染ごみは運べるはずがない」と説明、対応に追われている。

川崎市は2007年の新潟県中越沖地震でも、柏崎市の粗大ごみを鉄道輸送で受け入れ、無償で焼却処理した実績がある。今回も阿部市長は福島、宮城、岩手の3県などに支援を申し出たものの、ごみの量が桁違いに多く単独で処理できないため「国主導で支援したい」(処理計画課)と、計画は白紙状態だ。

ところが8日以降、同課への電話や市長へのメールで「絶対に福島からごみを受け入れるな」「(福島市出身の)市長の売名行為だ。リコールする」などの苦情が殺到。「川崎市民だけの問題ではない」と、埼玉や千葉県、米国からも反対意見が相次いでいるという。

 ネット掲示板「2ちゃんねる」やツイッターでも話題に上っており、「小さい子どもがいて不安」といった、女性からの訴えが大半を占めるようだ。担当者は「行政不信に陥っているようだが、これでは復興の妨げになる」と困惑している。


「放射能怖い」福島からの避難児童に偏見 (2011年4月13日 毎日新聞)

原発事故で被ばくを恐れ福島県から避難してきた子供が「放射能怖い」と偏見を持たれるケースがあるとして、千葉県船橋市教委が全市立小中学校長らに配慮するよう異例の指導を行っていたことが分かった。福島県南相馬市から船橋市へ避難した小学生の兄弟の事例では、公園で遊んでいると地元の子供から露骨に避けられたという。兄弟は深く傷つき、両親らは別の場所へ再び避難した。大震災から1カ月たつが、福島第1原発の深刻な事態が収まる見通しは立っていない。知識の欠如に基づく差別や偏見が広がることを専門家は懸念している。

南相馬市の小学生の兄弟のケースは、避難者の受け入れ活動に熱心な船橋市議の一人が把握し、市教委に指摘した。市議によると兄弟は小5と小1で、両親と祖父母の6人で震災直後船橋市内の親類宅に身を寄せ、4月に市内の小学校に転校、入学する予定だった。

兄弟は3月中旬、市内の公園で遊んでいると、方言を耳にした地元の子供たちから「どこから来たの?」と聞かれた。兄弟が「福島から」と答えると、みな「放射線がうつる」「わー」と叫び、逃げていった。兄弟は泣きながら親類宅に戻り、両親らは相談。「嫌がる子供を我慢させてまで千葉にいる必要はない」と考え、福島市へ再び避難した。

福島県から県内に避難し、この家族をよく知る男性は「タクシーの乗車や病院での診察を拒否された知人もいるようだ。大人たちでもこうなのだから、子供たちの反応も仕方がない。でも、当事者の子供はつらいだろう」と話す。

市議の指摘を受け、船橋市教委は3月28日「(放射能への)大人の不安が子どもたちにも影響を与え、冷静な対応がとれなくなることが危惧される」として、避難児童に「思いやりをもって接し、温かく迎える」「避難者の不安な気持ちを考え言動に注意する」よう市立小中学校長らに通知した。

市教委によると今月から市内の学校へ通う被災者・避難者の子供は43人で、うち38人は福島県出身という。

避難児童を多数受け入れる市立行田西小学校の中村俊一校長は、「温かく迎えるのは言われなくても当たり前のこと」と強調。「放射能を巡る偏見や方言で児童を傷つけることがないよう注意深く見守ろうと、教職員に何度も話している。始業式や入学式で『いつか古里に帰れる日が来るでしょう。その時に船橋に来て良かった、友達ができて良かったと思ってもらえるよう仲良くしてください』と呼びかけた」と話す。

市教委に指摘した市議は「話を聞き、心がさみしくなった。船橋の子供たちにはいつも『思いやりのある人になってほしい』と言っている」と話す。


千葉市稲毛区の放射線医学総合研究所(放医研)は福島第1原発事故直後の3月14日、放射線や被ばくを巡る電話相談窓口を開設。研究員や退職者6人が朝から深夜まで応対している。相談は主に首都圏から寄せられ、すでに6000件を超えている。

震災直後は「原発近くに住む親類を家で受け入れたいが、自分の子に影響はないか」という内容が多かった。その後、避難者の数が増えると「アパートの入居で難色を示された」「福祉施設や病院で被ばく線量を調べるスクリーニング検査の証明書の提出を求められた」などの相談が急増した。

今回の船橋のケースも踏まえ、放医研の柿沼志津子博士は「大人をまず教育したい。受け入れる側が心配すべきことは何もありません。むしろ心配しすぎる方が体に悪い」と指摘。「放射線について正確な知識に基づき、『正しく怖がる』ことが大切です。もっと勉強してほしいし、私たちも理解を深めてもらえるよう努力しなければならない」と話す。放医研は相談窓口(電話043・290・4003)を当面続けるという。


福島出身を理由に結婚破談? 「放射能差別」起きているのか (2011年4月15日 J-CASTニュース)

「放射能の影響で元気な子供が生まれなかったらどうするの?」。福島県出身の女性が婚約者男性の母親からこう言われ、結婚が破談になったとブログで紹介され、波紋を呼んでいる。この話は、当事者の誤解などの可能性もあるが、そんなケースは実際に起きているのか。

「結婚にまつわる悲しい話」。神奈川県在住のウエディングカメラマン男性(37)は、2011年4月15日のブログでそう切り出して、胸の痛みを打ち明けた。

きっかけは、新郎の母親が言った「放射能の影響」?

このブログ「ウエディングカメラマンの裏話」によると、女性は、福島県で高校まで生活した後に上京。東京の大学で婚約した男性と知り合った。それから8年間も交際を深め、都内で6月に結婚する運びになった。いわゆるジューンブライドだ。

カメラマン男性は、新郎新婦と結婚式撮影の打ち合わせをして、2人の幸せにあふれる様子に心和んだ。2人の友だちがリングピローとウエルカムボードを作り、高校時代の福島の親友も「こういうときだから幸せたくさんみせてね!」と祝福していた。

ところがだ。いきなり結婚式が中止になり、結婚も破談したというのだ。

そのきっかけは、新郎の母親が言った「放射能の影響」の言葉だったそうだ。女性は、これでは一緒にやっていくのは難しいと思い悩んだ。そして、結婚で新郎の家族が不幸になってほしくない…。こう考えて、女性自ら、新郎側に破談を申し入れた。そのとき、新郎は安堵の表情を見せ、新郎の両親も笑顔になったという。

もちろん、第3者であるカメラマンが話を聞き間違えたり、破談の理由はもっと別のところにあったりした可能性はある。これが本当のことだとは必ずしも言えないが、福島出身が理由で婚約が解消したケースなどは実際にあることなのか。

福島県「聞いていないが、あればゆゆしき問題」

日弁連の広報課に取材すると、放射能差別を理由にした結婚破談などの具体的な情報はまだないといい、人権問題で対応を検討しているようなこともないという。また、法務省の報道係でも、2011年4月15日にこうした問い合わせが来たというが、法務局や人権ホットラインなどに人権侵犯事件として上がってきたものはなかったとしている。

大手の結婚情報サービス会社でも、取材に対し、「震災で婚活を一時休止したというのはありますが、原発事故の影響で結婚破談という話は聞いたことがありません」と話した。

放射能差別による福島県民の結婚破談について、県災害対策本部の広報班では、「そのような話は聞いていない」としたうえで、「あればゆゆしき問題だ」と言っている。

とはいえ、放射能への過剰反応については、すでに一部で報じられている。

福島出身者らがタクシー乗車やホテル宿泊などを拒否され、行政が業界の指導に乗り出したのは、その1例だ。さらに、千葉県船橋市では3月28日、福島県南相馬市から避難してきた小学生の兄弟が公園でそのことを地元の子どもたちに話すと、子どもたちは「わー」と叫んで逃げたことが市教委に報告された。市教委ではこの日、各校長に対し、被災者に思いやりを持って接してほしいとする通知を出している。

福島県の災害対策本部では、「ガソリンスタンドやコンビニへの入店を断られたり、いわきナンバーの車を荷主が嫌がったりするケースは聞いています。必ずしも事実確認できたわけではありませんが、過剰反応が起こっているという認識はあります。しかし、福島県には応援の声もいっぱい届いていますので、これからも前向きにやっていきたい」と話している。


東電清水社長会見「産・官・学・報の癒着」白日に (2011年4月13日 ライブドアニュース)

テレビでひたすら「原発は安全だ」「電力供給に必要だ」と言い張っていた御用学者たち。彼らに電力会社が多額の金銭を提供していたことがネット上で話題になった。東京電力の清水孝正社長は13日の記者会見で大学研究室への金銭提供を認めた。フリージャーナリストの中島みなみ氏が引き出した。

東電はこれまで「(公益社団法人)土木学会が打ち出した津波の基準にもとづいて原発の耐性設計をしてきた」と主張してきた。

だが、土木学会(原子力土木委員会・津波評価部会)は、東電はじめ全国電力会社の現役社員が委員を務める。学識経験者として委員を務める大学のセンセイたちは東電から金銭提供を受ける。

中島氏はこれらの事実をあげて清水社長を追及した。「金銭援助を受けていれば意思決定に影響するのではないですか?」と。

清水社長は「大学研究室から要請があり資金提供した」と認めたうえで「意思決定には影響ない」と否定した。“いけしゃあしゃあ”とはこのことである。

象牙の塔ばかりではない。電力会社が経産官僚の天下り先になっていると指摘されてきたが、資源エネルギー庁の石田徹前長官が1月に東京電力の顧問に就任しているのである。

枝野官房長官は13日の記者会見で「法律上天下りに該当するかどうかに関わらず、社会的に許されることではない」とコメントした。

清水社長の記者会見(13日、東電本店)で筆者は東電の「お詫びCM」について触れ、「これから補償で多額の費用を要する。CMに使うカネがあったら被災者への補償に向けるべきではないか?」と追及した。清水社長は「検討中」としか答えなかった。

東京電力は多額の広告費でマスコミを、研究助成金で大学研究室を、天下り受け入れで政府を絡め取ってきた。新聞・テレビは長きにわたって国民の頭に「原発は安全」「電力供給に必要」と刷り込み、政府は東電の事故隠しなどを目こぼししてきたのである。

清水社長の記者会見はその構図を改めて白日の下に曝け出した。


独自通行証で渋滞ストップ!=「見物客」に自粛訴え-宮城・亘理(2011年4月16日 時事通信)

宮城県の南部にある亘理町は、町外から興味本位で津波被害を見に来た車などが渋滞をつくり、がれきの撤去作業に支障が出ているとして、今月から独自の通行許可証の発行を始めた。

同町の被害が甚大な地域では、山積みになったがれきを撤去する重機や、不明者の捜索に当たる車両がひっきりなしに行き交う。

同町によると、地震発生当初は宮城県警が被害地域の交通を規制し、許可証を持つ緊急車両以外は通行できなくしていたが、規制区域が減ると、写真撮影などを目的に県外から来たとみられる人の姿も見掛けられるようになった。

路上に停車した車が大型重機の行く手を遮り、5分で行けるごみの仮置き場まで30分かかることもあるという。

撤去作業の遅れは復旧や不明者捜索の妨げになると考えた同町は、今月から町長名入りの通行許可証を被災者や捜索に入る消防、自衛隊などに交付。被害の大きい2地区に通じる道路では、交通指導員が約10人態勢で許可証を確認している。


記者「何が必要?」で被災者「休息必要なのにあなたが邪魔してる」(2011年4月16日 週刊ポスト)

宮城・東松島市の避難所近くで、航空自衛隊松島基地の隊員が炊き出しを行なっていた。

「すいませーん、こちらに並んでください!」

声を張り上げていたのは、隊員ではなく、東京からやってきた民放キー局のカメラクルーだった。並ぶ必要もないのにわざわざ一列に集めて、「画作り」をしていたのだ。

震災から1か月が過ぎ、被災地は一刻も早く日常生活を取り戻そうと動き始めている。そんな中、一部取材陣の振る舞いが被災者の反感を買っている。

津波で壊滅的な被害を受けた仙台市若林区の避難所となっている中学校の校門には、3月末頃に〈報道関係の方は立ち入りご遠慮下さい〉という貼り紙が出された。

管理する区の職員がいう。

「食事をしたり、布団に横になったりしているところに、突然、カメラやマイクを向けられることが避難者の精神的な負担になるという声があり、取材を一切お断わりしました」

この避難所では、校門付近に停められた中継車が邪魔になって救援物資の運び込みに支障をきたしたり、場所を選ばずに行なわれていたインタビューで狭い通路が塞がれたりしたために、被災者たちのストレスが高まっていたのだという。

若林区の別の避難所で被災者代表を務めていた男性が憤る。

「メディアは“かわいそうな被災者”を取材したいんでしょう。地震と津波の記憶はなるべく忘れたいのに、あの時のことを思い出させるように根掘り葉掘り聞く。小さな子供にまで、津波に流されて亡くなった身内の話をさせようとするんです。その後に、『今、必要なものは何ですか』と聞くので、私が『休息が必要なのに、あなたに邪魔されている』と答えると、記者はバツの悪そうな顔をして、もう取材に来なくなりました」

泣ける歌 僕が生まれた時のこと


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2011年4月11日月曜日

今日(4月11日)は、東日本大震災から1か月目に当たります。
改めて亡くなられた方々に対しまして哀悼の意を表しますとともに、ご冥福をお祈りいたします。

未曽有の大災害による国難に直面している中にあっても、季節は必ずやってくるものです。
被災地の方々に昨日撮ってきた「桜」をお送りします。





















東日本大震災に伴う学生等への支援

東日本大震災に伴う学生等への支援について、文部科学省から各大学あて以下のような通知が行われています。(4月8日付)

東日本大震災等により被害や影響を受けている大学、高等専門学校、専修学校及び各種学校(以下「大学等」という。)においては、被災した学生・生徒(以下「学生等」という。)の修学上の配慮等について、文部科学省から発出した通知等を踏まえ、既に様々な対応を講じていただいているところです。

このたび、平成23年度の各大学等での留学生を含む学生等への支援等について、下記の諸点にも配慮して、引き続き御努力いただきますようお願い申し上げます。



1 留学生に対する配慮

留学生については、文部科学省、(独)日本学生支援機構や各大学等における経済的支援制度の活用、授業料の納付期限の猶予等の弾力的な取扱、相談体制の充実等について引き続き配慮すること。

母国等からの渡航延期勧告や退避勧告等により、渡日できない又は、大学等に通学できない留学生に対し、入学手続期間の延長、授業開始時期の柔軟な設定、及び履修登録期間の延長等、特段の配慮を行うこと。

さらに、文部科学省では、東日本大震災に関連する外国人留学生への情報提供に努めているところであり、留学生が安心して円滑に再渡日できるように、これらを活用した地震等に関する正確な情報の提供や、再入国の際に必要な手続の周知等についても対応すること。

東日本大震災に関する外国人留学生への支援等について
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/23/04/1304763.htm

2 学生等に対する経済的支援等

被災の影響を受ける学生等については、これまでの通知で周知してきた緊急採用奨学金及び応急採用奨学金、授業料猶予免除制度、授業料納付時期の猶予等の経済的支援制度を活用し、学生等の実態に即したきめ細かい対応が求められること。特にこれらの取組を講じてもなお経済的に厳しい学生等については、授業料減免や奨学金等の各種の経済的支援を重複して受給できるように、学内の関係部局が連携して対応すること。

また、通学のための交通機関の確保や被災した学生等の住環境の確保について、関係事業者等と連携し、必要な情報提供や斡旋・保証等を行うなどの対応をすること。

東日本大震災から何を学ぶか

国家に頼らず 自ら行動を 曽野綾子 氏(作家)

私たち日本人は、戦後の復興と高度経済成長を経て有頂天になっていた。今回の東日本大震災によって、甘やかされた生活がこれからも続くという夢が打ち砕かれた。

私は長く海外援助活動にかかわり、アフリカなどへ度々出掛けるので、日本は夢の様な国だと思っていた。電気や水道が絶え間なく供給され、交通や通信がいつでも使える。多くの国に比べれば汚職や権力の乱用もないに等しい。しかし、今回、国のあり方の基本が崩れた。

「欲しい」と思えば何でも手に入る社会は、異常社会だ。私は、電気も水も止まるものだと思っているから、普段から自宅の瓶に水を取り置き、練炭、炭、火鉢も床下に保管している。カセットコンロも常備している。頻繁に停電するアフリカでは、いつも手元のバッグに懐中電灯と水、ビスケットを用意している。

政治家は「安心して暮らせる社会を作る」と言うが、そんなものはありえない。老年世代までが、政治家のそんな言葉を信じていた。政治家も有権者も、自分の頭で考えることをしなくなっている。

震災後、政府の不手際や東京電力の失敗はあったかもしれない。しかし、犯人捜しをしても仕方がないことだ。現在のシステムは複雑で、総合的に見ないと日本は復興に向かって歩き出せない。

そうした時代を生きる私たちは、国家やシステムを疑い、それらにあまり依存しないことだ。日本には優秀な技術者や官僚がいるから、被災したライフラインも間もなく復旧されるだろう。私もシステムにお世話になっているが、最後は自分で自分を助けることができなければ、人間としての義務に欠けると考えている。

国家がすべて何とかしてくれると考えるのは違う。めいめいが自分で考え、行動する癖を身に着けることだ。それは他人の痛みを部分的に負うことでもある。被災地の支援も国家にい頼るのでなく、「痛い」と感じるくらい自らお金を出すことだ。出さない人がいてもいい。だが、そうした人は人権だ、権利だと言わないことだ。

東北の人たちが礼儀正しく、苦しさの中でも微笑をたたえていられるのは、雪深い冬を生き、過去に津波や貧しさを体験し、日常で耐えることや譲ることを知ってる人たちだからだろう。以前は集団の出稼ぎもあった。苦しみに耐えてきた人たち、耐えることができる人は美しい。

人間は本来、苦しみに耐えるようできている。ところが、今の子どもたちは欲しいと思うものを何でも与えられて育った。子どもにも耐える体験をさせることが大切だ。

18歳になった若者に1年間、サバイバルと奉仕を体験させるべきだと私は主張してきた。携帯電話から離れ、大部屋で暮らし、他人と自分を助けるのに役立つ力を持てるよう、心身を鍛えることは必要だと思う。

アウグスティヌスは「全て存在するものは善いものである」と言う。この世にあるもの、起こることは意味があるということだ。今回の事態から何を学ぶか。一人一人が考えることだ。(2011年4月9日読売新聞掲載)

2011年4月9日土曜日

自らの強みに集中する (ドラッカー)

不得手なことの改善にあまり時間を使ってはならない。
自らの強みに集中すべきである。
無能を並みの水準にするには、一流を超一流にするよりも、はるかに多くのエネルギーと努力を必要とする。

Rise Again, Japan !

2011年4月6日水曜日

子どもたちの明るい笑顔があふれる学校をもう一度

新学期を迎える小学校段階の児童のみなさんへ、菅内閣総理大臣、高木文部科学大臣からのメッセージ



新学期を迎える、中学校、高等学校段階の生徒の皆さんへ、菅内閣総理大臣・高木文部科学大臣からのメッセージ



直接被災をした皆さん。皆さんは、十代のもっとも人間が成長する時期に、この大きな試練に立ち向かわなければならなくなりました。

いま抱えているすべての悲しみや不安から、完全に逃れることはできないかもしれません。でもいつか、皆さんが、その悲しみと向き合えるようになる日まで、学業やスポーツ、芸術文化活動やボランティア活動など、何か一つでも夢中になれるものを見付けて、この苦しい時期を乗り越えていってもらえればと願います。

学校は、あらゆる面で、皆さんが、この逆境を乗り越えていくためのサポートをしていきます。

災害にあわなかった地域の生徒の皆さんにも、お願いがあります。

どうか、皆さんの学校にやってくる、避難してきた仲間たちを温かく迎えてあげてください。すぐ近くに、そういった友達がいなくても、遠く離れて不自由な生活をしている同世代の友達を、同じ仲間、友達だと思ってください。そして、被害を受けた仲間の声に耳を澄ましてください。

この大震災を通じて、日本国と日本社会は、大きな変化を余儀なくされます。この大震災からどうやって国を立て直していくのか。自然と共生して生きてきたはずの日本社会が、その本来の姿を取り戻すためには何が必要なのか。

もちろん復興の過程では、「がんばろう」という元気なかけ声が必要です。しかし、それと同時に、新しい社会、新しい人間の絆(きずな)を作っていくために、大きな声にかき消されがちになる、弱き声、小さな物音にも耳を澄ましてほしいのです。

東北が生んだ詩人宮沢賢治は、科学と宗教と芸術の力で、冷害・凶作の多かったこの東北地方の農民を、少しでも幸せにしようと考え、そのことに一生を捧げました。

どうか、他人の意見もきちんと受け止めながら、自分で合理的な判断ができる冷静な知性を身に付けてください。しかしそれだけではなく、他人のために祈り涙する、温かい心も育んでください。そして、芸術やスポーツで人生を楽しむことも忘れないでください。

宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』には、こんな言葉があります。

「僕、もうあんな暗(やみ)の中だってこわくない。きっとみんなのほんとうのさいわいをさがしに行く。どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んでいこう」

賢治の言う「ほんとうのさいわい」とは何でしょう。この大きな災害と混乱の中で、皆さんに、このことを考えて欲しいのです。

もしも、それを皆さんが本当に真剣に考えてくれるなら、きっと皆さんは、どこまでもどこまでも、一緒に進んでいけるはずです。そしてその先には、もっともっと素晴らしい新しい日本の国の姿があるはずです。

忘れないでください。一緒に進んでいくのは、決して日本人だけではありません。今回の東日本大震災では、世界中からたくさんの支援が寄せられています。また、この非常時にあっても秩序正しく、理性を失わない日本人の姿に、世界中が驚き賞賛の声を揚げました。私たちは、世界と共にいます。

原子力発電所の事故に対して、危険をかえりみずに立ち向かう消防士や自衛官、電力会社の人たちの姿。各地の被災地で、救命救急活動にあたった警察官や医療関係者、そして何より、本当に命がけで皆さんを守ってくれた学校の先生たちの姿を忘れないでください。そして、みなさんも、もっともっと身体を鍛え、判断力を養い、優しい心を育んで、他人のために働ける人になってください。

日本の未来は、皆さんの双肩にかかっています。

あなたたちのその笑顔、ひたむきな表情が、いま家族や地域の人々を支えようと懸命にがんばっている大人たちに、勇気と希望を与えています。


中学校,高等学校段階の生徒向けメッセージ(印刷用)




全ての学校関係者の皆様へ


2011年4月2日土曜日

教育情報の公表から見る大学の姿

先月もたくさんの方々にアクセスいただきまして誠にありがとうございました。
アクセスいただいた12,723件のうち、アクセス件数の多かった順(google Analyticsによる)に、5つほどご紹介させていただきます。
  1. すぐできる、買い占め止めよう運動! (2011年3月16日)
  2. 危機広報からみる大学の姿 (2011年3月23日)
  3. 規則からみる大学の姿 (2011年2月14日)
  4. 危機管理体制からみる大学の姿 (2011年3月1日)
  5. 国立大学への期待 (2011年3月13日)


さて、「学校教育法施行規則等の一部を改正する省令」(平成22年文部科学省令第15号)が昨日(4月1日)施行され、大学は、省令で定められた以下の事項に係る教育情報を公表しなければならなくなりました。
  1. 大学の教育研究上の目的に関すること。
  2. 教育研究上の基本組織に関すること。
  3. 教員組織、教員の数並びに各教員が有する学位及び業績に関すること。
  4. 入学者に関する受入方針及び入学者の数、収容定員及び在学する学生の数、卒業又は修了した者の数並びに進学者数及び就職者数その他進学及び就職等の状況に関すること。
  5. 授業科目、授業の方法及び内容並びに年間の授業の計画に関すること。
  6. 学修の成果に係る評価及び卒業又は修了の認定に当たっての基準に関すること。
  7. 校地、校舎等の施設及び設備その他の学生の教育研究環境に関すること。
  8. 授業料、入学料その他の大学が徴収する費用に関すること。
  9. 大学が行う学生の修学、進路選択及び心身の健康等に係る支援に関すること。 

今後、大学は、公的な教育機関として社会に対する説明責任を果たすとともに、当該大学における教育の質を向上させていくことが求められます。

(関連過去記事)

(関連参考記事)

参考までに、全国の国立大学法人が、どのような教育情報を公表しているのか、各大学のホームページを覗いてみましたのでご紹介します。(2011年4月2日現在)
ほとんどの大学が、教育情報をホームページを通じて公表し、省令により公表が求められている事項に沿った整理が行われていました。
なお、やむを得ないことではありますが、このたびの東日本大震災の被災地に立地する大学は、災害対応業務を優先せざるを得ないためか、まだ準備中のようでした。

北海道・東北地区

関東・甲信越地区

東海・北陸・近畿地区

中国・四国地区

九州・沖縄地区

知りながら害をなすな(ドラッカー)

プロフェッショナルの責任は、すでに2500年前、ギリシャの名医ヒポクラテスの誓いのなかに、はっきり表現されている。
「知りながら害をなすな」である。
プロたるものは、医者、弁護士、マネージャーのいずれであろうと、顧客に対して、必ずよい結果をもたらすと約束することはできない。最善をつくすことしかできない。
しかし、知りながら害をなすことはしないとの約束はしなければならない。
顧客となるものが、プロたるものは知りながら害をなすことはないと信じられなければならない。
これを信じられなければ何も信じられない。