2011年12月6日火曜日

教学経営のマネジメント

日本私立大学協会 アルカディア学報(教育学術新聞掲載コラム)No.458からの引用です。


「教学経営」の確立を目指して 改革前進に向けた組織・運営課題(篠田道夫 日本福祉大学常任理事)

「学士力」答申の意義

2008年の中央教育審議会答申「学士課程教育の構築に向けて」は、困難に直面する多くの大学の教育改革にとって重要な課題が提起されている。

「学士力」自体が、単なる専門知識の習得ではなく、今日求められる学生育成の要につながるものである。三つのポリシーの提起も、バラバラの個別改革ではなく、入口から出口に至る一貫した流れで育成を図ろうとしている。学習成果や成長度合で教育評価を行おうとする試みも、学生を中心に置いて教育改革を進めるという視点でとらえれば、意義がある。また、システムだけでなくその担い手、教員や職員の力量向上、FDやSDを提起している点も重要だ。大学教育の質向上を図るという点で、教育改革の全体構造、改革の基本方向の重要な柱が示されていると言える。

しかし、その実行システムや推進組織の在り方、マネジメントやガバナンスという点では一層の具体化が必要だと思われる。教育改革全体に及ぶ提起だけに、従来型の教学運営システムをそのままにしては、これらの実現は難しい。答申の実質化に向けては、実行力ある大学・教学運営の確立、それを統合する法人全体のマネジメントが求められる。


「教学経営」への着目

この点で、答申が提起する「教学経営」という言葉に着目したい。答申では「もっとも重要なのは、各大学が、教学経営において…三つの方針を明確にして示すこと…」「三つの方針に貫かれた教学経営…」「教学経営のPDCAサイクルの中にFDの活動を位置づけ…」などの形で使われている。「教学経営」は、「教育目標を達成するために教育課程を編成し、その実現のための教育指導の実践・結果・評価の有機的な展開に向け、内部組織を整備、運営すること」のような定義で使われてきたが、答申の提起はそれより広い大学運営全体にわたる教学の「経営」をイメージしていると思われる。


教学運営の再構築

そもそも「学士力」という提起自体が、学部レベルに分断された取り組みでは実現できない。学部横断、全学一体の取り組みや共通教育の改革が必要で、そのためには全学教育改革推進システム、学部を跨る権限と実行責任を持った機関や責任体制の構築、各教学機関の決定権限の明確化等が不可欠だと思われる。学長機構や全学の教学運営責任者、教育開発組織やそれを担う専門スタッフ、学部やその教育担当者、個々の教員の教授過程や学習運営、この相互関係の再構築、効果的な運営システムの整備が課題となる。

三つのポリシーも、これを個別に立案するだけでなく、これらが有機的に連携し、一人の学生を人材養成目標に沿って成長するよう機能させなければ意味がない。三つそれぞれに委員会等を設置しても、縦割りで連携がなければ、それぞれのポリシーは優れていても、育成には結実しない。入口から出口まで、教学の一貫したPDCAサイクルを担う責任体制、学生を卒業まで系統的に支援する事務機構の整備が求められる。

学生の成長の度合い、学習成果から教育の到達を評価し改善を図ろうとする試みは、当然に学生の各種の実態調査、データ、ポートフォリオなど現実の姿から出発し、そこから教育システムの機能や適切性を検証しなければならない。その点で最近はIR機能が注目されている。しかしこれも評価・分析には重要な役割を果たしても、問題は政策に生かされるかどうかで、大学執行部が如何にこの機能を教学運営に位置づけるかが肝心な点だ。これなしには学生実態調査が改善に結び付く保証はない。学生の学習、満足度、就職実態から来る課題を、実際の教育改革や教職員の教育力・教育支援機能の向上に結び付けるためのシステムや手法の強化が問われている。


内部質保証システム

答申の第四章では、質保証の仕組みの強化が提起され、設置認可、第三者評価、自己点検評価、情報公開等の重要性が指摘されている。それぞれの仕組みはもちろん大切だが、最後、実際に改善を実行するのはそれぞれの大学である。自らの大学の教学マネジメントの中に、評価に向き合い、真剣に改善につなげる仕組みが根付き、実際に機能することが最も重要である。最近、私ども私学高等教育研究所の経営実態調査で伺った大学では、バランススコアカードを応用し、定員充足率、離籍率、進路決定率、授業改善・授業公開率等々の目標を学科レベルで掲げ、教職一体で持続的に評価と改善に取り組み、成果を上げていた。こうした実効性ある自己改革システムをそれぞれの大学運営の中にいかに作り出すかが問われている。評価は評価、政策・方針を出すのは別というように、評価と意思決定が分離しては改善が進まない。認証評価制度一クールの到達と総括を踏まえ、次のサイクルでは、とりわけ大学現場での内部質保証システムと呼ばれる機能の実質化が求められている。大学自身が評価を改善に繋げること、認証評価機関の改革支援システムやアフターケアのあり方、さらには大学団体の改革事例の情報交流など、総合的な仕組みが求められる。


職員参加の前進

答申は、FDやSDを重視している。FD自体もイベント型から教育力向上につながる実効性あるものへ、個々の授業開発から組織・制度開発へ、深化が求められている。また教育の現場を支える職員が果たす役割、SDに着目しているのは画期的なことだ。しかし、職員が教育づくりに関与する度合は、我々私高研の調査でも大学によってずいぶん差があり、教職一体で教育づくりを行う大学が増えている半面、教員が決定権を強く保持し、教育への関与がタブー、あるいは限定されている大学もある。例えば答申ではインストラクショナル・デザイナーの人材養成等が例示されているが、こうした力量を生かすためには、教学組織に適切な形で職員を正規メンバーとして参画させ、教職の実効性ある協働を前進させる組織改革が求められる。


新たなマネジメント

こうした大学の管理運営の改革にかかわっては、大学審議会答申、平成七年の「大学運営の円滑化について」、平成10年「21世紀大学像」答申(第二章「責任ある意思決定と実行」)があり、基本的考え方は出ている。しかしその内容は、学長と学部自治との関係、学長選任システムの在り方や教員人事、理事会との関係等運営の基本原理にかかわるものが柱となっている。

改めて、今日の到達と課題を踏まえ、「教学経営」の具体的なあり様、本格的な教学組織運営の改革方針と改革推進組織の編成やその権限のあり方の検討が求められている。「教学経営」が、大学が掲げる人材養成目標・教育方針とセットで機能することで、教学改革の実質化、学びの充実が進むと思われる。

さらに「教学経営」は、学校法人全体の経営と一体化し、その中核のひとつとなることで力が倍加する。法人の意思決定システムや理事長、理事会権限と連結し、財政や人事、施設・設備を含む資源の投下計画、再編計画と結合することで基盤と実行力を持つ。学校法人全体の戦略目標の柱に教学が位置づくことが、新たな教育づくり、大学の評価向上、そして強い経営を担保する。「教学経営」という新たな視点に基づく、統合的な大学、法人マネジメントの再構築が求められている。
http://www.shidaikyo.or.jp/riihe/research/arcadia/0458.html