2012年7月4日水曜日

中教審への提案

このたび公表された、中央教育審議会大学分科会大学教育部会(第15回、平成24年5月21日開催)の議事録を読んで関心を持ったことについてご紹介します。

今回の大学教育部会では、学士課程教育の質的転換のための具体的な取組み、特に「教学マネジメント」の課題に関する意見を聴取するため、5人の有識者が招聘されました。

このうち、NPO法人NEWVERY理事長の山本繁氏からは、大学生の中退予防に取り組んできた立場から、大学に対する提案、あるいは教学IRの実際についての説明が行われました。

特に、説明に用いられた資料「中央教育審議会大学教育部会へのご提案」のうち、「中教審への14のご提案」については、大学現場においても真摯に取り組むべき重要な内容ではないかと思いましたので、該当部分を抜粋してご紹介します。是非ご一読ください。


大学マネジメント層の養成

学生数6000人の大学を運営することは、年商100億円の企業を経営することに値します。
たとえば、夏目漱石の研究を40年されてきた方に、突然100億円企業の経営を担っていただくのはさすがに無理があります。ましてや大学業界は少子化の影響を受け、事業環境は年々悪化傾向です。
改善はボトムアップ、改革はトップダウンがセオリーです。学長を始めとした大学マネジメント層(理事長、理事、副学長、学部長、事務局長、各部局長等)の方々に、非営利組織の経営者としてプロフェッショナルになっていただけるように国を挙げてサポートしていくことをご提案いたします。


大学教員の資格制度

今日、日本の大学には、教育者と研究者とビジネスマンが所属していると言われます。不足していると言われるのは教育者で、中退経験者へのインインタビュー調査でも、教職員への不満の声は多く聞かれました。
幼稚園から高校の先生には、教職課程と教員資格があります。教育者としてのトレーニングを受け、資質を試されます。
大学教育の質保証は、「大学教員の質保証」とも言えます。
大学教員としての資格制度を設けてはいかがでしょうか。
※ 参考文献:「諸外国の大学教授職の資格制度に関する実態調査」(文部科学省)


大学教員の評価制度の変更

日本の大学では、ほぼ年功序列で、長く在籍していれば自然と教授職に就けてしまいます。また、研究・教育の業績と給与との連動もさほど見られません。これでは教員を研究・教育、特に教育活動に駆り立てるのは難しいのではないでしょうか。
教育業績を評価し、人事や給与に反映させていく等の教育に対する動機づけのシステムが必要であるように思います。
良い「先生」が適正に評価される、そのようなシステム構築をご提案いたします。


FDer(ファカルティ・ディベロッパー)の養成

FD活動は全国で行われるようになりました。しかし、実質化にはまだ時間がかかるように感じられます。年に2回程度、有識者を招いて講演をしてもらう程度で、大学が変わるとはなかなかいきません。
FDの実質化には、FDの実務面に長けた専門家が必要です。FDerという専門職です。
愛媛大学の佐藤浩章准教授を始め、わが国でもFDerは育ちつつありますが、まだ圧倒的に足りません。優れたFDerを養成し、彼らが存分に活躍できる環境を個々の大学に生み出していくことが重要です。
そのためには、前述の「評価制度」の導入が不可欠です。
教育業績の評価制度と優れたFDerの存在がセットになることで、日本の大学教育の現場は見違えるほど輝きを放つものになるのではないでしょうか。


大学教員の採用要件の変更

マーチン・トロウが提唱したように、エリート段階、マス段階、ユニバーサルアクセス段階に応じて、大学はその役割を大きく変えます。旧帝大や早慶上智・関関同立などは、依然としてエリート教育の役割を担っています。一方で、全入状態での大学では、極論を言えば、自立支援の役割を担っていると言えます。
大学の役割が異なれば、教員の役割も異なるでしょう。そうであれば、全国一律で同じ採用要件で教員を採用する、というのでは無理があります。特にユニバーサルアクセス段階に到達した大学では、キャリア教育・人間教育を担当できる教員の採用・育成が急務です。例えば「トレーニング能力」に長けた教員です。知識や理論の教授には「ティーチング」が合いますが、その活用や、「○○力」「○○スキル」と表記される能力の継承には「トレーニング能力」が求められます。
今日の大学には多様な人材が必要です。大学がニーズに的確に対応できるように、教員の採用要件もゆるやかに変えていってはいかがでしょうか。


教育情報の公開推進

2011年度から大学の教育情報の公開が始まりました。一歩前進した感じはしますが、中退率、卒業者数を母数にした就職率、就職の質(就職先・勤務形態)といったよりクリティカルな情報は、公開すべき項目に含まれませんでした。これでは「骨抜き」と呼ばれても否定できません。
また、中退率、就職率、就職の質も、学部・学科毎に公表しないと、受験生の参考になる情報にはなりません。同じ大学でも、学科間で比較すると、中退率なら3倍以上の差異があることは珍しくありません。卒業までに中退率10%と30%では、まるで中身が違います。
また、一部の大学では、実際は一般職での採用がほとんどだったのにも関わらず、その違いを明記せずに優良企業の名前を就職実績に羅列してしまっていることがあります。過去3年分の就職実績なのか、過去10年分の就職実績なのかもわかりません。
大学というパブリックな機関の透明性を疑わなければいけない社会で、果たして公共心を持った学生が育つでしょうか。教育者としてプライドを持って、社会のリーダーとして、大学にはより透明性の高い情報公開を求めたいと思います。
また、大学関係者はどこかで「教育に力を入れても学生は集まらない」と考えているように感じることがあります。それは情報と実際の教育の中身が非対称だからではないでしょうか。教育情報の公開推進は、この非対称を改善します。どうかご検討ください。


教学IR機能の強化

大学教育改革に携わるようになって大変驚いたことの一つが、大学マネジメントがエビデンスに基づかず行われていたことでした。マクロレベルでは、大学教員のほとんどは、個々の学生の情報を全くと言ってよいほど知らないのが一般的です。出身高校、高校時代の成績、欠席率、入学ルートといった、高校からの調査書などを参照すればすぐにわかる情報すら、インプットがないのです。また、マクロレベルでは、そもそも自学の中退率等を知らない教員も決して少なくありません。どういう背景を持った学生が自学では辞めやすいのかといった調査・分析も行われていないことがほとんどです。
ですので、PDCAサイクルの前に、基本的なリサーチができていないのです。それでプランを立てていますから、そもそもの前提から間違っていることさえ否定できません。基本的な教学IR(Institutional Research)の機能を各大学に装備することが必要ではないでしょうか。
そして、収集した情報を大学マネジメントに活用するだけでなく、できれば高校関係者とも共有し、一人一人に合った大学選びができるように、マッチング段階から見直していっていただきたいと思います。


学生寮の整備

学生の多様化には、さまざまな要因が挙げられますが、現場レベルで感じる最大の要因は「兄弟の数の減少」です。厚生労働省「21世紀出生児縦断調査」によると、2001年に生まれた子供たちの6人に1人(16.3%)が一人っ子だそうです。1960-70年代は6~7%だったそうですから、それと比べると2.5倍増したことになります。(次頁参照)
暑い夏の日に家に帰って冷蔵庫を開けたらアイスが1本しかない。しかし、後ろには兄弟が2人いる。リビングでのリモコン争い。喧嘩の経験。仲直りする経験。居眠りしている妹に毛布をそっと掛けてあげる経験。兄弟の友達と仲良くする経験。兄弟が多いことで生まれる多様な経験が、「兄弟の数の減少」によって失われています。
子どもたち、若者たちのコミュニケーション能力、忍耐力、協調性といった人間力・社会人基礎力の低下はやはり問題です。そこで学生寮の整備をお願いしたいと思います。
社会に出る前に、同年齢の人たちと一定期間「集住する」機会を広く与えてあげたいと思うからです。兄弟の数は自分ではコントロールできません。そしてできれば、ワンルームマンションのような個室ではなく、二人部屋で、リビング、キッチン、バスルーム、トイレなどは共有する形が理想です。
アメリカで教育大学と呼ばれる「リベラルアーツカレッジ」のほとんどは全寮制です。学生寮が人間教育の場、リビングラーニングコミュニティとして位置づけられているのです。
日本でも中・高・大で学生寮を増やし、多様な経験を可能にすることはできないものでしょうか。


休学コストの負担減

学生たちが将来に向け多様なキャリア形成の機会を経験することや、海外経験を積みやすくするために、休学コストの負担減をお願いいたします。
大学を1年休学して企業やNPOで一度働いてみる、海外留学する、海外のNGOで働いてみること等への学生たちの関心は、年々高まりつつあります。
一方で、多くの私立大学では、大学を休学する際、学費の1/2~1/3相当を大学に納めなくてはなりません。そのために休学を断念せざるを得ない学生が多くいることは、まだあまり知られていない事実です。
休学生からは授業料等を徴収しない、それだけで学生たちの挑戦のハードルはぐっと低くなります。
「休学コストの負担減」は、今すぐにできるキャリア教育の強化策、グローバル化への対応策です。どうかご検討ください。


給付型奨学金の拡充

私立大学生の仕送り額は年々減少しつつあります。
東京私大教連「私立大学新入生の家計負担調査」によると、1996年に12万4400円だった私立大学生の毎月の仕送り額は、2007年には9万5900円まで減少しました。家賃を除いた生活費も、1996年に6万8000円だったのが、2007年に3万6700円まで減っています。(次頁参照)
近い将来起こるであろう消費税アップや水道光熱費の値上げ等を考慮すると、もはや大学進学率自体が下降傾向に入っても驚けません。実際にお隣韓国では、短大を含む大学進学率は2005年に82.1%まで上昇しましたが、2011年には72.5%に低下しています。経済不況や就職難がその主な理由です。
また、年間11万人を超える日本の大学・専門学校中退者のうち、経済的困窮を理由としたものは約1割、毎年1万人にも及びます。(「中退白書2010」)
現在の高等教育卒業率を維持するには、もはや給付型奨学金の拡充以外には手段はないのではないでしょうか。
若者は次の日本です。ぜひ若者への積極的な投資をご検討ください。教育ほどレバレッジの効く社会的投資はありません。


編入・転部・転科・転コースの自由化

大学入学前に、大学でやりたいことを見つけるのは、困難です。
「やりたいこと」と「やってみたいこと」は違います。「やりたいこと」とは、本来、やってみた上での「やりたいこと」ですから、やってみないで「やりたい」と思うのは、幻想にすぎません。ですから、「やってみたらやっぱり違った」ということが起きます。
現代の受験生、高校の進路指導担当者、保護者は、この点を誤解している場合があります。「やりたいこと」と「やってみたいこと」を混同しているのです。
法学を勉強したいかどうかは、法学を勉強してみないとわかりません。経済学、文学、工学、理学、農学、教育学しかりです。ですから、学生と学部・学科・コースのミスマッチは必ず起きるものです。
ミスマッチが起きることを前提に考えると、取るべき対策はシンプルです。編入・転部・転科・転コースを自由化することです。編入まで含めると、心理的抵抗があるかもしれません。
それであれば、転部・転科・転コースから始めてもかまいません。
あるいは、2年次までは教養学部で、3年次から各学部に分かれてもよいかもしれません。
高校3年生の時に、自分が何を学びたいか、決められる人はむしろ少数派です。
転部・転科・転コースの自由化により、ゆっくりと、深く、多様な経験を積みながら、自己と対話し、自らの将来像を描いていくことが可能になります。


NPO等と連携した休学者への復学支援等

消極的に休学者した学生の復学率が全国的に低調です。私の知る範囲では、休学者の復学率は4割以下、卒業率は2割以下です。
大学は、休学届を受理した後、休学した学生に何かしらの働きかけを行っていることは稀です。休学者には、復学時期が近づくと、一通の封書が届きます。復学ガイダンスの案内です。それだけが、休学している学生への働きかけです。
留学や長期インターンシップなどを経験する積極的休学者への対応ならそれでも良いかもしれませんが、積極的休学者は日本の大学では例外になります。ほとんどが、大学に通えなくなったり、通う目的を見失った消極的休学者です。彼・彼女らには、フリーター・ひきこもり支援などのノウハウを有するNPO等の支援が必要である場合が多くあります。しかし、現状では、NPO等との連携は進んでいません。
大学との連携を進めていきたいと考えているNPOは多く、大学側に受け入れ態勢が整えば、大いに進展・発展していく可能性を感じます。
教育GPのような形で政策誘導し、多くの事例を積み重ねていく中で、大学・NPO双方に協働のノウハウが蓄積されていくことでしょう。
大学とNPO等との連携は、初年次教育やキャリア教育、就職支援などの点でも効力が期待できます。まずは休学者の復学支援などから、始められないでしょうか。


中退者・進路未決定者のための学びの場

大学・専門学校からの年間中退者数は11万6千人、進路未決定者数は大学だけで10万7千人に及びます。
中退、または卒業後、正規の職に就かなかった人の約6割はその後一貫してフリーターか無職です。
中退者・進路未決定者は、新卒採用枠から外れ、中途採用枠での採用になります。中途採用は原則、経験者採用のため、経験の乏しいただ若いだけの人は敬遠されがちになります。そのため、フリーター・無職の状態が固定化しやすいのだと言えます。
中退者や進路未決定者のための学びの場が求められています。NEWVERYでは昨年から豊島区と協働し、若者に特化した生涯学習事業「おとな大学」を開校しました。「働く力」と「他人と信頼関係や愛情・友情関係を築く力」を習得する場づくりを進めています。
雇用環境や家庭環境が悪化する中、若者向けの生涯学習事業が、これから益々求められるのではないかと思っています。


芸術起業センターを主要都市に開設

クリエイティブ産業は、日本が21世紀に世界で戦える市場の一つと言われ、日本政府は「クールジャパン戦略」を推進しようとしています。
しかし、日本のクリエイターやアーティストの教育・支援には、課題も多くあります。特に課題なのは、「作品の作り方」の教育に偏りすぎており、「作品の売り方」、もっと言えば、一人の個人事業主や事務所・プロダクションの経営者として必要な力の教育を全くと言ってよいほどしてこなかったことです。
日本が「クールジャパン戦略」の手本としているイギリスの「クール・ブリタニア」(ブレア政権)では、芸術家に対するビジネス面でのサポート(起業支援等)が積極的に行われました。近年中国でも社会起業家やクリエイターのインキュベーションセンターが主要都市に見られるようになっているそうです。
NEWVERYが東京で運営している若手漫画家の支援事業「トキワ荘プロジェクト」でも、漫画の描き方ではなく、漫画家のなり方に着目し、支援を拡充してきました。このようなアーティスト・クリエイターを対象にしたビジネス教育・ビジネス支援が、各ジャンル(映画、演劇、ダンス、アニメ、ゲーム、ファッション、音楽、美術、現代アート等)で、求められています。
芸術大学、公立文化施設、生涯学習センターなど、様々な実施主体による力強い支援が可能となるような政策の立案をご提案します。若いアーティスト・クリエイターの卵を、夢追いフリーターと揶揄するのではなく、積極的に教育・支援していくことが、文化立国の実現を可能にするはずです。



また、山本氏は、「教学IR]についても、次のような重要な指摘をされています。詳細については議事録をご確認ください。

私も教授会なんかも参加させていただく機会が結構あるのですが、皆さん、経験とか勘で物事をおっしゃることが多くて、議論がまとまらずに何も決まらないということが結構あるのです。
物を決めるための素材がないから決まらないのだと思うのです。ですので、必要なエビデンスをしっかりそろえて、共通の素材に基づいてロジカルシンキングをしていくと、皆さんの合意形成が図れるということで、現状把握においても非常に重要ですし、それだけではなくて、組織の意識統一、議論をして物事を決めるということにおいて、この教学IRというのは極めて重要なツールではないかと思っていまして、それを言葉で話すよりも、具体的な数字を見ていただいてイメージを持っていただけたらと思って、こちらの資料を持ってまいりました。
こういったことができる人材、これはふだん私が調査するものの5分の1ぐらいなのですが、こういうことができる人材を育てていくということがこれからの大学教育において非常に重要ではないかと思っております。