2013年2月28日木曜日

大学職員の気質

教育評論家の梨戸茂史さんが書かれた「大学職員と秘書嬢の話」(文部科学教育通信 No.310  2013.2.25)を抜粋してご紹介します。


最近の大学職員、特に国立大学では、そこの卒業生が「大学職員採用試験」を受ける傾向が強いと聞いた。東大生といえども就職先に自分の大学の職員を目指す。かつては公務員試験の一部だったから当然ありうる話だが、昔は旧帝大クラスの事務官は地元の私学の卒業生がメインだった。そこで優秀な人材が抜擢されて本省勤務、厳しい環境で仕事をこなして、最後は各大学で部長や事務局長としてそのキャリアを全うしていた。すなわち地元私大の人材を受け入れる貴重な場だったと言える。だが、地元就職願望が強くなり、そこを各国立大学の卒業生が受験したら、合格者はほとんど彼らだけになってしまう。受けてはいけないという話ではないが、多彩な人材がいたほうがいいという要請と、某学長の「卒業生は地元に留まらず、もっと広い世界に出て行くべきではないか」という趣旨の”嘆き”は最近の学生には届かないようだ。

さて、今野浩センセイの「ヒラノ教授」シリーズのお話。教授のお勤めは、最初は国立の筑波大、その後は東工大。定年の後は私立の中央大学だった。それぞれの大学における事務職員の気質?の比較が面白い。まず、「新構想」だった筑波大はできたてだったからほとんどの事務官は、先生いわく「進駐軍」。「とても怖いひとたちだった。・・・国策・筑波大学には、文部省の右派エリートが送り込まれていた。彼らにとって、自治権をはく奪されたヒラ教授ごときは、管理の対象にすぎなかった」。おまけに「部局詰めの事務官も・・・進駐軍スタッフが多かった・・・学生時代に、骨身を削って学生と教官に奉仕する事務官を見てきたヒラノ教授は、筑波の事務官を”特高事務官”と呼んでいた」。まあ、大学紛争の後だし、教授会自治はなくヒラノ先生も助教授だったからそう見えた部分もあるのでしょうけれど。

ところが東工大に移ると、学部事務官は基本的に大学からの移動はないので、しっかり先生たちに寄り添って仕事をしてくれたようだ。もちろん管理職グループは本省からの「進駐軍」。「東工大の現地事務官」から見れば、「教授(7割は卒業生)は全国でも有数の難関校・東工大の入学試験に合格した、エライ人である」となる。それなりに尊敬を払ってくれたことでしょう。

さて、次の私学の場合はどうか。「東工大事務官とは一味もニ味も違う、中大事務職員気質を勉強させていただいた」と言う。中大の事務の中枢部は、中大出身者で固められている。「日本の法曹界にきら星のような人材を輩出した中大法学部出身の事務職員にとって、東大や東工大の後塵を拝している理工学部の教授は、特別にエライ人ではない」とおっしゃる。中大の事務職員は「愛校にに燃える優秀な人が多かった。このような人たちを使いこなすには、教授も彼らと同じくらい大学に対して忠誠心を持つか、生え抜きの自事務職員に一目もニ目も置かせる実績を持つことが不可欠なのである」と結ぶ。

年度末、私学に再就職される先生にはぜひ覚えておいてほしい話です。

もうひとつ面白かったのは研究室の秘書さんの生態。先生の学生時代の話。当時の「東大教授という重要人物の秘書に採用されるための条件は、一に口が固いこと、二に身持ちがいいこと、三に頭がいいこと」だそうだ。「若い秘書のターゲットは、将来えらくなりそうな人、できれば東大もしくはそれに準ずる有力大学の教授になりそうな人、もしくは大企業の経営陣に連なりそうな人である。上記の三条件に、”美人”という条件が加われば、この希望は間違いなく満たされる」。

蛇足ながら、ヒラノ教授の奥さまは秘書さんではなかったようです。


2013年2月23日土曜日

IRの生かし方(3)

前回に続き、名城大学難波輝吉さんが書かれた論考「大学の活動を可視化するためのIR機能」(大学・学校づくり研究 第2号 2010年3月19日発行)をご紹介します。


4 我が国におけるIR機能の発展と充実に向けて

最後に、これまでの過程で明らかになったことを総括し、IR機能の発展と充実に向けて必要な取り組みを示す。そして、今後、我が国においてIRを広く普及させる上での課題について考察する。

大学内に存在する様々なデータは、事務職員が作成・管理を行い、必要に応じて教員に提供していることが多い。このことは、教員が利活用すべきデータや情報が行き渡っていないことを示唆するものである。的確にデータや情報を流通させるためには、教育研究諸活動に関わる実践状況の共有を旨とした教職協働の推進が不可欠である。

また、教育・研究・経営の現状を把握するためのデータや情報は、意思決定における様々な場面を想定し、様々な要素を多面的に理解・判断する力が求められる。例えば、教育研究環境の充実のために教員数を増加させる場合には、ST比、教員の担当授業時間数、定員超過率、教員人件費単価、学生生徒等納付金の依存度などの情報を活用し、経営上の視点から人件費の在り方を検討しなければならない。それらの要因を統合した指標が、教育の側面と経営の側面の分析情報を創出することに繋がるということから、データや情報を意味あるものとするための企画・開発力はIR活動において重要な意味を持つ。また、それらのデータや情報の妥当性についてもその有効性を見極める力が必要である。この力は、データの背景も含めた様々な学内外の動きをモニタリングすることが必要なので、前出のとおり、教職協働の体制により、それぞれに持つ有益な情報を共有することが求められる。

IRは直接的な意思決定を担うのではなく、意思決定者が認知しておくべき重要な情報を提供する役割を担うものである。IRはこれに応えるため、学内に存在する様々なデータの量と質を理解し、必要に応じて加工・分析を行うのであるが、意思決定者の意図に対して迅速に報告することが求められる。これを実質化するためには、意思決定者が、IRの活動に関心を持ち、活動内容に対して理解を示すことが必要である。意思決定は、よき計画を意図するだけではなく、よき行動として実行に移し、ヒト、モノ、カネという資源を投入して、戦略を実現するという行為である。その行為に迅速に対応するためには、意思決定者とのコミュニケーションの機会を大切にし、データやレポートに対する信頼度を向上させていくことが重要である。

2004年度にスタートした認証評価の第1サイクル(最初の7年間)を終えようとしている現在、2011年度以降の第2サイクルでは、各大学の質を保証するシステムが機能していることが重視される方向にある。我が国においては、IRは黎明期であり、IRの意義と機能を明確にし、多様な設置形態をもつ我が国の高等教育の文化に即したIRの在り方とはどのようなものかを検討する段階である。我が国の大学にIRを普及するためには、「敷居の高くないIR」であることが不可欠であると考える。

本稿では十分に取り組むことができなかった課題も残されている。その第一は、我が国の大学におけるIRの現状把握である。少なくとも名古屋大学と九州大学については、法人化前からIR組織が構築されていたのであるから、法人化前と法人化後のIR組織の役割、責任、位置づけ等の変化を明らかにする必要がある。

第二に、諸外国では、トップダウン型のマネジメントも多用されているが、我が国の場合は、部局(学部・研究科等)の決定権、合意形成が優先される傾向にある。したがって、我が国にIRを根付かせるためには、IRの文化的背景を踏まえた上で、いかに日本流にアレンジするかという視点からの検討も必要である。

第三に、これからの我が国におけるIRの発展過程において、その活動を担う者は専門職人材であるべきか否かという点について、より深く検討することも今後の課題である。(おわり)


参考文献

2013年2月22日金曜日

IRの生かし方(2)

前回に続き、名城大学難波輝吉さんが書かれた論考「大学の活動を可視化するためのIR機能」(大学・学校づくり研究 第2号 2010年3月19日発行)をご紹介します。


3 IRに必要な環境・人材確保と育成の方途

(1)IRに必要な環境

大学の組織を支える基盤は多種多様である。多様化・複雑化する環境下において、大学の組織力強化は重要課題である。しかし、IR組織を設置すれば、あらゆる課題が解決するというものではなく、データ環境、人的資源の有効活用が重要である。IRの環境づくりについて、森(2008)は、IR部局(組織)は、アカデミックとアドミニストレーションのマージナルな場に存在していると述べ、IRに必要なのは部局(組織)ではなく、機能ではないかと指摘している。その根拠として森が挙げているのは、各大学には既に大学資料を収集・管理する部署、入学試験の企画・入試広報を行う部署、将来構想に関わる企画・立案を行う部署などがあり、日常業務の遂行過程で多種多様なデータを集積する機能を有しているという点である。ただし、これらのデータは、体系的に整備されていないことが多く、総合性と継続性が保証されていない。これらのことから、IR組織を設置することに腐心するのではなく、様々なデータ・情報を体系的に集積し、継承していくことに力を入れることを重視すべきであると森は述べている。この指摘は、大規模なデータ集積システムや高度な専門性を有するスタッフに多額の投資をしなくても、IR機能が実現し得ることを示すものであると考えられ、名城大学での筆者による実践から得られた知見とも一致する。これが大学に望まれる「敷居の高くないIRシステムづくり」の重要な要素であると考える。

(2)IRを担う人材に必要な力・育成方法

IRに必要な知識・技術について理論的に検討した Terenzini(1999)は、IRに必要な知(組織的知性)は次の3つの層からなるとしている。
①技術を活かし分析する知:機関の基本的構造、基本的用語・標準カテゴリ、集計手順・方式などを理解した上で、研究デザイン、資料検索、サンプリング、統計分析、質的分析などができる能力。コミュニケーション能力やコンピュータスキルを含む。
②課題に対処する知:機関の意志決定者・経営者が直面している課題あるいは機関の機能や意思決定方式を理解した上で、意思決定は本質的に政治的になされることを踏まえて、目標を達成する能力。
③文脈を掴む知:高等教育全般と自機関の文化、とりわけ、自機関の歴史、政治的構造意思決定プロセスの理解。自機関の環境(地方レベル、国レベル、国際的レベル)の理解。総じて、組織についての実務的知識や知恵。

これらは相互に関連しているものであるが、①と②は、設計された学習プログラム(コースワーク)とOJT(On the Job Training)の組み合わせで修得可能である。これに対して、③は2つの例外(優れた歴史書と直近の自己点検報告書を読むこと)を除いて、OJTによって修得する以外にない(Terenzini 1999,pp.26-28)。

そこで、コースワークによっても修得し得ると考えられる「技術を活かし分析する知」と「課題に対処する知」ついて考えてみると、前者は、データを収集し分析する能力であると言えるし、後者は分析結果を意思決定者に的確に報告する能力であるといえる。IRの出発点はデータ収集であるので、以下、データ収集力、データ分析力、レポーティング力について述べる。

1)データ収集力

IRの出発点は自校のデータ収集である。データ収集力は、これまでにも確認してきたとおり、IRで活動する人材に必要な基本的能力の一つである。これは単にデータを集めるということではなく、データを教育・研究・経営の改善に資する価値創造の源泉とみなすことを意味する。例えば、計算書類(決算書)上に表れるデータは、教育・研究諸活動のコスト情報として有益である。教職員が有する能力や情熱に関する価値を表現することは難しいという限界を認識しつつ、財務データをはじめとするデータを収集する能力が必要である。

データの種類としては、教育研究を支えるインプットデータとしての財務情報、学生の履修状況や課外活動の状況などを示すスループットデータ、教員の研究成果、学生の単位修得状況、卒業者数などのアウトプットデータ、検定試験や資格取得、卒業生の活動など実際の学習成果を示すアウトカムデータなどが挙げられる。

教育・研究・経営活動の分析に必要なデータを定義し、データの一元管理と共有化を行い、共有化したデータを容易に取り出して加工・分析できる環境を整え、有益な情報を流通させることが必要である。正確かつ質の高い情報収集が迅速な意思決定支援に繋げていくことがIRに求められるからである。

2)データ分析力

データは分析されてこそ意味をもつものであるから、データ分析力もIRにとって重要な能力である。データ分析力に関して重要なことは、分析スキルと分析マインドの養成である。分析スキルとしては、統計学が有用であるが、HagedornとCooganの調査からも、名城大学での筆者による試行的実践の経験からも、高度な技法よりも基本的な記述統計の活用が有益であるといえる。教育・研究・経営に関わる指標は、基本的な記述統計を活用することにより開発可能である。

分析マインドは、IRを担う者だけに必要なことではなく、全教職員が日常業務で作成しているデータが保管方法(他のデータとの結合を含む)によっては貴重なデータとなることを認識するところから始まる。日常業務として扱っている教育情報を経営情報に、経営情報は教育情報に変換するという考え方を持ち、経営は教育研究を支え、教育研究の成果が経営に寄与していくことが、大学の使命や目的の達成に結び付いているという認識を共有することが必要である。分析マインドの重要性が認識されなければ、IR組織を設置しても、様々な組織からデータ収集を行うIR組織の円滑な機能は困難となる。

3)レポーティング力

レポーティング力は、データ分析から得られた知見を適切な形で表現し、意思決定支援に資する能力である。データの分析結果を意思決定者やステークホルダーに平易に理解できるよう要約し、教育研究あるいは経営の改善のための代替案(代替案を実施するために必要な資源と得られる効果を含む)を示して伝達しなければならない。このことは、大学における動きを可視化するということであり、大学が掲げるミッション・ビジョンに基づく計画の実現状況を示すものである。自校データだけの把握に留まることなく、外部環境の動向把握や他大学とのベンチマーク分析も含めると、Terenzini(1999)のいう「文脈を掴む知」も含まれることになる。

そして、筆者の経験を踏まえれば、①常に日常業務の中で感ずる疑問や課題に対する強い改善意識を持つこと、②大学の内部環境・外部環境の動向に関心を持って、次の第一歩を考えること、③経験を積み重ね、教員と職員が共通言語で対話できるよう学び続けることの3点が必要である。Terenzini が示す3つの知を統合した「組織を動かす力」も身につけるべき重要な力であると考える。

遠田(2005)は、よき組織コミュニケーションとは、①よき組織メンバーが、②開かれた人間関係の下で、③豊富な語彙を駆使して行うコミュニケーションであるとしている。この観点からも、整理精選された質の高い情報やデータを活用し、意思決定支援を担うIRコーディネーター(仮称)の存在が重要な意味を持つと考えられる。

IRコーディネーターとは、大学を取り巻く外部環境・内部環境の動向や情報に精通し、その行動においてはIRで蓄えた様々な有益なデータや情報を持って執行部等の関係部署及び意思決定をなす立場にある者の所へ出向き、データや情報のエンドユーザーと意思決定者の架橋的役割を果たす者のことである。単にコンピューターの中に存在する情報を流通させるのではなく、データや情報の根幹に関わる内容を説明し、戦略をつくりあげることがコーディネーターに求められる役割と考えられる。つまり、IRは情報を届ける先の名宛人とそのニーズを先に考えてから、必要なデータを入手し、それを活きた情報に変換する「ヒューマンシステム」であるといえよう。最後は人間の活きた行動が極めて重要であると考えられる。(続く)


2013年2月21日木曜日

IRの生かし方(1)

名城大学難波輝吉さんが書かれた論考「大学の活動を可視化するためのIR機能」(大学・学校づくり研究 第2号 2010年3月19日発行)をご紹介します。


近年、我が国の大学でも、Institutional Research(以下、IR)が重視されるようになってきた。しかし、その現状をみると、自己点検・評価活動に直結するデータ・情報の管理・分析、報告書作成の機能は果たしているものの、米国や豪州のIRと比較すると、大学の意思決定支援や政策形成支援に対して十分に機能していると言い難い。本稿は、IRの発展過程と筆者の実務的経験をふまえて、教育の質保証と経営上の意思決定を支援するためのIR機能及びその定着に向けた課題と解決方策を明らかにすることを目的とする。

大学の社会的責任を果たすべく、大学の活動の成果を可視化するためには、教育情報と経営情報を相互変換するコミュニケーション環境の構築とともに、意思決定を支援する教職員の情報収集・分析マインドの醸成が重要課題である。この課題を克服しつつ、我が国の高等教育の文脈に即した日本型IRの在り方とIRを担う人材育成の方策を明らかにすることが今後の研究課題である。

1 はじめに

大学の使命は、研究による知識創造と教育による知識継承である。他方、大学は非営利組織として経営体の性質も有している。故に、様々なデータや情報を駆使して組織経営の効率化を図りながら、高い質の教育・研究活動を持続的に展開していくことが求められる。

データは、社会に対して大学の教育研究活動の情報を発信していく上でも有益である。大学の教育研究目標・計画・成果に関する情報、大学への入学や学習機会に関する情報、学生の知識・能力の修得水準に関する情報、卒業生の進路状況に関する情報などを広く公開することが求められるようなった現在、それに備えて、大学内部でデータを整備しておくことが必要である。しかし、現状では、目標管理や説明責任を果たすために必要な資料やデータが一元的に管理されていない大学が多い。また、自己点検・評価の結果を教育・研究・経営の改善に役立てる活動も、必ずしも十分には行われてこなかった。大学の成果としての教育研究諸活動に関わる情報発信についても同様である。

このような現状を踏まえ、筆者の担当業務であった自己点検・評価活動の実質化に資する方途としてIRの機能に着目した。本稿では、我が国におけるIRの発展を批判的に検討しつつ、教育の質保証と経営基盤の確立に関わる諸活動の意思決定を支援する方途及びその定着に向けた課題・解決方策を実務的視点から明らかにすることを目的とする。

2 IRの現状

(1)IRの定義

IRは「機関の企画立案、政策形成、意思決定を支援する情報を提供するために高等教育機関内に行われる研究」と定義されている(Saupe1990,p1)。ただし、各大学の歴史・文化や特性によってIRの活動範囲は異なる。Thorpe(1999)は、IRの活動範囲を整理して、①計画策定支援、②意思決定支援、③政策形成支援、④評価活動支援、⑤個別テーマの調査研究、⑥データ管理、⑦データ分析、⑧外部レポート、⑨内部レポートの9つの機能に分類している。これらの定義・機能を平易に表現すれば、IRは意思決定を直接行う機能は持たないが、意思決定に必要な情報を集約・分析し、具体的な課題と改善方策を明らかにした上で、経営執行部、大学執行部が迅速に意思決定を行い、組織全体が的確に行動するために必要な情報を届けるという役割を有しているといえる。

(2)我が国におけるIR機能の比較分析

我が国においては、2004年度以降、認証評価制度の導入、国立大学法人化に伴う中期目標・中期計画による組織運営と法人評価制度の導入、私立学校法の一部改正など、組織運営の透明性を高め、我が国の将来を担う人材育成への投資に対する説明責任を果たすことが要請されるようになった。

このような背景から、2001年には、諸外国で発展してきたIRに相当する組織として、名古屋大学評価情報分析室(現評価企画室)、九州大学評価情報開発室(現大学評価情報室)が設置され、学内に存在する様々なデータの集積・分析に取り組むようになった。

名古屋大学評価情報分析室の設置は、現在の各大学におけるIRの展開に結びついている先駆的取り組みである。当時、喫緊の課題であった国立大学の法人化や認証評価制度の導入への対応を視野に入れ、全学の計画評価に関する必要な調査・分析等を行う組織として設置された。そのモデルはミネソタ大学であり、名古屋大学の良さを表現する評価情報管理システム(Information Management System;IMS)の設計と開発をミッションステートメントとして掲げ、活動をスタートした。IMSの特徴は、大学のステークホルダーに対して、必要な情報を迅速かつ正確に届けることを第一義とするものであり、「情報は巨大に蓄える(Accumulating)のではなく、常にさまざまな形で流通させる(Disseminating)ことに意味がある」という考え方にある(池田 2004,p.196)。この考え方を基盤として名古屋大学で開発されたマネジメント情報システム(中井・鳥居・酒井・池田 2003,小湊 2005)は、他大学のIR組織の有力なモデルとなった。

小湊・中井(2007)は、国立大学法人におけるIR組織の環境分析、ミッション分析、活動分析を行い、我が国のIR組織は、諸外国とは異なり、大学評価と経営情報システムの構築が主たる任務となっていることを指摘している。その後、認証評価制度の導入など、高等教育機関を取り巻く環境変化へ対応してきたことを踏まえ、筆者は、最新の動向として我が国のIRがどのように展開されているかを確認する必要があると考えた。そこで、全ての国立大学(87 校)の自己評価に関わる専門部署・組織の設置状況に関する情報を各大学のウェブサイトから収集し、うち、IR組織のホームページが独自に開設されていて根拠規定の内容も確認できた 17校について、Thorpe(1999)によるIR機能の9分類を活用し、各大学のIR組織がどのような機能をもっているのか検討した。その結果は表1(略)のとおりである。

表1(略)から、17の国立大学に設置されたIR組織の全てが、④評価活動支援、⑥データ管理、⑦データ分析、⑧外部レポート、⑨内部レポートに相当する業務を行っており、データの整備・ 分析と評価支援業務の環境整備は充実していることが確認された。他方、意思決定支援業務や政策形成支援業務には十分対応できていない。

改めての確認であるが、IR活動を推進する上で最も重要なソースは、意思決定の根拠となるデータである。IRにおけるデータ収集と分析に基づく行動の重要性を説いた Maassen(1986)は、①機関の業績に関するデータ収集、②機関の環境に関するデータ収集、③収集したデータの分析と解釈、④分析と解釈の結果を政策立案及び意思決定支援のために使える情報として転換する必要性を指摘している。このうち①と②については、IR組織や機能を有していない大学においても、自己点検・ 評価活動や外部への広報活動などを目的として既に収集されているが、③と④に関わる取り組みは、我が国では十分ではない。また、学内情報の分析だけではなく、外部環境分析や政策動向分析も、IR 機能を実質化する上では極めて重要である。そのための指標づくりも欠かせない取り組みであり、各部局のニーズや外部環境の動きを踏まえたデータ収集の設計が必要である。

また、将来に向けたIRの実質化に向けた課題として、属人的な慣習的暗黙知ではなく、共有化された形式的実践知に基づく持続性のある活動が保証されるか否かという点がある。Thorpe(1999)が示したの9つの機能の全てをIRとして実践するのか、特定の機能に集中するのか、そのための管理運営の仕組みはどのようにあるべきか、組織運営の環境整備はどのようにあるべきかなどの点を明確にすることも、IR活動の持続性と実質化において重要な課題である。

(3)名城大学におけるIRの実践

今後、我が国でIRを広く普及させていくためには、Thorpe(1999)による9つの機能分類のうち、特にIRの重要な機能である意思決定支援をどのように果たすことができるかを実際に検討することが重要である。筆者が勤務する名城大学には、我が国の多くの大学と同様、IRを専門とする組織は存在しない。しかし、IR活動に必要なデータは、一元的管理がなされていないとはいえ、学内に蓄積されている。それらを活用することによってIR機能を果たすことはできるのではないか。このような考えから、学内に存在するデータを利用し、名城大学が直面する課題をターゲットに設定し、IR実践の一環としてのデータ分析を試みた。

ターゲットとして設定したのは、①教育条件と財務状況の改善、②英語教育の基盤整備、③学習支援に対する効果的な資源投入である。

①については、教育研究環境の質向上を目指し、財務状況を悪化させることなく教員1人当たり学生数(ST比)を改善する可能性についてシミュレーションを行った。②については、少人数教育体制で実施している名城大学の英語教育をさらに組織的に推進するため、追加的な資金を最小限に抑えて担当者の専任比率を高める方途を検討し、実行レベルまで到達させた。③については、入学前に実施している学習支援プログラムの事業費を原資とし、追加的な資金投入を行わずに学生の入学後の学習支援も実施できる体制構築の方途を検討した。

いずれも、文部科学省「学校基本調査」や日本私立学校振興・共済事業団「学校法人基礎調査」などの外部機関提出データを基本としたが、②については、英語科目の開講状況や想定される嘱託教員の勤務条件データなどを独自に収集した。③については、現状の入学前学習支援プログラムのコストデータを活用した。この経験から、IRを専門とする組織が存在しなくても、データをうまく蓄積し、分析を重ねれば、意思決定に対して有益な情報を提供できることを確認することができた。

また、IRの取り組みにおいては、いかに視野を広げ、外部環境の動きをサーチする力が大事であるかということも確認できた。課題から夢を語り、戦略プランをつくり上げ、それを報告し、内外へ働きかけること、そして、戦略プランの実現に向けて必要な情報を収集、分析、活用し、自校の教育改善と経営改善に貢献することが、IRの本質であると考える。(続く)


2013年2月15日金曜日

為政者の悪弊

大学の経営トップが主体の会議に列席した際、たまに、むなしい気持ちになるときがあります。

組織にスピード感がない、役に立たないからといって、新たな組織を別に作り、屋上屋を重ねようとします。組織を構成するメンバーから煙たい教員を排除し、自分たち経営側で固めてしまおうとします。

既存の組織をどう生かすか、あるいは、どう動かすかを一切考えず、自分たちがやり易いことのみを優先する悪弊がいつまでたっても直りません。

正論であればなんでも通ると思っています。声高に大学改革を叫んでも、これでは、教職員は誰も振り向きません。それがわからない経営トップには、大学を統治する資格はありません。

こういうことが直らない限り、真のガバナンスやリーダーシップは確立しないし、そこには孤立があるのみです。



2013年2月14日木曜日

高等教育政策の実現性

教育評論家の梨戸茂史さんが書かれた新政権の高等教育政策」(文部科学教育通信 No.309  2013.2.11)をご紹介します。


選挙の結果、自公政権に代わり、教育再生実行会議もスタート。高等教育に関して、選挙時の政権構想を見ると、「激動の時代に対応する、新たな教育改革(平成の学制大改革)」として掲げている中に、「大学の9月入学を促進し、・・・ギャップターム(半年間)などを活用した大学生の体験活動(国とふるさと、環境を守る仕事(以下略))の必修化や、学生の体験活動の評価・単位化を行い、企業の採用プロセスに活用・・・」とある。大学の9月入学は、そもそも東大が言い出したものだが、これが国際化につながるか疑問もあるし、半年「遊ばせる」のは教員側の反対が多いなど課題だらけ。

よく分からないのは次の話。「専門学校の果たしてきた実績に基づき、職業教育に特化した新しい高等教育機関を創設し、『学校教育法』上の地位についても検討」とある。要は、「専門学校」に”高等教育機関”としての位置づけを与えるということなのであろうか。現在でも、統計上は、高等教育のカテゴリーに含まれていますよね。それとも「格上げ=専門”大学”」化を図っていこうということなのか。「大学等と産業界の地域社会とのより幅広い連携協力の下で、インターンシップを充実・・・地域密着型のコミュニティカレッジ化により、技能習得と就労を支援」というのは、現状の延長で可能かな。

「高等教育政策・大学政策の積極的な推進(大学ビックバン)」と題された部分では、「『大学力』は国力そのものであり、質・量両面の充実・強化が必要・・・経営が悪化したり、質が著しく低下した大学の改善を促し、成果が認められない時は退場を促す仕組みの確立や、社会や学生ニーズの観点からの新規参入認可プロセスの明確化など・・・設置基準の見直しを行」う、とあってこれは田中前大臣の方向。やはり『課題』です。

「世界トップレベルの大学は特区化し、諸規制を撤廃します。オープンラボ、研究サポートスタッフの設置を義務化・・・世界トップレベル大学からの博士号を持つ若手研究者の大量スカウト、資金支援など」ももっともな話。

「大学教育の質の保証徹底を義務化し、評価に基づく資金の重点配分(授業評価、教員の業績評価の厳格化等)・・・学長のリーダーシップを強化するため、学長と教授会の役割の明確化や、学長を支えるスタッフ(理事、副学長、財務等の専門スタッフ)の抜本的強化、学長裁量経費の充実」は、すでに実施済みの話で新鮮味はない。「私立大学の収入の約8割は学生納付金であり受益者負担が重く、国公私立大学の設置形態論・経費の受益者負担論の見直し等を行い、財政支出の仕組みを再構築」する、は私学へのリップサービスみたいだが、後半の『設置形態論』は国立大学の廃止(私学化?)になって一大事かも。とはいうものの「国立大学法人運営費交付金等の安定的な確保」と題して、「わが国の基礎科学の中核を担って・・・多様な人材が集い、教育活動や研究活動を行っている・・・近年、その安定的な教育研究活動を支える基盤的経費(国立大学法人運営費交付金及び施設整備費補助金、私学助成)が大幅な減少傾向にあり・・・わが国の基礎科学を強化する観点からも、これらの基盤的経費を安定的に確保」する、とあって、”国立”大学の形態は維持されそうだ。

被災地にも目配りがある。「東日本大震災の被災地にある大学が、被災地復興の拠点として研究やプロジェクト実践を進められるよう、重点化して支援を行」う、は東日本の大学にはメリット。

果たして実現性はどうなのでしょう。「公約」や「マニフェスト」は、今や「不信」の代名詞だったら怖い。

(関連過去記事)大勝の責任(2012年12月18日)


2013年2月13日水曜日

これからの大学職員論

久々に、山本眞一さん(桜美林大学大学院・大学アドミニストレーション研究科教授)が書かれた論考を抜粋してご紹介します。



職員論の視点に必要なもの(文部科学教育通信 No.309 2013.2.11)

SDに必要な広い視点

大学の事務職員のあり方・育て方が本格的に論じられ始めて十数年が経過した。この間、高等教育をめぐる諸状況はさらに変化し、職員に期待される役割もまた大きくかつ高度になってきた。今や職員を抜きに大学経営を語ることはできないまでに変化し、かつて私自身が大学事務局において体験した「教官の、教官による、教官のための大学自治」は、はるか記憶の彼方に遠ざかろうとしているかに見える。SD(職員の能力開発)は、FD(教員の能力開発)のように義務化されているわけではないが、多くの大学では必要に応じてさまざまな形でこれを実践している。私が2000年に筑波大学で始めた公開研究会は、今も形を変えつつ発展しているようであり、また同じような講演会・研修会は全国各地に広がりを見せている。職員論はきわめて隆盛であるという印象を多くの人々が持っていることであろう。

ただ、職員論の「創始者」の一人として思うには、われわれはここで一段と広い視野で職員論を語らなければならない時期に来ているのではないかということである。職員論は、大学経営における職員の立場を重視し、これによって意欲の高い職員の活動意欲を刺激し、また能力開発も大いに進んだことは喜ばしい。しかし大学は職員のみで動かせるものではない。大学の本来の役割は、知識・技術を研究によって開発し、これを教育によって伝え、またこれを社会の諸活動に応用することによってさまざまな貢献をすることにある。このためには、教員の活動をより活発にすることは欠かせない。大学経営は、大学の目的を達成するための手段であり、このことを忘れた職員論はありえないことをまず認識しておかなければならない。

能力と立場はパラレルに

さて、以上のようなことを述べる理由には、図表1(略)に示したように、職員の能力と学内の立場とはパラレルの関係で向上させなければならないということがある。職員の役割が不当に低く評価されていた1980年代項までは、確かにまず行うべきは職員の学内的立場を向上させることであった。その頃でも、自らが出すぎることなく、黙々と業務に勤しむ職員は少なからずいた。このように勤勉でかつ有能な職員に支えられた管理職や教員は多かったことであろう。しかしそのような職員は、図表1(略)の第四象限にあたる「便利な職員」とも言うべきものであった。もちろん職員本人がこれに満足するというのであれば、これ以上言うべきことはない。しかしせっかくの能力をさらに発揮するには、その能力にふさわしい立場というものが与えられれば、彼・彼女の能力はもっともっと向上するはずである。

他方、第二象限のように、立場の向上のみが先行すれば、それは他の職員の活動やさらには教員の仕事にもいちいち口をはさむ「邪魔な職員」(もし言いすぎであれば「うるさい職員」と修正すべきか?)とでも言うべき存在になってしまう。能力の裏づけがない職員の存在は、大学経営のパワーを減殺する。たとえば国立大学の管理職職員を考えるとよい。かつては管理職という地位自体にある種の能力があった。それは官僚制のなせるわざであり、当時の経営本部とでも言うべき文部省の動向に従い、かつ前例踏襲に心がけることによって、国立大学は結構うまく運営ができたものであった。しかし、法人化後の国立大学はそれでは済まなくなってきている。管理職には経営マインドが必要であり、かつそれれは教育・研究の社会貢献という大学の使命に沿うものでなければならない。管理職にも複合的・総合的な能力が求められるようになってきているのである。

役員・教員も視野に入れつつ

第二に、大学の経営の実態は、役員・教員・職員の協働によって行われているということを認識しなければならない。職員の役割は、もちろん大きなものであると思うが、しかし前述したように職員だけで大学が動くわけではない。職員だけで大学が動くと思うのは、企業で言えば、営業部員の努力だけで自社製品の開発の生産から販売まですべてがうまく回るはずだと思うのと同じくらい空疎な考えである。大学には、重要な経営判断を行い、かつ教職員を取りまとめていく立場にある「役員」、大学業務の中心である教育・研究を担う「教員」の役割も極めて重要であり、それぞれに「職員」が上手に関わる工夫が必要なのである。また、教員集団を取りまとめていく仕掛けにも配慮が必要で、従来からの「教授会自治」の負の側面は是正しなければならないとしても、学部長など「教員出身の管理職」の役割を正当に評価しなければならないであろう。

これを図示したのが、図表2(略)である。大学経営に関わる人材は役員層をトップに、教育の研究を担う教員と大学のさまざまな管理業務や専門的業務を担う管理職・専門職員がおり、さらにこれらを支える「支援職員」の存在もきわめて重要である。職員論にはしばしばこの支援職員の役割を見落とすものがあり、またかつて私自身がそう考えたように、職員はすべてこの支援職員の立場を脱却して、管理職・専門職を目指すべきだという論調が目立っているように思うが、これは実態を踏まえない議論である。たとえば米国の大学には、ファカルティーと呼ばれる教員とこれに対等の立場で関わる各種のプロフェッショナルがいるが、同時に彼らに数倍する支援職員によって成り立っていることを忘れてはならない。

また、わが国の大学では財政基盤の弱いこともあって、正規職員を多く抱えられない事情があるので、単純業務や高度専門業務を外部委託すなわちアウトソーシングする傾向が強まっている。職員論はこれらに関わる人材にも焦点が当てられなければならない。さらに、職員と役員との区分けも大事である。職員の一部が役員を目指すのは悪くないが、役員が行うべき任務と職員のそれとは本来別物であり、人材養成もそれぞれの特性に合わせたやり方があるべきである。ただし、多くの職員が役員を最終ゴールに据えることは、職員のやる気を向上させることに役立つと思うので、念のため。いずれにしても、これからの職員論には、図表2(略)に楕円で示したさまざまな人材を視野に置くことが必要なのである。


パイインターナショナル
発売日:2011-11-28

2013年2月12日火曜日

「情報」は取りに行くもの

今日の言葉」から修身」(2013年2月12日)を抜粋してご紹介します。



与えられる情報はすでに他人のフィルターを通して提供されています。

語源を紐解くと、「情報」とは「事情を報告すること」から来ているそうです。

「事情」は「実情」と異なり必ずしも隠された真実までは含まれていないのです。

だからこそ自分で取りに行かなければ本当のことはわからない。

少なくともマスコミやネットに流れている情報を鵜呑みにして判断してしまうことは危険だと気づいていることが大事ですね。

ときに「常識」を疑う姿勢が必要です。

昔は本を手に入れる為には全文を書き写していました。

そこまでして学びたいという気持ちと労力があれば、大抵のことは成し遂げられるでしょう。

だから簡単に本を買って読むことが出来る現代はなんと恵まれたことでしょうか。

これを活かさない手はありません。

今年の年頭に立てた目標はどれくらい達成されていますか?


2013年2月11日月曜日

教育財政と財政規律(2)

前回に続き、故大平正芳内閣総理大臣が書かれた「財政つれづれ草」(1953年10月発行)を抜粋してご紹介します。



大日本育英会

昭和17年の7月、私は、内閣から大蔵省主計局に復帰して、文部省と南洋庁との主査を命ぜられた。当時我が国は、東条内閣の下、国を挙げて総力戦体制を整備しつつあった。文教行政の面にも、その余波をうけ、或はその時流に便乗して、科学技術の振興、師範学校の昇格、英才教育の助長、東洋文化の開発その他が、とり上げられていた。

東大に第二工学部が出来、各大学の理工学部の講座が無闇に増設され、或は、全国各地に、高等工業学校や、医学専門学校等所謂、理科系の学校が新設されたのもその頃である。又帝大の附属医専を始めとして、夜間高工が既存の学校に附設され、或は、高等商業学校を高等工業学校に改組する等という荒っぽい手段が講ぜられたのも、斯様な風潮を背景にしてであった。各帝大と有数の単科大学に大学院が附設され、各大学に無数の研究所が設立されたのも、正しく、その時期であった。

大日本育英会の設立も、又決してその例外ではなかった。野に遺賢なからしめ、凡ての英才を聖戦に参往させるためには、英才を抱きつつ、家貧しく学資乏しきが故に進学の道を塞いではいけないというので、育英事業が、国の手によって始めて組織的にとり上げられた。当時の大蔵大臣は賀屋興宣氏、主計局長は植木庚子郎氏(現代議士)で、この仕事は、植木氏と私が、大げさに言えば、心血を注いでやり途げた仕事である。

育英事業というのは、何もこれが始めての試みではなく、既に、全国各地の旧藩主や篤志家によって相当広範囲に営まれていた。私の郷里香川県においても、松平伯爵の庇護の下に香川県育英会があり、坂出市の素封家鎌田勝太郎氏の出捐のもとに鎌田共済会があって、私もこの両育英会のお世話で、大学までの進学を恵まれた一人である。数多くの人々が、こうして各々その出身地の育英会の手によって、高等教育を受け、立身の緒口を掴むことができた。

しかしこれまでの育英会は、おしなべて、私的な寄附行為による財団法人であって、国又は公共団体が財政的に関連をもっているものは少なかった。今度は、国が直接この仕事の経営の主体となり、財政上の主体にもなるということになるのだから、どういう理念によって、この制度を打建てるかが、当然、われわれにとって大きい問題になった。

大蔵省の役人というのは、職業柄、何をやるにしても、なるべく金をかけないように心懸ける本能をもっていた。そのことは、確かに一面、よいことには違いないが、他面、そのために中途半端のものが出来上って、悔を後年に残す場合もあったことは否めない。一般に金を使うことはむずかしい仕事である。殊に公金を扱うことは、難事中の難事である。私などは、勿論貧困に育った身であるから、どちらかと言えば、寸銭を惜しむ本能においては、人に劣るものではなかった。従って、私の予算査定は、大抵の場合、きびしかった。大日本育英会も、不幸にして、きびしい私がその産婆役にめぐり合せたわけだ。

最初私が考えたことは、国が育英事業に手を出すにしても、何も、既存の育英事業と競合する必要はない。既存の育英事業で以て、まだ救い出しきれない英才がありとせば、それをこそ国の手によって進学せしめることにすべきだ。それには、何を措いても、先ず、所謂、「英才」というものは、一体どういう程度の目安で選び出すかという問題に出くわすわけである。何でも漢字で、「英」というと千人に一人の逸材をいうのだそうだが、そうなると、とびっきりの秀才でなければならない筈である。「俊」といい、「英」という語は、今日考えられているように、ぞんざいなものではない。

ところが、一つの町村立の学校でも一年の児童数は、五十名乃至百名程度であって、千人に一人の英才を選び出すに足る大数には達しない。なるほど中学校にすれば二千なり三千の児童の中から選び出した英才が居るに違いないというけれども、小学校から中学に進み得ないままで、家庭の事情から既に脱落した英才が洩れてしまうことになる。どうしても英才選別の基礎は、義務教育である小学校におかないと困るわけである。ところが、一単位の小学校では、児童数が足りないので、本当の英才を選び出すことはできない怨みがある。試験によるとしても、その方法自体に欠階があることは否めない。

ところがもう一つの困難にぶつかる。それは小さい時は神童でも、大きくなると凡才になってしまう人もあれば、その逆の場合もあり得るわけである。従って、英才を選び出す基盤は、多少意に沿わないまでも、なるべく広くとっておかないといけないことになる。そこで、色々考えあぐんだ末、私は、小学校六年の全児童の一割という員数を、国営育英事業の一応の基礎員数とした。

斯くして得た基礎員数に、貧困率と死亡率とを乗じて得た年々歳々の要助成員数から、既存の育英制度で救うことができる員数を控除して、育英事業の対象員数を算出した。勿論、貧困率などという変数は、そう簡単に捉えることができる数字ではない。そして詳細なことは、一々記憶していないが、ともかく斯くして算出した年度別の対象員数は、予想よりは遥かに少い数字になり、予算も大した数字に上らなかったことだけは記憶している。私があやしい高等数学を駆使したのもその頃で、局長や課長がなかなかのみこめなかった滑稽な場面もあった。

次に、私の基本的な問題は、一体この育英制度のやり方を、給費にするか、貸費にするかということであった。そこで、貸費にした場合の複利計算と貸費に要する事務費を計算して、その現価を求めると、同じ金額でどの程度の員数に給費ができるかを計算した。勿論、種々の想定に基づいた計算ではあったが、同一金額で貸費できる員数の約二分の一は同じ金額で給費を行うことができるという結論であったことを記憶している。そこで、私は、基礎員数を、前述のように甘くとったのであるから、これを制限するという意味も手伝って、給費制度を主張したものである。

ところが、私の提案に対して、文部省はもとより大蔵省の主脳部までが、これは「きつすぎる」といって、何とかもっと甘くしてくれという注文が起った。私はその理由が、極めて根拠に乏しい俗論であるというので大いに反論を加えたものである。ところがその俗論の中で、一つ私の肺腑を衝いた言葉があったのである。それはこの育英予算を審議していた或る日のこと、植木主計局長は、こう言い出した。「自分は、貧しい家に生れて、到底上級学校に進学できる身分ではなかった。そこで、己むなく姓を変えて養子に行き、義家から一高、東大へと進学させて貰ったのだ。男が自分の姓を変えるということは辛いことだ。しかし、向学心をもっていても貧しいために、心ならずも、こうした道を選ばなければならない人が多かろう。自分は、日本の後進青年のために、こうした辛酸をなめさすに忍びない。そこで自分は、非常な情熱を傾けて、この制度の発足に努力しているのだ。大平君どうか自分の心情を汲みとって、できるだけ多くの人に、この恩恵が均霑(きんてん)されるように考えてもらいたい。」

植木主計局長は、涙を浮べて、私にこうして協力を求められた。彼は私の上司であり、予算編成の実権を握っている主計局長であり、見方によっては、国務大臣以上の権力者であったとも言えるが、この人が、自分の身の上によせて赤心を吐露されたわけである。それまで数字と論理一点張りで頑張っていた私の頑強な気持も、この言葉を聞いて雪が陽光に解けて行くように、解けて行った。私は植木主計局長の意を体して、当初の私の提案を大幅に是正し、給費を貸費に改めて、国会に提出した。そして今日の大日本育英会は、昭和18年度から発足したのであった。

植木主計局長は、昭和27年、私と時を同じうして、福井県から衆議院議員に選出された。その選挙戦に於ける演説でも、「自分は、大蔵省在勤時代に色々な仕事をしたが、とりわけ大日本育英会を、今、香川県で同じ選挙を戦っている同僚大平正芳君と協力して、作り上げたことが、終生忘れることのできない立派な記念碑である。」と述懐された。「君は福井県でも当選するよ。」等とよく冗談に言われる。しかし、私をして言わしむれば、大日本育英会の礎石は、植木さんの飾り気のない至純な後進を思う同情心が、これを永久に据えたのであって、私などが、これにあやかっておほめをいただくのは勿体ないことだと思っている。それにしても、今日まのあたり見る大日本育英会の育英事業が、こうした先輩の至純な支持と愛顧を寸刻も忘れないで、員数と金額の多くを誇る前に、感恩と責任感に立脚して実り豊かなものに成長し充実して参るよう祈らずにはおられない。


2013年2月10日日曜日

教育財政と財政規律(1)

平成25年度予算の政府案が去る1月29日に閣議決定され、現在国会において審議が行われています。

文教予算、とりわけ大学に関係の深い高等教育、科学技術関係予算案の内容については、既にこの日記でもご紹介したところです。

政権交代後初めて行われる予算審議になりますが、与野党は決して従前のような党利党略に走るのではなく、お金がないといって消費増税を国民に求めているのですから、真に国民目線の真摯な政策論議に緊張感をもって臨んでほしいと思います。



ふとしたことから、故大平正芳内閣総理大臣が書かれた「財政つれづれ草」(1953年10月発行)という本に目を通す機会を得ました。書かれてから随分時間が経過しておりますが、予算のバラマキに終始し、借金まみれになってしまった我が国には、今こそ当時のような財政規律を重んじ守り続ける覚悟が必要なのではないでしょうか。抜粋してご紹介します。


教育財政

教育というようなことは、勿論これに要する財源の多寡によって、その優劣を判断できるものではない。小さい塾の中で、新しい日本を打建てる基礎を培った松下村塾もあった。学校が輪かんの美を誇り、設備の充実と豊富な蔵書をかち得ても、それだけでは何も意とするに足りない。立派な教育内容をもち、立派な人物を養成しなければ、無用の長物になりかねない。

ところが、終戦の前後から、我が国の文教行政は、学校の新設拡充、教職員の待遇改善等、謂わば、外形的な充実を計るに急であって、教育内容のことはおきざりにされていた怨みがある。私が大蔵省主計局で文部省の主査をやっていた昭和17年、文部省は、何と15の高工、11の医専、4の高師を一挙に新設してもらいたいという不敵な要求を提出してきた。その他数多の研究所の新設も併せ要求してきた。

私はその尨大な要求を受けて、実のところ唖然とした。勿論予算の当初要求というものは、決してそれがそのまま通過する等とは考えていないこと位は、百も承知であった。だがもう少し真面目に提案してもらい度いと思った。学校を新設することを、株式会社の設立のように、無造作に考えられては、たまったものではない。学校というものは、その経営がうまく行かなければ、株式会社のように簡単に解散するわけにも行かない。卒業生と在校生とその父兄というものは、その学校に、利害と打算を超えた執着と誇りとをもっているものだ。それを簡単に解散させる等という離れ業は、到底できるものではない。過去においても、閉校した学校というものをわれわれは余り聞いたことがない。従って、学校を設立する等ということは、慎重の上にも慎重を期してやらなければならない性質のものである。それなのに、こんなに沢山の学校を一度に造ってくれ等というのは、何としたことだろうと天を恐れない大胆な要求に公憤を禁じ得なかった。私は、この学校新設予算と取組むに当り、どこにメスを入れるべきかを種々苦慮した揚句、こういう資料の要求を先ず文部省にした。当時の文部省の会計課長は、現東京教育大学長の柴沼氏であった。

「貴方の方では、高工を15新設してくれというのだが、一体どういう根拠でこれを要求されるのですか。大蔵省にしてみても、学校の数が多い程よいから作ってもらいたいというのでは、御相手になれないではありませんか。そこで、御面倒でも、これだけの学校の新設を目論まれる文部省としては、工業技術者を、どの産業にどれだけ配置できるようにし度いかという基礎的な計画がおありのことと思います。ついては、一つその資料をいただいて検討してみたいと思います。」

柴沼さんは暫く考えこまれていたが、やがて「なかなかむずかしいことだと思いますが、企画院の方とも相談して、お答えしますから、暫く猶予を願いたい。」と言った。二、三日して、柴沼さんは「御要求の資料の作成は、なかなかむずかしい注文です。われわれの間で、色々考慮しましたが、昭和14年という年が、日本の各産業が、最もよく技術者や技能者に恵まれた年で、労務者に対する技能者の割合が一番高い年です。その後は動員のため年と共に悪くなって来ました。文部省としては、結局、昭和14年の状況にまで早くとりもどしたいと思いまして、理科系統の学校の増設を考えているわけです。」

そこで私は、「それでは、現有施設に収容中の学生が、新増設の学級の完成年度(昭和22年度)において全部卒業した暁には、どういう状態になりますが。つまり、養成中の学徒が全部卒業して職業に配置された場合、文部省の要求されている昭和14年度の水準にまで到達できるかどうか、一つ調べてみていただけないでしょうか。それを見た上で大蔵省としての態度を決めましょう。」

文部省は、私の要求によって、完成年度に於ける技能者と労働者の比率を計算したのであった。その結果は、学校を増設したり、学級を増加しないでも、現存の施設で、既に文部省の要求を充たして尚余りがあることを確認したのであった。こういう寸法で、医専についても高師についても、同じ結果を得たので、私は、スッパリと学校増設案を一蹴してしまったのである。

ところが昭和17年もおしつまった大晦日の夕刻であった。昭和18年度の予算の計数整理を了え、1月4日の初閣議に提出すべき書類をまとめた上で、机の上を片付けて帰宅の準備にとりかかった時に、私は植木主計局長から呼出を受けた。今頃一体何だろう。大晦日で早く帰って一風呂浴びて、楽しい正月を待とうと考えているのに、局長は何と情のない人だろうと、心中不平を抱いて局長室に入った。局長は、言下に、「君、長野に高工を、前橋に医専を、夫々作ることにして予算を計上してもらいたい」と言った。私が、「それはどういうわけですか。私と文部事務当局との間には、既に学校を一つも造らないということで、ちゃんと話がついておりますのに」と殆んど反抗的に拒絶の姿勢で抗議した。局長は、浮かぬ顔をして、「いや、これは手の届かないところで決められたのだ。どうにもならんのだ。ともかくも計上してくれ」と繰返して言うのであった。高工とか、医専をつくる場合の初年度の経費は、当時の金で一校当り、5、60万円であった、私は学科、学級、教授、助教授の定員並に営繕費等を決めて、柴沼会計課長に来てもらった。

「長野に高工、前橋に医専を作れと上司が言うので一応このように格好をつけましたが、文部省はこの二つの学校を御受取りになりますか」と私は柴沼さんに尋ねた。内心私は、柴沼さんから、「それは折角だが御断りいたします。文部大臣(当時の文相は橋田邦彦氏であった)が知らないうちに、どこかの闇取引でできた学校などは、文部省としては迷惑です」という言葉を半ば期待しておったが、柴沼さんは、「有難うございました」といって町重に御礼を言って、二つの学校の経費をもって帰られた。柴沼さんの御立場としては已むを得なかったことであったろう。

この闇取引というのは、当時の蔵相賀屋興宣氏と、信州出身の青木一男氏(当時の大東亜大臣)並びに、上州出身の星野直樹氏(当時の内閣書記官長)との間に交わされた話合であったことは後で判った。折角の学校新設反対の私の立場は三人の政治家によって、部分的に改訂させられたわけである。その次の年は、最早、私は、文部省主査ではなかったのであるが、次々と専門学校が矢鱈に増設されて、栄養失調の学校が雨後の筍のようにふえたわけである。終戦後、我が国は、72とかの国立大学を擁しているが、学校の大量生産が、教育の振興にプラスになっているかどうかについては、私が殊更批評しなくても、世の識者がその解答を与えてくれる、であろう。


2013年2月5日火曜日

個人あて寄付金の適正経理

このたび(平成25年2月1日付)、文部科学省高等教育局長及び同研究振興局長の連名により、各国立大学法人学長等宛に、「「教員等個人宛寄付金の経理」の適正な取扱いについて」と題する通知が行われています。

主な内容を抜粋して整理すると次のようになります。個人あて寄付金の適正な取扱いが求められています。

  1. 会計検査院の平成23年度決算検査報告において、国立大学法人における「教員等個人宛て寄附金の経理」について、一部個人経理している事態は、各法人における寄附金規則に違反しているとして、19法人が不当事項とされたこと。また、これまでも同様の内容で、平成15年度は9大学が処置要求事項とされ、平成18年度には5法人、平成22年度には3法人が不当事項と、重ねて指摘されていること。
  2. このような状況を踏まえ、国立大学法人の平成23年度評価においても、平成22年度に不当事項とされた3法人については、業務運営・財務内容等の状況(その他業務運営に関する重要目標)において、課題事項として指摘され、評定が一段階下げられていること。さらに、上記評価に対する政策評価・独立行政法人評価委員会の二次評価においても、度重なる会計検査院からの指摘を踏まえ、国立大学法人評価委員会委員長に対して「教員等個人に対して寄附された寄附金について、各法人における寄附金の取扱いを定めた規則等に基づかない不適切な処理がみられることを踏まえ、再発防止を図るため、各法人の教員等に対する規則の遵守などコンブライアンスの徹底に向けた取組状況について評価を行うべきである」との意見があったこと。
  3. このような一連の事態は、国立大学法人及び大学共同利用機関法人の社会的信用を損ないかねない状況と受け止めており、各法人におかれては、速やかに対処すべき重大な問題として受け止め、別紙(以下)を参考としつつ、今後における適正な取扱いに万全を期されたく、研究担当理事及び財務担当理事などへの周知徹底とともに、監事におかれては、内部統制システムの構築・運用の状況など、業務監査の充実をお願いしたいこと。


(別紙)「教員等個人宛て寄附金の経理」の適正な取扱いについて

以下、参考としてお示しするものですが、各法人におかれては、これにとどまらず、独自の取組みも加えるなどして、真に実効性のある取組みを進めていただきますよう、お願いいたします。

1 教員等への周知徹底

  1. 教員等へ漏れなく周知するため、採用時や新任教員等説明会など、あらゆる機会を通じて各法人におけるルールの説明を徹底する。
  2. 定期的な文書配付又はメール送信、ホームページの掲載、学内掲示物への掲示、ハンドブックへの記載など、継続的な周知を行う。
  3. その際、とりわけ以下についての周知に留意する。
  • 個人経理を行った法人に対する影響(会計検査院、国立大学法人評価等)があること。
  • 個人に対する税務面について、所得税(及び住民税)の課税対象となり、確定申告を行う必要があること(非課税対象を除く)。一方で、寄附者である公益財団法人等や寄附を受けた教員等が、国立大学法人等へ寄附することで、寄附金控除の対象となること。

2 事務局等による自主的な調査・把握

  1. 寄附者である公益財団法人等が開示している寄附金情報を活用し、定期的に調査を実施し、状況を把握する。
  2. 開示していない寄附金を把握するため、定期的な教員等への受入れ調査や交付を受けた場合(申請した場合)において、報告を義務付けるルールとするなど、手続き漏れを防止するとともに、併せて規則の理解度を確認して、必要に応じて指導・助言する。また、採択・入金までの一連の流れを台帳等において、管理する。
  3. 以上のような取組みについて、事務局と部局事務との間でルールを確立する。


3 内部監査の強化

  • 財務担当部署における会計監査の強化を図るとともに、監事又は監査組織において、内部統制システムの構築・運用の状況など、業務監査の充実を図ること。



2013年2月3日日曜日

スーパーマリオランド

「魂が震える話」ブログ」から抜粋してご紹介します。


どこにかいたらいいかわからんからちょっと書かせてくれ

昨日4時22分に母が亡くなった

風邪一つ引かない元気な母だった。

僕が幼稚園に入るころもう父はいなかった。借金作って逃げたらしい。

朝は4時に起きて俺らの弁当作って6時から17時まで弁当屋でパート。

帰ってきたら晩飯作ってすぐに出て行って11時までパチンコ屋で掃除のバイト。

休むのは月に3回あればいいほう。

そうやって僕と妹は育てられた。

反抗期なんてほぼ無かった。

あんなに頑張る母親を見て反抗なんてできるはず無かった。

いや・・・一度だけあった。

クリスマスの2、3日前ゲームボーイが欲しいとねだった。

友達がみんなゲームを持っていたのに自分だけ持ってないと苛められると。

何故あんな嘘をついたのだろう・・・。

母は「ごめんね・・・」と顔をくしゃくしゃにして泣いた。

僕も何故か悲しくなって家族3人でボロボロ泣いた。

その日は3人とも同じ布団で抱き合って寝た。

クリスマスの日の夕食はおでんとケーキだった。

母親は子供のようにはしゃぎ、歌い、最後に「はい」とプレゼントを渡した。

古いゲームソフトだけを買ってきた。

「これだけじゃできないんだよ」と言おうとしたけどうれしそうな母の顔を見ていえなかった。

あれから20年、兄妹そろって大学まで出してくれた。

俺も妹ももう就職したしこれからは楽させてあげるから仕事やめなよ。っていったのに。

働いてなきゃボケるって・・・そんな年じゃないだろう。

どっか3人で旅行にいこうよっていってたのに。

妹の結婚式みるまでは死ねないっていってたのに。

なんで末期癌になるまで働くんだよ・・・。

何度も病院いこうって言ったじゃないか。

先生もいってた「あんなに我慢強い人見たこと無い」って。

看護婦さんに「迷惑かけてごめんね」ばっかり言ってたんだってな。

いっつも人のことばっかり気にして・・・。

震える手で書いた枕もとの手紙・・・読んだよ

「耕ちゃんへ

小さいころはいつもお手伝いありがとう

あなたはわがままをひとつも言わないやさしい子でした

妹の面倒も沢山見てくれてありがとう

あなたが生まれてきてくれてほんとうにうれしかったよ

あなたのお嫁さんを見たかった

梓へ

女の子なのにおしゃれをさせてあげられなくてごめんね

いつも帰ったら「ぎゅっとして」といってくるあなたに何度私は救われたかわかりません

あなたはあなたを愛する人を見つけなさい

そしてその人のために生きなさい

死は誰にでも訪れるものです。

悲しまないで

あなたがもし辛いことがあったらいつでもあなたの枕元に立ちますよ なんてね

あなた達の母親で良かった

また生まれ変わってもあなた達の母親でありたい。

それが私の唯一つの願いです

体に気をつけて。

寒いからあたたかかくして。

それから・・・それから・・・きりが無いからやめとくね

たくさんたくさんありがとう」

お母さん・・・手紙涙でにじんでボロボロだったよ。
だから紙を買ってきてくれっていってたんだね。

お母さん・・・ありがとう・・・ありがとう・・・ありがとう・・・

まだ遊んでるよ。
プレゼントしてくれたスーパーマリオランド。


2013年2月1日金曜日

子どもを守る

子どものためのルールブック」(2013年1月27日 人の心に灯をともす)を抜粋してご紹介します。


ロン・クラーク氏の心に響く言葉より・・・


「もしこの学校にきみたちをいじめたり嫌がらせをしたりする子がいたら、わたしに知らせてほしい。

わたしはきみたちの担任だ。

わたしはきみたちを守り、世話をするためにここにいる。

この学校のだれかがきみたちをいじめたり不愉快な思いにさせたりすることを、わたしはけっして許さない。

そのかわりに、きみたちも何か問題が起きたときには、それを自分で解決しようとしないで、わたしにまかせてほしい」(ルール43)

たとえば、ハーレムの小学校で教えていたとき、わたしのクラスのジェレミーという名の男の子が、マークに悪口をいいふらされている、と訴えてきたことがある。

そこで、わたしは休み時間にジェレミーを連れてマークのクラスに行き、彼を廊下に呼び出した。

まずわたしがジェレミーから聞いたことをマークに話し、そのうえでマークの話を聞いた。

マークはまちがったことは何もしていないといったが、わたしの反応はいずれにせよ同じだった。

片方の眉を上げ、できるだけ厳しい表情でマークの目をのぞきこみ、歯を食いしばったままでこういったのだ・・・

「あのね、過去に何があったかなかったかはどうでもいいんだ。

大事なのは、同じようなことがこれから先、二度と起きないということなんだよ。

いいかい、わたしはきみの担任じゃない。

だけど、いまここではっきりいっておく。

きみ、ここに立っているこの子が見えるね?

この子はわたしのクラスの子どもだ。

今後、きみはこの子をからかってはいけないし、いじめてもいけない。

もしそれが守られなければ、きみはわたしと対決することになる。

わかったかな?」

つぎに、わたしはジェレミーのほうを向き、同じように、マークによけいなちょっかいを出してはいけない、と話して聞かせた。

万が一、ジェレミーがマークにちょっかいを出すようなことがあれば、そのときには彼もまたわたしと対決することになる、と。

当事者の双方に話して聞かせることによって、どちらかが不公平な扱いを受けたという気持になることがないばかりか、両方が同じだけの罰を受けたような状態にできる。

とにかく、わたしとしては、自分のクラスの子どもの肩をもっているだけと思われたくなかったし、ジェレミーが自分のことさえ解決できない子どもと思われるのもいやだった。

その後、マークとジェレミーのあいだには二度と問題は起きなかった。

大人からそういうかたちで支えてもらえるというのは子どもにはとても意味のあることで、それが大人への信頼感につながる。


ロン・クラーク氏は、1995年からアメリカの小学校教師となり、学習や行動に問題をかかえる生徒の多い学校、なかでもハーレムの底辺校から優秀児を輩出し、目覚しい成果をあげる。

2000年、28歳のときに「全米最優秀教師賞」を受賞。

毎年、受けもちの生徒に教えるルールをまとめた本、『あたりまえだけど、とても大切なこと』(草思社)は全米で大ベストセラーとなった。


子どもが守らなければならないルールには…

「大人の質問には礼儀正しく答えよう」

「相手の目を見て話そう」

「だれかがすばらしいことをしたら拍手をしよう」

「勝っても自慢しない、負けても怒ったりしない」

「何かをもらったら3秒以内にお礼をいおう」

「もらったプレゼントに文句をいわない」

「意外な親切でびっくりさせよう」

「人の成績をいいふらさない」

「授業中は許可なく席をたたない」

「先生に挨拶しよう」

「つぎの人のためにドアを押さえていよう」

「お世話になった人にはお礼をいおう」

・・・他。


これらのルールを破ったときには罰がある。

最初は、その破った子どもの名前を黒板に書く。

二度目には、違反切符を渡す。

そして、ルール破りするたびに、違反切符が増え、罰は重くなっていき、保護者も巻き込んでの対応となる。

もちろん、よくできたときは褒美を与えるのは言うまでもない。

いじめへの対処や、躾(しつけ)の問題は、日本だろうが、アメリカだろうが同じだ。

日本では、自主性や自由のことを重要視する人は多いが、逆に規律や強制ということはないがしろにされがちだ。

しかし、社会生活をおくる上では、規律やそれにともなう強制は必要だ。

そして、そのルールをしっかり守らせるには、大人の関与がどうしても必要となり、同時に、「子どもを守る」ことは大人しかできないことだ。


礼儀や躾を守り、思いやりのある、子どもに育てたい。


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