2013年5月8日水曜日

教育の機会均等

「26条 教育の機会均等」(2013年5月2日 朝日新聞)をご紹介します。

日帰り温泉に行きました:浴室

奨学金返済 足かせ

「勉強は好きですか?」と聞くと、40代半ばの男性は照れ笑いを浮かべながら、はっきり答えた。

「好きですね。知らなかったことを知ることが楽しいんです。今でも『勉強したい』と思う時がありますよ」

道内で生まれ、東北地方の高等専門学校でロボットづくりを学んだ。やがて人と人との関わりに興味を持つようになり、首都圏の大学で経営工学を研究、大学院で社会学の修士号も取った。博士課程に進み、研究者になるつもりだった。だが今は、奨学金850万円、利息50万円、延滞金260万円の計1160万円の返済に苦しんでいる。

高専時代から旧日本育英会の奨学金を受けていた。博士課程に入ると奨学金が減り、研究と生活の両立が難しくなった。大学からの学費の督促に精神的に追い詰められ、2年目に通学できなくなって除籍された。当時の記憶がすっぽりと抜け落ちているが、「死んだ方が楽じゃないか」と思い詰めたことは覚えている。

北海道の親元に戻り、職業訓練でパソコン操作を学ぶ人たちに技術を教える仕事に就いた。年収は手取りで250万円ほどだったが、少額でも奨学金を返し始めようと思った。

日本育英会は2004年、独立行政法人「日本学生支援機構」に変わっていた。「毎月いくら返せるの? 3万円?」。女性職員からあきれたような口ぶりで言われた。

毎月10万円ずつの返済を求められたが、それではとても生活ができず、昨年から裁判になった。男性が返せなければ、連帯保証人の父親と保証人の兄が支払わなければならない。「年金生活の父と家族を養っている兄に迷惑はかけられない」と、男性は現実的に支払える額で返済する方向で和解する道を探している。

景気低迷の影響で親が教育費を払いきれず、日本学生支援機構によれば、昼間部の大学生の2人に1人が奨学金を受けている。就職環境も厳しく、卒業して社会人になれば返済できるとは限らない時代だ。

奨学金制度も変わってきた。日本育英会時代の奨学金は無利子の「第1種」が中心だった。日本学生支援機構になってからは、年利最大3%の利子が加わる「第2種」が増え、今では全体の4分の3を占める。奨学金の返済を3カ月以上延滞している人は全国で19万7千人に上り、機構は連帯保証人や保証人への督促を強めている。

こうした実態は、憲法が保障する教育の機会均等に反するという指摘が出ている。今年3月、全国の弁護士や司法書士、大学教授らが「奨学金問題対策全国会議」を結成し、事務局の東京市民法律事務所(03・3571・6051)を中心に返済に苦しむ人たちへの相談にあたっている。

岩重佳治弁護士は「日本の高等教育にかかる自己負担は世界的に見ても高いのに、公的な奨学金に給付はなく、貸与しかない。お金がないので進学をあきらめたり、社会に出た時点で奨学金の返済が足かせになったりしている現実は、憲法の理念からみて大きな問題だ」と話す。

研究者になる夢はかなわなかったが、男性はパソコンを教える仕事にやりがいを感じている。「最初は電源スイッチの場所もわからない受講者たちが、どんどん成長するのが感じられてうれしいんです。でも、学生支援機構から見れば甘い考えで、『もっと金を稼げ』ということなんでしょうね」



文部科学省は4日、所管する日本学生支援機構が大学生らに貸与している奨学金について、返済が滞った場合に加算している延滞金を現在の年利10%から引き下げる方針を固めた。返済に苦しむ低所得層に配慮する試みで、早ければ来年度に5%程度とする方向で調整している。

同機構によると、景気悪化などの影響で奨学金を返済できないケースが目立ち、期限を過ぎた未返済額は2011年度末で過去最高の約876億円に上っている。返済に困っている人たちを支援する団体には「延滞金の負担が重い」との声が多数寄せられている。