2013年9月24日火曜日

やさしい心

ブログ「今日の言葉」から数えられないもの」(2013年9月24日)を抜粋してご紹介します。


赤いかさ

今、外に降る雨を見て、ふと思い出した出来事があります。

あれは、そう・・・、6月、梅雨空の続くある雨の日のことでした。

放課後、1人の子が、

「先生、木にかさが引っかかっています。」

と職員室へ呼びにきました。

行ってみると、木の枝の少し高いところに、

赤いかさが1本、開いたまま引っかかっています。

取ってみると、かさに1年生の女の子の名前が書いてありました。

「きっと、風でも吹いて引っかかったのだな。今頃困っているだろうな。」

「でも・・・、引っかかったのなら、職員室まで言いに来たらよかったのに。」

と思いながら、家の方に電話をしました。

その子はまだ帰っておらず、お家の方に事情を説明して、

明日返すから心配しないようにその子に伝えてほしいとお願いして電話を切りました。

すると、しばらくして、その女の子のお父さんから、学校に電話がかかってきたのです。

そして、

「実は、・・・。」

と言いながら、娘から聞いたことを話してくれました。

「かさが木に引っかかって取れなくなったんじゃなくて、

娘がわざとその木に引っかけてきたそうなのです。

私も驚いて、どうしてそんなことをしたのか聞くと、

娘が言うのには、その木はとても大切な木なんだそうです。

かわいい実がたくさんなる木なんだそうです。

実を採っていたら、突然雨が降り出して、

どうしようかと困ってしまったそうです。

そこで、持っていた自分のかさを思わずその木にかけて、

その大切な実に雨が当たらないようにして帰ってきたそうです。」

「いやー、本当にお騒がせな娘です。

困ってしまいますよ。

まあ、そういうわけでしたので、大変お騒がせしました。」

と言うお父さんの声は、どこかしら、少しうれしそうでした。

次の日に、赤いかさを取りに来た女の子の少しはずかしそうな顔を見ながら、

私の心も少し温かくなったことを、つい昨日の事の様に覚えています。

今日もこの雨の下、どこかで、やさしい心を持った子がかさを持ちながら、

困った顔をしているのではないかな、

と少し心配に、

そして、ほのかに期待しながら、窓の外に降る雨を、今、見ています。


著者 : 小林正観
五月書房
発売日 : 2010-11-05