2013年12月14日土曜日

求められる職員の能力開発

学校法人東邦学園愛知東邦大学理事・法人事務局長/学長補佐の増田貴治さんが書かれた論考「大学職員の力量を高める」(文部科学教育通信 No329  2013.12.9)をご紹介します。


今、「学ぶ」ことの重要性

昨年4月、筆者の所属する愛知東邦大学の職員がまた一人、大学院(名城大学・学校づくり研究科)に入学した。勤続20年を超す中堅職員である。本学の専任職員は現在、法人と大学部門合わせて27名。勤めながら大学院を修了もしくは進学中の職員は延べ9名となった。

在学2年目で修士論文と格闘している彼女の志望理由はこうだ。「本学は2001年開学で歴史が浅く、定員割れや中途退学者の多さに直面した。授業を欠席して同級生との交流も不得手な学生が増えて、大学行事や部活動など課外活動への参加者が減ってきた。活気が失せていく私の大学をどうしたら良いのか。学修意欲が乏しく、無気力な学生の増加への危機意識からだった」と。

本学は職員の職能開発(スタッフ・ディベロップメント、以下SD)に関して、各種団体が実施する学外研修への参加なら支援しているが、大学院や専門学校等への学費までは援助していない。大学院進学は、組織としてのSDとはなっておらず、あくまで個人の自己研鑑という扱いである。それでも、学生や親と日々接して体験する大学の状況と、社会から負託された使命感とのギャップが、課題と向き合い、打開、向上させるたあの「学び」へと突き動かしたではないかと推察している。

大学院での研究は、仕事にどう役立つか。『学問のすゝめ』で福澤諭吉は「活用なき学問は無学に等し」「読書は学問の術なり、学問は事をなす術なり」と述べている。研究成果が実利的に直結すればいいかもしれないが、直結しなくても「無学」と断じることはない。物事を多面的、客観的に捉える力を養い、適切に判断、表現、対処できる「教養」につながれば、それも十分価値あることではないだろうか。

求められる職員の能力開発

本学では、既存学科を改組して2014年度に「教育学部」を開設する。設置する教職課程の申請に当たって、設置基準上に適う教員をいかに揃えられるかが最大の難関だった。カリキュラム構成を踏まえて、担当教員の専門領域の重複や開講クラス数などは、職員が教員配置を計画し調整した。実際に申請すると、教育・研究業績と科目との適合性や業績の質・量などから、審査をクリアできない教員が出た。新たな教員探しは、一般公募とともに非常勤講師を他大学から紹介していただく対応に職員が奔走した。提出書類も職員が教員調書やシラバスなどの内容を確認し、本人へ書き直しを何度か依頼して完成させた。これらの業務は、設置基準などの関係法令や申請手続き、教育プログラムの設計を十分に理解し、申請書類を完成させられる専門的知識や能力、また大学関係者との人脈がなければ遂行できない。

2008年12月、中央教育審議会は『学士課程教育の構築に向けて』を答申した。答申は、従来にはなかった職員の職能開発の重要性について、次のように述べている。

「職員については、大学の管理運営に携わったり、教員の教育研究活動を支援したりするなどの重要な役割を担っている。職員の大学における位置づけ、教育との関係については、国公私立それぞれに状況の違いがあるが、大学経営をめぐる課題が高度化・複雑化する中、職員の能力開発は益々重要となってきている。(中略)専門性を兼ね備えた職員、アドミニストレ:ターを養成していくためには、大学としてFDと同様、学内外でのSDの場や機会の充実に努めていくことが必要である。職員に求められる業務の高度化・複雑化に伴い、大学院等で専門的教育を受けた職員が相当程度存することが、職員と教員とが協働して実りある大学改革を実行していく上で必要条件になってくるといっても過言ではない」

総合的な人事政策として

高等教育行政の専門家は、この答申以前から、大学職員に期待する役割や業務内容がかつてに比べ高度化・複雑化し、それに応えられる資質や能力の向上の必要性を指摘している。本学職員が、新学部設置や教職課程の申請に際して果たした役割は、まさにこうした資質や能力が発揮できた結果だった。

日本私立大学協会附置私学高等教育研究所の私大マネジメント改革プロジェクトチーム(研究代表・篠田道夫桜美林大学教授。筆者も研究員として参画)が2009年に実施した「事務局職員の力量形成に関する調査」では、図(略)のように、「現状に対する危機感が希薄である」と回答した大学が60.2%あり、「職員の専門性が欠けている」が46.8%、「現状に満足し、改善意欲が不足している」が46.3%という状況だった。

研究員の広島工業大学副総長である坂本孝徳教授は、大学における教職協働や教学改革の前進に関して、大学職員の育成が必要であり、とりわけ開発力量の水準アップが喫緊の課題だ。職員が成長し続けるためには、単に研修制度の充実だけでは不十分である。採用方針・採用計画から始まり、計画的異動による業務経験を積み重ねること。また、どのような基準で管理者に昇格させるかなど、トータルな育成の仕組みが必要である。こうした力量形成と併せて、建学の精神に根を置く帰属意識を強く持った人材の育成が要であると強調されている。(研究所叢書『財務、職員調査から見た私大経営改革(2010年10月)』参照)。

努力を実力に変える仕組みの設計を

今年度、日本私立学校振興・共済事業団は、各私立大学等が策定している大学改革計画や経営改善計画等を達成するため、企画運営・教務・財務面等で改革を支える大学職員の能力向上の取り組みを支援する採択制の補助金「未来経営戦略推進経費」を設けた。

中教審答申による方向性や補助事業が奨励する内容から明確なように、大学のスピーディーな変革に職員の力も求めている。

先に述べた中教審答申は、最後にこう続く、「SDの推進に向けた環境整備について、FDと並ぶ重要な政策課題の一つとして位置づけるべき時機を迎えていると考える。また、わが国の大学をめぐっては、教育研究活動を支援する人材の量的な不足という問題があることにも留意する必要がある。職員の質・量それぞれの課題について適切な対応をしなければ、大学改革を推進していく上での隘路(あいろ)となる恐れがある」。

日常のOJTだけでは「学び」に制約がある。学外での学修機会を得られれば、自らの大学や業務を客観的に見つめ直す好機となるだろう。研鑽の機会づくりは"個人"に委ねるだけでなく、"組織"として体系的な教育プログラムへ整えられれば、大学職員としての新たな「標準レベル」を示すことになる。継続的な学修環境を通じて教養が厚みを増せば、組織風土の改革にもつながる。

大学職員は、今後さらにその位置づけや役割の重要性が広く認知され、教員との連帯・協働を実現して、大学改革を積極的に推進する原動力として期待される。そのためには具体的なSD推進計画が必要である。職員の働きが、これからの学校法人の教学・経営の方向性を左右する重要なファクターとなることは間違いない。