2014年4月11日金曜日

グローバルな人間になるために

国立大学協会が発行する広報誌「JANU」(vol.32 March2014)で紹介されているタレントのパトリック・ハーランさんへの取材記事「グローバル人材として卓越したコミュニケーション能力を身に付けるために」を抜粋してご紹介します。

全文はこちらをご覧ください。


受験して合格したのはハーバード大学だけ

テレビ画面の印象とは違い、気軽に呼びかけるのがためらわれるような、知的で物静かな雰囲気で現れたバトリック・ハーランさん。だが、開口一番「どうぞ、パックンと呼んでください」と気さくに語りかけてきてくれた。

ハーバード大学に入学するまで成績はオールA、高校は首席で卒業した。クラブ活動は、水泳の板飛び込み、陸上、演劇、合唱など数え切れず、ボランティア活動にも積極的に取り組んだ。小さい頃に両親が離婚して母親の女手一つで育られたこともあり、10歳から18歳まで新聞配達をして家計を助けたという。ハーバード大学に入った理由をこう話す。

「自分は能力に恵まれ、何でもできると思っていたので、どの有名大学でも受かると慢心し願書作成の手を抜いたせいか、結果受かったのがハーバードだけだったんです! 皆からなぜって聞かれる『比較宗教学』という学部の選択も、単に友達に誘われただけなんです・・・」

日本に来ることになったのも、「英語の先生として福井県に行く幼友達から誘われたからです。日本への関心はまったくなかったし、日本は単にお金持ちの国というイメージだけだったので、日本に行けば稼げるだろうと思っていたら、僕が着いた1993年はバブルが崩壊しちゃっていて・・・」

さすが笑いを職にしているだけあって自身の経歴に関してもユーモアを交えて語ってくれた。

挑戦と経験の積み重ねが広い視野を与えてくれる

福井県では英会話講師として働いた。日本語はまったくのゼロから独学で学んだにもかかわらず、2年後には日本語能力検定試験1級を取得した。アマチュア演劇の脚本家だった父親の影響もあってか、学生の頃から役者志望だったため、福井でもアマチュア劇団に参加していた。その後、役者としての大成を志して、東京へ出て行くこととなる。

「ダメもとで行ってみたのですが、偶然相方のマックンと知り合いになり、コンビを組んでお笑いの世界に入ることになりました。そのうちテレビやラジオの番組にも出るようになって・・・。あまりにスムーズで下積み生活の苦労がなくて困っているんですよ。全部流れに沿って浮いている状態ですね。一度も自分で舵を切った覚えはないんです」

来日もお笑いの世界に入ったのも成り行き、と笑って語るパックンだが、挑戦する場所を選ぶにはそれなりの勇気が要ったはずだ。「ボケとツッコミ、間など、アメリカのお笑いとは全然違います。でも、役者も目指しているし、お笑い以外のいろんな仕事をさせてもらって、そういうことすべてが自分の勉強になっている。日本とアメリカの様々な違いを知って学んでいくことがすごく面白い。それが外国で生きるということの醍醐味の一つじゃないですか」

プロとして教えるコミュニケーション能力

パックンは、ジャーナリストの池上彰氏の推薦で、現在、東京工業大学リベラルアーツセンターの非常勤講師となり、「コミュニケーションと国際関係」を教えている。

「僕は学問としての国際関係に関しては素人なので、自分なりに勉強して学生に問題提起しています。常に広い視野で世界に関心を持って欲しいから。僕がプロとして教えているのは、コミュニケーションです。コミュニケーションというのは、思ったことを言うだけではダメなんです。どうやったら自分の考えが伝わるのかを考えなくてはいけない。そのために、ディスカッションの仕方、相手を納得させるプレゼンテーションの方法、ほかの人を説得し動かすテクニックなどなど、色々な技術を磨くことが必要です。でも、それは自分の考えを押しつけたり、相手を論破するためのものではない。自分の考えを正しく相手に理解してもらうための伝え方が大事なんです。そのためのルールや方程式を、僕のお笑いの経験などを交えながら教えています」

笑いがたくさん起こる授業には、毎回大勢の学生が押しかけ、熱心に耳を傾ける。しかし、「すごい量の宿題を出すから、学生の数は最初の300人から90人くらいまで減る」らしい。

日米の大学生を知るパックンが、その違いを一番感じるのは、まさにコミュニケーションの力だ。「日本の大学生は、基礎知識はすごく持っています。国立大学に合格する学生は、博学だし学力もとても高い。だけど、自分の考えを伝えるのが下手です。会話で自分の知らない話が出た時、目の前の相手に『それってなに?』と聞きたいけど言い出せない。後でスマホでそっと調べるんだろうね。だから、自分の意見をはっきり言って、議論することも苦手です」

確かに日本では対立した意見はその場の空気を乱すと思われて敬遠されがちだ。意見を異にするというのが、その人の人格まで否定することと、とらえられることも多い。

「アメリカでは Don't take it personally」といって、議論を個人的なものには結びつけません。意見は異なって当たり前。だから、自分の考えは、はっきり伝えた方がいい。日本では、例えば僕が「TPPについてどう思う?」と聞き、「いやあ、農業がダメになってしまうんじゃないムかと怖いなあ」という学生の答えに、「でも、何で農業だけ特別に守られる必要があるのかな?」と聞き返すと、「あ、そうですね、すみません。へへ」って、別にこちらの意見を一方的に押し付けるわけでもなく、相手の人格を否定しているわけでもないのに、議論にならずに終わってしまうことがよくあります。そういうときは「いや、農業は国の根幹だから、絶対守らなくちゃいけないんだ」などの相手の主張を元に議論がしたい、といつも思います。そうしないと、お互いの本当の気持ちが伝わらないから。テレビでコメンテーターが「この問題は国民の議論が必要です」と発言しているのをよく耳にしますが、居酒屋とかでみんながその問題について議論している姿なんて、ほとんど見かけないでしょう。学生たちには身近な問題を手始めに、もっと議論できるようになってほしいと思っています」

学生が議論をする機会を増やして発信する力を伸ばしてほしい

情報が瞬時に世界を駆けめぐり、その影響が国を越えて及ぶような今の時代に、大学に求められるものは何だろうか。

「日本には世界を引っ張っていく人材が求められていて、大学に求められているのは、まさにその人材を育てることだと思います。日本には素晴らしい文化や伝統がたくさんあるのに、謙遜の美徳でそれを出さない。押しが弱い。特徴をうまく押し出して、日本のいいところや思うところを世界に示してほしい。

そのために日本の大学教育は、学生がコミュニケーションの力をつけられるように、もっと参加型にしていくべきだと思います。基礎知識にあふれた学生にさらなる知識を"入力"する方法より、授業やイベントなどに学生をもっと積極的に参加させて、"出力"させる方向に力を入れた方がいいと思います。アメリカでは授業中、教授が講義する時間より学生同士が討論する時間を長く取っているところが多いです」

また、パックンは自身の経験から、学寮制度をぜひ増やしてもらいたい、と話す。ハーバードでは1年生全員がキャンパスの中心にある学寮に入り、2年生から4年生は、12あるハウスと呼ばれる寮のいずれかに属する。各ハウスには、食堂、図書館、スポーツ施設などが備えられ、それぞれに異なった伝統や特長がある。同じハウスに暮らす350~500人の学生たちは上級生、下級生に関わりなく交流し、授業や学生生活、社会問題などについて議論するという。

「学生はアメリカ国内でもいろんな州から来ていたし、海外からの留学生もいました。考え方も生活習慣も宗教も違うので、それこそ議論も年中闘わせた。4年間の共同生活で得たものは、その後の自分の骨格を作ったともいえる非常に貴重な体験でした」

最後に日本の若者がグローバルな人間になるために、何が必要になるのかを尋ねてみた。

「オンラインで世界の出来事を知ることも大切です。世界に目を向けることは、日本を考えることにもつながるから。でも、人と会って自分の考えを伝え、議論することも不可欠です。自分や日本のことだけにしか興味を持たないのではなく、物事をいろんな角度から見て創造力を膨らませて、人々や世界に関心と関わりを持つことがグローバルな人間になることだと思います」

アメリカの大学での体験をベースに今、日本の国立大学で、学生に日本が世界を牽引していくための力をつけてもらいたいと教えているパックン。日本の良さをアピールするにはもっとコミュニケーション能力を磨かなくてはと、日々独自の授業を展開する。日米両方の文化を知る国際人として、これからも多くのグローバルな視点に気付かせてくれることだろう。


バトリック・ハーラン(パックン)

1970年アメリカコロラド州出身。93年ハーバード大学比較宗教学部卒業。その後来日し、福井県で英会話講師として勤務。96年に上京し、97年吉田眞と漫才コンビ「パックンマックン」を結成。情報番組のレギュラーを務めるなどテレビ、ラジオに多数出演する。2003年からはNHK「英語でしゃべらナイト」にレギュラー出演後、MCや俳優などでも活躍。12年には東京工業大学リベラルアーツセンター非常勤講師に就任。著書に「パックンマックン★海保知里の笑う英作文」など多数。春には東工大の授業をまとめた「ツカむ!話術」(角川oneテーマ21)を4/10発売。