2014年6月9日月曜日

組織文化とリーダーシップの変革

国立国会図書館調査及び立法考査局文教科学技術調査室主幹の寺倉憲一さんが書かれた大学のガバナンス改革-知の拠点にふさわしい体制構築を目指して-をご紹介します。(下線は拙者)


はじめに 

グローバル化、情報化が進展し、知識基盤社会の到来が語られる中、高度な知識・技能を備えた人材の育成や、人類の直面する諸課題の解決に向けた研究開発のために大学が果たす役割は、以前にも増して重要なものになっている。イノベーションを推進し、経済成長を牽引するエンジンとしても、大学に対する社会の期待は大きい。主要国では、高等教育における規模拡大、競争原理の導入、自律性拡大等の改革が進行中であるが、大学が迅速かつ適切な意思決定により急速な環境変化に対応していくためには、ガバナンスの改革が不可欠であることが認識されつつある。この点、我が国の大学は、少子化が進み厳しい経営環境に置かれているにもかかわらず、ガバナンスに問題があり、必ずしも機動的に改革を進められていないことが指摘されてきた。

こうした声を受けて、近年、政府の教育再生実行会議や中央教育審議会大学分科会等において大学のガバナンス改革について検討が積み重ねられ、その提言等を踏まえて、この度、「学校教育法」(昭和22年法律第26号)及び「国立大学法人法」(平成15年法律第112号)の改正案(Ⅱ2参照)が政府から国会に提出された。本稿では、国政審議の参考に資するため、大学のガバナンスをめぐる問題の現状と今回の改正案提出に至る経緯を概観した上で、主な論点を紹介する。


Ⅰ 大学のガバナンスとは何か

1 大学のガバナンスの概念

 「ガバナンス(governance)」の語が高等教育について用いられる場合、高等教育のシステムと機関の組織・運営の在り方や、権限がどのように配分・行使されるか、システムと機関がどのように政府と関係するかを意味するとされる。我が国では、従来、こうした意味の大学のガバナンスを「大学管理」と呼んできた。

また、組織内外のステークホルダー(利害関係者)等の相互牽制により、執行機関の組織経営に対する規律付けを行うことを「ガバナンス」というと説明されることもあり、「ガバナンス」の要素としては、経営や執行体制を外部の眼も入れて監視・チェックし、一定の目標や価値に沿って規律付けることも重要であると考えられる。 

大学のガバナンスの在り方を検討した平成26年2月の中央教育審議会大学分科会「大学のガバナンス改革の推進について(審議まとめ)」(以下「審議まとめ」という。)では、「ガバナンス」について、多義的な概念であるとしながらも、「教学及び経営の観点から、法令上設けられている各機関(学長、教授会、理事会、監事等)の役割や、機関相互の関係性」を中心に議論を行ったとしている。

さらに、ガバナンスについては、法令や明文化された規則等に基づく権限配分や権利・義務の設定等の制度的な問題だけでなく、多様な関係者間の黙示の合意に基づく非公式な行動規範、つまり組織文化までも含む概念であることが指摘されており、そのようなインフォーマルなものが組織運営に与える影響にも注意が必要である。

2 現行のガバナンスの仕組み

以下では、我が国における大学のガバナンスについて、現行の制度的枠組みを概観する。大学のガバナンスの仕組みは、学校教育法に基づくものと設置者に係る法律に基づくものとがあり、設置者に係る法律が異なるため、国立、公立、私立で設置者ごとにガバナンスの仕組みも異なっている(巻末の図(略)参照)。

(1)学校教育法に基づく仕組み

学校教育法に基づく仕組みは、国立、公立、私立とも共通しており、学長、副学長、学部長、教授等の教員を置くことやその職務が規定されているほか、学部等の教育研究上の基本組織等についても定められている。また、重要な事項を審議するため、教授会を置くべきことが規定されている。 

(2)設置者に係る法令に基づく仕組み

(ⅰ)国立大学

かつて国立大学は、廃止された旧「国立学校設置法」(昭和24年法律第150号)に基づき国が設置する学校であり、「国家行政組織法」(昭和23年法律第120号)第8条の2に規定する文教研修施設たる施設等機関に該当したが、平成16年に、国立大学法人法に基づく国立大学法人が設置する学校に移行した。なお、この場合、法人となったのは設置主体であり、大学自体ではないことに注意する必要がある。

管理機関等は、国立大学法人法が定めており、役員として、法人の長である学長、監事及び理事が置かれ、学長と理事は役員会を構成する。学長は、大学の長であるとともに法人の長でもある。学長は、中期目標についての意見、予算の作成・執行、重要な組織の設置・廃止等の重要事項について決定するときは、あらかじめ役員会の議を経なければならない。監事は、法人の業務を監査する。重要事項を審議する機関として、経営面に関しては、総数の2分の1以上を学外者とする委員から成る経営協議会が置かれ、教員人事を含む教学面に関しては、学長、理事、学部長等の学内の代表者から成る教育研究評議会が置かれる。学長の選考は、経営協議会の学外委員の代表者と教育研究評議会の代表者各同数から成る学長選考会議が行い、国立大学法人からの申出に基づき、文部科学大臣が学長を任命する。 

(ⅱ)公立大学

公立大学は、平成16年以降、多くが「地方独立行政法人法」(平成15年法律第118号)に基づく公立大学法人が設置する学校へと移行した。しかし、法人化の是非は各地方公共団体の判断に委ねられているため、従来どおり、地方公共団体が直接に「公の施設」として設置する学校も現存している。なお、国立大学と同様、法人化という場合、法人となったのは設置主体であり、大学自体ではない。

法人に移行した公立大学では、地方独立行政法人法の規定により、役員として理事長、副理事長、理事及び監事が置かれる。監事は、法人の業務を監査する。原則として法人の理事長が学長となるが、学長を理事長と別に任命することも可能であり、その場合には、学長は副理事長となる。重要事項の審議機関として、経営面に関しては、理事長、副理事長等から成る経営審議機関、教学面に関しては、学長、学部長等から成る教育研究審議機関が置かれる。学長となる理事長の選考は、経営審議機関と教育研究審議機関の各々の代表者から構成される選考機関が行い、公立大学法人からの申出に基づき、法人を設立する地方公共団体の長が任命する。

非法人の公立大学では、大学を設置する地方公共団体の条例等により、当該地方公共団体の内部組織として管理運営体制が定められる。

(ⅲ)私立大学

私立大学を設置する学校法人では、「私立学校法」(昭和24年法律第270号)の規定により、役員として理事長、理事及び監事が置かれ、理事長が原則として法人を代表する。理事をもって組織する理事会が法人の意思決定機関となり、理事の職務執行を監督する。理事会の議長には理事長をもって充てる。理事又は監事には、学外の者が含まれていなければならない。私立大学の学長は理事になる。学長と理事長を兼務している場合もある。監事は、学校法人の業務及び財産の状況の監査等を行う。重要事項に関する諮問機関として、学校法人の職員や当該大学の卒業生等から寄附行為の定めるところにより選任された者等から成る評議員会が置かれ、予算、事業計画、寄附行為の変更等について、理事長はあらかじめ諮問するものとされている。理事長が監
事を選任する際も、評議会の同意を得ることになっている。

Ⅱ 問題の所在と今回の法改正に至る経緯

1 指摘されている問題点

国公立大学については、平成16年の法人化に際して、学長の権限強化等が行われ、私立大学でも、同年の私立学校法改正により、理事会の位置付けが明確化されるなど、ガバナンス体制の強化が図られた。しかし、近年、ガバナンス体制の問題が一因となって大学改革が思うように進展していないとの声が聞かれるようになった。指摘されている問題点の中には、例えば、次のようなものがある。 

(1)学長のリーダーシップと教授会の権限

大学の学長は、学校教育法第92条第3項の規定により、「校務をつかさどり、所属職員を統督する」とされ、大学の全ての校務について包括的な最終責任者としての権限を有すると解されている。さらに、国立大学については、学長が法人を代表し、経営・教学両面の最終責任者となることで、トップダウン型の強いリーダーシップと経営手腕を発揮する体制が整えられ、公立大学においても、同様に学長の権限を強化する仕組みが設けられている。しかし、我が国の大学では、伝統的に学部や学科における構成員の自治が強いため、学部長や教授会に決定権限があるとする意識が根強く、現在でも、各学部や学部教授会において事実上の意思決定が行われるなど、学長がリーダーシップを発揮し難い場合があるとされる。私立大学では、学長、教授会に学校法人の理事会を加えた三者の関係が生じるため、事態が一層複雑になり得る。

教授会は、学校教育法第93条第1項において、「重要な事項を審議するため」に置かれると規定され、議決機関でなく審議機関であると位置付けられており、設置根拠が学校教育法であることから、教育研究に関する事項を審議するものと解される。しかし、「重要な事項」という文言が抽象的なこともあって、実際の教授会の審議事項は大学の経営面に関することも含め広範に及び、本来は学長や理事会に決定権があるはずの事項についても、内部規則等により教授会に決定権が認められている大学も多く、学長のリーダーシップを阻害しているとの指摘もある。例えば、京都大学では、松本紘総長が、教養教育を一元的に担う国際高等教育院の新設構想を打ち出したところ、一部の教授会から反対を受け、平成25年度に実現するまで2年以上を費やしたとされる。また、平
成23年に行われた私立大学の経営責任者に対するアンケート調査では、組織運営を行う上で直面している課題として、「学長の権限や補佐体制の不足」を挙げた学校が61.1%あり、「学部自治の強さ」が31.5%、「理事会と教学組織の関係不全」も37.4%ある。

一方で、教授会の権限については、戦前の帝国大学の時代に、政府等による人事への介入とのせめぎ合いの中で徐々に獲得されたものであり、戦後、学校教育法等に規定が置かれたことは、憲法第23条の規定により認められた大学の自治を保障する意義を持つと説明されていることからみても、十分に尊重する必要がある

なお、国立大学の教授会の権限については、平成11年5月の法改正により、旧国立学校設置法中に規定が整備されたことがある。同法の当該規定(第7条の4第4項)によれば、国立大学に置かれる教授会は、「教育公務員特例法」(昭和24年法律第1号)で定められた事項(教員採用のための選考等)を行うほか、①学部又は研究科の教育課程の編成に関する事項(第1号)、②学生の入学、卒業又は課程の修了その他その在籍に関する事項及び学位の授与に関する事項(第2号)、③その他当該教授会を置く組織の教育又は研究に関する重要事項(第3号)について審議するとされた。国立大学に関する限り、既に平成11年の段階で教授会の役割が整理されていたことになるが、法人化に伴い旧国立学校設置法は平成16年4月に廃止された。

(2)学長の選考方法

学長の選考については、国公立大学が法人化されるまで、教育公務員特例法第3条第2項の規定が適用され、評議会の議に基づき学長の定める基準により、評議会が行うこととされ、実質的に評議会が決定権を持っていた。ここでいう評議会とは、廃止された旧国立学校設置法第7条の3の規定に基づき各国立大学に設置された全学的な重要事項に関する審議機関であり、その審議事項は、教育研究に関することのほか、予算の見積りの方針や学部等の組織の設置・廃止等の大学運営全般に及んでいた。評議会を構成する評議員には、学長、学部長等をもって充てるほか、学部等から選出される教授等を加えることができるとされていたが、実際の評議会は、各学部等の教授会代表による調整機関であり、学部教授会の意向が尊重され、学長の選考に際しては、教員による選挙が行われてきた。

国公立大学とも、法人移行後は教員の身分が公務員ではなくなったことから、教育公務員特例法の規定の適用はなくなった。国立大学の学長選考は、国立大学法人法の規定により、経営協議会の学外有識者委員と、教育研究評議会の学長・理事を除く委員のそれぞれ同数をもって構成される学長選考会議において、学内のみならず学外の意見も反映しつつ、適任者を選考することとなっている。同様の仕組みが公立大学についても設けられ、経営審議機関と教育研究審議機関の中から選出された者により構成される学長の選考機関において選考が行われる。

しかし、法人化後も、多くの国立大学では、内部規則等に基づき学長選考に係る教員の意向投票が実施されており、一部には投票結果が実質的にそのまま学長選考に反映される例もあるとされる。教員による意向投票を行ったとしても、その結果をあくまで参考として位置付け、学長選考会議等が最終的に自らの権限と責任で学長を選考するのであれば、現行法の下でもあり得ることである。しかし、意向投票の結果を学長選考会議等がそのまま追認するような場合には、過度に学内の意見に依拠することになり、学内外から幅広く人材を登用しようとする法制度の趣旨からみて、適切とはいえないとの指摘もある。

なお、私立大学では、学長選考方法に法令上の規定はなく、各大学の判断に委ねられている。しかし、実際には教員の選挙により学長が選ばれる例があり、そのように選ばれた学長に、教授会の意に沿わない改革は行い難いとの懸念も示されている。

京都大学では、次期総長の選考をめぐり、平成25年、総長選考会議において、学内のしがらみを排するため教職員投票の廃止が提案され、学外委員の賛同を集めたものの、自由の学風に反するなどとして学内の反対が強く、平成26年4月、結局、従来どおり教職員投票を実施することを決定した。また、大阪府立大学と大阪市立大学の統合を検討していた有識者会議「大阪府市新大学構想会議」は、平成25年10月にまとめた提言の中で、統合後の大学では学長選考における教職員の意向投票を廃止することを掲げた。11月の大阪市議会で関連議案が否決されたため、統合は延期されたものの、大阪市立大学では、当該提言の趣旨を踏まえ、学長選考における意向投票を廃止した。

2 近年の政府における検討と法改正に至る経緯

以上のような問題については、特に経済界から改善を求める声が強く、平成24年3月には、経済同友会から、私立大学を対象として、学長の権限強化等のガバナンス改革を求める提言が公表された。政府においても検討がなされ、例えば、平成24年6月に文部科学省が取りまとめた「大学改革実行プラン」の中には、大学のガバナンスの充実・強化についての言及がある。平成24年12月の総選挙を経て安倍晋三首相が再び政権に就くと検討は加速し、平成25年5月の教育再生実行会議の第三次提言において、同提言の掲げる我が国の大学のグローバル化対応推進と国際競争力強化等の実現に向けて、学長がリーダーシップを発揮して改革を進められるよう、大学のガバナンス改革を進めることが盛り込まれた。この後、平成25年6月14日に閣議決定された、いわゆる骨太の方針日本再興戦略及び第2期教育振興基本計画でも、大学改革の項目の中で、大学のガバナンス改革が掲げられている。平成25年6月からは、教育再生実行会議の提言を踏まえて中央教育審議会大学分科会の組織運営部会において、大学のガバナンスの在り方について審議が始まり、同年12月の同部会審議まとめを経て、翌平成26年2月に同分科会の審議まとめが公表された。これを受けて、学校教育法及び国立大学法人法の一部改正案が平成26年4月25日に政府から国会に提出された。同改正案のうち、学校教育法の改正では、教授会の役割の明確化や、副学長の職務の明確化による学長補佐体制強化国立大学法人法の改正では、学長選考の基準明確化や当該基準と選考結果等の公表、経営協議会の学外委員の割合を2分の1以上から過半数へ引き上げること等が盛り込まれている。附則には、国立大学法人の学長選考会議の構成その他国立大学法人の組織及び運営に関する制度について、法改正後も随時検討し、必要な措置を講ずるものとする見直し規定が置かれた。

なお、今回の改正案とは別に第186回国会に提出された独立行政法人制度改革関連法案の中に、国立大学法人法の改正規定が設けられており、それによって監事の機能強化が図られることになっている。このほか、文部科学省令による対応が予定されている事項もあり、例えば、学長補佐体制強化のために、IR、入学者選抜、教務等の各分野に精通した高度専門職を創設すること等について、「大学設置基準」(昭和31年文部省令第28号)の改正により規定することが検討されている。

今回の改正案について、国立大学協会は、松本紘会長(京都大学総長)名のコメントを公表し、既に国立大学等が推進している大学のガバナンス改革の取組を一層促進するもので、大学改革を進める上で評価できるとしている。一方、大学の教員の中には、大学を国家目的に奉仕する機関へと変質させるものであり、学問の自由と大学の自治を侵害するなどとして、インターネット上で反対の署名を呼び掛ける動きもある。 


Ⅲ 今回の改正案をめぐる論点

1 学長に対するチェック機能

今回の改正案では、教授会の権限の明確化や、副学長に係る規定の整備を通じて学長補佐体制を強化することとしている。これにより、学長が強いリーダーシップを発揮しやすい体制の整備が図られるものの、一方で、強力な権限を持った学長が独断によって適正さを欠く大学運営を行う可能性も危惧されるところである。学長の業務執行をチェックする仕組みをいかに構築するかが課題となる。

審議まとめでは、国立大学の学長選考会議や公立大学の学長選考機関について、学長選任の際にのみ活動する一過性の職務ではないことを指摘した上で、こうした学長選考組織や監事が学長の業務執行状況を恒常的にチェックする必要があると述べている。国公立大学の場合、学長に対して学長選考組織や監事が必要な支援や助言を行った上で、なお学長の業務執行が改善されないときは、学長選考組織から任命権者に対して学長の解任を申し出ることになる。

しかし、これに対しては、実際に任期途中で学長を交代させることは容易でないとして、学長の業務執行をチェックする仕組みをどのように整えるか国会で議論すべきとの指摘もある。既に現行法の下でも国立大学の学長の権限は強力であるとして、学長のリーダーシップの確立と併せて権限の統制を確保するため、学内統治組織の在り方を法令でより明確にすべきとの声もある。また、国立大学の内部規則では、学長選考会議による学長の業務執行チェックや解任の手続等に関する規定が整備されていないことも珍しくないようである。今後、各大学では内部規則の整備の検討が必要になる可能性がある。

2 大学の特質とリーダーシップの在り方

近年の大学のガバナンス改革をめぐる議論では、トップダウン型の強いリーダーシップの確立に関心が集まりがちである。しかし、ガバナンスの在り方に影響を及ぼすとされる組織文化の問題(Ⅰ1参照)を考えてみると、大学では、教育研究を担う個々の教員や学科の意思決定を尊重する「同僚制(collegium)」の組織文化が存在し、これに基づく管理運営手法がとられてきたことがしばしば指摘されている。こうしたことが教授会中心の大学運営にも結び付いていると考えられる。もちろん大学にも変化がないわけではなく、近年の市場化の進展の中で、次第に企業的な組織文化に基づくガバナンスが取り入れられつつあるといわれる。とはいえ、知識の発見、伝達、応用を固有の使命とする大学では、専門領域ごとの下位の組織単位や専門的知見を有する個々の教員の知的生産活動こそが原動力であり、その創造性を最大限に発揮し得る環境が整備されていなければ、組織としての使命を果たすことが困難になる。このような組織の特質を考えると、大学では、下位の組織単位に自律性を付与する分権的な組織編制が求められる面があり、それゆえに「同僚制」の組織文化やそれに基づく管理運営手法の存在をある程度は前提とせざるを得ないと考えられる。

組織文化とリーダーシップの在り方は密接に関係しており、大学のような組織文化を持つ知識集約的組織では、上位下達型の強力なリーダーシップが機能するとは限らず、むしろ早い段階から構成員に関与を求め、目指すべきビジョンや方向性を共有させ、日々の活動の中に位置付けるといった過程を通じて、構成員の参加を引き出す形でのリーダーシップが重要という指摘もある。意思決定プロセスにおける関係者の納得を重視し、できる限り説得や誘導による合意形成を大切にする双方向的なリーダーシップの有効性が説かれることもある。米国の大学でも、理事会、学長等の執行部、教員組織の三者がそれぞれの立場で大学運営に参加し、責任を分担する「共同統治(shared governance)」に基づくガバナンスが構築されており、必ずしも学長が強力なトップダウン型のリーダーシップを発揮しているばかりではないことが報告されている。大学という組織の特質に鑑み、それに適合したリーダーシップの在り方と制度設計を考えていく必要があるだろう。

3 組織文化の変革と教職員の意識改革

現行法の下でも学長には強力な権限が与えられており、むしろ問題は、法律上の権限の有無ではなく、法律と実態が乖離していることにあるともいえる。そう考えると、今回の改正案が成立したとしても、なお同様の事態が続くおそれがある。

フランスでも、2007年の「大学の自由と責任に関する法律」により、大学の自律性の拡大や学長の権限強化が図られたが、現在でも、実際の運営は各大学の歴史・文化・環境等によりまちまちであり、自治の伝統が強い大学では、法制定前の組織文化やガバナンスの在り方が現在も維持されているという。

ここからみて、ガバナンス改革のためには、法改正だけでなく、組織文化の変革が伴わなければならないと考えられるが、それをもたらすのは組織全体の学習である。これは、教職員の意識改革ということでもあり、教職員の意識改革こそが我が国の大学改革実行の最も重要な鍵であるとする指摘もある。

この点、過去の中央教育審議会答申において、我が国の大学は、学部・学科や研究科といった組織に着目した整理がなされてきたとして、学部・大学院を通じ、学士・修士・博士等の学位を与える課程(プログラム)中心の考え方に再整理していく必要性が指摘されたことがある。このように学部・学科等の組織中心の縦割りの教学経営を見直すことが意識変革につながる可能性もある。 
また、ガバナンス改革においては、大学が研修・研究等の組織的な取組を通じて教職員の能力開発(Faculty Development(FD) / Staff Development(SD))を行うことが重要であると言われている。教員の授業や研究指導の内容・方法の改善を図るための組織的な研修・研究としてのFDについては、既に「大学院設置基準」(昭和49年文部省令第28号)及び「大学設置基準」において実施が義務付けられており、大学職員を対象とするSDについても、文部科学省では審議まとめを受けて実施を義務付ける方向で検討しているとされる。これらの取組がガバナンス改革に資するものとなるように、今後、注意を払っていく必要がある。

4 学長裁量経費の拡充

我が国の大学において、学長等の執行部が強い権限を発揮できないのは、法的な権限の問題というより、学長が独自の判断で戦略的に配分できる裁量経費が少ないからではないかという指摘がある。国立大学では、法人化後に経営の自由度が増したことにより、学長裁量経費が増加する傾向にあるという調査もみられるが、別の調査では、学長裁量経費等の戦略的経費の割合が大学の予算全体に占める割合は、約5%に上るところがある一方で1%に満たないところもあり、大学により違いがあったとされる。

改革に充てられる裁量経費拡充のためには、まず学長が外部資金の獲得や基金運用等の工夫を行う必要があるが、審議まとめでは、さらに国の支援として、第4期科学技術基本計画にも掲げられている競争的資金の間接経費の充実を挙げるほか、大学本部にプロジェクト型予算等を配分すること等も考えられるとしている。学長が改革を進められるような財政的基盤をいかに拡充していくか対応が求められている。 

おわりに 

大学のガバナンス改革は、それ自体が目的というよりも、適正なガバナンスの体制を構築することにより、大学改革を一層迅速かつ適切に推進するための基盤整備である。各大学では、必要なガバナンス体制を早急に整備した上で、グローバル化、地域再生、研究開発力強化等の諸課題に取り組むことが求められる。 

大学の自主性・自律性を尊重する一方で、広く社会の意見を運営に反映する仕組みを設け、高度な教育研究の実施という目的を達成するために、大学にとって最適なガバナンスとは何かを国も大学も社会も議論を尽くし検討していく必要がある。その際専門家の共同体としての大学の組織文化にも留意しつつ、必要に応じて学内の意識改革を進めることも重要である。

大学が知の拠点にふさわしいガバナンスの体制を構築し、卓越した教育研究の成果を上げて社会の期待に応えていくことが望まれる。