2014年7月20日日曜日

組織を強くする要諦

どこを犠牲にするか「着眼大局・着手小局」こそ命-コマツ会長 坂根正弘氏」(PRESIDENT 2011年4月4日号)をご紹介します。(下線は拙者)

大学経営にも十分通じる示唆に富む内容ではないでしょうか。大学の学長はもとより、理事、管理職は自戒が必要かもです。


トップは最初の一手を置くだけ

無難な平均点の商品などいらない、飛びぬけた力を持つ「ダントツ商品」をつくれ-。2001年、コマツ社長に就任した私は、社内にこう号令をかけ、商品力強化に乗り出した。

この年(02年3月期)、コマツは創業以来初の最終赤字に転落する。何が原因なのか。経営の数字を徹底的に「見える化」したところ、海外の競合メーカーと比べて本社部門などの固定費コストが高すぎることが判明した。その一方、変動費である製造コストは常識的なレベルに収まっていた。

ということは、固定費さえ正常化すればライバルと同じ土俵で戦える。そのための武器として、魅力ある商品を揃えようと呼びかけたのだ。ただし、私が求めたのは単なる「よい商品」ではない。他社の開発陣がどんなに頑張っても、3~5年は追いつけないほどの突出した性能を持つ商品である。

それを実現するには何が必要なのか。

まず自分たちの強みと弱みを知る。経営資源に限りがある以上、現実にはすべての機能をダントツにすることはできない。そこで強みとなる部分に磨きをかけて突出した性能を与え、他の部分は平凡な機能でよしとする

別の言い方をすれば、会社の将来のため重点分野へ大胆に投資する一方、その他の部門には、涙をのんで犠牲になってもらう。私はこの構図を明確に示し、着実に実行することを何よりも優先した。そして、そのときの指針としたのが「合理性」と「誠意」である。

合理性とは、常に組織の全体最適を念頭に置き、意思決定するということだ。本当に必要ならば、雇用調整など犠牲をともなう改革にも踏み込まなければならない。だが、相手は感情を持つ生身の人間である。理性では了解しても感情が納得しないこともあるだろう。その際は誠意を持って訴えていくしかないのだ。

また、とかく組織は世界の本質的な変化を見落とし、近視眼的な部分最適論に陥り、全体最適にブレーキをかけがち。全体最適を追求するには「どこを犠牲にするか」を決めなければならない。これこそトップにしかできない重要な決断となる。

たとえばコマツの国内販売比率はいまや15%にすぎない。しかし商品のラインアップを見ると、将来的にも国内市場でしか売れないような商品が含まれている。コストを考えると、このタイプは発売しないほうが合理的だ。

ところが、これを担当役員が主張しても「販売シェアが落ちたらどうするんですか」と反論され、結局は押し戻されてしまうだろう。だからこそトップ自身が「シェアは落ちても構わない。国内でしか売れないようなモデルからは撤退する」と、自分の言葉で犠牲を明確に示すのだ。

その一方、トップは現場の仕事にまで口を出すべきではない。とりわけ日本社会では、トップダウンが強烈すぎると、ほとんどの部下が待ちの姿勢をとるようになってしまう。すると結局は部下の自主性が阻害され、仕事の質や効率が落ちるのである。

ダントツ商品の開発に当たっては、初めに犠牲にする部分を決定した。では、どの機能に注力するか。私が示したのは「環境と安全と情報通信技術、この3つに集中せよ」。これだけだった。具体的な企画を詰めたのは、担当役員以下の現場である。

囲碁の世界に「着眼大局、着手小局」という言葉がある。トップの仕事も同じである。まずは現状を把握し、仮説を立てて将来のビジョンをわかりやすく示す(着眼大局)。そのうえで、何を犠牲にするかという具体的な指示を与える(着手小局)。しかし、トップは最初の一手を置くだけで、あとは部下の自発性に任せるべきなのだ。

そして、どのようなことを語るにせよ、トップは部下の作文を読み上げるのではなく、ぶれずに繰り返し自分の言葉で語らねばならない。経験のなかから紡ぎだされた言葉や数字は、借り物にはない説得力があるからだ。

リスクの先送りをしないこと、後継者を育てることもトップの大切な役目である。では、後継者をどう育てるか。

若いうちに「伸びる人」「リーダーになりそうな人」を見分けることは事実上不可能である。ポストにふさわしい器であるかどうかは、やらせてみなければわからないからだ。

よく冗談でいうのは、私は28歳のときに社内の海外留学制度に応募したが、大学時代の成績が悪いという理由で不合格になった。その男が後に社長になるのだから、若いときの評価など当てにはならないといえるだろう。

だが、その人がどういう器であるかは、課長から部長、部長から役員に引き上げていくうちにだんだん見えてくる。部長になったら以前よりはるかに仕事ができるようになる人がいる一方、責任が重くなればなるほど判断力が鈍り、決断できなくなる人もいる。

つまり、その人物の器を見極めるには、それなりの権限を与えてみないとわからない。だからコマツでは、「これは」という人材には、定められたキャリアパスを与えるようにしている。

敗者復活ありの後継者リスト

アメリカ企業には「サクセッション・プラン」といって、経営トップが後継候補を取締役会に対して早くから公開する制度がある。私はこれにならって、コマツの役員と子会社社長については、自分の次の後継候補とさらにその次の候補を本社社長に対して公開する制度を取り入れた。

対象になる役員と子会社社長は、次の候補者1人と、その次の候補者3人ほどを年1回リストアップして、本社社長と面談することになっている。

ところが、この後継者リストは毎年のように中身が入れ替わる。つまり選ばれる側からすると、敗者復活はあり、となる。「部下は上司を3日あれば見抜くが、上司は部下を見抜くのに3年かかる」という言葉があるとおり、部下の見極めは大変難しい。アメリカと違って次期社長の名前こそオープンにすることはないものの、社長候補の1人として会社が認め、次代のリーダーとしての自覚と奮起を促すよう見守るのである。

人材育成という観点では、1996年に始まった社内ビジネススクール「ビジネスリーダー選抜制度」も非常にうまく機能している。課長と部長クラス、それぞれ20人を選抜し、1年間にわたり根幹となる価値観、コマツグループで共有すべき価値観や行動指針をまとめた「コマツウェイ」を身につけてもらう。こちらも課長のときに選ばれなかった人が部長のときには選ばれるなど、敗者復活も珍しくない。

同様のビジネススクールは他社でもよく聞くが、「仏をつくって魂入れず」を避ける一番のポイントは、一度でも選抜されたメンバーは本社人事部預かりとすること。とかく上司は優秀な部下ほど離したがらず、ナンバーツーを出すことでお茶を濁そうとする。しかしこの制度では、直属の上司の人事権は及ばないため、上司の意向とは関わりなく、海外赴任など戦略的に異動させることができる。

コマツは売上高の85%を海外市場に頼るグローバル企業だ。今後も新興国をはじめ世界で人気が高いハイブリッド建機などダントツ商品を携えて、海外市場を開拓・深耕しなければならない。すでに役員の4分の3は海外駐在経験者となったが、経験者で社長になったのは私が初めて。人材という意味では海外の歴史は意外と浅いのだ。

企業経営に優れたトップダウンは欠かせない。だが、トップダウンを担うのは、優れた「ミドル」にほかならない。課長クラスを中心とする「ミドルアップ」あってのトップダウン。「ミドルアップによるミドルダウン」こそが、組織を強くする要諦なのだ。