2015年2月14日土曜日

研究と大学経営

科学研究費助成事業の分野別採択状況からみる「強み」と大学経営」(リクルートカレッジマネジメント190 / Jan. - Feb. 2015)を抜粋してご紹介します。


5 転換期を迎える大学・学術政策

今、大学・学術政策は大きな転換期を迎えている。厳しい財政状況にあっても「科学技術関係予算」は増加しているにも拘わらず、大学における知の創出力や人材育成力が低下し、学術研究に対する厳しい見方が止まないのはなぜか。そう感じる大学関係者は少なくないだろう。

科学技術・学術審議会学術分科会(平野眞一分科会長)が 2014年5月にとりまとめた「学術研究の推進方策に関する総合的な審議について(中間報告)」は、この問いを率直に分析した。

その結果、その最大の原因は、本来基盤的経費により長期的な視野に基づく多様な教育研究基盤を確保するとともに、競争的資金等により教育研究活動の革新や高度化・拠点化を図るはずの「デュアルサポートシステム」が機能不全を起こしていることであり、政府に対しては予算・制度両面にわたって学術政策・大学政策・科学技術政策に横串を通し、基盤的経費・科研費・科研費以外の競争的資金等の一体的改革によるデュアルサポートシステムの再生を、大学には明確で周到な戦略のビジョンに基づく自らの教育研究上の強みの明確化と学内外の資源の柔軟な再配分や共有を求めた。

中間報告の構想力は経済界関係者を含む多くの要路の共通理解の形成を促し、「日本再興戦略2014」、「科学技術イノベーション総合戦略 2014」(2014年6月閣議決定)、学術分科会「我が国の学術研究の振興と科研費改革について」(中間まとめ)(同年8月)に反映された。

また、現在、文部科学省や総合科学技術・イノベーション会議、産業競争力会議においては、第三期国立大学中期目標期間と第五期科学技術基本計画がスタートする2016年に向けて、①各大学のビジョン・強みを踏まえた教育研究組織の再編成や学内資源の再配分を促すための(国立)大学改革、②研究者の研究ステージに応じ、細目を超える創造的な研究を引き出す科研費改革、③大学における学術研究を真理の探究と社会実装へと展開するための構造化など競争的資金改革、が一体的に検討されているが、これらの議論のベースとなっているのも、前述した中間報告である。

中間報告がトリガーとなって、それぞれの大学の構想力や機能をその特性に応じて最大化できるようなファンディングや評価の仕組みをどう構築するかについて、基盤的経費から競争的資金までを見渡した大胆な議論が、今まさに行われている。

大学経営へのインパクト

だからこそ、今後、各大学に求められる構想力や戦略は、その大学の規模等に応じて大きく異なってくる。例えば、東京大学のように科研費を活用してアクティブに研究している教員を 3000人規模で擁している大学は、世界水準の研究大学としてこれらの教員をどう組み合わせて刺激すればより多くの競争的資金を獲得し、研究力を最大化できるかが問われている。

他方で、新潟大学のように科研費で研究を行っている教員数自体は 600人規模で東京大学と同じ土俵では競合し難いが、専門分野によっては歯学分野をはじめ様々な強みを持っている大学は、これらの拠点の研究力を学内の資源再配分と基盤的経費による安定的な支援の獲得を通じ、いかに高めていくかのビジョンと戦略が求められていると言えよう。

経済産業省の産業バルーンチャート(「わが国主要産業の国際競争ポジション」)によれば、わが国には市場規模は小さいが世界市場シェアは高い「グローバルニッチ産業」が数多く存在する。特定分野で高い研究力を持つ大学がこれらの産業とどう向き合うかは、大学駆動型の成長戦略や地方創生の成否に大きく関わっている。

いずれの構想や戦略にとっても鍵は「蓄積」と「マネジメント力」。この双方を可視化している今回のデータは、大学関係者だけではなく、企業、起業家、ファンドマネージャー、非営利法人や官公庁など大学のステークホルダーにぜひ広くご覧頂きたいと考えている。

さらに、中央教育審議会において「高等学校基礎学力テスト(仮)」や「大学入学希望者学力評価テスト(仮)」が構想され、K-16教育(幼児教育から高等教育までの教育)の連続性や一貫性の中で子ども達の能力をいかに伸ばすかへと学校教育が大きく舵を切るなか、大学教育の基盤である各大学の研究力の実相を示すデータは、高校生やその保護者にとってもますます重要となっていることは論を俟たない。

慶應義塾大学の上山隆大教授によれば、イギリス・タイムズ誌が世界大学ランキングを始めたのは、特にアメリカの研究大学との比較におけるイギリスの大学の国際的な通用性に対する危機感があったからだという。

このようにランキングは、それにこだわって一喜一憂するためのものではなく、自らの強みや特色・課題を冷静に認識・分析し、その課題を克服するためのビジョンや戦略を形成するために活用してこそ意味がある。だからこそ文部科学省には、今回のデータを施策の中で最大限活用し、大学ごとに異なるビジョンや構想を引き出すため、大学との丁寧な対話を積極的に重ねることが求められていると改めて認識している次第である。