2016年2月15日月曜日

大学のIRにどんな役割が求められているのか

国(文部科学省)の推進政策とも相まって、ここ数年における大学のIR活動は著しく進展しています。しかし、未だIR活動を浸透させ機能させるために乗り越えなければならない課題は少なくないと思われます。

例えば、多くの大学が取り組んでいる学長主導の全学的なIR推進体制の整備については、学長直属組織としてIR室なるものを設置し、経営幹部や専門人材を配置するといった”器”としてはそれなりの格好を整えるものの、IRの成果活用の具体的な戦略が明確になっていないために、生産的な議論や検討が展開されず、形骸化した会議に終始してしまっている。始末におけないのは、学長や役員が、IRの成果を、部局を指導(攻撃)する道具としてしか活用できていない。したがって、大学執行部と部局が互いの立場を超えて協働し課題を解決していくといったモチベーションは当然ながら生まれてこない。

そして、そもそも、IRを進める上で不可欠な様々な情報やデータの多くは、現場事務組織が保有しているものの、現場職員のIRに関する知識や認識が不十分又は皆無なために、日常から体系的なデータ等の収集や蓄積が行われていない(もっと言えばやろうともしない)。業務命令等により、必要に応じてデータ等の収集・整理が行われても、異動による職員交替とともにデータ等が散逸又は紛失してしまうなど、場当たり的一時しのぎの継続性に欠けた業務が繰り返されている。といったような問題です。

”隣の芝生は青く見える”と言います。最近、IRの重要性が高まるにつれ、「〇〇大学のIRは素晴らしいらしい、〇〇大学は我が国における大学IRの先進事例として評価されている、是非とも見習わなければ」といった話を聞く機会が多くなったような気がします。しかし、実際には、前述のような課題を抱えている大学が少なからずあり、情報やデータ等の「収集・蓄積・分析・活用」のそれぞれにおいて、一丸となって機能している大学がどれだけあるのか甚だ疑問です。

一般財団法人統計研究会のホームページに掲載された論説「大学経営の鍵となるIR」(東京工業大学情報活用IR室教授 森 雅生氏)のポイントを抜粋してご紹介したいと思います。IRにさほど詳しくない方も含め、課題解決の一助になるかもしれません。


はじめに
  • 昨今注目を集めているInstitutional Research(IR)の役割、内容について述べたい。
  • 「データに基づく大学経営を確立する」ために、IRにどんな役割を求められているのか、という観点から考えたい。
  • 企業では、経営活動が統制され、活動に関するデータのモニタリングがなされている必要があるが、残念ながらそうした機能を持つ大学は少ない。
  • 国立大学を対象に行ったアンケート調査を基にした論文では、IRのような大学経営のサポートを行う体制が学内で整っているかという問いに対して否定的な意見が報告されている。
  • 大学教員の役割は教育と研究であり、そうした業務は教員の仕事ではないという意見もよく耳にするが、大学の外から見ればそうした理屈は説得力がない。

米国の事例
  • 大学に関する各種データの標準化や情報公開については、比べる国がないほど進んでいる。
  • IPEDS(Integrated Postsecondary Education Data System:日本の学校基本調査に似た統計)に提出された全ての大学の情報が細かく公開されている。
  • 学生の成績情報については、全て一元的にIRオフィスのIR担当者のPCに集積され、いつでも分析やデータ提供が可能な状態になっている。
  • IRは全てのデータ提供に対して公平を重んじているという文化があり、執行部又は学部長が独自に作成したデータは、会議では使われず、IRオフィスが出すデータに最も信頼を置く。
  • 日本のIRは学長直下に置くべしとの傾向があるが、米国の場合は公平性の観点からその立場を取らない。
  • 米国のIRは、かなり専門職化され、教員や職員が兼任する業務ではなく、公募情報に職務内容として”Institutional Research”が明示され、専任で雇われる職業である。
  • いくつかの大学が、IR人材育成のためのカリキュラムを提供しており、学位や履修証明を出している。
  • 特に大学関係者である必要はなく、例えば、前職は銀行員だとか、IT部門の職員は専門的なプログラマといった具合。
  • 専門職団体として全国組織のAssociation for Institutional Research(略称 AIR)という団体があり、毎年1000〜2000人規模のカンファレンスを開催しており、こうした団体の活発な活動を見ても、高等教育業界での確固たる立ち位置が築かれている。
  • IRの業務内容としては、主に教育活動に関するデータ集計と分析が行われている。
  • 日本では、大学法人が研究戦略をもって大型の研究資金を獲得するという例が多くなっており、研究戦略に資するデータ分析の必要性が言われているが、米国のIR実務者からは、そのような業務はあまり聞かれない。

日本の状況
  • 国立大学の法人化や、機関別認証評価の実施が開始された2004年前後に、IRという概念が持ち込まれ、高等教育論を中心とした教育学の研究者に定着した。
  • 日本で耳にする、教学IRや評価IRといった〇〇IRという概念は日本独自のもの。近年ではURA(University Research Administrator)の活動など、研究戦略への情報提供を目的にした「研究IR」という言葉も耳にするようになった。日本の組織の縦割構造を反映したのか、こうした学内の組織の役割ごとにIRの概念が形成されている。

IR業務の本質-IRにはどんな技能や組織体制が備わっていればよいのか。

技 能
IRに必要な3つの技能(Terenzini)
  1. 数値の集計に必要な高等教育上の基礎知識や、データベース・表計算ソフトの操作技術など、「技術的・分析的技能」
  2. 学内の様々な課題を解決するための「問題解決技能」
  3. 各々の課題の解決策を組織のどの部署に、またどの関係者に理解させ、意思決定させればよいかを判断する「文脈的技能(政治的技能)」

データサイエンスに必要な3つの専門性(筆者)
  1. 課題やそのゴールが何であるかについて、組織の目的を踏まえ具体的な問題設定ができる専門性(組織論や高等教育行政)
  2. 設定れた問題を分析・説明するためのデータ収集やシステム開発ができる専門性(情報学)
  3. 集めたデータを実際に分析し可視化するなどの専門性(統計学)

組織編制

理想的な組織編成は、IRに関する全学の委員会と、分析を行う部会、情報を収集する部会の3つ

1)全学IR委員会
  • 全学のIR委員会は、学長・執行部からの調査分析依頼を受けること、学内の各部署が所掌する業務データの提供依頼及び許諾調整を行う。
  • 個人情報を扱う場合が多いので、全学が関わる委員会で承認を得る形式をとっておくことが重要。

2)分析部会
  • IRの活動を主に支えるのは分析部会。リサーチクエスチョンはしばしば漠然として、具体性に欠ける場合が多く(例:「大学ランキングを分析せよ」など)、5W1Hの形か採否判断か、課題を具体化するのが分析部会。分析部会は、必要なデータを情報部会に発注する。
  • 分析部会は、生データから細かく集計する技能を、可能な限り持っておいたほうがよい。IRの負担を他部署に負わせると、協力関係が破綻する一因となりえるから。

3)情報部会

  • 大学には業務情報システムを担当する部署があるが、情報部会にはその担当者に参画してもらう。彼らは非常に忙しいことが多いので、情報部会の作業は、データのダウンロードにとどめておくべき。

4)3者の関係(学生対象のアンケートを実施する場合)
  • 実施することを執行部で決定し、それを受けて学内の協力体制について合意するのが、全学IR委員会。
  • さらに、どんな学生像を捉えたいか、アンケートのアウトラインを起案し、具体的な調査項目を作成するのが分析部会。
  • 質問項目について委員会での承認を経たのち、アンケートを実施するが、データの収集については、情報部会(業務情報システムの担当部署)が行う。ウェブアンケートなどの準備がこれに当たる。
  • 得られた回答と成績情報などとの組み合わせを行い、分析レポートを作成して(分析部会)、レポートの承認と執行部への報告が行われる(全学IR委員会)。

日本の大学におけるIRの今後


1)課 題
  • IRを導入しておらず必要性は感じるものの、必要な情報やスキルを得ることができず、どうしたらよいかわからない。
  • IRが高度な専門職であり、継続して行うべきものであることは理解できるが、一方で、今日の日本の大学が置かれた財政的状況から、新規に任期を決めない新しいポストを作ることは困難。特に、教員レベルの高度な技能が必要でありながら、教員を置けないというジレンマ。大学によっては、任期付きポストで賄うところもあるが、業務や技能の継承といった点で新たな問題が発生。任期切れのため、ほとんどのIRスタッフが異動してしまい、それまで培ったノウハウが消える。

2)日本の大学におけるIRの役割
  • 日本の高等教育が国公私立関係なく競争的環境に置かれつつあることを考慮すれば、IRを任期無しの教員ポスト(または任期無しの採用を前提とした)に配置する必要性を理解できるのではないか。こうした組織を置かなければ、一般の教員が業務運営に巻き込まれて、教育研究の時間がさらに減らされることに繋がる。
  • これまで教員や研究者は、同じ分野の同業者やステークホルダーに向けての説明に終始してきた。国公立大学のみならず私立大学にとっても、運営資金の提供者は国民であることをもっと認識すべき(文科省ではない)。国民に向かい、国民が理解できるように、大学の教育研究の成果を示す必要がある。IRの大学間連携や関連団体を軸にして、これからはさらに、大学の現場からIR実務者の連携でボトムアップの成果説明を行うべき。国民の誰もが理解でき、大学を支援する声が明示的に聞こえるようになれば、政府も無視できなくなる。

参考(追記)

現場の視点で伝え、考える Institutional Research その着実な一歩のために|Between


「データ管理」と「IR」を隔てるもの|2015 4-5月号
担当者に求められるのは高度な分析力か?|2015 6-7月号 
◆IR現場の最前線
鈴鹿医療科学大学-確実な一歩を踏み出した "データで議論する"しくみ|2015 8-9月号
創価大学-トップの意思決定を支える 目的遂行型の組織編成がカギ|2015 10-11月号
琉球大学-多方面から意思決定をサポートできる 「包括的IR」の構築をめざす|2015 12 - 2016 1月号
IR オフィスのスタートアップに必要なこと|2016 2-3月号