2016年7月17日日曜日

大学は職員を育てない

近時、多くの大学で、多様なSD活動が展開されるようになりました。その必要性や意義は言うまでもありませんが、方法や効果については、未だ成長過程にあるのではないでしょうか。

今日は、学校法人工学院大学総合企画部長の杉原明さんが書かれた「「大学は人を育てない」と言われないために」(文部科学教育通信 No.391 2016・7・11)をご紹介(転載)します。多くの鋭い示唆が含まれているように思います(下線は拙者)。

大学は職員を育てていない

大学職員も人材の流動化が進んできたように思う。就職、広報、財務、国際などの部門を中心にさまざまな業界から優秀な人材が流入し、大学職員として活躍している。大学間での職員の異動(転職)も普通に見られるようになってきた。一方で、新卒で大学職員としてキャリアを積んだ者が、外の業界に転出して活躍する例をあまり聞いたことがない。業界の特殊性と言ってしまえばそれまでであるが、人材の育成を生業としているにもかかわらず、職場としての大学は人を育てておらず、「紺屋の白袴」と言われかねない状況である。

各大学が育成する学生の能力については、中央教育審議会の「学士課程教育の構築に向けて」答申以来、汎用的技能(コミュニケーションスキル、量的スキル、問題解決能力等)や態度・志向性(自己管理力、チームワーク、倫理観、社会的責任等)などをうたう大学が増えている。しかしながら、大学職員が他の業界の職業人に比べ、これらの能力で特に優れているということはなさそうである。そもそも、職務を通してこのような能力の開発を積極的かつ組織的に実施している大学は少数であろう。

本連載でも既に述べた通り、職員の育成は採用や評価・処遇を含めた人事制度全体の中で行われるべきものである。普段から職員が責任ある仕事を任される組織風土であれば、成長の速度は格段に速まる。しかしながら、職務の中心が教員の補助業務であったり、また部署長が教員であっても職員であっても、所属する職員の育成に関心を持たないもしくは、経験が乏しいなどの理由で、人事制度が実質的に機能しない大学が未だ多い

その結果、職員の育成に「SD」という看板を掲げたものの、初期のFD同様に、業界で名の知れた人の講演会を実施する「SD研修」でお茶を濁すことになる。一般的に大学職員の労働条件は良いと言われていることもあり、この状況が続けば大学職員は他の業界からの転職者で埋め尽くされかねない

研修・学会・大学院の効果

危機感を持って行動している職員も少なくない。大学職員を中心に構成する大学行政管理学会の正会員数は1291名である。多くの大学職員は成長したいと考えている。なんとなく成長できていない不安感が、意識の高い職員を組織の外の活動へ誘うのである。単発の研修・セミナー、学会の大会や研究会のほか、体系的な学習の場としては筑波大学大学研究センターが開講する履修証明プログラム「大学マネジメント人材養成」、さらに東京大学や桜美林大学などには大学職員向けの大学院のコースが存在する。

これらの外部での研修や学習は、大学職員の育成にどの程度役立つのであろうか。筆者は、これらに過度な期待は禁物で、参加する職員次第であると考える。

単発の研修は、組織に対してのフィードバックの効果はあまり見込めないが、負荷は少なく、本人の意識付けには有効である。研修記録を人事制度の一環として管理するしくみをつくり、本人の自主的な参加を促すのがポイントである。

筆者も所属する大学行政管理学会はどうであろうか。非常に熱心な職員によって組織化されており、若手から経営者層までの重要な情報交換の場となっている。職業としての大学職員の価値を高める一助となったことも間違いない。一方で、熱心に活動する職員がその経験を生かして所属する大学組織で活躍しているかというと、それは何とも言えない。そのような職員も多いが、所属する大学組織とは切り離し、純粋な自己研鑑として参加している職員が多いように見受けられる。大学は、参加している意識の高い職員の支援をする一方で、その成果を組織に適切にフィードバックさせる工夫が必要である。

大学院については、意欲の高い若手中堅職員には肯定的な意見が多い。大学は教育・研究を商品としており、その商品を深く理解するという効果は高いと考えられる。研究支援や、図書館など教育に直接かかわる業務を行う上では大変有効であり、実際に業界内に素晴らしい人材も育っている。しかし、費用も時間も膨大にかかるので、万人向けではなく、よほど意欲と目的意識が高くないと難しい。大学職員としての力をつけるには、大学院での学びよりも実務の場を充実させるのが本筋と筆者は考える。

部署長が育成計画を真剣に考える

強い組織を作るには、結局のところ、学内で人が育つしくみを作るしかない。外部研修等は、組織から見ればその成果を組織に還元させるため、個々の職員から見れば自身の能力向上に組織のバックアップを得るため、この両者の思惑が一致するように、組織的に運用されることで初めて効果が上がる。

そこで、中長期の人事計画が重要になる。幹部職員はどれだけの人数が必要なのか、財務や情報システムなどのスペシャリストはどの分野で何人程度必要なのか、当面不足するスペシャリストを中途採用で補うのか。学生対応やオペレーションは若手専任職員を中心とするのか、あるいはパートタイマーを中心とするのか。そして、幹部職員やスペシャリストを育成するにあたり、どのタイミングでどのような研修が必要になるのか、などである。これらの方針が不明確なまま、漫然と部署を異動させるだけでは、職員本人も展望が見えない

加えて、激しい時代の変化にともない、古い職員モデルは通用しなくなる。たとえば、昔の教務部門には時間割作成のスペシャリストが必要だったかもしれないが、IT化が進んだ現在は若手職員が二年もやれば十分の仕事である。英会話ができる職員は、留学生や外国人教員の対応に重宝がられているかもしれないが、それだけで10年後に通用するはずもない。情報システム部門であれば、以前は業務システムの設計やメンテナンスがメインであったかもしれないが、現在は情報セキュリティの専門家なども必要とされており、学内で専門人材を持つことは難しくなっている。こうした環境の中で、幹部職員となるにはどのような学習や経験が必要だろうか。すぐに陳腐化する知識・技能よりも、汎用的技能や態度・志向性が重視されることは間違いないであろう。

中長期の人事計画の策定にあたっては、現場の各部署の管理職が自部署の職務に必要な人材やその育成方法を考え、メンバーに示すことが肝要である。それによって個々の職員も自らのキャリアパスを真剣に考え、必要な学びを主体的に行うのである。

外部研修等の活用も、成長の機会と刺激を与え、モチベーションを高めるために有効である。ただし、あくまでも職場では得られない経験を補完するためである。思い返せば筆者も、本当に職場、仕事、上司に恵まれた時期には、外部研修をほとんど必要としなかったように思う。

職員の成長に一番重要なのは、人事制度、そして制度を活用し職員が育つ職場を作る上司の力である。表題の「大学は人を育てない」は、筆者が現在の職場に転職する際に、前職の上司に言われた言葉であるが、業界全体として何とか早く脱却したいものである。