2017年7月26日水曜日

記事紹介|組織の動かし方、仕事の進め方(2)

(続き)
知識の深さと広がりが判断の的確性と柔軟性を育む

次に、仕事の進め方について、主として大学職員を前提に考えてみたい。

近年、業務の多様化や高度化を背景に、教職協働、より高い専門性や企画・立案力等を大学職員に求める傾向が強まっている。このこと自体、決して間違いではないが、高度な専門性も企画・立案力も、的確かつ効率的に仕事を進める能力の上に積み上がっていくものであり、このような能力を持続的に高められる環境が整っているか、個々の大学の実情も含めて厳しく点検する必要がある。

下図は、仕事を進める上で必要な能力を、学士力や社会人基礎力を含むこれまでの議論も踏まえつつ、整理したものである。白地は、主として学校教育段階でその基礎を身につけるべき能力であり、網かけは、仕事や職場での経験を通して養われる部分が大きいと思われる能力である。以下では後者を中心に論じることとする。


図は、下から上に向かう構造となっており、土台としての自己管理能力から始まり、組織内で信頼を蓄積し、それに基づいてリーダーシップを発揮できる状態に到達するまでに、求められる能力要素を整理している。ここでいうリーダーシップは、役職等の地位に関係なく発揮できる能力を意味する。

自己管理能力は課外活動を含む学校教育段階で一定程度身につけることができるが、職業生活においては、職場規律、チームワーク、生産性等に影響することもあり、格段に厳しくその能力が問われることになる。就職直後に関わり合う上司・先輩の影響はとりわけ大きい。

知識については、学校教育で得るものに加えて、職務上の知識をOJTまたはOff-JTで身につけなければならない。

ここで重要なのは、表層的な知識にとどまることなく、その本質まで掘り下げるとともに、周辺領域や関係領域まで広げて知識を習得する必要があるという点である。

職務上必要な知識に深さと広がりを持たせることで、正確な理解に基づいた的確な判断が行えるようになるだけでなく、根本的な原理・原則を押さえた上で、より柔軟な判断や創意工夫を行う余地も広がる。

どのようにすればこのような深さと広がりのある知識を身につけることができるかは、育成上重要な課題である。

価値観や考え方を組織文化として定着させる

中段右側の要領、手順、段取りは、生産性に直結する要素である。仕事の優先順位づけもこれに含まれる。特に、上位者の段取りの巧拙は、部下の働きやすさや職務満足感に大きな影響を与える。

組織全体の生産性を高めたいならば、これらの能力に長けた人材を一人でも多く育成すべきであるが、座学でノウハウを伝えても、仕事の経験を積ませても、容易に身につくものではない。

このような能力に長けた上司や先輩が周囲におり、その仕事ぶりを見ながら、職場学習を重ねていくことが最良の方法である。

中段左側の信念、価値観、考え方も、生産性や仕事の質に関わる重要な要素である。誰のために、何を重視して仕事をするかは価値観の問題であり、「日々改善」、「良い品(しな)、良い考(かんがえ)」等に代表されるトヨタ生産方式の思想等は、本稿でいう考え方に相当する。

学ぶべき事例は大学にもある。坂田昌一教授率いる名古屋大学の物理学教室が、全ての教員と大学院生が対等な立場で自由に議論する体制を憲章に定め、定着させてきたことが、今日の研究水準の高さに繋がっていると言われている。小林誠・益川敏英両教授のノーベル物理学賞受賞はその象徴である。

要領・手順・段取りも信念・価値観・考え方も促成栽培に馴染まない能力であるが、一度身についた能力や定着した組織文化は容易に廃れない。これらの能力を培うための息の長い取り組みを展開すべきである。

誠意ある仕事の積み重ねで信頼を蓄積する

説明能力は、学校教育段階でも養われるが、仕事においては多様なシチュエーションで、その時々に応じた説明が求められる。説明を受ける相手の状況を踏まえた工夫や配慮も必要である。

要旨をA4一枚にまとめ、ざっと目を通しただけで内容を把握できる文書を作成し、短時間に簡潔に説明する能力も養っていく必要がある。

あまりに具体的で細かすぎる話ではあるが、実際の仕事はこのようなことの積み重ねでもある。相手の立場やニーズに配慮しながら、互いにストレスを感じないように、誠意を持って仕事をする。その繰り返しの中で、コミュニケーション能力が磨かれ、チームワークや協働する力が身についてくる。

それが信頼に繋がり、信頼が蓄積されることで、他者に対する働きかけが有効に機能するようになる。リーダーシップの発揮とはこのような状況を意味する。

実践的で体系的なプログラムの開発が不可欠

最後に、組織の動かし方と仕事の進め方の基礎となる能力を身につけるための方策について考えてみたい。

前者については、学長、副学長、学部長、事務局長等を対象とする組織の動かし方に焦点をあてた体系的な教育プログラムを開発し、一定期間集中して受講できる形で開講することを提案したい。

そのプログラムでは、経営学の基礎的な知識を体系的に学んだ後、実際に組織を動かしてきた企業経営者の話を聴き、それらを踏まえて、ワークショップ形式で大学組織を動かすために何が必要かを徹底的に話し合う。

このような体験を通して、組織を動かすための考え方や方法が理解できれば、あとは経験を重ねることで能力が身についてくるはずである。組織を動かすための何の準備もなく、マネジメントを行えるほど、大学が置かれた環境は甘くない。

仕事の進め方については、上司・先輩の仕事ぶりに学ぶことができれば、それが最良の方法だが、恵まれた育成環境にある職場ばかりではないだろう。そのためにも、実践的な知をベースにした教育プログラムを開発し、座学とワークショップを組み合わせた学びの機会を準備する必要がある。

大学をより良い方向に導くためにも、組織の動かし方、仕事の進め方のそれぞれに関する実践的能力を有した人材の育成に、設置形態を超えて早急に取り組む必要がある。

組織の動かし方と仕事の進め方に関する実践的能力をどのようにして高めるか|吉武博通  公立大学法人首都大学東京理事|リクルート カレッジマネジメント から

2017年7月25日火曜日

記事紹介|組織の動かし方、仕事の進め方(1)

「ハード」の変革から「ソフト」の工夫へ

「改革」を通して大学はより良き方向に向かっているのだろうか。組織や制度を変えることは改革の手段であり、目的ではない。また、組織や制度を変えたからといって、それが直ちに教育研究の高度化や経営力の強化に結びつくわけではない。

組織が目指す目的・目標を構成員が十分に理解し、その達成に向けて個々の能力を高め、最大限に発揮しつつ協働する。そして、組織内の至る所で自発的かつ持続的な改善が展開される。このような状態を創り上げることこそ改革の究極の目的である。

組織・制度の見直しは、そのための「ハード」の変革と言えるが、実際に組織をどう動かし、仕事をどう進めるかという「ソフト」とも呼ぶべき要素を重視し、その能力を高めることも極めて重要である。

例えば、学長が決定する事項と学部または学部長に委ねる事項を見直すことは、組織・制度に係るハードの問題であるが、学長が必要な情報を集め、如何なる判断を行い、下した決定をどう伝え、実行を促すかはソフトの問題と言える。近年のガバナンス改革は前者を中心としたものであり、後者は学長個人の能力や経験に委ねられたままである。

次に、職員の業務を考えてみたい。教員組織と職員組織の間の機能・権限分担、職員組織における部署間の機能分担や職階間の権限関係等はハードの問題であるが、実際の仕事をどう進めるかは、ソフトの問題である。教育研究に対する効果的な支援、学生サービスの質、業務全体の生産性等は、ハード面のみならずソフト面に左右される部分が大きい。

働き方改革や生産性向上は我が国全体の課題とされている。リーダーシップ、人材育成、仕事術、データ分析、プレゼンテーション等、組織の動かし方や仕事の進め方を扱った啓蒙書や雑誌の特集も多く、ビジネスの現場における関心の高さが窺われる。

これまで、合意プロセスや規則・前例に則った手続き的側面が重視されてきた大学においても、教育研究の質の高度化や経営力の強化を進める上で、組織の動かし方と仕事の進め方に関する実践的能力が、より求められるようになってきた。

本稿では、組織を動かすという観点から「会議」のあり方を根本的に見直すことを提案した後、仕事を進める場合の工夫・改善点を、具体的な場面に即して検討する。その上で、それらの基礎となる考え方やスキルを如何にして身につければ良いのか、大学組織の特質を踏まえながら考えてみたい。

「会議」は組織を動かす最大の手段

大学において組織を動かすために重要な役割を果たしてきたのは、「会議」、「規則」、「資源配分」であろう。その中でも、規則や資源配分が会議によって決定されることを考えると、「会議」の役割はとりわけ大きく、組織を動かす最大の手段と言える。

そのことを象徴するように、教員か職員かを問わず、上位役職になるほど会議に時間が取られ、実務を担う職員は、日程調整、資料作成、事前説明、会議の設営、議事録作成等に多大な労力と時間を費やすことになる。

学長、副学長、学部長等会議を主宰する立場の役職者は、事務局が作成した議事次第と進行メモに沿って会議を運営し、その事務局も前任者から引き継ぐ形で、期限を切って各部署から審議事項や報告事項を提出させ、決まった手順に従って会議の準備をする。

仮にこのような状態であれば、当事者意識を持って会議に臨む者が不在のまま、型通りの会議が繰り返されることになる。「会議を活かす」という主宰者や事務局の能動的な姿勢が不可欠である。

既に、種々の改善に取り組んでいる大学もあるだろうが、単に会議数を減らしたり、会議時間を短縮したりするだけでは、学内コミュニケーションの密度を低下させることになりかねない。

会議の本来の目的を再確認し、目的にふさわしい形に組み替えるとともに、それに沿って運営方法を改善することで、組織の動かし方が大きく変わり、大学運営が飛躍的に活性化する可能性がある。

中長期的な方向づけに関する課題を重点審議

会議には、①意思決定、②方針伝達、③コミットメント、④進捗管理、⑤情報共有、⑥問題発見、⑦アイデア創出、等の目的があり、通常は複数の目的を兼ねて開催されることが多い。

そのうちの「意思決定」については、大学の場合、各組織の代表者が参画し、適正なプロセスを経て決定がなされたことを明確にすることで、構成員の納得を得るという意味合いが強い。しかしながら、それだけで教員組織や職員組織の第一線まで方針通りに動かせるかといえば、それほど容易ではない。

組織を動かすために最も重要なことは、組織が向かう方向、目指す姿を明確に示すことであり、なぜそれを目指すのか、その背景にある現状認識や考え方を広く共有することである。

そのためにも、付議事項を真に重要なものに絞り込む必要がある。国立大学法人の役員会や経営協議会、学校法人の理事会等は、中長期的な方向付けに関する審議に重点を置き、短期的または日常的な事項の決定については、理事長・学長や担当理事等の執行に委ねるべきであろう。

また、審議資料は結論のみを記すのではなく、結論に至る背景や考え方が理解できるように工夫する必要がある。実際の資料作成は職員が担うことが多いと思われるが、資料を作成するプロセス自体が、情報収集力、企画構想力、論理的説明能力等を鍛える。また、検討にあたっては教員とも他部門の職員とも話し合わなければならない。サイロ化と呼ばれる自部門だけに閉じがちな意識を払拭し、教職間や部門間が連携・協働する契機ともなり得る。

さらに加えるならば、重要な戦略課題をどのタイミングで付議するか、年間スケジュールの中で予め決めておくことで、問題を先送りすることなく、検討を促進することができる。

会議を変えれば組織が変わる

2つ目の目的である「方針伝達」については、会議で説明すれば第一線まで伝わると安易に考えるべきではない。

全学的な方針に対する教員の関心は、自らの利害に関わらない限り、総じて低い。伝えるべきことがあれば、確実に伝わるように、説明会を設けたり、学長・副学長が学部・研究科に出向いて直接説明したりする等、最良の手段を講じるべきである。

会議は、計画や予算を決定する場であると同時に、決定に基づく実行を約束し合う場でもある。これが目的の 3つ目に挙げた「コミットメント」である。その上で、節目ごとに「進捗管理」を行い、問題があれば新たなアクションを打つことになる。

5つ目の「情報共有」とは、大学を取り巻く諸情勢や政策動向、志願者・入学者、教育・研究・学生に関する状況、進路状況等であり、会議報告を通じて共有することを目的とするものである。IR機能の充実と一体となって取り組む必要がある。

進捗管理や情報共有を行う中で、解決すべき問題を見つけるのが 6つ目の「問題発見」である。会議に報告される種々の実績データは、当該年度だけか、前年度との比較を加えたものにとどまることが多い。これを 5年ないし10年程度の時系列データとして眺めてみると、気づくことが増え、解決すべき問題がより鮮明に浮かび上がってくる。

「アイデア創出」も会議の重要な目的の一つだが、通常の全学的な会議にこの機能を期待することは難しい。フランクに話し合い、豊かな知恵を出し合える規模や構成を工夫する必要がある。

既に述べた通り、大学において会議は組織を動かすための最大の手段である。これらの目的に沿う形で会議のあり方を変えることができれば、大学組織は大きく変わるはずである。(続く)

組織の動かし方と仕事の進め方に関する実践的能力をどのようにして高めるか|吉武博通  公立大学法人首都大学東京理事|リクルート カレッジマネジメント から

2017年7月24日月曜日

記事紹介|心を届ける

土砂降りの中、濡れないように配達した郵便物をお渡しすると、おばあさんはびっくりしたように私のことを見ました。

「あらあら。すごい降りで、頭からビッチョリだね。大丈夫かい?」

優しい一言が、どんなに嬉しいか。

我々が届けているものは郵便でも荷物でもなくて、人の心だと思っているので、心の言葉をいただけると何より元気になります。


郵便局の方が届ける手紙や小包はそのものの価値よりも、そこに込められている送り手の気持ちが本当の届けたい物。

松下幸之助氏のこんな話も有名です。

『ある日、幸之助氏が、工場でつまらなそうな顔をして電球を磨いている従業員に、「あんた、良い仕事してるで~」と言ったそうです。

「毎日、同じように電球を磨く退屈な仕事ですよ。」と愚痴を言う従業員に、幸之助氏は、「本読んで勉強してる子どもらがおるやろ。そんな子どもらが、夜になって暗くなったら、字が読めなくなって勉強したいのにできなくなる。そこであんたの磨いた電球をつけるんや。そうしたら夜でも明るくなって、子どもらは夜でも読みたい本を読んで勉強できるんやで。あんたの磨いているのは電球やない。子どもの夢を磨いてるんや。暗い夜道があるやろ、女の子が怖くて通れなかった道に、あんたが磨いた電球がついたら、安心して笑顔で通れるんや。もの作りはものを作ったらあかん。その先にある笑顔を作るんや。』

皆さんが扱っているものには、誰の、どんな心が乗っていますか。

心を届ける|今日の言葉 から

2017年7月23日日曜日

記事紹介|「協働型研究開発コモンズ」がイノベーション効果をもたらす

科学技術への多岐にわたる期待とは裏腹に、世界的に人材育成、研究活動は財政難にあえいでいる。実際、わが国も厳しい財政情勢の中で、現実に可能な経済支援は、局所的対症治療ないし現体制の延命措置を施すに過ぎない。今日のみならず次世代社会にも持続的に適合する科学技術の経営基盤を築くためには、根本的な発想の転換が求められる。あらゆる知恵を結集して、学術的、社会的目的達成のために、現状打開を図らねばならない。

わが国の研究生産性の低迷

わが国は、研究費総額18.9兆円(うち国費は3.5兆円で19%、民間資金が72%)、研究人口68万人(うち大学教員18万人で、民間が7割を超す)を投入する。生産性の一指標である科学論文数約7万5千本は世界5位であるが、残念ながら、被引用数トップ10%論文が10位、トップ1%論文は12位と低調で、ここ10年間、全分野について下振れ傾向にある。米国、中国など大国のみならず、研究開発費、研究人口の少ない国々の後塵を拝する惨状にある。これらは主に大学、公的研究機関が関わる活動状況を示すが、その充実、改善のためには、既成の体制への単純な資金の拡大、人頭の増加ではなく、当然資金配分法の改革、研究人材の内容向上が求められる。しかし、不振の主たる原因は、大学の教育研究に関わる守旧的価値観の岩盤、それがもたらすイノベーション効果の欠如であり、ぜひともこのシステム・クライシスを克服しなければならない。

新たな目標に対応すべく既存組織は戦略的に縮小すべし

今世紀に入り、わが国のみならず、世界の高等教育、研究開発システムは、社会の要請に十分に応えられていない。とりわけわが国ではその理由を公的財政支援の不足とする意見は多く、筆者も理解はするが、単なる資金増だけでは問題解決には至らない。急激に経済発展する中国を例外として、10年後の各国の公的研究開発費は、楽観的に見ても現在の2倍には届くまい。しかし、総額の制限にもかかわらず、科学技術界には現行の活動に加え、新たに「知の共創・再構成」、「第4次産業革命」、COP21の主題であった「地球温暖化問題」、国連で採択された「仙台防災枠組み2015-2030」、「持続可能な開発のための2030アジェンダ(SDGs)」などの巨大な国内的、国際的諸問題への早急な対応が求められている。

ものづくり産業に例えれば、一定量の資金と人材の投入下に、高品質製品の継続的生産と並行して、既存技術では困難な多種の新製品の開発が要求される状況とでも形容できよう。このような一見理不尽とも言える要請に立ち向かうには、自ずと科学技術研究開発の全体制の見直し、大学組織の再編と刷新、そして新たな仕組みの創出が不可避となる。おそらく「社会総がかり」の整合的協働を促すエコシステムの構築が必要となろうが、このシステム・イノベーションのみが、生産性の向上と質的大転換の双方を矛盾なく実現しうる。困難でも挑戦しなければ、国家のみならず文明社会の存続が危うい。

現行の研究教育体制は、20世紀社会の繁栄に大きく貢献してきた。しかし、もし研究社会がこの価値観を是とし、自らの努力でその維持、存続を目指すならば、関連する多くの経済的要素を所定のものとして活動していく(いわゆる「内部化」)ことが絶対に不可欠である。主たる例をあげれば、現在は外部要素として扱う国家財政負担の拡大への期待はほとんど現実的でない。大学や研究機関は目標の如何を問わず、真の戦略性をもって人件費はじめ固定費を変動費化して、規模を可変化、時には思い切って縮減して変化に対応していかなければならない。

そして「協働型コモンズ」の形成へ

いかなる変革も、質の劣化と活動度の低下を招いてはならない。国立大学は、現体制温存により巨大な累積資本価値の維持に固執するが、ひとたび環境変化への対応を誤れば、一挙に経営破綻を招く。世界は技術革新の波を受けて、あらゆる観点から、共有社会(sharing society)に移行しつつある。そうであれば、研究開発においても必要なあらゆる資源、例えば、資金、人材、モノ、基盤、情報を個々の専有から、組織の壁を越えてより効果的な共有、共同利用に移行すべきである。

もとより一定の初期投資、固定費は必要であるが、多様な共有型の仕組みを縦横に駆使することが「限界費用(marginal cost)」、つまり物やサービスを1単位追加して提供するために要する費用を、実質的にゼロに向かわせる。このパラダイムシフトが、世界が共通に遭遇する難題、すなわち研究開発費の過大な社会負担の軽減に大きく寄与することは間違いない。いかなる国においても、国内資源は限定的であり、不足分は国際連携、協力で補うことになる。さらに、旧来のアカデミアの価値観を超えて、より積極的に多様な社会的知的資産の創出を通して「外部効果の拡大」を目指すべきである。筆者はジェレミー・リフキンが唱える「協働型コモンズ」の形成こそが、疲弊した現行の研究教育組織の「戦略的縮小」による真の合理化と高度化を促し、さらに本質的なことは、そこに生まれる余剰資源の活用による社会的存在意義の拡張への道であると考えている。行政も大学現場も、既存体制への公的資金投入量の多寡を案ずる前に、協働型コモンズ形成による巨大な社会経済効果に目を向けてほしい。

過去の社会の変化、特にサービス部門の変遷を振り返れば、資金、人材投入の低減は、しばしば組織の合理化、高度化を促してきた。常に負の効果をもたらすとは限らない。価値観を変換したい。近年台頭する共有型経済(sharing economy)、例えばUber(企業価値6兆円のライドシェア)やAirbnb(短期滞在の共同宿舎)などの繁栄も、すでに頂点を極め成熟期にある市場資本主義経済からの、合理性ある転換かもしれない。

情報技術革新を背景とするこの改革こそが、研究教育の質の抜本的向上の切り札ではないか。キャンパス拠点型、ネットワーク型を問わず、多様な高度専門家の自律的な分散、統合による「協働型コモンズ」が「価値の共創」を可能にする。かつての独創に加え、共創の積極的推進が、将来の科学技術発展を約束する。研究者たちは、自らが目指す課題の解決に、従来とは異なる共同活動で向かう。既成の専門性を超えた国内外のあらゆるセクターとの関与が可能となる。

この新たな自律的統治の舞台は、既存の大学組織の研究科や学部の存在意義を極度に薄れさせよう。伝統的な専門分野閉鎖的、垂直統合型アカデミアの崩壊を促すが、社会全体から見れば、決して悪いことではない。

研究教育のオープン化へ

高等教育のオープン化については、大規模公開講座を無料でインターネット受講できるMOOC(massive online open course) プラットフォームである米国のCourseraやedXなどが、すでに成功を収めている。著名な教授と世界の広範な学生たちが一体的、双方向に教育に参画する。わが国では使用言語の問題もあろうが、自然科学のみならず、人文学、社会科学でもまずは日本語で試みてはどうか。学生たちの視野と教養の幅は格段に広がるはずである。

1980年以降に生まれたディジタル・ネイティブの思考力と実行力は、我々には計り知れない。新領域開拓に挑む若者は、感性にあふれ極めて優秀であり、必ずこの合理性へ挑戦してくれよう。科学技術界に長く続く慣習の壁が、先見性ある彼らの道を阻んではならない。

高度測定機器の共用プラットフォーム

再度、わが国研究社会が直面する現実問題に戻りたい。公的研究開発費の投入は、国全体の学術の発展、科学技術力の強化に資するべきである。現在の大学の個々の研究者への分散的資金配分は創造的成果の生産を促すものの、とかく単発の学術論文生産のための「経費の供給」にとどまる。これだけでは、国全体として研究への「投資効果」が最大化されているとは言い難い。さらに近年の競争的研究資金の特定大学寡占化は、大多数の大学における研究を甚だしく困難にしている。汎用性ある高価な先端測定機器の活用について「限界費用」をゼロに近づけるべく、可能な限り多くの研究者が共用できる「協働型コモンズ」を戦略的に整備してほしい。

国が建設する巨大な加速器やスーパーコンピュータなどの国家基幹技術については、法的に共同利用の取り決めがなされている。数々の特色ある大学共同利用機関の施設の活用もなされている。米国では人工知能の普及を目指し、民間のグーグル社が理化学研究所の「京」の18倍の計算能力を持つスーパーコンピュータを研究者向けにクラウドで無料開放するという。

さらに多種の高価な中規模計測・分析装置についても、個々の大学や研究者が占有することなく、地域ごとに集積、あるいはネットワーク型に管理して、利用の最大化を図るべきである。そこには大学人のみならず、産官学さらに外国からも多様な人たちが集い、迅速な研究が促され、その結果幅広い知の共創、新技術開発、ビジネス・イノベーションが生まれるはずである。2012年発足の文部科学省のナノテクプラットフォームには全国26法人40機関が参画するが、その行方に期待するところ大である。

このような高度測定機器の共用プラットフォームは単なるサービス提供者ではなく、研究実践の場でもある。共同組織の健全な存続、発展のためには、大学と同様、公共的自立心が不可欠である。まず多様な専門家の確保、利用者たちに対する存在意義の説得、そして安定経営のための国、自治体、研究機関、大学、産業界等による応分の財政負担が必要である。既に売り上げが1800億円に達する受託分析企業との連携も円滑な運営に寄与するであろう。測定機器の集積、共用のみならず、生体材料や化学薬品の大規模在庫管理、活用についても、効果的な仕組みが必要と考える。

「協働型研究開発コモンズ」がイノベーション効果をもたらす|野依良治の視点|研究開発戦略センター(CRDS) から

2017年6月29日木曜日

記事紹介丨モラールアップ

モラールアップ経営とは、たんなるテクニックで成りたつものではありません。

いわば、社長の考え方や生きざまそのものです。

ここで肝心なのは、社長の考え方や生きざまを、どうやったら社員すべてに浸透させるかということです。

一人で威張っているだけでは、社員たちに理解させ、行動につなげることはできません。

そこで、「知らしめること」の重要さが出てきます。

たとえば、会社を訪れたお客様から、職場の環境が「きれいだね」、「美しいわね」というお褒めのことばをいただいた場合、一部の関係者だけが喜ぶのではなく、全員にこの事実が伝わる仕組みができていることが、大切なのです。

社員旅行に出かけたときに、当社の社員がバスのなかにピーナツ一つ落とさないので、バスガイドさんから「これだけ騒いで、これだけバスをきれいに使う団体さんはほかにない」と褒められる、といったことも同様です。

褒められたことを、全員が知ることが大切だと思います。

こうしたことの積みかさねが、社員自身のなかに誇りを育てていきます。

社員一人ひとりの日々の言動が向上し洗練されていくと、幸福感が高まり、やがて結果的に業績にも反映されていくように思います。

私は、経営とは「知らしめること」であると思います。

経営者は、話し上手、伝え上手でなければなりません。

伝えることがうまくいかないと、経営はうまくいきません。

経営とは伝えることであると言ってもよいでしょう。

どんなに高い志も、話が下手では伝わりません。

古今東西、人間は、伝えることにどれほどのエネルギーを費やしてきたことでしょう。

企業も行政も、「伝える」ために大きな費用を使い、情報産業は巨大なものに育っています。

会社として、お客様に向けては多大な費用と労力を使って伝えていますが、それと比較して会社の内部に伝えることに重きをおいている経営者は少ないのではないでしょうか。

トップの理念や考え、指示やその目的を社員に伝え知らせることは、モラールアップの最大の手段であると思います。

組織のトップは、組織を構成する人たちに徹底して自分の考えを知らせる努力をしたいものです。

情報を、バラバラでなく系統立てて伝え、それを必要とする社員が等しく共有するということをきちんとやっていれば、おのずから社員の行動様式はまとまり、モラールも向上していきます。

ガラス張りで隠しごとをしないことも、情報伝達を円滑に行うためには大事だと思います。


トヨタの元社長、張富士夫氏の素晴らしい言葉がある。

『私は「人づくり」のキーワードは、「価値観の伝承」だと思います。

つまり「ものの見方」を伝えること。

「これがいいこと」「これが大切」ということを、「現地現物」で後輩に理解させ、伝えていくこと』

どんなに高邁(こうまい)な夢や理念があろうと、それが誰にも伝わらなかったら、それは無いのと一緒。

また、素晴らしいアイデア、すぐれた商品、抜きん出た発想、なども同じこと。

価値観とは、何(どこ)に価値があるかという判断をするときの、根本となる考え方や見方のこと。

だから、価値観を伝えるということは、考え方や見方を伝えること。

「知らしめること」に全力で取り組みたい。

知らしめること|2017年6月28日人の心に灯をともす から

2017年6月28日水曜日

記事紹介|僕たちができることがあるはずだ

前回はフェイスブックの創設者であるマーク・ザッカーバーグ氏が5月末に米ハーバード大学の卒業式で行った祝辞を取り上げました。

彼は祝辞の中で「目的」の大切さを強調し、次のように語りかけました。心にとまった表現の一部を、私なりの解釈でご紹介します。


僕らは、大きな目的に向かって進むことが必要だ。大きな目的に進もうとすると、狂人扱いをされてしまう。「何をやっているのかわかっていない」と非難される。でも、事前に全部わかっているなんてことは不可能だ。ミスを恐れるあまり、何もしないでいたら、結局何もできなくなる。

僕らは僕らの世代の課題に取り組むべきだ。気候変動問題(温暖化問題)に取り組むのも、すべての病気に関する遺伝子データを集めるのも、オンラインで投票できるようにして民主主義を現代化することも、やる価値がある。みなが目的を持って取り組むこと。みなが目的を持てるようにすること。それが大切なのだ。

そして、誰もがその目的に参加する自由を持てるようにすることだ。

しかし今日、僕らの社会は深刻な格差の問題を抱えている。その格差のために、誰かがアイデアを実行に移すことができなかったら、それはみんなにとっての損失になる。

僕は大学を中退して何十億ドルも稼げたけれど、その間に何百万もの学生が学費ローンの支払いに困り、自分たちのビジネスを始めることができないでいる。そんな社会は間違っている。

よいアイデアを持ち、頑張って働いたからといって、誰もが成功するわけではない。運も必要になる。新しい挑戦を始められるような余地がなければ、起業は成功しない。人々が安心して起業に取り組めるような余裕が社会に必要なのだ。

誰もがミスをする。だからこそ、一度失敗したら、それで社会的に抹殺されることがない社会が必要だ。

ミレニアル世代(1980~2000年ごろに生まれた世代)にアイデンティティーを問うと、一番多い回答は国籍でも民族でもなく、「世界市民」だという調査結果があるという。

世界の人々と協力して、僕たちは世界から貧困や病気を終わらせることができる世代でもある。気候変動問題や世界的な感染症の拡散について、どの国も一国だけでは対処できない。グローバルな協力関係が必要なのだ。

人々が自分自身の人生に目的と安定を感じて生きられるとしたら、人類は、他の地域の人たちの問題について手を差し伸べることが可能になる。だからこそ、そのために僕たちができることがあるはずだ。

スピーチの秘訣とは 言葉は力強く、理想堂々と|2017年6月19日日本経済新聞 から

2017年6月23日金曜日

記事紹介|今日は、記憶の継承「慰霊の日」

沖縄は今日(6月23日)、20万人を超える人が亡くなった沖縄戦から72年となる「慰霊の日」を迎えました。関連記事をご紹介します。

沖縄 あす慰霊の日 大田元知事を偲んで|2017年6月22日東京新聞

沖縄県の大田昌秀元知事が亡くなりました。鉄血勤皇隊として激烈な沖縄戦を体験し、戦後は一貫して平和を希求した生涯でした。沖縄はあす慰霊の日。

人懐っこい笑顔の中に、不屈の闘志を感じさせる生涯でした。

今月12日、92歳の誕生日当日に亡くなった大田さん。琉球大学教授を経て1990年から沖縄県知事を8年間、2001年から参院議員を6年間務めました。

ジャーナリズム研究の学者として沖縄戦の実相究明に取り組み、知事時代には「絶対に二度と同じ悲劇を繰り返させてはならない」との決意から、平和行政を県政運営の柱に位置付けます。

「平和の使徒」として

敵味方や国籍を問わず戦没者の名前を刻んだ「平和の礎(いしじ)」を建立し、沖縄県に集中する在日米軍基地の撤去も訴えました。

「全ての人々に、戦争の愚かさや平和の尊さを認識させるために生涯を送った『平和の使徒』だった」。長年親交のあった比嘉幹郎元県副知事は告別式の弔辞で、大田さんの生涯を振り返りました。

大田さんはなぜ、学者として、そして政治家として一貫して平和の大切さを訴えたのでしょうか。

その原点は、大田さんが「鉄血勤皇隊」として、凄惨(せいさん)な沖縄戦を体験したことにあります。

太平洋戦争末期、沖縄県は日本国内で唯一、住民を巻き込んだ大規模な地上戦の舞台と化します。当時、40万県民の3分の1が亡くなったとされる激烈な戦闘でした。

鉄血勤皇隊は、兵力不足を補うために沖縄県内の師範学校や中学校から駆り出された男子学徒らで編成された学徒隊です。

旧日本軍部隊に学校ごとに配属され、通信、情報伝達などの業務のほか、戦闘も命じられました。女子学徒も看護要員として動員され、学校別に「ひめゆり学徒隊」などと呼ばれます。

醜さの極致の戦場で

沖縄県の資料によると、生徒と教師の男女合わせて1987人が動員され、1018人が亡くなりました。動員された半数以上が犠牲を強いられたのです。

沖縄師範学校2年に在学していた大田さんも鉄血勤皇隊の一員として動員され、沖縄守備軍の情報宣伝部隊に配属されました。大本営発表や戦況を地下壕(ごう)に潜む兵士や住民に知らせる役割です。

当初は首里が拠点でしたが、後に「鉄の暴風」と呼ばれる米軍の激しい空襲や艦砲射撃による戦況の悪化とともに本島南部へと追い詰められます。そこで見たのは凄惨な戦場の光景でした。

最後の編著となった「鉄血勤皇隊」(高文研)にこう記します。

「いくつもの地獄を同時に一個所に集めたかのような、悲惨極まる沖縄戦」で「無数の学友たちが人生の蕾(つぼみ)のままあたら尊い命を無残に戦野で奪い去られてしまう姿を目撃した」と。

多くの住民が戦場をさまよい、追い詰められ、命を落とす。味方であるべき日本兵が、住民を壕から追い出し、食料を奪う。

「沖縄戦は、戦争の醜さの極致だ」。大田さんが自著の中で繰り返し引用する、米紙ニューヨーク・タイムズの従軍記者ハンソン・ボールドウィンの言葉です。

その沖縄戦は72年前のあす23日、日本軍による組織的な戦闘の終結で終わります。大田さんも米軍の捕虜となりました。

戦後、大学教授から県知事となった大田さんが強く訴えたのが沖縄からの米軍基地撤去です。

背景には「軍隊は住民を守らない」という沖縄戦からの教訓に加え、なぜ沖縄だけが過重な基地負担を強いられているのか、という問い掛けがあります。

沖縄県には今もなお、在日米軍専用施設の約70%が集中しています。事故や騒音、米兵による事件や事故は後を絶ちません。基地周辺の住民にとっては、平穏な暮らしを脅かす存在です。

72年の本土復帰後を見ても、本土の米軍施設は60%縮小されましたが、沖縄では35%。日米安全保障条約体制による恩恵を受けながら、その負担は沖縄県民により多く押し付ける構図です。

進まぬ米軍基地縮小

95年の少女暴行事件を契機に合意された米軍普天間飛行場の返還でも、県外移設を求める県民の声は安倍政権によって封殺され、県内移設が強行されています。

そこにあるのは、沖縄県民の苦悩をくみとろうとしない政権と、それを選挙で支える私たち有権者の姿です。大田さんはそれを「醜い日本人」と断じました。

耳の痛い話ですが、沖縄からの異議申し立てに、私たちは誠実に答えているでしょうか。

慰霊の日に当たり、大田さんを偲(しの)ぶとともに、その問い掛けへの答えを、私たち全員で探さねばならないと思うのです。

(天声人語)沖縄から届いた手紙|2017年6月23日朝日新聞

釣りや演芸会を楽しみ、満開のアンズに見ほれ、内地から届く週刊誌「サンデー毎日」を回し読みする-。ある日本兵が旧満州から家族へ送った膨大な絵手紙を、那覇市歴史博物館で開催中の企画展で見た(27日まで)。

福岡市出身で陸軍野戦重砲隊員だった伊藤半次(はんじ)氏の遺品である。絵を愛する提灯(ちょうちん)職人だった。「雄大な大陸にいると短気な俺でも気が長くなる」。おどけた絵からゆったりとした兵営の日常が浮かぶ。

その数、3年間で約400通。妻をいたわり、3人の子を励ました。だが転戦した沖縄で音信状況は一変する。「少尉殿外(ほか)班長諸氏も皆元気」「お手紙を下さい」「サヨーナラ」。8カ月で3通。自慢の絵は1通もなかった。

「家族思いで筆まめな人。米軍上陸への備えや空襲、戦闘で手紙どころじゃなかったのだと思います」。孫の博文(ひろふみ)さん(48)は推理する。

沖縄戦では、特に司令部が南部に撤退した後、住民を洞窟から追い出し、食糧を奪った兵がいた。外間(ほかま)政明学芸員(49)によると、半次氏の部隊はそれ以前に首里近辺で壊滅的な打撃を受けていた。生き残った兵は雨と泥に耐えて南下し、糸満市の摩文仁(まぶに)の丘付近で戦死したとみられる。

今年もまた、沖縄慰霊の日を迎えた。摩文仁の丘を訪ねると、戦没者の名を刻んだ「平和の礎(いしじ)」に伊藤半次の刻銘があった。最期に目にしたのは砲弾の嵐か、それとも焼き払われたサトウキビ畑だったか。愛する家族のもとに戻れなかった天性の画家の無念をかみしめた。

(社説)沖縄慰霊の日 遺骨が映す戦争の実相|2017年6月23日朝日新聞

沖縄はきょう、先の大戦で亡くなった人たちを悼む「慰霊の日」を迎える。

米軍を含めて約20万人が命を落とした。うち一般県民9万4千人の犠牲者とその遺族にとって、ささやかな、しかし意義深い政策の見直しがあった。

厚生労働省が、死者の身元を特定するための遺骨のDNA型鑑定を、今年度から民間人にも広げると発表したのだ。塩崎厚労相は4月の国会で、「できるだけ多くの方にDNA鑑定に参加をいただいて、一柱でも多くご遺族のもとにご遺骨をお返しできるように最大限の努力をしたい」と答弁した。

遅すぎた感は否めないが、この方針変更を歓迎したい。

DNA型鑑定は2003年度に導入された。しかし、遺骨の発見場所や埋葬記録などがある程度わかっていることが条件とされたため、対象は組織的に行動していた軍人・軍属らに事実上限られてきた。

事情はわからないでもない。だが「軍関係者限り」とは沖縄戦の実相からかけ離れた、心ない対応と言わざるを得ない。

沖縄ではいまも、工事現場や「ガマ」と呼ばれる洞窟などから、多くの遺骨が見つかる。それは県土、とりわけ中部から南部にかけての広い範囲が戦場になったことの証しである。

72年前の4月1日の米軍の本島上陸以来、凄惨(せいさん)な地上戦が繰り広げられた。兵士と市民が入り乱れ、各地を転々とし、追いつめられ、亡くなった。親族がどこで命を落としたのか分からないと話す県民は多い。

長年、遺骨収集を続けてきたボランティアたちが「国はすべての遺骨と希望者について鑑定を行うべきだ」という声を上げるのは当然である。

もっとも、焼かれてしまった骨からDNAを検出するのは難しいとされ、糸満市摩文仁(まぶに)の国立戦没者墓苑に眠る18万5千柱の多くは対象にならない。当面は、13年度以降に見つかった600柱余の未焼骨のうち、10地域の84柱について鑑定を進めるという。希望する遺族からDNAを提供してもらい、骨と比較する手法をとる。

大臣答弁のとおり、少しでも多くの遺骨を返すため、厚労省をはじめ関係機関は幅広く遺族に呼びかけ、対象地域も順次拡大していってほしい。その営みが、戦争の真の姿を次世代に伝えることにもつながる。

沖縄はいまも米軍基地の重い負担にあえぐ。沖縄戦を知り、考え、犠牲者に思いを致すことは、将来に向けて状況を変えていくための土台となる。

きょう沖縄慰霊の日 「不戦の誓い」を語り継ぐ|2017年6月23日毎日新聞

沖縄はきょう「慰霊の日」を迎えた。太平洋戦争末期、沖縄に上陸した米軍と日本軍との組織的な戦闘が終結した日である。

日本軍が本土防衛の時間稼ぎのために持久戦を展開し、日米の軍人と民間人約20万人が犠牲になった。

それから72年。今年も最後の激戦地となった糸満市の平和祈念公園で沖縄全戦没者追悼式が開かれる。

嵐のような砲爆撃や住民の集団自決など「ありったけの地獄を集めた」と表現された沖縄戦の惨劇を記憶にとどめ、語り継ぐ糧にしたい。

「二度と戦争をさせない、沖縄を戦場にさせない、と誓った」。12日に92歳で亡くなった大田昌秀(まさひで)・元沖縄県知事は生前こう語っていた。

学徒動員で鉄血勤皇隊(てっけつきんのうたい)に加わり、壮絶な地上戦を目の当たりにする。米軍は猛烈な砲撃を浴びせ、日本兵が住民に銃を突きつけた。

知事時代の1995年、沖縄戦犠牲者の名を刻んだ「平和の礎(いしじ)」を平和祈念公園に建立した。

軍民や国籍を問わず戦没者を慰霊するのは、戦争に勝者はいないという思いからだ。その原点は、沖縄戦の経験にある。

沖縄戦には未解決の課題もある。遺族が高齢化するなか、戦没者遺骨の特定が進んでいない。

厚生労働省は軍人・軍属に限ってきたDNA鑑定を今夏から戦没者の半数を占める民間人にも広げる。

戦没者遺骨の収集を「国の責任」と位置付けた法制定を受けた対応だ。戦後70年余を経ての方針転換であり、遅すぎた感は否めない。

もともとDNA鑑定による特定には困難が伴う。沖縄県内では18万柱超の遺骨が収集されたが、身元が判明したのはごくわずかだ。

対象区域も限定されている。戦没者には朝鮮や台湾の人も含まれるという。将来は希望するすべての遺族を対象とすべきだ。

過重な米軍基地負担は沖縄戦の痕跡だ。27年間の米統治後も基地の返還は進まず、今に至っている。

政府が「反基地」の県民感情を直視する姿勢を示さなければ、対立は先鋭化するばかりだろう。

沖縄戦の記憶は原爆投下とともに日本の平和主義の立脚点の一つになっている。その認識を改めて国民全体で共有したい。

「これってホント!? 誤解だらけの沖縄基地」|2017年6月23日山陽新聞

題名は軽妙だが、その問いの意味は重い。沖縄の地方紙・沖縄タイムスがこの春出版した「これってホント!? 誤解だらけの沖縄基地」である。

沖縄に偏っている米軍基地はなかなか縮小されない。「とはいえ、基地のおかげで経済が成り立っているでしょ」「でもね、中国の脅威とは切り離せないよ」。縮小を阻む、そんな「とはいえ」「でもね」に対して反証している。

例えば基地経済はどうか。従業員の所得や軍用地料、米軍関係者の消費など関連収入は県民所得の50%を占めたころもあったが、1972年の本土復帰時は15%、今は5%に低下している。代わりに観光収入が伸びているが、基地はその拡大やまちづくりの足かせになっているという。

そうした現状はあまり知られていないだろう。基地問題が進展しない背景には、本土の理解、関心のなさもあるに違いない。

沖縄県が早期返還を求める普天間飛行場(宜野湾市)の場所にはかつて集落や畑、役場があった。それを太平洋戦争末期、沖縄に上陸した米軍が占領して基地を建設し「銃剣とブルドーザー」で拡張していった。その歴史もどれだけ受け止められているだろうか。

きょうは、72年前の沖縄戦で組織的な戦闘が終わったとされる慰霊の日だ。失われた命を追悼するとともに、沖縄が戦後味わった不条理に思いをはせたい。

<金口木舌>事実は伝わる|2017年6月23日琉球新報

「カンポウシャゲキがね」-。幼い頃、沖縄戦を体験した家族や先生から話を聞く機会があった。言葉の意味も知らなかったが、暗く恐ろしいイメージは心に刻まれた。

戦後72年がたち体験者が減る中、沖縄戦の継承が課題となっている。伝える難しさはもちろんのこと、平和教育への無理解や“圧力”もある。沖縄戦の授業を記事で紹介した際、ネット上で取り組みへの中傷の書き込みを目にしたこともある。

別の機会に「命の尊さを伝えたい」という園長の姿勢に共感し、保育園の平和学習を取材した。園児がヘルメットをかぶり、ガマ(壕)を見学する記事と写真を見た人から園に「危ない。園児がかわいそう」との電話があったという。

果たして「かわいそう」なのだろうか。くすぬち平和文化館(沖縄市)で読み聞かせを続ける真栄城栄子さんは「大切なのは、残酷でも事実を伝えること」と強調する(9日付12面)

7歳の子の沖縄戦体験を描いた「つるちゃん」の紙芝居を見せ、恐怖感でいっぱいの子どもたちにこう言うそうだ。「大丈夫。最後は親が子を守ってくれる。みんなが平和に生きられるように、大人は頑張るからね」

4歳児から「戦争は勝ってもだめ、負けてもだめ」の言葉があったという。きょうは「慰霊の日」。子どもたちの力を信じ、平和をつないでいこう。事実はきっと心に届く。

沖縄慰霊の日 憲法は届いているのか|2017年6月23日北海道新聞

沖縄はきょう、戦没者を追悼する慰霊の日を迎える。

72年前、「鉄の暴風」と呼ばれた壮絶な地上戦で日米合わせて20万人を超す命が失われた。このうち沖縄の住民の死者は9万4千人といわれている。

平和への誓いを新たにするこの日を前に、沖縄の米軍基地問題を全国に訴え続けた元県知事の大田昌秀氏が92歳で死去した。

大田氏は、平和主義や基本的人権の尊重をうたう憲法の理念が沖縄に届いているのかという憤りを、常に語っていた。

平和憲法の下にある日本へ復帰したはずの沖縄には、今も米軍基地が集中している。

返還される普天間飛行場の移設先とされてしまった名護市辺野古では、政府による力ずくの新基地建設が始まった。

憲法より日米安保体制が優先されるかのような現実が、この島にある。全ての国民がそこに目を向けなければならない。

国土面積の0.6%しかない沖縄には、全国の米軍専用施設面積の70%が存在している。

昨年12月の北部訓練場約4千ヘクタールの返還によって、それ以前の74%からはわずかに減少した。

政府はそれを、基地負担の軽減が進んだとして「成果」を誇っている。

だが、返還条件として訓練場の残る区域に6カ所のヘリパッドを建設し、新型輸送機オスプレイを運用させる。騒音被害や事故の懸念はむしろ深刻化するだろう。

オスプレイは半年前、名護の海岸に落ちる事故を起こしたが、日本側の捜査は日米地位協定の壁に阻まれた。

「自分の空でありながら、自分の海でありながら、自分の土地でありながら自由に使えない」

大田氏が講演でこう語ったのは、知事在任中の1994年のことである。

沖縄を取り巻く状況はその後も基本的には変わらず、国への異議申し立ての声は強まっている。

普天間の辺野古移設を巡り、政府は4月に護岸工事を強行した。これに対し翁長雄志(おながたけし)知事は、新たに国を相手取り工事差し止めの訴訟を起こす方針を表明した。

基地をたらい回しするなという主張を真摯(しんし)に聴こうとしない政府に対抗するための、やむにやまれぬ措置だろう。

追悼式典には安倍晋三首相も出席する。負担は軽減されていないという事実を直視し、沖縄の声に耳を傾ける機会とすべきである。

沖縄慰霊の日 本土も痛みを共有したい|2017年6月23日徳島新聞

多くの犠牲者を出した太平洋戦争末期の沖縄戦が終結して72年を迎えた。

沖縄戦では、上陸した米軍と日本軍が住民を巻き込んで激戦を展開し、日米双方で計20万人以上が死亡した。

沖縄県民の4人に1人が亡くなるという悲惨な戦いで、日本軍は住民に対し、集団自決を強制したり、スパイ容疑をかけて虐殺したりした。この惨禍を決して忘れてはなるまい。

きょうは沖縄慰霊の日だ。日本軍の組織的戦闘が終わった日とされる。

最後の激戦地となった糸満市摩文仁(まぶに)の平和祈念公園では「沖縄全戦没者追悼式」が開かれる。犠牲者の冥福を祈り、平和への誓いを新たにしたい。

公園にある平和の礎(いしじ)には、国籍や軍人、民間人の区別なく沖縄戦などで亡くなった人の名が刻まれている。建立したのは、沖縄県知事を2期8年務め、米軍基地問題の解決を訴え続けた大田昌秀氏だ。

大田氏は12日に92歳で亡くなったが、沖縄戦での体験を原点に、沖縄から平和の重要性を発信し続けた。遺志をしっかりと受け継いでいかなければならない。

しかし、大田氏が尽力した基地問題は、いまだ解決の糸口すら見いだせない。

沖縄では、在日米軍専用施設の約70%が集中している。普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古移設を巡り、さらなる基地負担に反発する県や住民と、それらの声に耳を貸さずに工事を進める国との対立は先鋭化している。

沖縄県は20日、移設工事で国が県規則に定められた翁長雄志(おながたけし)知事の許可を得ずに「岩礁破砕」を行うのは違法だとして、工事の差し止め訴訟を起こすための関連議案を県議会定例会に提出した。

「世界一危険」とされる普天間飛行場の移設は欠かせないとはいえ、移設先は沖縄しかないのか。

反対を強く訴え続けても、聞き入れてもらえない。その不条理に県民が怒るのは当然である。

沖縄の民意は明らかなのに犠牲と負担をいつまで強いるのか。政府は県民の声を真摯(しんし)に受け止めるべきだ。

本土復帰から45年が経過したが、復帰後も県民が求めた「本土並み」には程遠い。それどころか、基地絡みの事件事故が続発している。

1995年に米兵が女子小学生を集団で暴行し、2004年には沖縄国際大に米軍ヘリコプターが墜落した。

戦争中、沖縄は本土の「捨て石」とされたが、今の状況はどうか。

翁長氏は、きょうの式典で読み上げる平和宣言に、昨年末の米軍新型輸送機オスプレイ事故などを引き合いに米軍訓練の在り方を批判する内容や、大田氏の功績をたたえる文言を盛り込む方針だ。

沖縄の現状を、本土で暮らす私たちの問題として深く考える必要がある。痛みを共有したい。

沖縄慰霊の日 大田元知事が残した問い|2017年6月23日西日本新聞

6月23日は沖縄の「慰霊の日」である。沖縄戦の組織的戦闘が終結したこの日にちなみ、沖縄県糸満市の平和祈念公園できょう、沖縄全戦没者追悼式が開かれる。

慰霊の日に先立つ今月12日、沖縄の戦争と戦後を体現する人物がこの世を去った。沖縄県知事を務めた大田昌秀さんである。

大田さんは沖縄県久米島に生まれ、学徒でつくる「鉄血勤皇隊」に動員された。情報伝達のため戦場を駆け回り、多くの学友が命を失う中で、九死に一生を得た。

大田さんは沖縄戦のさなか、日本兵が守るべき沖縄の住民を壕(ごう)から追い出すのを目撃したという。「(食い下がる住民を)下士官たちは、軍刀で突き飛ばさんばかりに押しのけ『うるさい、勝手にしろ』とわめき立てるのであった」(著書「沖縄のこころ」より)

戦争の醜さ、軍への不信、そして沖縄が本土の「捨て石」にされる理不尽-。沖縄戦の経験が、大田さんの活動の原点となった。

研究者から知事に転身し、米兵による少女暴行事件が起きると、知事権限を駆使して政府に基地縮小を迫った。国籍を問わず沖縄戦で命を落とした人々の名を刻む「平和の礎(いしじ)」建設にも尽力した。沖縄を「基地のない平和な島」にするのが大田さんの目標だった。

残念ながら今なお沖縄には全国の米軍専用施設の約70%が集中する。政府は普天間飛行場の名護市辺野古への移設に向け、県民の反対を押し切って工事を進めている。北朝鮮のミサイルや中国の海洋進出もあり、地理的要衝の沖縄に展開する米軍の抑止力維持は重要-というのが政府の論理だ。

しかし、基地の集中はそれだけ沖縄が相手から攻撃される可能性を高める。大田さんは辺野古移設を「政府は沖縄を捨て石にし、今日に至っている」と批判した。

晩年の大田さんは、戦争体験のない議員が安全保障問題を議論することに懸念を抱いていた。沖縄戦から何を学び、将来にどう生かすか。大田さんが残した問いを受け止め、考え続けたい。鎮魂の日に改めてそう思う。

<社説>慰霊の日 新たな「戦前」にさせない|2017年6月23日琉球新報

糸満市摩文仁の沖縄師範健児之塔に向かう約150メートルの通路は階段が続き、お年寄りには長く険しい。子や孫に両脇を支えられながら、つえを突きながら、慰霊祭へ一歩一歩足を運ぶ光景も、年を追うごとに少なくなってきた。

師範鉄血勤皇隊の生存者として、一昨年、昨年と出席していた大田昌秀元知事の姿も今年はもう見られない。

沖縄戦体験者は県人口の1割を切ったとされる。激烈な地上戦から生き延びた方々から証言を聞ける時間は、確実に残り少なくなっている。

沖縄戦から72年、慰霊の日が巡ってきた。体験者が年々減る中、次世代へどう継承していくか模索が続く。一方で政府は世論の反対をよそに戦争ができる国づくりへと法整備を進める。多くの国民の命を奪った国策の誤りを二度と繰り返させてはいけない。

今年は沖縄戦継承に大いに貢献する「沖縄県史各論編6 沖縄戦」が発刊された。1970年代刊行の旧県史は、それまでの軍人中心の記録を住民史観に転換させた。新県史は「障がい者」や「ハンセン病」「戦争トラウマ」など弱者にも光を当て、「基地建設」など今日的課題にも言及した。沖縄戦研究の集大成であり、大田氏ら第一世代から中堅若手の研究者に引き継がれていることは頼もしい。

沖縄戦は決して歴史上の出来事だけではない。今につながる米軍基地問題の原点であり、不発弾や遺骨収集、戦争トラウマなど、今を生きる私たちにも影響する問題だ。

今年の慰霊の日は「共謀罪」法が強行成立した中で迎えた。民主主義の手続きを放棄し、数の力で押し切るやり方は権力の暴走だ。

2012年の第2次安倍政権発足以降、国家主義の色濃い政策が推進されている。

13年の国家安全保障会議(日本版NSC)創設、特定秘密保護法成立、14年の武器輸出三原則の見直し、集団的自衛権の行使容認、15年の日米防衛協力指針(ガイドライン)再改定、安全保障関連法成立と、日米同盟強化や政府権限拡大につながる政策だ。

最終目標は憲法9条見直しだろう。軍隊と警察を強くし国家権力を強める。個人の権利を制限し、国益を優先させることを許してはならない。

沖縄戦の目的は沖縄の住民を守ることではなく、国体護持、本土防衛のための捨て石作戦だった。多数の住民を根こそぎ動員で国策に協力させた末に、軍民混在となった戦場で死に追いやった。

政府は今も、沖縄で国策優先の辺野古新基地建設を強行している。大のために小を切り捨て、沖縄に犠牲を強いる構図は当時と変わらない。

戦前の空気が漂う中、戦争につながるあらゆるものを拒否し、今を新たな「戦前」にはさせないと改めて決意する日としたい。「軍隊は住民を守らない」という沖縄戦の教訓を胸に刻み、この地を二度と戦場にさせてはいけない。

社説「きょう慰霊の日」聴くことから始めよう|2017年6月23日沖縄タイムス

それぞれの場から「沖縄戦」を発信し続けた偉大な先輩たちが、ことし相次いで泉下の人となった。

戦争の惨禍や平和への思いをうちなーぐちによる一人芝居で表現した女優の北島角子さん。土着の視点で、戦争のおぞましさや民衆のたくましさを描いた版画家の儀間比呂志さん。沖縄戦で級友を失った体験を原点に、平和行政と基地問題解決に心血を注いだ元知事の大田昌秀さん。

戦前・戦中・戦後と激動の沖縄現代史を生き抜いた人たちが一人また一人と旅立っていく。時代の変わり目だけに喪失感は深い。

沖縄戦は記憶の継承という点から大きな曲がり角に差し掛かっている。

現実に子どもたちが戦争を学ぶ機会も減りつつある。

戦争の被害や生き残った人たちの証言などを伝える県平和祈念資料館。県内小中高校の利用は、2000年度の368校から16年度は224校に減った。

ひめゆり学徒の体験を伝えるひめゆり平和祈念資料館も県内小中高校の来館数が、16年度は72校とピーク時の半分まで落ち込んでいる。

ここ数年、学校現場では学力向上の取り組みが優先され、校外学習行事を減らす傾向にあるのだという。

この世代は、親だけでなく祖父母もほとんどが戦争を知らない。身近に体験を語る人がなく、学校も平和学習に時間が割けないとしたら、沖縄戦体験は風化し、平和への意識は希薄化する。

鉄血勤皇隊として戦場をさまよった大田さんは、「おもろさうし」研究の第一人者・故外間守善さんとともに、終戦から8年後の1953年「沖縄健児隊」を世に問うた。

外間さんは同著の序文で「彼等は永遠に黙している。しかし彼等は永遠に語っているのだ。その声を取りつぐのが私たち生かされたもののただ一つの義務」と記す。

大田さんの訃報に接してあらためて感じたのは、10代の多感な年頃に戦場に動員された「学徒隊」の人々の語り部としての存在の大きさである。

戦前、沖縄には師範学校や中等学校が21校あり、全ての学校の生徒が戦場に駆り出され、多くの命を失った。大田さんらは犠牲となった級友に代わって沖縄戦の実相を伝えてきたのだ。

しかしその語り部たちも一人、二人と鬼籍に入り、沖縄戦継承は非体験者のバトンリレーという新たな段階を迎えつつある。

アーティスト・山城知佳子さんの「あなたの声は私の喉を通った」は、戦争を体験した高齢者の語りを、自身の姿に重ね、再現した映像作品である。証言の持つ重みを引き受け、他者の感覚に近づこうとする試みだ。

ひめゆり資料館が進める戦後世代による語りも、継承の課題に真正面から取り組む。海外の平和博物館を訪ねるなど在り方の模索も続く。

きょうは「慰霊の日」。

戦争を学ぶ努力を放棄すれば風化は加速する。体験者から話を聴くことができる最後の世代として、歴史を伝達する重みを胸に刻みたい。

「沖縄慰霊の日」 残された深い傷跡|2017年6月23日NEWS SALT

沖縄には、8月15日とは別の終戦記念日がある。「沖縄慰霊の日」。

6月23日は沖縄で、第2次世界大戦の組織的戦闘が終結した日だ。沖縄戦の司令官として赴任していた牛島満(1887~1945)が参謀とともに1945年6月23日未明に自決したとされ、戦後この日が慰霊の日と定められた。沖縄県では1991年から正式な祝日となっている。

沖縄は第2次世界大戦下の日本において、国内唯一の地上戦があった場所だ。沖縄戦は1945年3月26日に始まり、6月23日に組織的戦闘が不可能になるまで約3カ月に渡って米軍との死闘が繰り広げられた。この戦闘で一般住民10万人を含む約20数万人が亡くなったとされている。1940年の国勢調査では沖縄の人口は約57万5000人だったという記録から、およそ5人に1人が亡くなっている計算になる。

沖縄戦の中でも特に悲惨なこととして語られるのは、「集団自決」だ。日本軍は「生きて捕虜の辱めを受けず」という言葉を広め、沖縄の人々に捕虜になる前に自決するよう働きかけた。住民には日本軍から手榴弾が配布され、民間人も家族や近しい人たちとともに自決を強いられるという悲劇が沖縄各地で起き、そのことが戦死者の数を押し上げている。さらに戦後、1945年から1972年までの27年間、沖縄は米軍の統治下におかれることになる。もともと旧日本軍の施設のあった土地を利用して駐屯していた米軍は、朝鮮戦争やベトナム戦争の際に沖縄を利用し、民間の土地も強制的に接収していくようになった。72年に沖縄の日本返還は実現するが、返還協定に基地撤去は盛り込まれなかった。現在も多くの米軍兵が沖縄に駐屯しており、在日米軍基地の7割以上は沖縄にある。

沖縄本島の南端にある糸満市いとまんし摩文仁まぶにに、沖縄平和祈念資料館がある。ここは日本軍が追い詰められ、沖縄戦最後の砦となった場所だ。牛島が自決した摩文仁の丘もここにある。この場所に、「平和の礎」と呼ばれる記念碑があり、国籍、そして軍人か民間人かの区別なく、沖縄戦で亡くなったすべての人の名前が刻まれている。メインの通路は慰霊の日の日の出の方位に合わせられている。平和の礎には今も、訪れる人が手向ける生花が後を絶たない。戦争の深い傷跡とその痛みとともに今も生きる沖縄。6月23日が「終戦の日」と呼ばれず「慰霊の日」であることからも分かるように、沖縄の「戦争」はまだ終わっていない。

鎮 魂



2017年6月16日金曜日

改めて悟れ、文科省の覚悟を

初代文部大臣森 有禮(もり ありのり)が職員の心構えを記した「自警」

自警

文部省ハ全国ノ教育学問ニ関スル行政ノ大権ヲ有シテ其任スル所ノ責随テ至重ナリ 然レハ省務ヲ掌ル者ハ須ラク専心鋭意各其責ヲ盡クシテ以テ学政官吏タルノ任ヲ全フセサル可カラス 而テ之ヲ為スニハ明ニ学政官吏ノ何モノタルヲ辨ヘ決シテ他職官吏ノ務方ヲ顧ミ之レニ比準ヲ取ルカ如キコト無ク一向ニ省務ノ整理上進ヲ謀リ若シ其進ミタルモ苟モ之ニ安セス愈謀リ愈進メ 終ニ以テ其職ニ死スルノ精神覚悟セルヲ要ス
明治19年(1886)1月 有禮自記

(解釈)
 
文部省は、全国の教育学問に関する行政の大権を有しているので、その責任は大変に重いものである。
したがって、文部省の職務を担当する者は、専心誠意その責任を尽くして、学問をつかさどる行政官吏の任をまっとうしなければいけない。そしてそのためには、学問をつかさどる行政官吏であることをわきまえ、決して他の官吏と比べることはせず、ひたすら文部省の職務に熟達することを計り、ある程度になったからといっても満足しないで、もっと、もっと上に進むよう努力し、最後にはその職に死んでもいいくらいの精神を自覚することが必要である。

記事紹介|国立大学の将来像

提言の趣旨

  • 本提言は、我が国及び世界の高等教育の歴史と現状、高等教育を取り巻く社会構造の変化について確認し、我が国における今後の高等教育の一層の重要性を強く再認識した上で、将来の我が国の高等教育全体の在り方を考察し、その中で国立大学に求められる使命を確認して、自らの将来像を提言し、その実現に向けた方策を示すものである。
  • 特に重要と考えるポイントは、将来の国立大学の方向性について、①全国的な高等教育機会の提供及び今後の地域・地方活性化の中核として期待される役割を踏まえること、②高い水準の研究を推進し、大学院の充実を基盤とした高度の教育研究を国際的競争力を持って展開すること、③産業界及び自治体との連携を強化し、地域との教育研究両面における本格的な協働による社会のイノベーションを先導すること、④優れた日本型教育システムの輸出を含む国際貢献を強化すること、を示した上で、⑤これらを支える大学運営・経営の効率化と基盤強化を図るために、「全国各都道府県に国立大学を置く」との原則を維持しつつ、各種大学間等の多様な経営的な連携・融合の在り方について、今後検討すべきモデルを提示したことである。


国立大学の今後の使命とその実現のステップ

  • 国立大学は、今後、少なくとも10数年後以降の将来(2030年頃)の我が国と世界が直面する状況を把握した上で、それまでに、①現在の国立大学が持つ機能を最大限に発揮できる環境を整備しつつ(国立大学の機能の最大化)、②将来の状況に対応できる準備を確実に進める必要がある(将来に向けての準備)。
  • 「国立大学の機能の最大化」とは、新たな価値創造の基盤となる先進的な研究の高度化と地域や産業界の変革や成長分野を切り拓きイノベーション創出を牽引できる人材を育む教育の充実である。
  • 「将来に向けての準備」とは、留学生や社会人を含む多様な入学者の受入れ拡大と教育の充実のための国立大学総体としての連携・協働、経営力の強化と国・地域・産業界等からの戦略的な投資の呼び込みなどである。


国立大学の将来像

教育

  • 学部・大学院教育においては、学士・修士・博士などの学位に着目したプログラムの体系的整備と学生の大学間の流動性の向上、大学間や地域・産業界とも連携した教養教育や学生の主体的学習を含む実践活動・課外活動の充実を推進する。
  • 特に大学院については、各大学の状況に応じ規模の拡充を図り、産業界と一体になった人材育成、社会革新をリードする自然科学系大学院はもとより人文・社会科学系大学院の強化、公私立大学を含む大学教員の養成、社会人を含む入学者の多様性拡大と流動性向上を推進する。
  • 初等中等教育の教員養成の高度化に対応するため教員養成課程の再編も含めた機能の強化・充実、教職大学院の拠点としての役割・機能の明確化を図る。
  • 入学者選抜については、高大接続システム改革を着実に実現するとともに、国立大学全体としての統一的な入学者受入れシステムを構築することを目指した抜本的な改革の在り方を検討する。


研究

  • 各専門分野の深く先鋭的な基礎研究に加えて、学部・研究科等の枠を越えた柔軟な組織を整備し、学際・融合分野の研究を推進する。また、各大学が強みを持つ分野を核とした他大学・研究機関とのネットワークを形成して、幅広い優れた研究者が交流・結集できる拠点を形成する。
  • 若手研究者を積極的に採用し、スタートアップ支援やテニュアトラック制の導入により、明確なキャリアパスの見通しを持って、研究に専念できる環境を整備する。また、大学・研究機関のネットワークを通じて、研究者の流動性を向上させる。
  • 女性研究者について、ライフイベントに応じた支援体制や環境整備を行いつつ、積極的な採用・登用を推進する。
  • 民間企業の研究者や海外の優れた研究者を、年俸制やクロスアポイントメント制を活用して積極的に招聘・採用する。


産学連携・地域連携

  • 教育面においては、インターンシップなどにより学生に幅広い学びの場を提供し、キャリア意識とアントレプレナーシップ(起業家精神)の形成を図るとともに、産業界や地域との共同による教育プログラムを開発する。
  • 教職員の産業界との人事交流を推進し、産学連携共同教育・研究への意識を高めるとともに、新たな視野と刺激をもたらし、更に大学マネジメントに関する能力開発を進める。
  • 研究面においては、特に産学連携共同研究について組織ベースを基本とし、大学としての戦略に基づいた大規模で長期間にわたる継続的な共同研究を推進する。また、企業・産業横断的な課題について、大学・研究機関のネットワークと企業群が共同して、文理融合によりオープン・イノベーションにつながる研究を推進する体制を構築し、その支援のための基金を創設することも検討する。
  • 地域との関係においては、各地方自治体における地域創生プラン等の立案に積極的に参画し、その核となる地域の特色を生かしたイノベーションの創出に向けて、地方自治体や地域の産業界と連携した人材育成と共同研究を推進する。また、地方自治体との連携の下に、地域の国公私立大学の連携協働の取組を推進する。


国際展開

  • 学生交流については、海外からの学部留学生受入れのための国立大学総体としての統一的なシステムの導入の検討、英語による学位取得プログラムの拡充と日本語・日本文化教育やインターンシップの提供による日本企業への就職支援、大学院を中心としたダブル・ディグリーやジョイント・ディグリーのプログラムの拡充を進める。
  • 研究交流については、若手研究者や大学院生に対する海外における長期間の研究機会の確保、大学としての戦略に基づく組織的な国際共同研究を推進する。
  • 海外との交流拠点・ネットワークについては、複数大学による交流拠点の共同利用を推進し、国立大学全体としての活用を進めるとともに、複数大学のコンソーシアムによる海外の大学との交流協定締結と交流活動の実施を推進する。
  • 海外からの国際協力の要請に対して、国立大学が連携・協働して対応する体制を構築し、案件ごとに関係大学がコンソーシアムを形成して、役割分担等を調整して協力できるようにするとともに、特に我が国の外交政策上の課題でもある日本型教育システムの輸出については、国立大学全体として積極的に役割を分担して対応し、教員養成系大学が連携して留学生が過半数を占めるような教員養成プログラムを展開することも検討する。


規模及び経営形態

  • 国立大学全体の規模は、留学生、社会人、女子学生などを含め優れた資質・能力を有する多様な入学者の確保に努めつつ、少なくとも現状程度を維持し、特に大学院の規模は各大学の特性に応じて拡充を図るとともに、学部の規模についても、進学率が低く国立大学の占める割合が高い地域にあっては、更に進学率が低下することのないように配慮する。
  • 全都道府県に少なくとも1つの国立大学を設置するという戦後の国立大学発足時の基本原則は、教育の機会均等や我が国全体の均衡ある発展に大きく貢献してきたものであり、この原則は堅持する。
  • 国立大学の1大学当たりの規模については、スケールメリットを生かした資源の有効活用や教育研究の高度化・シナジー効果を生み出すために、規模を拡大して経営基盤を強化することを検討する。このため、アメリカのカリフォルニア大学システムやフランスの複数大学による連合体の成果や課題を参考にしながら、全都道府県に独立性・自律性を持った国立大学(キャンパス)を維持しつつも、複数の地域にまたがって、より広域的な視野から戦略的に国立大学(キャンパス)間の資源配分、役割分担等を調整・決定する経営体を導入することを検討する。
  • また、附属病院及び附置研究所について、大学との緊密な連携を確保しつつも、その経営の独立性・自律性を高める観点から、国立大学法人の独立した事業部門としての位置付けをより明確にするなどの方策についても検討する。
  • 附属学校については、少子化や多様な教育課程への対応を踏まえ、地域の状況や各学校の機能にも留意しつつ、教員養成大学・学部の機能強化につながるように、その組織・運営形態を含めた適切な制度設計を検討する。


マネジメント

  • 国立大学の学長は、経営と教学のすべてを統括するものであるが、資源の有効活用や新たな資源の獲得などの困難な経営上の課題に対応するため、経営に関する高度な専門的知識・経験を有する人材の経営担当理事・副学長としての活用などを進める。
  • 学長をはじめとする国立大学の将来の経営層を育成するシステムや研修プログラムを、国立大学の共同により構築する。
  • 変化する社会のニーズや学術の進展に対応して、教育プログラムや研究プロジェクトを柔軟に編成するとともに、学際・融合分野にも機動的に対応できるようにするため、教育組織と教員組織の分離などの望ましい組織の在り方を検討する。
  • 教育研究の活性化を図り、教員のモチベーションを高めるため、各教員のエフォート管理、業績評価、処遇への反映等の適切な制度の在り方を検討する。また、民間企業や海外の大学等を含めて人事交流が実効的に促進されるようにするため、年俸制やクロスアポイントメントを含む制度設計についても、国立大学全体で連携・協働して検討・普及を進める。
  • 事務職員等の職員の企画力や専門性の向上を図るとともに、URA等の専門職の位置付けを明確化するため、国立大学が連携・協働して人材の育成・活用方策や望ましい制度の在り方を検討する。
  • 経営の効率化とIR機能の強化による教育研究の向上や経営戦略の立案を進めるため、各種の基盤システムを統一化し、クラウドサービスを利用して国立大学全体で連携・協働して維持・運用することを検討する。
  • 財源の確保と多様化のため、産業界との組織的で大規模な共同研究の拡充と間接経費の確保に努めるとともに、複数大学のネットワークによる共同研究やキャンパス内への企業の研究拠点の誘致を進める。また、寄附金については、税額控除制度を活用して修学支援基金の拡大に努めるとともに、税額控除の対象範囲拡大などを求めていく。


今後の検討の進め方

  • 我が国の高等教育全体の将来像の検討に当たっては、国公私立大学のそれぞれが描く独自の将来像を尊重しながら、国公私立の間での率直かつ緊密な討議を行うとともに、広く社会の各方面との意見交換を進めていかなければならない。
  • 今回の提言は、それらの真摯な議論の端緒となることを期待して示したものであり、各方面の忌憚のないご意見を期待するとともに、提言の深化・発展を図るべく検討を継続していきたい。

高等教育における国立大学の将来像(中間まとめ)(概要)|国立大学協会

2017年6月15日木曜日

記事紹介|沖縄が戦後70年間ため込んだ思いの重み

沖縄に国吉勇氏という方がいらっしゃる。60年以上にわたってガマと呼ばれる洞窟(沖縄戦中に防空壕や病院壕などとして沖縄県民・日本軍などに使用されていた)に潜り、たった一人で遺骨・遺品を収容してこられた方である。戦後70年以上が経過した今、私たちは国吉氏の活動を未来に継承できるかどうかの岐路に立たされている。若者として自分は何が出来るか、私見を述べさせて欲しい。

"Most ignorance is vincible ignorance. We don't know because we don't want to know."(拙訳:大半の無知は克服可能だ。我々が知らないのは、知りたくないからである。)

引用したのはイギリス出身の作家オルダス・ハクスリーの金言である。私たちは知らぬ間に不都合な事実を看過し、独善的な無知へと堕落していく。そのような無知は他者にとって極めて暴力的なものになり得る-1年半前に沖縄を訪れたとき、私はそう痛感した。

2015年冬、私は国吉勇氏の戦争資料室を訪れた。そこには十数万点にも上る遺品が保管されている。陶器製地雷・炭化米・曲がった注射器・杯... 異様で不気味な遺品の数々を鷹揚に手に取りながら、国吉氏は私に各々の遺品の説明をして下さった。

「地雷が陶器で出来ているのは鉄が足りなくなったから。日本軍は兵站を軽く見ていたんよ。」

「米が焦げてるのは火炎放射器のせい。アメリカが壕の中に火炎を放ったでしょ? そのせいで食べ物は炭になるし、ガラスは融けて曲がる」

「日本軍の陣地にいた兵士が切り込みを命じられたとき、死を覚悟して酒を呷った時の杯だと思う。天皇陛下万歳って叫びながらね...」

一言一言をかみしめつつ、虚空を向いて物語る国吉氏をじっと見ていると、まるで彼の境界線が融け遺品と混じり合うかのような印象に取り憑かれる。遺品から読み取られる事実を淡々と語る彼の言葉からは、沖縄戦の苦しみの中で尊い命を失うことになった多くの魂が遺品に託した怨言と内省がにじみ出ているのだ。全体主義に狂乱し、浅薄な作戦に組み込まれ、最後は国体護持のための捨石として総勢20万人が命を落とす苛烈な地上戦の舞台となった沖縄が戦後70年間ため込んだ思いの重みに、私はただ絶句するばかりだった。

国吉氏のお話を伺うまで、私は沖縄戦の被害の甚大さをほとんど知らなかった。沖縄の方々がどのように戦争に巻き込まれ、どのような苦難を味わったのかについて、思いを致したこともなかった。「毎日どこかの壕で遺品は出るから」と語る国吉氏のお言葉を聞いて、私は初めて、沖縄戦は本当に終焉した訳ではないのだと気づかされた。

無知とは暴力的なものだ。私のように沖縄県外に住む者が概して持つ沖縄に対する無知は、深刻な無意識的差別を生み出している。沖縄戦の歴史を知らぬまま(結果、沖縄の怒りの原因を理解せぬまま)、当事者の沖縄を差し置いて基地問題を軽々に議論する我々の姿勢がその顕著な例である。冒頭のハクスリーの言葉を思い出して欲しい。

私たちは沖縄のことを知れないのではない。学ぶのを避けているだけだ。「本土」が沖縄に強いた惨烈な仕打ちに目を向けたくない、という防衛機制である。国吉氏の遺品を見、彼の話を聞いた私は、自分のこれまでの態度を反省するほかなかった。

国吉氏に今、時間の経過という悪魔が襲っている。昨年3月31日には遺骨/遺品収容から引退され、その後急速に物忘れが進行している。「国吉氏が遺品の話が出来るのも、あと1~2年だろう」と彼の周囲の人々は漏らす。

これまで国吉氏が収容された遺品に関する調査はほとんど行われなかったため、各々の遺品がどこで、どのように見つかり、そこから何を読み取るべきか、知っているのは国吉氏しかいない。国吉氏が話せなくなると共に、遺品の声なき声を聞き取り語ることの出来る人はいなくなる。

遺品は、沖縄戦の状況、特にその持ち主の視点から見た沖縄戦中の生活史を研究する上で貴重な材料となる。さらに、適切な解釈と共に見せられれば、戦争体験者本人の肉声として見る者に迫り、地上戦の醜悪さをまざまざと見せつける。戦争経験者が年々減少し、戦時中の事情をリアリティをもって検証・継承することが難しくなる中、遺品が人々に沖縄戦の実相を伝え沖縄への無知・無思考から脱却させるのに果たしうる潜在的可能性は大きい。時間が遺品の声を聞き取れなくするのを、拱手傍観する訳にはいかない。

そこで、私は国吉氏への集中的なヒアリングを行い、彼が話せるうちに遺品に関する様々な情報を聞き取り、保存する活動を行うことに決めた。その情報は誰でも閲覧できる形で保存すると共に、定期的に遺品の展示会を通して人々に発信していくつもりだ。既に来る6月23日(金)~6月25日(日)には福島県いわき市の菩提院袋中寺で展示会を行うことが決定している。

最初に引用した警句は、私たちの採るべき道を示しているかのように思われる。知る機会と勇気さえあれば、無知は超克できる。そのための土台を築くべく、私は国吉氏から引き出せる全てを書きとめ、社会に共有したい。一刻も早く沖縄に赴き、彼の話に耳を傾けようと思う。

=写真= 菩提院袋中寺での展示会のビラ。

2017年6月14日水曜日

記事紹介|研究界への社会教育が不十分

わが国の科学研究は高価格体質をもつ。様々な非合理的要素の累積によるが、一つの大きな理由は、機器や消耗品費などの直接研究費の過大さにあり、主として外国製品の席巻の結果である。大学においてこの非効率性を相殺するのが労務費の低さ、つまり前述(コラム4)の大学院学生の無償ないし超低賃金による知的労働奉仕である。しかし、これでは不都合の重複と言わざるをえない。

このいびつな状況で、例えば100億円の経費をかけての論文生産力など、研究成果の国際比較を問うことは、まったく意味をなさない。また文科省の予算獲得努力も水泡に帰し、状況の抜本的改善なくして、研究振興政策も持続性を失うことは明らかである。日本学術振興会などの研究資金配分機関、諸分野の学協会はこの状況をいかに把握しているであろうか。

研究の海外製品依存

例えば、有機合成化学で用いる3万種以上にのぼる化学薬品、多様な触媒や酵素類は特定の外国企業の寡占状態にあり、商品カタログを比較すると数十%から2倍の価格の違いがある。ビーカーさえ2倍の値段である。この状況は少なくとも20数年来変わっていない。

より深刻なのは、世界全体で年間5兆円、国内で5,000億円規模とされる実験用分析機器の市場である。電子顕微鏡、核磁気共鳴装置、表面分析装置などの汎用分析機器の開発力については、欧米勢が優位にたつものの、わが国企業も健闘し、現在でも9%程度の世界シェアを保つ。一方、生命科学関係の新鋭機器開発については、1990年代から分野の急速な勃興、潮流をいち早く読んだ海外、とくに米国ベンチャー企業が覇権を握る。わが国の存在感は極めて乏しく、世界シェアは1%以下に過ぎない。全科学分野では日本製と外国製が拮抗するが、生命科学分野では外国製が大勢を占める。

分析機器市場は、機器販売(50%)、消耗品販売などのアフターマーケット(37%)、保守サービス(13%)の3事業からなる。購入価格はほぼ輸入代理企業の言いなりであり、たとえばDNA解析装置では、付随して必要な高額の試薬の購入も同時に強いられる。さらに、パッケージ化された機器は、購入後も自ら保守、内部検査、故障修繕することも許されない。技術の高度化とともに研究費の高騰が続く中、彼我の差は開く一方である。

海外製品依存のわが国の生命科学研究は、個人的に聞いた話では、米国に比べて3倍程度は費用がかかるという。さらに研究の競争激化と商業化の流れが、研究費格差拡大の連鎖を招く結果となり、今や少し大掛かりな生物医学系の研究は、もはや特定の重装備研究室でなければできないとも聞く。

かつて、ドイツや英国でも米国製品の輸入価格が問題になっていたが、わが国も根本的な工夫なくしては、まったく戦えない。代理店経由の外国製物品購入、保守管理の仕組みなどに関わる不具合は、産業界の奮起とともに政治行政の積極関与なくして、もはや解決はありえない。実態を精査の上、徹底した方策を立ててほしい。

この風潮は医療経済についても言える。国内市場9.5兆円の医薬品が1.4兆円以上の輸入超過、さらに国内市場2.8兆円の医療機器も8千億円の輸入超過である。現在、高齢化著しいわが国は世界に冠たるMRI、CT大国でもある。しかし、現在41.5兆円の国民医療費を必要とし、今後も毎年1兆円ずつ増大する。財政破綻を阻止する科学技術を含む手立てが必要である。

研究社会の認識の欠如

沖縄科学技術大学院大学(OIST)などの海外経験のあるPIたちは、価格の内外格差の理不尽を着任後に直ちに認識するものの、外国情勢に疎い一般の大学人には、危機意識がほとんどない。そして最高性能の機器を購入し続ける結果、多大の科研費が海外垂れ流し状態になっている。ときには国内経済活性化に充てられるべき政府補正予算さえ、外国製品購入に使われるという。

研究界への社会教育が不十分である。この無邪気さ加減は、ひとえに豊かになった日本の大学研究者の「売っているものはすべて買うのが当然」とする価値観にある。加えて、短期的成果を求めての競争偏重傾向、これを是として全面的に公的負担してきた政策にも起因する。

もとより科学研究には独自性が求められる。しかし、国際的に論文誌審査員が機器、材料、消耗品を問わず、もはや泥臭い手作りは認めず、特定の規格市販品の使用を求めるという。しかし、データ信頼性のためとするこのような動きは、画一化した後追い研究を促す結果になりはしないか。

昨今、国内の研究環境が著しく疲弊する中で、大型研究費を得た一部の大学研究室の贅は、いささか行き過ぎと感じる。額に汗をして自らが市場から得た資金で働く企業研究者たちは、はるかに謙虚で経済感覚も厳しい。高価な機器購入は社内で容易には許可されない。アカデミアにおける資金は、しょせんは配分機関の書類、面接審査を経て他から得たものに過ぎない。自己本位、傲慢なwinner-takes-allの風潮のまん延は許し難い。研究者に保証されるのは、あくまで「研究の自由」であって、公的研究資金の恣意的な乱費であるわけがない。

企業研究所におけるように、大学でも個々の研究者ではなく、一定規模の専門家組織による合理的な機種選択、経理、管理運営への移行が、国民の期待への責任を果たす道ではないか。これで研究費不正の温床も無くなるはずである。

先端機器の独自開発力の強化

独創にかける美術、工芸、音楽家たち、また料理の達人も既成の装置や道具に満足せず、自ら細部まで工夫する。科学では計測が「発見の母」であるが、なぜに「匠の技」を誇るわが国の科学者たちは独自技術を追求しないのか。基礎科学者と技術者共同による試行錯誤が新たな領域を開拓し、同時に先端機器開発を実現する。既製の市販品への全面依存体質が、創造性の低下を招くことは明白である。

現状の外国製品依存は科学技術立国日本としては、甚だ不面目である。もとより、最高の機器を輸入し、効果的に活用することは至極当然である。決して国産機器にこだわることはない。しかし、それに見合う世界に誇る最高度の製品を自ら創り出し、輸出して均衡を保つことが絶対的な前提である。真に先導的な計測機器の発明は、様々な研究分野、さらに社会に大きく貢献する。成長率の高い産業ゆえ、敗北主義は無用である。

基礎科学のみならず、諸技術の高度化、連携、総合化を通して、独自性ある機器開発力の抜本的強化を図らねばならない。行政やJSTの先端計測分析技術・機器開発プログラムも後押ししてきたが、とくに産業界には先見性ある技術開発のみならず、ビジネスモデルの構築に格段の奮起を促したい。技術開発ではデファクト・スタンダードの獲得が必要である。

近年、タンパク質構造解析で脚光を浴びるクライオ透過型電子顕微鏡も、わが国に先端的基礎研究成果がありながら、欧米に開発の流れの先行を許したことは、残念である。一方で、物理学分野では、理化学研究所の113番元素ニホニウムの合成に代表されるように、自らの機器開発による独自の成果創出の風土が残っている。あらゆる科学技術を戦略的に結集して、失地回復しなければ明日はない。

2017年6月13日火曜日

記事紹介|学位の価値

文部科学省元職員らによる大学への天下り問題には、これまでに報じられた違法性の問題以外にも、教育行政上の重要な論点がある。学位の価値という問題はその一つ。それに気づかせてくれたのは、3月の参議院予算委員会のやりとりだった。

質問した野党議員が、大学の教授職に就いた文科省の元職員は最近3年半で15人おり、全員が博士号を持っていないという事実を指摘した。続いて国土交通省の事例も明らかになったが、大学教授になった26人のうち少なくとも23人が博士号保持者で、この点で我が国の高等教育行政をつかさどる文科省との差が際立った。この問題はマスコミにほとんど顧みられなかったが、問題を三つに分けて整理してみたい。

第一に、平成に入って以降文科省が推進してきた大学院重点化政策を文科省自らが否定している。この政策は、大学教員全体の博士号保有率を引き上げる意図が含まれていたはずだ。博士号を持たない文科省の元職員15人が大学教授となったのはそれと相反する行為ではないのか。

第二に、大人が抜け駆けしたという情けない事実である。大学院重点化政策は一面で成功を収め、大量の若い博士を誕生させた。けれども、若い博士の雇用創出に政府は無頓着だったため、結果として博士号を持っていても働き口がない、やっと見つけた就職先は期限付きばかりという、いわゆる高学歴ワーキングプアという負の側面を生じさせている。

最後の問題は、大学教授の資格を規定した大学設置基準第14条が、大学や文科省によって恣意(しい)的に運用されている疑いがあることである。

条文には大学教授の資格として、博士号及び研究業績を有することという原則に続き、いわば補助的・例外的な「準ずる」規定がある。博士号がなくても、何か特別な能力を持っていたり、博士号取得者に準ずるような専門知識や研究業績があったりする場合には、それらを同等に扱おうという規定である。

かつて我が国の大学には、文系を中心として極端なまでに博士号授与を制限するという慣習や文化があったため、「準ずる」規定には歴史的な役割があった。けれども、大学院重点化が進み、多くの博士号取得者が生まれた今、この規定の持つ肯定的な意義は薄れている。逆に縁故などで規定が恣意的に運用され、本来は教授としてふさわしくない人物を採用してしまうリスクが高まっているのではないか。

国交省の場合、技術系の博士号取得者が多いという事情があるにせよ、文科省の博士号ゼロという実態は明らかに異常であり、今こそ冷静な議論が必要である。

文科省天下り 教授職、博士号ゼロは異常 大西好宣|2017年6月8日朝日新聞 から

2017年6月12日月曜日

記事紹介|世界に開かれた強い大学システムを作る

先日、競合する複数の会社が運搬コストを節減するため貨物列車を共同使用する、というニュースを見た。

限られた資源を共同利用して、効率的に新しい価値を生み出す経済活動(広い意味でのシェアリング・エコノミー)が盛んになっている。カーシェアリングやシェアハウス的な試みが様々な分野に拡がる。例えば、岡山県真庭市では、芸術家が長期滞在し創作活動を行う「アーティストインレジデンス」に加えて、芸術家だけでなく異業種の外国人が同居するインターナショナル・シェア・ハウス方式を導入した。

大学の世界でも、効率的運営と成果最大化を狙って、複数大学参加によるベンチャーファンド、留学生支援などこれまでも様々な連携が進んできた。また、「大学が多すぎる」との指摘は周期的に強くなり、それに伴って大学統合も行われた。昨今、「国公私立の枠を超えた大学再編」が、政府の骨太方針や成長戦略に盛り込まれそうな勢いで、地方大学振興等有識者会議、中教審などで議論が行われている。

大学再編を想定する場合、その背景・目的によって、(1)地方の経営困難な私学救済策や人材確保策としての公的組織化、(2)県内の高等教育基盤強化のための連携、(3)県域を越えた経済圏などを想定した大学システム構築、の3つのパターンに分類できるのではないか。

(1)と(2)は、地方創生にとって重要な論点で、三重県・三重大学などから積極的な提案がされている。しかし、下手すると一県単位のビジョンしか描けず、各県が資源を取り合うこととなり、縮小均衡へと陥る危険性がある。世界との繋がりも視野に入れた発展モデルとなるかどうかが鍵だ。

(3)のパターンは、産学官の力を結集して、首都圏以外の地域での世界に開かれた強い大学システムを作ることができれば、大きなインパクトを持つ。(1)と(2)に留まるのでは無く、(3)も含めて現場からの前向きな提案が欲しい。

折しも、加計学園獣医学部新設を巡って官邸・内閣府VS文科省前事務次官の構図が注目を浴び、未曽有の政治問題となっている。高等教育局を始め文部科学省は、本来行うべき業務に全力を尽くせないかもしれない。こんな時こそ、従来に増して大学人が日本の大学全体の発展のために奮起するべき時ではないか。

大学間の連携から世界と戦う大学再編へ|平成29年6月5日文教ニュース から

2017年6月10日土曜日

記事紹介|「総理のご意向」文書問題

遅きに失したとは、まさにこのことだ。加計(かけ)学園の獣医学部新設をめぐる「総理のご意向」文書などについて、松野文部科学相が再調査を表明した。

朝日新聞がその存在を報じてから3週間余。この間、政権の対応は、国民を愚弄(ぐろう)するもの以外の何物でもなかった。

菅官房長官は「怪文書」と切り捨て、文科省は短期間の調査で「存在を確認できなかった」と幕引きを図った。前川喜平前次官らが文書は省内で共有されていたなどと証言し、それを裏づけるメールのコピーを国会で突きつけられても「出所不明」と逃げの姿勢に終始した。

突然対応を変えたのは、強まる世の中の批判に、さすがに耐えきれないと判断したのか。

あきれるのは、文科相が「安倍首相から『徹底した調査を速やかに実施するよう』指示があった」と説明したことだ。

怪文書呼ばわりしたうえ、前川氏に対する人格攻撃を執拗(しつよう)に続け、官僚がものを言えない空気をつくってきたのは首相官邸ではないか。反発が収まらないとみるや、官房長官は「再調査しないのは文科省の判断」と責任転嫁も図った。

こんなありさまだから、再調査に対しても「情報を漏らした職員を特定する意図があるのでは」と疑う声が出ている。

また「徹底した調査」と言いながら、文科省に「ご意向」を伝えたとされる、国家戦略特区担当の内閣府の調査は不要だというのは納得できない。

特区は首相肝いりの政策であり、国民が知りたいのは、そこに首相の個人的な思いや人間関係が入り込んだか否かにある。行政が公正・公平に行われたことを説明する責任は政権全体にあり、内閣府についても調査を尽くすのは当然である。

再調査では、前川氏をふくむ関係者に協力を依頼するのはもちろん、以下のような取り組みが求められる。

まず、信頼性を担保するために外部識者を調査に加えることだ。このような場合、第三者にすべて委ねるのが筋だ。それが難しいとしても「外の目」の存在は必須だ。文科相は消極的だが、世間では常識である。

次に、調査を最大限急ぐことだ。拙速はよくない。しかし、国会は会期末が迫る。再調査を口実に、ずるずる日を過ごすようなまねは許されない。

そして調査結果がまとまったら、首相らも出席して報告と検証の国会審議を行うことが不可欠だ。そのための会期延長も検討されてしかるべきだ。

政権の姿勢が問われている。

(社説)「加計」再調査 今度こそ疑念に答えよ|2017年6月10日朝日新聞 から


獣医学部新設をめぐり、文部科学省が省内で作成したとされる文書の再調査をする。国民の声が後押ししたというなら、安倍晋三首相の意向が働いていたのか否かを含め、徹底的に究明すべきだ。

公平、公正を期すべき行政判断が「首相の意向」を盾に歪(ゆが)められたのではないか。国民として当然の疑問に答えざるを得ない状況に政権は追い込まれたのだろう。

首相の「腹心の友」が理事長を務める学校法人「加計学園」(岡山市)の獣医学部を愛媛県今治市に新設する計画である。

内閣府から文科省に「官邸の最高レベルが言っていること」「総理の意向だと聞いている」と働き掛けたとする文書が明らかになってからも、安倍政権は出所や入手経路が明らかにされていないとして、詳しい調査を拒んできた。

松野博一文科相は再調査の理由を「国民から文科省に追加的調査が必要だろうとの声が寄せられ総合的に判断した」と説明した。

国民の声に応えるのは当然としても、本来なら自ら進んで究明すべきではなかったか。

前川喜平前事務次官や複数の現役職員らが文書を省内で共有していたと証言してもなお、再調査を拒んでいた自浄能力の欠如を、まずは反省すべきである。

究明すべきは文書の真偽にとどまらず、学園理事長と首相との関係が、学部新設をめぐる行政判断に影響を及ぼしたか否かである。

真相の究明には、文科省に「首相の意向」を伝えたとされる内閣府側の調査も欠かせないが、山本幸三地方創生担当相は、内閣府は追加調査しない意向を表明した。

多くの国民が疑問を持つに至っているにもかかわらず、調査を拒むとは信じ難い対応だ。内閣府も直ちに調査を始め、国会による調査にも真摯(しんし)に対応すべきである。

政府の国家戦略特区諮問会議が昨年「獣医学部設置の制度改正」を決めた際、「広域的に獣医師系養成大学等の存在しない地域に限り」学部新設を認めると、文言が修正されたことも分かっている。

なぜ、獣医学部がない四国に計画する加計学園以外の大学を排除するような修正が行われたのか。学園理事長と首相との親密さは本当に無関係だったのか。

この問題は安倍政権の強権ぶりのみならず、日本政治の在り方をも問うている。通りいっぺんの調査でなく、徹底究明が必要だ。国会は関係者の証人喚問も含めて、国政調査権を存分に行使すべきときである。それが国民の期待だ。

【社説】「加計」再調査 「首相の意向」の究明を|2017年6月10日東京新聞 から

2017年6月9日金曜日

記事紹介|人文・社会科学に求められる役割

平成29年(2017年)6月1日
日 本 学 術 会 議
第一部
人文・社会科学の役割とその振興に関する分科会 

要 旨

1 本提言の背景-人文・社会科学から見える学術の危機

国立大学法人に対する平成27年(2015年)6月8日の文部科学大臣通知(以下、「6.8通知」)を受け、日本学術会議は二度にわたって幹事会声明を公表した。これらの二つの幹事会声明を継承し、かつ日本学術会議がこれまでに発出した原則や指針とも関連させながら、本提言では、日本の学術が直面する諸状況、解決すべき喫緊の課題を整理し、学術振興のために人文・社会科学が果たすべき役割と課題を検討した。

人文・社会科学には、時間と空間の視座を組み合わせ、多様なアプローチを駆使して諸価値を批判的に検証するという特質がある。学術の発展のためには、取り分け中長期的な社会的要請に応えるためには、人文・社会科学のこの特質を活かすことが欠かせない。人文・社会科学と自然科学の双方が協働して学術の危機を克服し、人類が直面する諸問題の解決に当たらなければならない。

2 本提言の位置づけ-2001年声明と2010年提言の継承と発展

平成23年(2011年)の東日本大震災と福島第-原発事故は、科学・技術のコントロールには学術の総合的考察が不可欠であることを再認識させた。この年に始まった日本学術会議第22期(平成23年10月~平成26年9月)は、福島第一原発事故がもたらした深刻な諸問題の解決と復興課題に組織をあげて取り組んだ。この経験を踏まえ、本提言は、21世紀に入って日本学術会議が発出した二つの意思(声明および提言)「21 世紀における人文・社会科学の役割とその重要性」[2001 年声明]及び「日本の展望-人文・社会科学からの提言」[2010 年提言]を継承・発展させつつ、改めて人文・社会科学が果たすべき役割と課題を論じ、その実現のための要点を五つにまとめた。

3 学術の総合的発展のために-人文・社会科学からの提言

人文・社会科学は教育・研究における自己改革をいっそう進めるとともに、学術の総合的発展を目指して、人文・社会科学の立場から以下の5点を提言する。

(1)教育の質向上と若者の未来を見据えて高等教育政策の改善を進める

人文・社会科学系のこれまでの教育改革は教養教育改革とセットになって進められることが多く、その成果は、学生主導型授業の導入や留学を基軸にした総合的英語教育の実施など、教育GPでの人文・社会科学系プログラムにも反映されている。こうした実績を踏まえた教育改革には、以下の課題解決が必須である。グローバル化に対応するために英語による授業を増やすとともに多言語教育や多文化教育を充実させること、各分野の「参照基準」を具体的に実践し、論理的・批判的思考力・表現力などの「市民」として求められる基礎的能力を理系教育にも高校教育にも取り込むことができるよう協力すること、国際的水準にあわせて教員の再教育を進めること、私立大学人文・社会系学生への奨学金制度を充実させること、である。

(2)研究の質向上の視点から評価指標を再構築する

人文・社会科学領域での研究の質向上を図るには、研究の多様性、文献への依存度の高さ、成果の公表方法、「スロー・サイエンス性」といった人文・社会科学の特性を考慮した評価方法や資金配分が策定されるべきである。そのためには、人文・社会科学の側でも、研究成果の公開・共有・可視性の向上を図り、分野の特性に応じた評価指標を確立させるべく努力しなければならない。

(3)大学予算と研究資金のあり方を見直す

1990 年代半ば以降、日本の高等教育政策は、基盤的経費から競争的資金へと研究資金の比重を移してきた。「期間限定の研究プロジェクトへの支援」という性格が強い競争的資金では、中長期にわたる教育・研究基盤の脆弱化を防ぐことはできない。中長期的なスパンで研究成果を捉えることが多い人文・社会科学を発展させ、その特質を活かすためには、安定的経費が不可欠である。また、変化の激しい現代世界に対応するには、人文・社会科学においても、たとえば、データベースの構築、資料電子化の基盤整備、共同利用体制の計画的推進など、中長期的な視野に立つ「大型」経費が必要である。一方、安定的経費の削減は、とりわけ地方国立大学に深刻な打撃を与えている。地方における文化継承・社会問題分析の専門家集団として、地方国立大学の人文・社会科学系学部・学科が果たしてきた役割や将来の可能性に十分配慮した人員配置と予算措置を国が講じることが望まれる。

(4)若手研究者と女性研究者の支援を本格化させる

常勤ポストの任期付ポストへの転換、及び非常勤ポストの削減は、若手研究者を脅かす深刻な問題となっている。低賃金の非常勤講師に依存する大学経営のあり方を自明視せず、克服すべき構造的問題ととらえて、常勤ポストの確保や非常勤講師の待遇改善に努める必要がある。人文・社会科学系における女性研究者比率は、自然科学系に比べると高い。その結果として、女性研究者に対する支援は自然科学系に偏りがちであり、人文・社会科学系の女性研究者が直面している問題が見えづらくなっている。今後は、全体的・包括的な女性研究者支援策を一層強化するべきであり、とりわけ、職階格差の解消と学協会役員の女性比率の上昇を図らねばならない。

(5)総合的学術政策の構築をはかる

日本では、人文・社会科学を含む学術全体を視野に入れた国の総合的政策は存在しない。しかし、21世紀社会では「科学技術基本法に基づく科学技術の推進」ではおさまりきらない多くの問題が発生し、それらを議論する必要があることは明らかである。人文・社会科学の振興は、学術全体の総合的かつ調和的な発展を展望して政策化されるべきである。今後、日本における学術の現状と課題を事実に基づいて解明し、広く国民と共有するために、人文・社会科学と自然科学を含め、学術の全領域に渡る「学術白書(仮称)」の作成が必要である。それとともに、日本学術会議を中心として「学術基本法(仮称)」の制定などに向けた検討を進めることが望ましいと考える。

2017年6月3日土曜日

記事紹介|アジアの関心は日本にあらず

大学ランキングをはじめとした日本の大学の評価あるいは評判について、日本の大学のことが世界に知られていず、十分な評価が得られていないと嘆く人が多い。だが、私は最近のいくつかの経験で、日本の大学が自分たちのことを知ってもらうための努力を十分しているのだろうかと疑問を持った。

先日ベトナムの大学に行ったとき、日本の大学の財政状況について講演してほしいとの依頼があった。そこで、英文の講演資料を作ろうと思い文科省や各大学の英文HPをいろいろ見たのだが、学生向けの学部案内などはあるものの、大学の経営や財政に関する英文資料は大変不十分だと感じた。財政状況の記述は多少あるものの、難しい行政用語を直訳したような記述ばかりで、何が課題でどうしようとしているか分からない。

これは考えてみると、日本語のHPにも同じ問題があり、財務諸表などの資料は公開しているものの、それがどのような状態であり、これからどうなるかは一般の人にはまるで分らない。素人にはわからないのは当然だと言わんばかりの対応だが、予算の獲得にせよ寄付金の獲得にせよ、一般市民の理解と支援が必要なのにその努力をしているとは思えないHPの記述となっている。

このように、日本の大学は、海外はもちろん国内でも、自分たちを理解してもらうための努力をあまりにもしていないと感じた。

次にマレーシアの大学へ行った。マレーシアの大学の国際交流のパンフレットを見ると、交流相手で大きく取り上げられているのはアメリカ、ヨーロッパ、中国、オーストラリアなどで、JAPANは資料のどこにも出てこない。説明してくれる幹部も気にして、申し訳なさそうに口頭で補ってくれたが、日本の扱いはその程度である。これは扱いが小さいのではなく、実績が小さいのでそれに応じた扱いをされているのだ。

日本の大学関係者には、日本はアジアの先進国であり、アジア各国は日本に大きな関心を持っているはずだとの思い込みがあるかもしれない。しかしアジア各国の視野は、グローバルに交流の良い相手を探しているのであり、日本はその中でどういう魅力を提供できるかが問われているのではないか。

このままでは日本の大学は、アジア各国の大学からの関心も持たれなくなってしまうのではないかと心配になった。これに対する対策は、日本の大学がこれからどうしようとしているかを明確に打ち出し、それを分かりやすい英文と日本文で公表していくことだと考える。日本の大学はそれをやれるだろうか。

外から見えない日本の大学|IDE 2017年4月号 から

2017年6月2日金曜日

記事紹介|大学の研究力と責任

世界をリードできる研究は、結局のところ研究者一人ひとりの自由な発想とそれを実現する努力、またそれらを支える適切な環境によってもたらされる。多くの事例が明らかにしているとおりである。他入が目標を立てたお仕着せの研究からは、国内一流水準の論文や追いつき追い越せの報告書は生まれても、世界をリードする創造的な成果は得られにくい。このことは、世界水準の研究コミュニティにいる研究者であれば、誰もが肌で知っていることだ。

世界をリードする研究者とはどんな研究者なのだろうか。国際共著論文を出版しさえすれば世界をリードする研究者なのかといえば、もちろんそうではない。国際共著論文は結果に過ぎない。大切なことは、世界に先駆けた知の「生産者」かどうかということである。急速に進む情報通信技術の影響の一つは、知の生産者に比べて知の消費者が格段に増えたことだ。逆に言えば、本格派の知の生産者が以前より遥かに重要な位置を占める時代になったということだ。

世界水準の「研究力」の源は、世界水準の知を生産することのできる研究者にある。ただし、その力が十分発揮できるようにするには、「研究力」を発揮する適切な環境が必要だ。そのためには、大学や研究機関の役割、文部科学省をはじめとする政府の諸政策、日本学術振興会のような研究助成機関の役割、さらには科研費のように個々の研究者の自由な発想に基づく研究を支援する研究費の役割がきわめて大きい。

したがって、「大学の研究力」を高めるための方策は、自らの発想と目標をもとに世界水準で知の生産者たり得る研究者をできるだけ集めること、またそれらの研究者が十分に力を発揮できる「適切な環境」を創り出していくこと、これらの2点に尽きる。

ところが現実には、日本の大学、特にトップレベルと言われる大学において、もちろん個別には世界水準の研究者も多々おられるが、「大学の研究力」としては、世界の一流大学とベンチマークしたとき、上の2点はほとんど実現されていないと言ってよいのではないか。

第一に、世界水準の研究者を集めることが「大学の研究力」を高める第一の要件であるが、日本の大学は人事の流動性がきわめて小さく、常勤教員の個人評価も明確でない。このため、いったん常勤ポストを得た研究者の個人評価が大学の評価に直結していない。第二に、研究支援の専門職員がきわめて少なく、専門職として社会に認知されていないため、大学として研究の「適切な環境」を整備するどころではない。第三に、大学に対する国の予算執行と大学側の経営力の問の乖離が大きい。

国の側から見ると、大学の研究予算は増えているのに成果があがらないのは大学側の経営力の問題である。大学からみると、時限の研究予算は増えても優れた研究者を世界から集めたり適切な環境を整備するための予算が足りず、結局研究にしわ寄せがきているという。いずれにしても意識のすれ違い状態が続いているのが現状だ。

他にもいろいろな論点はあるが、いずれにしても日本の大学は世界の先進諸国の中で沈みつつある。

上に書いたことも背景になって、「大学の研究力」を高めるためのさまざまな政策が立案・実施されている。例えば、第3期中期目標期間における指定国立大学法人が公募されており、「研究力」が申請要件の柱の一つになっている。具体的には、分野の融合や新しい学問分野の創出を含め、国内外を問わず求心力をもって研究の拠点となる力が求められ、特に科研費の新規採択件数の累計(2012〜16年度)が2分野以上で国内10位以内、Q値(論文に占めるトップ10%補正論文数)(2009〜13年)が国内10位以内という条件が、「研究力」についての申請要件となっている。

こうした要件は、定量的評価の基礎として必要なことであり、また分野別の評価など、有効と考えられる評価基準が導入されている。ただし、ここに書いたように、「大学の研究力」の源はその大学に所属する個々の研究者が世界水準の知の生産者だ、ということにある。また、「大学の研究力」は、そうした研究者をどのくらい多く集められるか、また彼らに世界水準の研究コミュニティと直接つながる環境をどのくらい提供できるかで決まる。それには大学側に、コスト削減を改革と称するような従来の日本の大学「運営」とは異なる、世界の大学とのベンチマーキングに基づいた「経営」努力が不可欠である。

世界水準の研究者が身を預けたくなる環境の整備に向けて努力を惜しまない大学が報われ、世界水準についての感度の鈍い大学が沈んでいく大学問の競争環境を、我々自身が創り出さなければならない。若年人口急減の中で知の生産を進めなければならないこれからの日本にとって、自治を標榜する一方で経常予算だけでも毎年1兆円を超える多額の税金が投入されている大学の責任はきわめて大きい。

2017年6月1日木曜日

地方大学の生き残りのために

去る5月22日、政府の「地方大学の振興及び若者雇用等に関する有識者会議」による「地方創生に資する大学改革に向けた中間報告」が取りまとめられました。

やや産業界寄りの記述が多いように思いますが、このうち「地方大学の振興」に関する部分を中心に抜粋してご紹介します。

地方大学の生き残りが求められている中、当事者は何ができるかを真剣に考え、実行することが問われています。(太字は拙者)


1 はじめに

本中間報告は、「まち・ひと・しごと創生総合戦略(2016改訂版)」(平成28年12月22日閣議決定)に基づき、地方大学の振興、東京における大学の新増設の抑制及び地方移転の促進、地方における雇用創出及び若者の就業支援等についての緊急かつ抜本的な対策に向けた検討の方向をとりまとめ、地方を担う多様な人材の育成や産官学連携による地域の中核的な産業の振興を促進するとともに、東京圏への人口の過度の集中を是正し、もってまち・ひと・しごと創生の実現を目指すもの。

2 基本的な問題認識

(1)大学を巡る現状と課題

①地方の国立大学は、幅広い学問分野をカバーし総合的人材を育成してきたが、一方で「総花主義」「平均点主義」のため、どの分野に重点を置いて人材育成を目指しているのか、特色が見えないと言われている場合が少なくない。「総合デパート」としてだけでなく、地方のニーズを踏まえた組織改革等を加速し、それぞれの特長や強みをさらに強化する必要。

②大学の大衆化(大学・短期大学進学率は約6割)の現実と、「学術の中心」という教育基本法に掲げる大学の理念がかい離し、学術研究面でも、実践教育面でも、十分に応えきれていない大学が多いのではないかとの指摘。

③日本の大学が、産業構造の変化(産業のサービス化、知識集約化等)に十分対応できておらず、成長分野のビジネスや地方産業につながる人材育成、研究成果の創出といった面で、地域のニーズや期待に十分応えていないとの指摘。

④大学経営は企業側の人材の採用・育成、研究開発(オープンイノベーションの推進等)のあり方の改革と併せて考える必要。また、大企業中心の発想を地域密着型の中堅企業(大学発ベンチャーも含む)中心に変える必要。一方で、大学の自主性を生かしながら、各大学の機能等を強化・特化していくという視点も重要。

⑤日本の大学では、学長の予算や人事に対する裁量・権限が弱く、ガバナンスが発揮しにくいとの指摘や、国立大学においては、組織を監督する理事会に相当するものがなく、学長が理事を任命する仕組みとなっていることが問題であるとの指摘。さらに、ビジネスやベンチャーとの連携を軽視する風潮。

⑥ 大学に求められる新しい学問分野への対応は、新たな学部・学科を設置する方法以外に、柔軟に分野融合的な教育プログラムをつくれるようにすることも重要。

3 大学改革の方向性

(2)地方の特色ある創生に向けた地方大学等の対応

①「特色」を求めた大学改革・再編

国公私の設置者を越えた機能分担を進める。さらに国立大学にあっては、国立大学間の連携・協力の一層の強化を図るとともに、それぞれの地域ニーズに応じた学部・学科の見直し等を進める。その上で、この領域・分野ならこの大学といった「特色」にも配慮した大学改革を進め、各大学の強みのある学問領域・産業分野において、専門人材の育成、研究成果を創出

②地方創生に貢献するガバナンス強化

学長がリーダーシップを発揮して、地方のニーズに応じた学部・学科、研究室の再編・充実に関する取組を推進するなど、地方大学の機能強化に向けた組織改革を、スピード感を持って実施。

(3)大学の機能分化の推進

大学が、グローバル化や地方創生などの時代の要請に対応する観点から、大学の機能分化を推進していくべき。すなわち、各大学は、G型(グローバル型)大学として、世界水準の学術研究を目指す大学や学部、あるいは真に世界のトップ水準のグローバルトップエリート人材の輩出を重視するのか、L型(ローカル型)大学として、特色ある地域の中核産業を支える専門人材の育成・確保に取り組むとともに、地域に根差して地域を支える仕事(地域密着型の産業や企業で働く人々)に就労して生きていく人材に対して、実践的な基礎能力教育や最新の技能教育の実施を重視するのかを明確にする必要。

4 取組の方向性

(1)地方大学の振興

ドイツのフラウンホーファーの取組(全国 69 ヶ所、研究資金は産官学の三者が負担)の例にあるように、産官学の連携により、特色ある産業づくりへの貢献を目指す。

③地方大学が産官学連携の下で、産業等で地元貢献していくためには、大学自らが変われるようにするためのガバナンスを強化する仕組みを導入。

⑥上記については、特色ある大学への自己変革によるか、または、他の大学と連携等を行い新学部・学科を設置することによるか、検討が必要。

⑧大学への補助金(運営費交付金、私学助成)等については、その配分を見直し、より地方創生に資するメリハリの効いた配分にするよう検討。

2017年5月31日水曜日

記事紹介|国立大学が「改革疲れ」で身もだえしている

憲法23条は、誰のために「学問の自由」を保障しているのだろうか。

直接には「学問をする人」、つまり学者や研究者を対象にした条文だ。だがその土台には、自由に支えられた学術の進展こそが、広く社会に健全な発展をもたらすという思想がある。

明治憲法には学問の自由の保障はなかった。戦前、時の政権や軍部は一部の学説を「危険思想」「不敬」と決めつけ、学者が大学から追われるなどの弾圧が相次ぐなかで日本は戦争への坂道を転げ落ちていった。

法人化が影を落とす

その歴史への反省が、現行憲法が独立の条文で学問の自由をうたうことにつながった。

具体的な表れが大学の自治である。

教員人事や研究・教育内容の決定、構内への警察立ち入りの制限などで、大学が公権力を含む学外の勢力から独立し、自主・自律を保つ。学問の自由はそれらの自治を保障している。

日本は戦後、科学技術をはじめ学術が花開くにつれ、経済発展を果たした。学問の自由に関しては、憲法の理念が実を結んだように見えた時期もあった。

ところがいま、大学、とりわけ税金に頼る割合の高い国立大学が身もだえしている。

発端は、2004年に実施された国立大学の法人化だ。

経営の自由度を高め、時代の変化に対応できる大学への脱皮を促す。文部科学省はそう説明する。

しかし背景に透けて見えるのは、少子高齢化と財政難のなかで、競争強化によって大学のぬるま湯を抜き、お金をかけずに世界と渡り合える研究水準を維持したい。そんな思惑だ。

実際には多くの大学で「改革疲れ」が起きた。

主体的に議論し、自ら描いた将来像に向けて改革を着実に進めるというより、文科省の意向を探り、それに沿って上乗せ予算を確保しようとする動きが広がった。情報収集などの名目で官僚の天下りを受け入れた大学もあった。

日本発の貢献が低下

国立大学の自治は、資金の面からも揺さぶられている。

政府は人件費や光熱費、研究費などの「運営費交付金」を毎年1%ずつ減らす一方、応募して審査を通れば使える「競争的研究資金」を増やしてきた。

だが、世界の主要学術誌への論文で日本発の貢献は質、量とも減り続けている。中国など新興国が伸び、欧米先進国は地位をほぼ維持している状況でだ。

次々に生まれる新たな学問領域への参入も限られ、貢献分野が狭まりつつある。

運営費交付金削減の矛先は、比較的削りやすい経常的な研究費や若手研究者のポストに向かった。一方で競争的資金の応募倍率は上がり、成果のチェックも厳しくなった。

そのあげく、結果が見通せない野心的な研究や、研究費の配分者に理解されにくい新分野への挑戦が減ったとされる。

他方、政府は政策課題研究への誘導は熱心だ。

端的な例が、大学での軍事研究に道を開く「安全保障技術研究推進制度」の拡充である。

防衛省が15年度に始めたこの制度について、日本学術会議は軍事研究に携わるべきではないという観点に加え、「政府による研究への介入が著しい」として学問の自由の面からも各大学に慎重な対応を求めた。

大学と研究者の鼻先に研究費をぶら下げるような政府の手法は、学問の自由の基盤を掘り崩すものだ。

研究者の側も「何をしてもいいのが学問の自由」などと考えるとすれば誤りだ。倫理面を含め、その研究が許されるかどうか、常に多角的に吟味することが社会への責任である。

果実は多様性にこそ

学術会議は05年に「現代社会における学問の自由」という報告をまとめた。

そのなかで、学問研究の世界について、多数決原理が適用できない世界だと指摘している点に注目したい。

真理を探究するうえで、従来の学問にない新たな発見や学説は必ず少数意見として登場するという意味だ。だからこそ学問は公権力と緊張関係をもちやすい。憲法が学問の自由を保障する意味の一つはそこにある。

どんなに民主的な政府であっても、学術の世界に過剰に介入すれば、少数意見の誕生を阻害し、真理の探究、ひいては社会の健全な発展を遅らせかねない落とし穴がある。

「文系不要論」に象徴される近視眼的な実利志向は論外だ。たとえ善意に基づく政策課題だとしても、過度に資源を集中させれば学問の命である多様性を損ない、より豊かな果実を失うことにつながる。

学問の自由の重要性を多くの人々が実感できるよう、社会との対話をさらに活発にする。学問の自由を負託された学術界には、そうした努力も求めたい。

憲法70年 学問の自由は誰のために|2017年5月28日 朝日新聞 から

2017年5月30日火曜日

記事紹介|がんとの共生を妨げる負の連鎖を断ち切る

「がん対策は進んでも理解は深まっていない。だから、政治家があんな発言をする」

「がんになってもより良く生きる『共生の時代』になったことが、知られていない」

自民党の大西英男衆院議員が、受動喫煙対策をめぐる党会合で、たばこの煙に苦しむがん患者に関して「(がん患者は)働かなくていい」とやじを飛ばしたことに、本県の患者の落胆は深い。

がん医療は、2006年成立のがん対策基本法を契機に大きく進歩。医療機関の整備などが進み、患者の長期生存や通院での治療が見込めるようになってきた。

昨年12月に成立した改正法は「患者が安心して暮らせる社会の構築」を掲げ、治療と仕事が両立できる環境整備の推進や、がんへの理解促進を打ち出している。

がん対策の歩み、患者の置かれた状況に無知をさらけ出した大西議員。謝罪したが、発言は撤回しないという。厚顔無恥ぶりにはあきれる。

仕事を続けているがん患者は推計32万5千人。職場への気兼ねなどで退職する患者は多い。改正法は事業主に、患者の雇用継続への配慮を求めている。だが、内閣府の世論調査では、治療と仕事を両立できる環境が整っていないとの回答が6割を超えた。

政治家は率先して、がん対策の現状を知るべきだ。患者の痛みを敏感に受け止め、受動喫煙対策を含めた就労支援などの充実が求められる。

4月には、山本幸三地方創生担当相が「(観光振興の)一番のがんは文化学芸員。この連中を一掃しないと駄目」と発言した。文化財への無理解はもとより、がん患者への配慮を欠いたとして批判を浴び、撤回し謝罪した。

がんの例えが、どれだけ患者を苦しめるか。米国の批評家、故スーザン・ソンタグ氏の名著「隠喩としての病い」(1978年)に詳しい。

近代の全体主義で、ユダヤ人はがんに例えられ、除去せよと言われたことなど、古今東西の言説を引き合いに「ある現象を癌(がん)と名づけるのは、暴力の行使を誘うにも等しい。…この病気は必ず死にいたるとの俗説をさらに根強くしたりもする」と指摘する。

無知、無理解に基づく発言が患者を傷つけ、安直ながんの例えが偏見を強め、患者と社会を分断する…。大西発言と山本発言は、がんとの共生を妨げる負の連鎖の典型例を示したと言える。

私たちは「こんな政治家こそがん」との形容は慎まなければならない。近年は多くのがん患者が、自らの闘病生活をブログなどで発信する時代になった。より良く生きようとしている患者の声に耳を傾け、その思いを知ることから負の連鎖を断ち切りたい。

政治家のがん発言 無知と偏見の連鎖断て|2017年5月29日 岩手日報 から

2017年5月29日月曜日

記事紹介|人間を利益を生み出す道具のように評価しとり扱う態度

人間の価値は稼ぐ力で決まるのか。重い問いを巡る裁判が東京地裁で始まりました。障害の有無にかかわらず、法の下では命の尊厳は平等のはずです。

2年前、東京都内の松沢正美さん、敬子さん夫妻は、15歳の息子和真さんを福祉施設での事故で失いました。重い知的障害のある自閉症の少年。施設から外出して帰らぬ人となって見つかった。

その損害賠償を求めた訴訟が動きだし、最初の口頭弁論でこう意見を述べました。

逸失利益ゼロの衝撃

「過去の判例や和解は、被害者の収入や障害の程度によって加害者に課せられる賠償額に差をつけてきましたが、到底納得できません。不法行為に対する賠償は、当然、公平になされるべきです」

施設側は事前の交渉で、事故を招いた責任を認めました。けれども、提示した賠償額は、慰謝料のみの2千万円。同年代の健常者の4分の1程度にすぎなかった。

障害を理由に、将来働いて稼ぐのは無理だったとみなして逸失利益をゼロと見積もったのです。慰謝料まで最低水準に抑えていた。

逸失利益とは、事故が起きなければ得られたと見込まれる収入に相当し、賠償の対象となる。

同い年の健常者と同等の扱いをと、両親が強く願うのは当然でしょう。男性労働者の平均賃金を基に計算した逸失利益5千万円余をふくめ、賠償金約8千8百万円の支払いを求めて提訴したのです。

同種の訴訟は、実は全国各地で後を絶たない。なぜでしょうか。

最大の問題は、逸失利益という損害賠償の考え方に根ざした裁判実務そのものにあるのです。高度経済成長を背景に、交通事故や労働災害が増大した1960年代に定着したと聞きます。

司法界の差別的慣行

死亡事故では、生前の収入を逸失利益の算定基礎とし、子どもら無収入の人には平均賃金を通常は用います。ところが、重い障害などがあると、就労は困難だったとみなして逸失利益を認めない。

人間は平等の価値を持って生まれてくるのに、不法行為によって命を絶たれた途端、稼働能力という物差しをあてがわれ、機械的に価値を測られるのです。重い障害のある人はたちまち劣位に置かれてしまう。

逸失利益を否定するのは、生きていても無意味な存在という烙印を押すに等しい。昨年7月、相模原市で多くの障害者を殺傷した男が抱いていた「障害者は不幸を作ることしかできない」という優生思想さえ想起させます。

この差別的な理論と実践を長年積み重ねてきたのは、本来、良心に従い、公正を貫かねばならないはずの司法界そのものなのです。

正美さんは「障害者の命を差別してきた司法の慣行を覆さねばなりません。差別の解消に貢献できる判決を勝ち取りたい」と語る。

すでに半世紀前、逸失利益をはじく裁判実務について「人間を利益を生み出す道具のように評価しとり扱う態度」として、厳しく批判した民法学者がいた。元近畿大教授の西原道雄さんです。

65年に発表した「生命侵害・傷害における損害賠償額」と題する論文は、こう指摘する。

「奴隷制社会ならばともかく、近代市民社会においては人間およびその生命は商品ではなく交換価値をもたないから、一面では、生命には経済的価値はなく、これを金銭的に評価することはできない、との考えがある。しかし他面、人間の生命の価値は地球より重い、すなわち無限である、との観念も存在する。生命の侵害に対しては、いくら金を支払っても理論上、観念上、これで充分とはいえないのである」

それでも、民法は金銭での償いを定める。法の下の平等理念をどう具現化するか。生命の侵害をひとつの非財産的損害と捉え、賠償額の定額化を唱えたのです。

同じ電車の乗客が事故で死亡した場合、一方は100万円、他方は2千万円の賠償に値するとみるのは不合理ではないか。100万円の生命二つより2千万円の生命一つを救う方が重要なのでしょうか。

西原理論の核心はこうです。

被害者個々人の境遇は、収入はもとより千差万別なので考慮する必要はないのではないか。むしろ、賠償の基本額を決め、加害者の落ち度の軽重によって増減する仕組みこそが理にかなう、と。

かけがえのなさこそ

障害の有無で分け隔てしない社会を目指し、日本は障害者の権利条約を結び、差別解消法を作った。西原さんの考え方は今、一層重みを増していると思うのです。

稼ぐ力ばかりが称賛される時代です。存在のかけがえのなさを見つめ直すべきではないか。そういう問いかけが、社会に向けられているのではないでしょうか。

人間の価値は稼ぐ力か|2017年05月21日 東京新聞 から

2017年5月28日日曜日

記事紹介|人は命令では動かない

多くの人がカン違いしているのだが、「おれのいうことを黙って聞いていればいい」という日本でありがちなリーダーのやり方は、決して「トップダウン」ではない。

では、真のトップダウンとは何か。

情報を隠すことなくオープンにしてすべての人と共有すれば、誰もが同じ判断にいたる。

すべての情報を上から下まで共有することで、誰もが同じ判断のもとで動き、社が一丸となって同じ目的に邁進する状況をつくり出せる。

その上で、早い判断をしていく「トップダウン」なのである。

アブラショフ氏は、艦長時代、同じようにすべての情報を部下に対して開示し、情報を共有した。

無線で上司と話をするとき、全艦にそのやりとりをオープンにして部下に聞かせた。

上司を説得してくれと、部下たちは手に汗を握りながら聞いていただろう。

説得できなければ、「残念だな!」となるし、うまくやったら全員がワ―ッと声を上げ、手を叩いて喜ぶ。

その一体感が、全員の士気を上げ、艦全体を盛り上げていったのである。

アブラショフ艦長は、与えられた環境を最大限に活かし、味方につけていく天才であり、同時に艦の成果を何倍にもする素晴らしいリーダーであった。

日本のリーダーシップのあり方というのは、いまだ「GPS指導型」が主流だ。

「ホウ・レン・ソウ」、つまり「報告・連絡・相談」を重視する。

「現状を報告しなさい」「では、まずこの問題に、このように対処して、できたらまた報告しなさい」といった調子で、上司はさながら部下の「GPS」であるかのように、現在地点から次のステップへ行く方向も、手順も、すべて導いてしまうのである。

部下は「GPS」にしたがうだけ。

みずから考えて行動する機会を与えられず、答えだけを知ってしまう。

その仕事で成果を出したとしても、なにも学べず、なにも身につかない。

まさに「指示待ち人間」を一生懸命につくり出しているのだ。

本来、リーダーシップとは、「AI育成型」であるべきなのだ。

「AI」とは文字どおり、「人工知能」のこと。

人工知能は、そこに人間が知識を詰め込んだだけでは、人工知能たり得ない。

知識をもとに、AI自身に「学習」させるというプロセスを踏む必要がある。

人間も同じなのだ。

その仕事に明確な正しい解があるなら、マニュアル化して誰でも間違いなくこなせるようなしくみをつくればいい。

いわゆる「形式知」である。

しかし、「暗黙知」、つまり言語化できない、経験やカンをもとにした知識を自分のものにするには「AI」のごとく自分で習っていくしかない。

仕事における暗黙知の比重は、とても大きい。

「舵をとれ。ただし航路は外れるな」と、アブラショフ氏は書いている。

リーダーは部下に対して、自由に裁量できる権利を増やすと同時に、絶対に越えてはならない一戦を示さなければならない、という意味だ。

「ここへ到達するまではお前に任せるから、やりたいように舵をとれ。ただし、航路から外れないようにチェックは入れるぞ」

これこそ「AI育成型」のリーダーだ。

しかし、「GPS指導型」の上司は、「おい、ちょっと右に行きすぎだぞ」「今のうちに、左に舵を切っておけ」と、途中でいちいち指示を出す。

いわれたとおりに動くだけの部下は、なにも学べない。

この「AI育成型」のやり方で仕事を叩き込まれた人間は、自分で考え、行動し、失敗も成功もその経験を糧にしながら、着実に成長していく。

昨日反発していた部下たちが急に慕ってくるような、速効性のある一発逆転の“魔法”のようなリーダーシップなどこの世に存在しない。

彼は、日々、地道にコツコツと、部下のことを思い、部下のためにできることを考えて、前例のない行動を起こし続けた。

海軍兵学校を出たばかりの新人は、配属される艦が決まると、自己紹介をかねて艦長に手紙を書き、返事をもらうのが習わしなのだそうだ。

しかし、彼は新人のとき、艦長から手紙の返答をもらえず、不安な日々を過ごした。

その経験から、自身が艦長になったとき、彼は新任の乗組員の配属が決まると、彼らの便りをまたずして、自分から歓迎の手紙を送った。

仕事の内容や配属までに準備をしておくこと、赴任地の情報、それに艦名入りのキャップまで送ったそうだ。

こうして迎え入れられる新人たちは、どれだけ心強かっただろう。

艦に足を踏み入れ、艦長と言葉を交わすその日を楽しみに待ったのではないか。

アブラショフ艦長は、このように地味で手間のかかるやり方を各方面で貫いて、部下を味方につけていった。

軍隊には、強烈なトップダウンが必要、と思ってしまう。

しかし、軍隊も会社も、およそ組織という組織の基本は変わらない。

部下やチーム全員と揺るぎない信頼関係をつくることにより、その組織の方向性や理念に従って、個々人が自律的に考え、学習し、行動する組織をつくることだ。

ただ上から命令し、「黙って俺の言うことを聞いておけばいい」というような組織からは、ギスギスした冷たい関係しか生まれない。

本当のところは、人は命令では動かないからだ。

「ロバを水辺まで連れていくことはできるが、ロバに水を飲ませることはできない」ということわざのごとく、のどが渇いていなければ無理矢理水を飲ませることはできない。

つまり、人が動きたくなるような状況に持っていく、このことこそがリーダーシップの要諦だ。

最強のリーダーとは|2017年05月21日 人の心に灯をともす から

2017年5月27日土曜日

記事紹介|そんな大学に、国民の血税から投資を増やしますか

教育無償化政策の哲学

思うに、教育の無償化に代表される投資増加策の根本にある発想は大きく二つでしょう。一つは、21世紀という時代が知識や情報が人々の生活に直結する時代であるということ。この時代には、教育にこそ投資をし、教育の機会をこそ均等にすることが国家の興隆にも、格差の是正にも最も効果があるという発想があります。この大きな時代認識は、おそらく正しい。現に主要国のほとんどが類似の発想と政策にたどり着いています。

もう一つは、少子高齢化社会の人口構造の下で、日本が高齢者の発想に引きずられた社会となっていることへの危機感でしょう。シルバー・デモクラシーにおいて圧倒的な多数派を形成している高齢層の有権者は高齢者福祉の減額を許容しません。高齢化社会の弊害が叫ばれてすでに何十年も経っていますが、改革の必要性が叫ばれても、実際の改革はほとんど前に進まないわけです。

教育への投資増加を訴えるウラには、そんな膠着状態に風穴を開けたいという願望があり、それは正しい思いであると私も思います。ただ、結論から言うと、現在の日本の制度における、①義務教育以前の幼児教育、②義務教育以後の高校教育、③大学や大学院などの高等教育、のうち、①や②の無償化には賛成でも、③の無償化には反対というのが私の考えです。

大学教育の無償化には反対

では、何故に大学教育の無償化には反対なのか。理由は大きく3つあります。第一は、高卒で働く者との間の不公平を正当化できないからです。現在の日本の大学進学率は約5割です。これを高いと見るか低いと見るかは論者によって異なるでしょうが、現に、国民の半分しか大学には行っていません。そんな中で、大学教育を無償化することは、高校を卒業して働き納税もしている層から、大学へ通っている層へと所得移転することになります。子女が大学に通っているのは相対的には恵まれた層ですから、何とも頓珍漢で不公平なことではないでしょうか。

推進論者からは、大学を無償化することですべての人が大学に通えるようにしたいのだと反論があるかもしれません。この点については、すべての人が高等教育を受ける必要があるかという点に帰着します。少々乱暴に言ってしまえば、文系にせよ理系にせよ、大学教育の意義は抽象思考を養うか、専門教育を施すかのどちらかです。抽象思考とは、高校までに身に着けたその時代なりの「読み書き算盤」というツールを使って考えるための訓練を行うことです。抽象思考を行う適性と必要があるのは、どれだけ社会が複雑化してもそれほど大きな割合ではありません。

専門教育については、果たして大学という形態によって担われるのが最適なのかという疑問があります。この辺りが、大学教育の無償化に反対な第二の理由とつながっています。21世紀は、確かに教育の重要性が高まっている時代です。ただ、専門教育については大学以外にも、企業内教育、生涯にわたって社会において行われる生涯教育や社会教育、労働者への教育として行われる職業訓練など多様なものを含みます。大切なのは、国民各層が自らの人生を豊かなものとするために必要な時期に、必要な教育を受けられることであり、大学教育に偏重して国家資源の投入を増やすことではないのです。

もちろん、投資を増やすには現在の日本の大学が多くの問題を抱えているという現状認識もあります。指標に多少のバイアスがかかっているにしても、世界的な競争力は右肩下がり、中高年の研究者には必ずしも競争原理が働かない中で若手研究者は不安定な身分の下で本筋の研究になかなか時間を割けない。研究の点からも、教育の点からも学問の足腰はどんどん弱くなっています。個別には改革の努力が行われているし、キラリと光る成功例もあるけれど、全体としては現状に利益を見出す教授会という互助会組織によって抜本的な改革の芽を摘まれていく。当の本人たちを含め、日本の大学教育の未来は明るいと胸を張って言える人はほとんどいないでしょう。問われているのは、そんな組織に、国民の血税から投資を増やしますかということです。

大学教育の無償化に反対する第三の理由は、不必要な国家の拡大を招くからです。教育は、人にとっても、社会にとっても不可欠の営みです。自由に思考し、行動できる市民を作るのは教育によってです。私から言わせると、そんな重要な分野は政府には任せておけないという感覚があります。教育への国費投入の増加は間違いなく、国家による介入と統制を伴うでしょう。現状においてさえ、文科省から大量のお役人さんが大学に天下っています。政府という仕組みは、議論にもイノベーションにも向かないのです。国費投入の拡大と、政府によるコントロールの強化は、大学から自由さも斬新さも奪う結果になるのではないでしょうか。

教育無償化と加計学園問題をつなぐもの|2017年05月21日 山猫日記 から

2017年5月26日金曜日

記事紹介|民衆の憎しみに包囲された軍事基地の価値はゼロに等しい

沖縄は5月15日、本土復帰45年の節目を迎えた。基地問題をめぐり、亀裂が深まる「本土」との関係修復は可能なのか。

5月初めの沖縄は、梅雨入り間近を予感させる特有の湿気をまとっていた。静寂が覆う密林地帯。うっそうとした茂みの中で、そこだけが柔らかな光に包まれていた。献花台を埋め尽くす花々やお菓子、ぬいぐるみ、ペットボトル……。数日前、この現場で一周忌の法要が営まれた。

元海兵隊員の米軍属による暴行殺人事件が発生したのは昨年4月29日。犠牲者は20歳の女性会社員だった。自宅近くでウォーキング中、事件に巻き込まれた。

一周忌の法要で女性の父親は、遺体が遺棄された雑木林に向かって、娘の名前を何度も呼び、「一緒に帰るよ」と呼び掛けた。父親は4月27日、書面で現在の心境を明らかにしている。

「今なお、米兵や軍属による事件事故が相次いでいます。それは沖縄に米軍基地があるがゆえに起こることです。一日でも早い基地の撤去を望みます。それは多くの県民の願いでもあるのですから」

献花台のすぐ近くを通る県道104号線は、「キセンバル闘争」で知られる反基地闘争の象徴的な場所だ。復帰翌年の1973年から97年まで180回にわたって実弾砲撃訓練が繰り返された。その都度、県道は封鎖され、砲弾が着弾地の山肌をえぐり続けた。

森の奥から響く射撃音 復帰は間違いだったか

森の奥から乾いた射撃音が響く。一帯は米軍演習場のレンジが幾重にも連なる。この演習場内の工事現場で、工事車両や水タンクが破損し、車両付近や水タンク内から銃弾のような物が見つかったのは、つい先月のことだ。5月2日、沖縄県議会が原因究明や再発防止を求める抗議決議と意見書を全会一致で可決した。

こうした異常な出来事が、沖縄では日常的に起きる。演習場周辺の民間地への被弾などは今回を除き復帰後27件繰り返されているが、日米地位協定の「壁」に阻まれ、いずれも立件には至っていない。ほかにも、復帰後の米軍機の墜落・不時着は709件、米軍関係者による事件は5919件、事故は3613件(昨年末現在)に上る。

敗戦と占領の残滓が色濃くにじむ沖縄で、復帰は何だったのか、との問いが繰り返されるのは必然といえる。「祖国復帰運動」は、基本的人権や平和憲法を明記した「憲法の下への復帰」がスローガンだった。

「だれもが評価する『戦争放棄』はピカピカに輝いていましたからね。しかし結局、ピカピカの平和憲法の下に帰るということをもって、復帰の真相が覆い隠された面もあったのではないでしょうか」

復帰運動を牽引した屋良朝苗主席の下、琉球政府職員として「復帰措置に関する建議書」の策定に携わった宮里整さん(84)=那覇市=は、淀みない口調でこう続けた。

「私は今、冷静に振り返れば、復帰運動は間違いだったという結論に行き着いています」

危機感訴える「建議書」 缶詰めになり作成

「建議書」は、復帰準備作業が本土政府ペースで進められ、県民の意向が反映されていないことに危機感を抱いた当時の琉球政府が、沖縄側の反論と要望を日本政府に訴えるためにつづった全132ページの文書だ。

復帰を翌年に控えた71年10月。那覇市の八汐荘の畳敷きの大広間は男たちの熱気に包まれていた。顔を真っ赤にして議論する者、食事時間も惜しんでどんぶり鉢を片手に黙々と資料をあさる者……。顔ぶれはさまざまだったが、共通の使命を負っていた。琉球政府の若手職員ら約30人と学識経験者からなる「復帰措置総点検プロジェクトチーム」の中に、行政管理課から選ばれた宮里さんもいた。建議書は彼らが缶詰め状態で1カ月足らずでまとめた。

翌11月17日、屋良主席は建議書を携えて東京に向かう。しかし、羽田空港に到着する直前、衆院特別委員会で自民党が沖縄返還協定を強行採決した。これが、のちに「幻の建議書」と呼ばれるゆえんとなる。

建議書の印象的な一節を紹介したい。

「県民が復帰を願った心情には、結局は国の平和憲法の下で基本的人権の保障を願望していたからにほかなりません。(中略)復帰に当たっては、やはり従来通りの基地の島としてではなく、基地のない平和の島としての復帰を強く望んでおります」(建議書「はじめに」)

97年11月の沖縄の施政権返還25周年を記念する復帰式典。大田昌秀知事は「当時、政府が建議書を真剣に受け止め、県民の願いをその後の沖縄政策に生かしていたら、わが県はもっと違った姿になっていたのではないかと思われてならない」と発言した。

宮里さんは13年前の筆者の取材に、建議書をこう総括している。

「復帰時点に指摘された問題は積み残しの状態で、本質の解決は図られないままメッキを塗ってごまかして今があるのではないでしょうか」

今やメッキもはがれ落ちてしまった感が否めない。沖縄県内の全市町村長や議会議長が参加した要請団が2013年1月、米軍普天間飛行場の県内移設断念などを求める「建白書」を政府に提出した。しかし、その後の選挙でも示された民意はことごとく踏みにじられ、先月25日、政府は辺野古埋め立ての第1段階である護岸工事に着手した。

「政府は沖縄を領土の観点でのみ捉え、いかに軍事利用するかということだけに集中しているように見えます。ただ、こうした政府の処遇は今に始まったことではありません」(宮里さん)

信託統治か潜在主権か 独立への道も存在した

日本政府は明治期に、安全保障上の所要を満たすため、武力威嚇を伴う「琉球処分」によって沖縄を日本国家の版図に組み込んだ。太平洋戦争で沖縄は、本土決戦のための時間稼ぎの「捨て石」として住民が根こそぎ動員された揚げ句、4人に1人が亡くなる地上戦に引きずり込まれた。そうした歴史の連なりの中に今がある。

そう捉える宮里さんの視座は、政府批判にとどまらない。矛先は自身を含む「沖縄」にも向けられている。

敗戦時、宮里さんは12歳だった。軍国主義一辺倒の皇民化教育を受け、島くとぅば(沖縄方言)の使用も禁止されていた宮里さんは、沖縄にかつて王政が存在したことや、独自の文化や歴史が育まれてきたことも知らなかった。

戦後沖縄の教育は、収容所での青空教室に始まり、米軍の指示で沖縄独自の教科書編集が行われた時期もあった。沖縄の歴史が記述されたガリ版刷りの教科書が配られるまで、宮里さんは「首里城」の「首里」という文字を、「みやざと」という自分の姓と重ね、「くびさと」と黙読していたという。

日本という国家の中で沖縄は取るに足りない地域──。「そういう頭づくり」がされた延長のまま復帰運動に接続した、と宮里さんは振り返る。

「つまり、親元に帰る、祖国復帰という言葉で、私も一緒になって復帰運動に傾注しました。そういう範囲でしか物の判断ができなかったというのが、今の沖縄の状況を生み出す背景にあったと思うんです」

宮里さんが「歴史的な反省点」に挙げるのが、52年発効のサンフランシスコ講和条約の第3条に関する解釈だ。講和条約と日米安保条約の発効によって日本本土は「独立」し、沖縄は米軍占領の継続・再編成という状況に置かれた。

講和条約第3条はこう規定する。沖縄などは米国を「唯一の施政権者とする信託統治制度の下におく」との提案が国際連合に対してなされた場合、日本はこれに同意する。さらに、この提案までは、米国が沖縄などに対して「行政、立法及び司法上の権力の全部及び一部を行使する権利を有する」。そのうえで、日本には「潜在主権」が残るとされていた。

宮里さんは「信託統治制度」についてこう言及する。

「敗戦までは日本が南洋諸島を委任統治していましたから、その感覚が頭にあって、南洋諸島みたいに差別された地域にされる、という反発が先に立ったのです」

一方で、「日本の潜在主権」が認められた点は、「希望」だったという。

「潜在主権が認められたことで、いずれ日本に復帰できるんだ、それが沖縄県民にとっては救いだという錯覚を起こしてしまったんですよ」

「錯覚」という言葉に、筆者は内心動揺した。宮里さんの心域はそこまで「日本」から離れてしまったのか。

かつての南洋諸島は戦後、米国の信託統治を経て独立している。

「つまり当時、沖縄自らが信託統治を欲し、そこから独立につなげる道を選んだほうがよかったんじゃないかということです。そのチャンスを逃がしたばかりに、沖縄は本土に軍事利用され続ける、今日の混迷と不幸があるのです」

沖縄を守らない9条と 憎しみに包囲された基地

宮里さんは今、戦後沖縄のテクノクラートの一人として沖縄社会を「日本復帰」に誘導する一端を担った過去を心の底から悔やんでいるのだ。

安倍晋三首相は5月3日、「2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」と明言。戦争の放棄を定めた9条に自衛隊の存在を明記した条文を追加することなどを挙げた。

「日本を軍事国家にしたいのでしょうが、結局、本土による沖縄の軍事利用強化につながるのでは」

そう受け止める宮里さんの視点は、本土の改憲派、護憲派のどちらにもくみしない。

「そもそも9条は沖縄に適用されてきたのか。本土は9条を生かすために沖縄を利用してきた、という解釈もありますよね。そういう意味では、これからも9条にぶら下がるというのは、私は非常に違和感をもっています」

沖縄の政治潮流に詳しい獨協大学地域総合研究所の平良好利特任助手は『戦後日本の歴史認識』(東京大学出版会)で、「沖縄と本土の溝」の章を担当。かつてないほど沖縄と本土の政治空間に隔たりが生じてしまった根本要因として、沖縄に偏在する基地負担を戦後日本が解決できなかったことにある、と分析している。

本土で米軍基地が縮小されていった50年代後半に、本土から沖縄に移駐した米海兵隊が在沖米軍基地の約7割を占める現状を、本土のどれだけの人が知っているだろうか。

平良氏は言う。

「日米同盟の本質は、基地を提供する代わりに守ってもらうことです。しかし、基地という最も重要な『実』の部分の大半が沖縄に局地化されて見えなくなり、その『実』の部分を脇に置いたまま、『日米同盟』は深化・発展していったのではないでしょうか」

米軍統治下の沖縄で弾圧と闘った政治家、故瀬長亀次郎氏の軌跡を展示する資料館「不屈館」が那覇市にある。

「復帰して良かったことはいっぱいあります。パスポートなしで本土に行けるし、医療保険制度や年金の恩恵も受けられます。基地付きの復帰になったことで、すべてダメだと言って、本土の人と喧嘩しても始まりません」

そう話す館長の内村千尋さん(72)は亀次郎氏の次女だ。内村さんは辺野古新基地建設など政権の強権的な姿勢に強い反発を覚えながらも、本土の人たちにも粘り強く理解を得る努力が必要だと考えている。

亀次郎氏が残した言葉は今も沖縄の反基地闘争を鼓舞する力をもつ。今年3月の辺野古のキャンプ・シュワブゲート前での集会。大会決議文で引用された「弾圧は抵抗を呼ぶ。抵抗は友を呼ぶ」もその一つだ。

帰り際、内村さんが亀次郎氏の言葉をもう一つ、教えてくれた。

「民衆の憎しみに包囲された軍事基地の価値はゼロに等しい」

本土に向けられた言葉でもある。

本土復帰45年の沖縄で「幻の建議書」関係者が語る「復帰は間違いだった」|AERA 2017年5月22日号 から

2017年5月24日水曜日

記事紹介|日本の大学は、ゆでガエル状態

「高大接続」という言葉が独り歩きしている。目まぐるしく変わる世界で、私たちの子どもはどんな力を求められるのか、それにふさわしい教育を創っていこう。そんな思いで始めた改革だったが、その方向に進んでいるのだろうか。議論を進めてきた責任者の一人として、改革に込めた思いを語りたい――中央教育審議会会長として改革を世に送り出した安西祐一郎氏が語り始めた。


心のスイッチを切り替える

先日、人工知能の性能を競うコンテストで審査委員長を務めた。料理の写真を見て、人工知能に料理名を当てさせるのだ。

人が料理の写真を見てその名前を当てるときには、画像だけでなく、今まで食べてきた経験がものをいう。だが、料理を食べたことも、作ったことも、買ったこともない人工知能が、写真を見せられただけでその料理の名前を当てられるものだろうか。5月22日に大阪で開かれる人工知能のシンポジウムで表彰式が行われるので、結果は次回に譲るとしよう。

人間はその経験に横串を刺し、知識として体系化し、さらに枝葉をどこまでも広げることができる。人工知能は、いったいどうすれば「多様な経験を積む」ことができるのだろう? 多様に広がる世界の情報にどうやって「横串を刺す」ことができるのだろう? これらの問いへの答えは、まだ出ていない。

人工知能にまだできない多様性への対応こそ、主体性と並ぶ「2045年の学力」の大きな柱だ。

一瞬で情報が地球の裏側まで届くこれからの時代に求められるのは、多様性への対応だ。画一的にものごとをとらえ、狭い社会の規範や前例だけで判断していては、思考の広がりは望めない。だから、2014年の中央教育審議会答申「新しい時代にふさわしい高大接続の実現に向けた高等学校教育、大学教育、大学入学者選抜の一体的改革について」には、「主体性をもって多様な人々と協働して学ぶ」という字句を盛り込んだ。学校教育法には「主体性をもって学習する態度」とあるが、「多様性」ということばはどこにもない。画一的から脱するためには、主体性だけでなく、「多様な人々」と学び合う環境が大切だ。国籍や言語、文化など全く異なる人々と学び合うことが、学びの場を大きく変え、子どもたちの心を広く豊かにし、柔軟な判断力を育ててくれる。

だが、そうした人々を育てるには、今の大学はあまりに「画一的」だ。たとえば国立大学の関係者は、口を開けば「運営費交付金」という。2004年に国立大学が法人化された後、収入の不足分を補うため、学生数などをもとにそれぞれの大学に金額をはじき出し、機械的に分配されてきた。それでは不合理だという政財界からの指摘などもあり、「頑張っている大学には手厚い」重点配分が始まったが、そのため、国立大学関係者の口から「運営費交付金」の言葉が飛び出す頻度がますます上がっているようにみえる。「部局」も同様だ。国立大学関係者は「部局」ということばを頻繁に使う。しかし、この用語は国立大学あるいは公立大学以外の大学には通用しない。「部局の壁を越えられない」「部局のタテ割り」「部局の合意を得る」.........否定的な場面に使われるケースもあるが、関係者の間での用語の使い方はともかくとして、使う言葉が同じ人々は思考の方法もそう変わらない、ということだ。ともあれ、国立86大学の中だけで通用する用語を使っていると、その中だけの思考法になってしまう、という点は、当の国立大学の関係者はあまり気づいていないように見受けられる。

では、私立大学はどうだろうか。国立大学を凌駕するほどに個性的といえるかといえば、やはり「画一的」を否定できない。私立大学の個性は、建学の精神にあるはずだ。なのに、建学の精神に基づいて入学者受け入れの方針を定め、入試をしている大学がどれほどあるだろうか。大量の入学者を短時間の画一的な試験によって無造作に入学させ、ところてんのように押し出すところが目に付いてならない。

「日本の大学は、ゆでガエル状態」と自嘲気味に語る、心ある大学人が少なくない。曰く、徐々に温度が上がっても「いい湯だな」とのんきに構えているうちに、すっかりゆであがってしまう......。前を見ても、横を見ても、「画一的」にのほほんと温泉につかっている仲間と一緒であれば、安心していられるのかもしれない。あるいは安心していることにさえ気づいていないのかもしれない。つまり、「画一的」とは、思考停止の結果なのだ。

そうした大学の姿は、これまでもたびたび問題視されてきた。哲学者で批評家の三木清が1936年2月に、以下のような指摘をしている。

「試験制度はまた我が国における教育機関の画一化によって強化されている。(略)各学校の特色がもっと明瞭であり、各々その特色を発揮することに努力するならば、試験の激烈さも緩和され、その弊害も減少するであろう。ところが現在では、例えば官立学校と私立学校とにおいて教授内容は同一であり、ただ後者は設備その他の点で劣っているというだけで前者と相違するといった状態であるために、試験制度も強化されるのである。画一主義の教育と試験制度とは相互に関連している。そして今日我が国の風潮が教育における制度主義、画一主義を強化しつつあることは見遁せない」(「三木清 大学論集」講談社文芸文庫より)

激烈な試験が次世代の育成にどれほどの弊害をもたらすか、という問題指摘の中で書かれている。2・26事件の起きた時期に書かれた三木の指摘がやや特殊だという言い方はあるにしても、「官立学校と私立学校とにおいて教授内容は同一」と大学の画一性を強調しているところに目をひかれてしまう。中身が同じであれば、受験生は設備や、ここには書かれていないが「知名度」「官立か私立か」など外形的なことで選ぶのは当然だというわけだ。

教育の自由化・多様化を全面に打ち出した1971年の「今後における学校教育の総合的な拡充整備のための基本的施策について」(四六答申)では、大学の体質改善を迫っている。

「高等教育の大衆化は、単にその進学率の上昇というだけでなく、現に社会で働いている人が、その学歴水準にかかわらず再教育の必要を感じているという事実が示すとおり、さまざまな年齢や職業の人にまで拡張して考えなければならない。それは、急激に変化する社会が、たえず人間能力の再開発を求めているからである。このような国民の要請にこたえるためには、多様な資質を持つ学生のさまざまな要求に即応する教育の内容と方法を備えた高等教育機関が必要となる」と問題提起をしている。

その16年後、1987年の「臨時教育審議会」の最終答申でも「高等教育の個性化・多様化」が強調されている。「高等教育の個性化、多様化、高度化、社会との連携、開放を進める、また、学術研究を積極的に振興する。これらを裏付ける条件として、組織・運営における自主・自律の確立、教職員の資質の向上、経済的基盤の整備を図る」と提言する。

大学の個性化、多様化を妨げる要素は、受験生側にも根深く横たわっている。依然として偏差値で大学選びをする傾向だ。偏差値とは、ある試験を受けた受験者全員を母集団として、その中でどの程度の位置にいるかを示した数値で、それ以上のものではない。「難易度」に使われているのは、「入試合格者」の偏差値で、「入学者」の数値ではない。にもかかわらず、それで「行ける大学」が決められ、人生が決まってしまうかのような仕組みが社会に埋め込まれている。

偏差値ばかりを気にして若い人たちの一生を台無しにしているのが、今の高大関係だ。健康を維持するために体重ばかりを気にしていたら、摂食障害を起こしたり、精神的に病んだりもする。食事や運動、生活リズムなどのバランスの中での体重管理、たった1本のものさしだけで健康を測らないことが大切だろう。

いまの試験制度自体にも大きな問題がたくさんある。社会では多様な能力を持った多様な人たちが必要なのに、覚えたことの多寡を1本のものさしで測って優劣をつける仕組みになっているからだ。それぞれ異なる能力を磨いてきた人たちの優劣を同一の試験で判断するのはそもそも意味がない。

18歳人口は1992年約205万人、現在は約120万人。にもかかわらず、大学生の数は減っていない。高校を出て就職する人たちの数が25年間で激減した。したがって今は、大学に進んで何をどう学ぶのかがより重要な問題になる。大学には50%以上の高校生が進学する時代だから、大学を出ただけではもはや「価値が高い」といえないからだ。進路は実に多様なはずだ。だが、社会全体が「大学にいけば何とかなる」、もっといえば「いい大学に入れば、いい会社に入れて、幸せな人生を過ごせる」と画一的に思い込んでいる。その結果、画一的な高校と、その延長の大学がシステムとして用意されることになる。社会では多様性への対応が要求されている。この矛盾をどうとらえるかが問題だろう。

「画一的」は、新卒一括採用で入試合格者の「偏差値」を重視する企業にも当てはまる。この偏差値は入学前の偏差値だから、その大学でどのような教育をしているかとは全くかかわりがない。にもかかわらず、偏差値を使うのは、効率がいいと踏んでいるからだろう。1人ひとりを丁寧に面談し、どの業務に向いているか、社風と合うかを考えて選ぶのは大変手間がかかる。それで妙な新人を入社させたりしたら、人事担当者は責任を問われることになると心配し、「とりあえず東大卒業生」を重く見て採用する風潮があるようだ。

平時はそれでいいかもしれないが、いまは「乱世」。かつて有名大学卒業者をぞろぞろと集めていた企業が危機的状況に陥っている。それを、企業は、またこれから大学を選ぶ受験生やその保護者、進路指導の教員は、やはりぬくぬくとぬるま湯につかりながら見ているのだろうか。

「1億総ゆでガエル」――想像もしたくない。

「1億総ゆでガエル」にならないために|2017年5月19日 読売新聞 から

2017年5月23日火曜日

”植民地”国立大学への出向(天〇り)に関わるQ&A

役人言葉の見事な文章。信じるか信じないかはあなた次第です。

国立大学法人への文部科学省職員の派遣および出向等の状況に関する質問主意書|衆議院

国立大学法人は、国立大学法人法第1条で「大学の教育研究に対する国民の要請にこたえるとともに、我が国の高等教育及び学術研究の水準の向上と均衡ある発展を図る」ことが目的であると示され、国立大学法人法第3条では、「国は、この法律の運用に当たっては、国立大学及び大学共同利用機関における教育研究の特性に常に配慮しなければならない」と規定されている。

政府は、このように国立大学法人の教育研究の特性に常に配慮すべきであるにもかかわらず、文部科学省職員の国立大学法人への派遣および出向等の実態は不透明であり、国民は不信を抱かざるを得ない。このような観点から、以下質問する。

1 文部科学省職員の身分を有する者、あるいはかつて文部科学省職員の身分を有していた者が、派遣、出向など形式の如何を問わず、国立大学法人で教育職、研究職、事務職あるいは理事などの役員として勤務されていると承知しているが、何を目的にして、政府はそうした勤務を行わせているのか。教育職、研究職、事務職および役員のそれぞれについて、政府の見解を示されたい。

2 1の勤務は、どのような法的根拠で行われているのか。政府の見解を示されたい。

3 全国の国立大学法人で、教育職、研究職、事務職および役員として勤務する者のうち、文部科学省職員の身分を有する者、あるいはかつて文部科学省職員の身分を有していた者は、現在、何名なのか。政府の見解を示されたい。

4 文部科学省職員の身分を有する者、あるいはかつて文部科学省職員の身分を有していた者が、国立大学法人で継続的かつ特定の職種で勤務することは、国立大学の自主性を失わせるなど弊害があると考えるが、政府の見解を明らかにされたい。


国立大学法人への文部科学省職員の派遣および出向等の状況に関する質問に対する答弁書

1から4までについて

御指摘の「文部科学省職員の身分を有する者」、「かつて文部科学省職員の身分を有していた者」、「派遣」及び「教育職、研究職、事務職」の具体的に意味するところが必ずしも明らかではないが、文部科学省から国立大学法人への出向は、国立大学協会の平成21年6月15日付け「国立大学法人の幹部職員の人事交流について(申合せ)」を踏まえ、任命権を有する国立大学法人の学長からの要請に基づいて行われており、同省から推薦された職員を実際に採用するか否か、あるいは採用した者を学内でどのように活用するかについては学長が判断していると承知している。

同省からの出向者は、国立大学法人法(平成15年法律第112号)第10条第2項の理事である「役員」又は同法第35条において読み替えて準用する独立行政法人通則法(平成11年法律第103号)第26条の「職員」として、それぞれ学長の指揮監督の下で職務を遂行することから、同省からの出向によってお尋ねの「国立大学の自主性」が損なわれることはないと考えている。

同省職員の国立大学法人への出向は、同省における業務を通じて得た知見を学長の意向に沿って大学改革や機能強化に役立てることができる一方、国立大学法人での業務を経験することにより現場感覚を養い、その後の同省での業務に反映することができると考えている。

お尋ねの「1の勤務は、どのような法的根拠で行われているのか」の趣旨が必ずしも明らかではないが、当該「役員」については国立大学法人法第13条第1項の規定に基づき、当該「職員」については同法第35五条において読み替えて準用する独立行政法人通則法第26条の規定に基づき、国立大学法人の学長がそれぞれ任命していると承知している。

国立大学法人の学長の要請に基づき同省から当該国立大学法人へ出向し、平成29年1月1日現在、当該「役員」又は「職員」として、当該要請において遂行することを求められた職務を引き続き遂行している者は、276名である。

2017年5月22日月曜日

記事紹介|「希望職種は大学職員」が意味するもの

「希望職種は大学職員」が意味するもの

「今の若手に人気なのは、大学職員なんですよ」

先日、ある転職エージェントのキャリアアドバイザーから聞いた話です。第二新卒の人たちは、どんな求人に興味を持つのか、という話になった時に真っ先に出てきたのがこのセリフでした。多くの若手社員が、今の会社を辞めて、大学職員になりたいと思っているのだそうです。

かつての若手社員の人気職種といえば、「新3K」が思い起こされます。企画、広報、国際の頭文字をとった用語です。バブル時の80年代後半から2000年代中頃までは、こうした華やかな職種、舞台で働きたい、と考える若手が主流を占めていました。外資系企業や急成長しているメガベンチャー企業も人気を博していました。大きな舞台やビジネスの最前線で、自分の持てる力を使って活躍したい、という意識がはっきりと感じられました。

しかし、少しずつ様相は変わっていきました。バリバリと働き、前向きに挑戦していく志向が減退し、ほどほどの無難な生き方を志向する若手が増えてきたのです。世界を舞台に働きたいという人が激減し、地元で職を得たい、という人が増えたのは好例です。

その典型は、公務員志望の増加でしょう。昔から、不況時には安定志向が高まり、公務員志望が増える、という傾向が顕著にありましたが、リーマンショック前の好景気の時から、公務員志望はじわじわと増え始めていました。大手企業志向も高まりました。

こうした変化を考えれば、若手の中で、大学職員が人気というのも頷ける話です。大学は公共財に近い存在ですから、公務員同様に雇用が安定していると考えているでしょうし、公務員のように試験があるわけではありませんので、ハードルも低いと感じているのでしょう。大学は全国にありますから、地元志向にもかなっています。

さらに、第二新卒たちが大学職員の仕事に惹かれるのは、「残業がなさそうだから」「定時に帰ることができるから」なのだそうです。自身のプライベートな時間を大切にしたい、という意識の表れでしょう。

若手は、「生き生きと働いている」か?

ここまでをお読みいただいて、何を思われたでしょうか? 「これが、今の若手のホンネなのか」と、ショックを受けられたでしょうか。「やる気が感じられない」「今の若手が使えないわけだ」と思われたでしょうか。

確かに、若者らしい前向きさのようなものは、ここからは感じられないかもしれませんが、実は彼らは、やる気がないわけではありません。自分がやる気を出せる場所を、真剣に探しています。

しかし、今働いている会社、職場では、やる気になれてはいません。むしろ彼らは、今いる会社、職場でのやりがいや成長といったものを、最初から放棄しているように見えます。やる気はあるのに、やりがいや成長を放棄している―これは一体どういうことなのでしょうか。

私は、現代の若手社員を、高い可能性を秘めた貴重な人材だと考えています。意欲、能力が低いとは、まったく思っていません。しかし、彼らの多くが、残念ながら、「生き生きと働いている」とはいえない状況にあると思っています。

そして、その原因の多くは、彼らの側にあるのではない、と考えています。彼らの中に「希望職種は大学職員」という意向を持つ人が少なからずいる、という実態は、もっと奥深いことを物語っている、と思っています。彼らは、大学職員の仕事を、単に楽な仕事だ、などと考えてはいないのです。大学職員の仕事であれば、「生き生きと働ける」のではないかと思っているのです。

社会は変わる、人も変わる。でも会社は変わっていない

社会人となって以来、私は30年以上にわたって日本の若者たちを見つめてきました。キャリアの前半は、求人広告、就職情報誌を作る仕事に携わり、大学生や若手社員が、会社や仕事に何を期待しているのか、どのような情報を求めているのかを探索してきました。

キャリアの後半は、研究者として、大学生、若手社会人の就業意識や行動をリサーチしてきました。多くの若手社会人、大学生にインタビューし、対話を重ねてきました。講演・講義という形での接点も、数多くありました。

多くの日本企業も、見つめてきました。従業員数十万を超える超大手企業から社員3人の超零細企業まで、数百の企業の実態を見てきましたし、採用や育成にかかわる人事の方々との出会いの数は、数千人に及んでいると思います。

そうした探索を続ける中で、ある時から、大きな問題意識が生まれました。それは「多くの若手社員が、職場で活かされていない」「企業が、若手社員を潰している」という想いです。

いつの時代も、新たに社会にデビューする若者は、「今どきの若者は……」と、批判されてきました。最近であれば、「これだから、ゆとりは……」と、ゆとり世代を非難する言説が繰り広げられています。そして、そのように問題を抱えた若者が、社会に適応できるように対策を講じる、ということが繰り返されてきました。

会社という舞台においては、仕事ができる人材になるように、上司や先輩が指導したり、研修を受けさせてきました。会社の中で、「使える人材」となるために、能力を高めたり、大切なものの考え方、仕事に対する姿勢を植え付けてきました。

「組織社会化」という言葉があります。会社などの組織に、新たな人材が入ってきた時に、その人材に、組織の一員として必要な意識、行動などを身につけさせていくプロセスを指す言葉です。新入社員研修を実施する、新人にインストラクターやメンターをつける、先輩に同行させて仕事を覚えてもらう、上司が面談する、職場のメンバーで飲み会をする……こうしたことすべてが、組織社会化のプロセスです。

この構図は、今日的な言い方でいえば、「上から目線」です。変わらなくてはならないのは新人・若手であり、会社が彼らにあわせて変わる必要はない、という図式の上に成り立っています。

私も、ある時までは、そのようなとらえ方をしていました。会社の側にも、いろいろと問題はあるけれど、そうはいっても、新人・若手の側に、大きな問題があるのだから、そちら側を変えなくては、と考えていました。

しかし、ある時から、「会社の側にある、いろいろな問題」のほうが、実は大きな問題なのだと考えるようになりました。社会は変わる、人の意識・行動も変わる、なのに、会社は変わっていない。その変化のずれが、特に新しく会社に入ってくる人たちとの間で、大きな問題になっているのではないかと、考えるようになりました。

会社は「今どきの新人・若手は、どうにも使えない」と見ています。しかし、新人・若手は「こんなところでは、生き生きと働くことができない」と、息苦しさを覚えているのです。彼らは今の仕事で「力を持て余している」のです。それは、若手社員の問題なのでしょうか。それとも、彼らの職場や上司が抱える問題なのでしょうか。

変わるべきは、どちらか一方ではないでしょう。双方が変わる必要があります。しかし、先に変わらなくてはいけないのは、会社の側です。特に、新人・若手を預かるマネジャーが、考え方や行動を変えることが急務です。

変わるべきは社員か? 会社か? 成長を放棄する若手社員たち|2017年5月16日 PHP人材開発 から

2017年5月15日月曜日

記事紹介|日本の新分野開拓力を妨げているのは大学組織の慣習である

オープンサイエンス時代の到来

交通手段の発達、情報通信技術の進展が時空間の制約を解き、新たな「知の共創」が可能になりつつある。かつては個人による思索、知識創造の営みであった科学研究も、いよいよオープンサイエンスの時代を迎えた。

最も個人知が冴える数学界にさえ、フィールズ賞受賞者T.ガウアーズが2009年に創設したPolymath Projectの動きがある。証明困難な数学問題を多くの数学者のコミュニティで協働して解決策を導き出そうとする活動で、発想は「一人のダ・ビンチが世界を変えた。しかし、もし千人のダ・ビンチを集めたら?」であった。すでに大きな効果をもたらし、与えられた問題の答を出すだけではなく、この熟議で新たな問題をつくり出せることも明らかになった。さらに、インターネットの発展は、遺伝子研究、天文学、鳥類観測、環境モニタリング、古文書解読などデータ駆動型のさまざまな分野で、一般市民参加の「シチズン・サイエンス」の成功例をもたらした。もとより人数の多寡ではなく、目標に応じて一定の秩序が必要で、広い視野をもつ優れたリーダーの存在と多様な才能の参加が不可欠である。

「科学は一つ」であるが、わが国では科学者たちの縄張り意識があまりに強い。「知の共創」の重要性の認識が欠けるため、「分野連携」「分野融合」が遅々として進まない。さらに「地球は一つ」の流れの中で、長年にわたる国際交流の不調は依然として続き、国際共同研究は30%以下にとどまり、他の先進国の平均値50-60%に全く及ばない。文科省科学技術・学術政策研究所がつくるサイエンスマップによれば、日本は全844領域の32%にしか参画しておらず、新領域の共同的開拓力が著しく不十分という。

現代社会が求める複雑系の問題の解決は、いかなる天才、秀才といえども一人では難しい。誰が解決するかではなく、いかにすれば解決できるかを考えるべきで、近年の社会との関係の深まりを考えれば、文理融合は不可避である。わが国の問題はすでに文理選択を促す中等教育に発しているが、多様な優秀人材を擁する総合国立大学は、なぜに組織的協調を試みないのか。公的資源配分の方法や専門家たちの評価、学協会のあり方が邪魔をしてはいないか。もはや事態は待ったなしである。近くNature、Science誌も世界の趨勢を見据えて、この方向の姉妹誌を相当数創刊するが、この新たな潮流の中で、特徴ある文化をもつ日本からの注目される成果発表を期待している。

生活共同体(グループ)と社会的組織(チーム)

日本は民族的均質性が高く、異質を排除する風土がある。研究体制においても「グループ」と「チーム」の違いの根本認識がない。英語由来のグループとは「群れ」のことである。蟻や蜂、魚、鳥、動物など同一種の生き物、あるいは血縁、地縁、同質の人たちの集団であって、その形成は環境に適応して生存するために有効であるとされる。一方、チームは明確な行動目的をもち、社会的に意図してつくられる組織である。スポーツでわかるように、明晰な指揮官のもとに勝利に必要な優れた専門技能をもつ選手を集めて戦う。たまたまそこに居住する人たちの力だけでは、到底勝ち目はない。

かつての日本の大学は、平穏な群れ的風土を尊重した。その特色ある学術研究や後継者育成は、牧場経営にも例えられた。しかし、慣れ親しんだ牧場で安定した生涯を送り、群れを存続することは、乳牛たちが望むところかもしれないが、時を経て草原が劣化し、また有限の投入資源と出荷額が不均衡となれば、酪農自身が成り立たない。個人はもとより社会的に同質の集団の力はごく限定的であり、喫緊の重要課題が山積する現代は、牧畜式体制だけでは成り行かない。現代の研究体制には、静的な「構造秩序」から動的な「機能秩序」への転換が強く求められる。対象が科学であれ、技術であれ、より広い社会であれ、多くの課題の解決は均質ではない、異能チームの編成による総合機能力の発揮なくしてあり得ない。

日本の新分野開拓力を妨げているのは大学組織の慣習である。継続性の偏重、新陳代謝の欠如が、重要課題研究の本格着手に10年の遅れをとらせている。思い切って新たな潮流に生きる若者の育成を促進すべきである。まず、すべての教員の独立性の保証であり、筆者が繰り返し2007年の改正学校教育法の遵守を求めるのはそのためである。大学教員たちの「独立」は決して「孤立」を意味せず、むしろ自律的な研究ネットワーク形成の前提である。諸外国で共同作業が盛んなのは、個人の独立に根ざしており、わが国のような同学科内での類似価値観者による共同研究は極めてまれである。

最適化チームが価値を創る

大学とは異なり、公的機関や企業の科学技術研究の多くは、明確な戦略目標をもつ。これらはスピード感あるプロジェクト方式で行われるが、旧来の自前主義、全日本(All Japan)方式への執着は、大きく競争力を損なう。価値の共創にむけたチーム形成に不可欠なものは、見識あるリーダーの存在、国内外の頭脳循環の促進である。わが国のラグビー、サッカーの大学、高校選手権大会は素晴らしいが、ワールド・カップ戦は日本人ヘッド・コーチ、選手だけでは戦えないのと同様である。

昨今、世界は移民問題に揺れるが、優秀なグローバル人材獲得の絶好機である。外国籍の高度人材は、決して平凡な技能提供者ではなく、名誉と信頼をもって処遇されるべきであり、米国、英国、スイス、オランダ、シンガポールなどの科学界の活力の源はここにある。博士研究員に圧倒的に外国人が多いことは当然であるが、まず指導者の選定が最重要である。ドイツのマックス・プランク協会も、研究所長(Director)は四人に一人は外国人である。わが国では内閣府傘下の沖縄科学技術大学院大学(OIST)が先行するが(現学長は実績あるペーター・グルース前マックス・プランク協会会長)、文部行政下にある一般の大学の動きは何故か全く鈍い。

フリーランス研究社会は訪れるか

いかにすれば目標達成のための最適人材を選抜、採用できるか。米国シリコンバレーのベンチャー企業が一歩先んじるが、「自らが持たざるが故に」野心的目的に合わせて、いずこからでも、いかなる人にでも好条件を提示して獲得できる。今後は、あらゆる研究組織で偶然の機会への依存ではなく、広く「ヒューマン・クラウド」を活用するといわれる。

情報通信技術の進展によるが、具体的な挑戦的課題研究の中核が、現在の(好ましいとされる)定年制機関所属者、正社員たちから、優れた専門的職能をもつフリーランスに移る可能性がある。彼ら、彼女らは多様な国籍や背景をもち、研究機関への所属意識は薄く、むしろ自らの専門能力を誇りに生きる。課せられた目的の達成意識は高く、プロジェクトは才気あふれるリーダーのもとで迅速に進む。産官学の壁は確実に低くなり、国際連携も密になる。研究者、技術者の複数機関、組織への関与、「副業」ならぬ「複業」も増えることになる。

しかし、生産効率性の重視は、必ず労働環境に厳しい競争性を引き起こす。社会の健全性を維持すべく、個人能力の格差拡大に対するセーフティネットの用意が必要となる。人工知能を含む技術革新が、真摯に働く、しかし旧来型の教育を受けた機関所属研究者や学位取得者たち、さらに機能性を欠く大学、研究機関自体を「負の社会的存在」におとしめることがあってはならない。たゆまぬ再教育が、環境順応力を高める。

このハイブリッド型の知識基盤社会に、伝統的大学は知の府であり続けられるか。日本の命運を握る若い世代が憧れ、納得する多様な教育研究の場を構築する必要がある。

2017年5月13日土曜日

記事紹介|憲法は義務教育以外の教育の無償化を禁じているわけではない

教育費の無償化を巡る議論が与野党間で加速している。生まれた家庭の経済状況などに左右されず、教育の機会を得られる環境を整えようというものだ。子どもの貧困が社会問題となる中、重要なテーマである。

3日の憲法記念日には、安倍晋三首相が新憲法を2020年に施行したい考えを唐突に表明し、その中で高等教育無償化に言及した。

家庭の経済的理由で、進学を諦めたり、中途退学したりするケースは少なくない。所得の低い家庭の子どもが十分な教育を受けられずに育ち、その結果、低所得の仕事に就くという「貧困の連鎖」は社会問題化している。

国内総生産(GDP)に占める教育の公的支出割合で、日本は経済協力開発機構(OECD)加盟国で最低水準という現実もある。意欲ある子どもがきちんと学べる仕組みづくりに異論はあるまい。

問題は財源である。文部科学省によると、無償化に必要な費用は、幼稚園、保育所、認定こども園で計7千億円、高校は全日制だけでも3千億円、国公私立大分が3兆1千億円で、計4兆円を超す。

捻出方法を巡って、自民党の文教族らが考えているのが「教育国債」だ。使途を教育に限り、財政法で発行が認められた建設国債の考え方を応用する。だが、これだと危機的水準にある国の借金はさらに膨らむ。親世代が負担を逃れ、次世代につけを回すだけだとの批判もある。

小泉進次郎衆院議員ら自民党の若手は「こども保険」を提言した。企業と労働者が保険料を負担して子育て世代に分配する。会社勤めなら、労使折半の厚生年金保険料率に将来的に1%を上乗せして1兆7千億円を確保する。これなら借金の膨張は抑えられるが、子どもがいない人、子育てを終えた世代に理解が得られるかが課題だろう。

消費税率を10%に上げる際にその一部を回す案もあるが、増税分を充てる予定の社会保障に支障が出かねない。

各党は、国民に受けが良いテーマと考えて踏み込んでいるように見受けられる。とはいえ、現実的な財源の裏付けをしっかりと示せなくては理解は広がるまい。

旧民主党政権では、高校授業料無償化が実施された。自民党はその際、選挙向けのばらまきだと批判してきただけに整合性が問われよう。

無償化は首相が改憲項目に挙げたほか、日本維新の会も改憲での実現を主張する。ただ、憲法に踏み込むまでもなく、一般の法律で可能だとの異論は多い。憲法は義務教育の無償制を定めるが、それ以外の教育の無償化を禁じているわけではないからだ。

国民の多くの賛同が得られそうなテーマで改憲の突破口を開こうというのなら筋違いだろう。いたずらに憲法論議とからめず、子どもがよりよく学べる環境づくりへ真摯(しんし)な議論を進めていくべきだ。

2017年5月11日木曜日

記事紹介|文科省によって歪められた大学や研究者のあり方を正常化する

前川喜平事務次官が引責辞任する事態に発展した、文部科学省の組織ぐるみの「天下り斡旋」。このような事態を招いた“温床”として、自民党行革推進本部長の河野太郎氏が問題視するのが、現役の文科省職員による国立大学への「現役出向」だ。理事だけで75名、役員・幹部職員全体で241名にのぼる「現役出向」の驚くべき実態を明らかにする。

文部科学省をめぐる「天下り斡旋」問題が、世間を騒がせています。

国会でも審議されたのは、吉田大輔元高等教育局長が早稲田大学に教授として再就職したケースです。文科省人事課が組織的に斡旋していたという、明らかに違法と認定できるケースでした。この問題で、前川喜平事務次官が引責辞任する事態に発展しました。

さらに2月21日には、文科省による全容解明調査の中間報告が発表されました。そこで、新たに17件の違法な天下りがあったことがわかりました。事務次官から人事課員まで16名もの文科省職員が関与する大規模な構図が明らかになったのです。

早大のケースを聞いたときから「1人だけのはずがない」と思っていましたが、まさかここまで堂々とやっているとは――。長年公務員制度改革や行政改革にかかわってきた私にも想像すらできませんでした。

「隠蔽マニュアル」「引継ぎ文書」の存在が明らかに

中間報告で明らかになった具体的な手口は、きわめて悪質でした。

筑波大学、上智大学などを舞台に、文科省OBを求める大学に文科省側がリストを提供したり、文科省人事課職員が再就職の条件を大学側と協議するなど、文科省が天下りを組織的にバックアップしていたのです。さらには、天下りの仲介役を務めていた文科省OB・嶋貫和男氏の存在も判明しました。文科省内では、彼の名前が表に出ないようにするための「隠蔽マニュアル」や「引き継ぎ文書」まで作っていたのです。

そもそも「天下り」とは、国家公務員を辞めた人間が、その省庁と関連する企業や公益法人、団体等に再就職することです。

その中で、国家公務員法で違法とされているのは、現役職員が同僚やOBの再就職を斡旋するケースや、現役職員自らが在職中に補助金や許認可などで関係のある企業・団体に求職活動するケースなどです。文科省をめぐっては、中間報告までに27件が違法と認定されました。

私は、2015年10月から昨年8月まで、国家公務員制度担当大臣を務めていました。当時のことで鮮明に覚えているのは、中央官庁の幹部たちに「いま天下りはどうなっているの? 斡旋はあるの?」と問い質したときのことです。彼らは一様に「それはもう違法ですからできません」と、堂々と答えていました。

ところが、それからときを置かずして、今回の事態が判明しました。残念なことですが、公務員制度担当大臣であった私は、明らかな「嘘」をつかれていたわけです。

文科省職員の1割以上が「現役出向」

私はいま、この「天下り斡旋」問題の温床ともいうべき、ひとつの慣例を問題視しています。

それは、国立大学への「現役出向」です。現役の文科省職員が、本来は独立したはずの全国の国立大学に出向という形で数多く“派遣”されているのです。

昨年来、私は現場の研究者との対話を続けてきました。その中では、現役出向に関して数多くの証言が寄せられました。そこで、自民党行革推進本部として文科省に事実関係を問い合わせたのです。その詳細が、次頁に掲載した表です。

驚くのはその数です。理事だけで75名、役員・幹部職員全体では、実に241名が計83大学に出向しています。北海道から沖縄まで、全国津々浦々の大学に文科省職員が出向している。その数は文科省職員の1割以上にあたります。

国立大学が「文科省の植民地」になっている

さらに問題なのは、出向先の大学で就いているポストです。

表を見ても分かる通り、理事や副学長、事務方のトップである事務局長、さらには財務部長、学務部長といった、大学運営の中枢を担う役職が目立ちます。表の冒頭にある北海道大をみても「理事(兼)事務局長」「学務部長」「総務企画部人事課長」「財務部主計課長」などの要職を文科省からの出向者が占めています。旧帝大を中心とした大規模の大学は出向者数も多く、最多の東京大、千葉大は10名ずつ受け入れている。

彼らが主要なポストを担っている全国の国立大学は、いわば「文科省の植民地」ともいえる状態なのです。

そもそも国立大学は、文科省の内部組織でした。それを大学の自由裁量を増やし、独立性を高めることを目的に、2004年に「国立大学法人」に衣替えしました。学長の権限を強めて、民間組織のようにトップダウンで変化できる体制を目指したのです。ところが実態としては、文科省による強固な国立大学支配が続いているのです。

国立大学への現役出向者(役員・幹部職員)ならびに運営費交付金

※「現役出向者数」「役職」は2017年1月1日現在のデータ。
※運営費交付金は、平成29年度予算案の各目明細書より見込額を抜粋、四捨五入した。



60件以上もの違反事例が発覚した、文部科学省をめぐる「天下り斡旋」問題。自民党行革推進本部長・河野太郎氏は、現役の文科省職員による国立大学への「現役出向」が、「天下り斡旋」の温床となっていると指摘(第1回参照)、241名が計83大学に出向していた実態を明らかにした。2004年に「国立大学法人」に衣替えし、独立したはずの国立大学が文科省からの出向を受け入れる理由とは――。

「大学の自治」を逆手に

なぜ独立したはずの国立大学は、文科省の出向を受け入れるのでしょうか。

文科省は、「各大学の学長からの要請に基づいて送っています」という説明を貫いています。国会でも、文科省は同様の答弁をしています。

大学側に人材を求められて派遣している――「大学の自治」を逆手にとった建前論です。昨日今日に独立した組織ならば人材不足という事態も想定できます。しかし、各国立大学法人は発足して10年以上が経過しています。それでもなお「事務局長になる人材が内部にいません」と言うのであれば、育成できなかった学長の職務怠慢以外のなにものでもありません。

文科省からの現役出向を受け入れる本当の理由は、私は「お金」だと考えています。

国立大学には、年間1兆円を超える「運営費交付金」が国費から投入されています。各大学の収入の3割から4割を占める、この運営費交付金を配分するのは、相変わらず文科省です。

運営費交付金は各大学が自由に使途を決められる安定的な補助金です。文科省に設置された「国立大学法人評価委員会」が各大学の中期目標を評価し、その評価が交付金に反映されます。2016年度からは大学間でさらに競わせようと、運営費交付金の約1%にあたる100億円程度を、各大学が定めた改革の実行状況に応じて、配分し始めたのです。

私は、複数の大学教授から直接、「文科省から来ている人が大学にいると、情報が早いから補助金を取りやすい」という話を聞いています。つまり「補助金を配分する評価基準」という情報を持っているのは文科省です。それを早く耳にすることができれば、大学側も迅速に対応することができるわけです。

今日、教育分野での競争的資金が増え続けています。その結果、本省との橋渡しができて、また情報を持っている文科省官僚の価値が高まってしまったのです。

事実上の天下り支援制度

教育現場を文科省の支配下に置きたい――その意識は、現役出向の問題でも、天下り斡旋の問題でも共通しています。

実際に「現役出向」と「天下り」がリンクしていることも明らかになりました。

東京新聞の報道によれば、2008年末から昨年9月末までの間に、文科省から大学などへ現役出向した管理職経験者26人が、現役出向から文科省に復職した当日に文科省を退職。翌日に大学などに再就職していたのです。うち4人は出向先の大学にそのまま天下っていた。つまり、「現役出向」という名で事実上の天下りが行われていたのです。

かつては、文科省以外でも同じようなケースが続発していました。霞が関の「官民人事交流制度」の悪用です。若手官僚に民間企業での経験を積ませることが狙いだったこの制度。実際調べてみると定年間際の50代が民間企業に出向しているケースが多かったのです。そして、今回の報道と同じように一旦官庁に戻ってきて、即日退職して出向先に再就職する。民間への出向が役所ぐるみの天下り支援制度になっていました。

20代、30代の職員はスキルを磨くために積極的に外に出るべきですが、50代は明確な必然性がなければ認めないルール変更を自民党の行革推進本部の提案で実現しました。しかし、国立大学への現役出向からの直接再就職に関しては、ルールが徹底されておらず、温存されてきたのでしょう。

学会で看板と「記念撮影」

現役出向者や文科省からの天下りOBが大挙して国立大学に押し寄せている割には、彼らが「本省との橋渡し」以上の役に立ったという話は聞きません。

現役出向している事務方の幹部が活躍しているおかげで国立大学の研究環境は向上しているとか、文科省とのパイプを生かして、現場の問題点を吸い上げて業務を効率化したなどという事例は、私の知る限り皆無です。

むしろ、文科省からきた事務方の指導の下、補助金を差配する文科省の顔色を窺っている大学事務局の話ばかり耳にします。現役出向している大学職員の多くは、研究者や学生の方を向いて仕事をしているとは思えません。文科省や会計検査院から指摘を受けないように、どんどん自主規制を進めています。

その結果生まれるのが、実にバカバカしい“ローカルルール”です。

例えば、購買分野。研究に必要な海外の専門書を研究費で購入する場合、インターネットで注文すれば数日で届きます。しかし、ある大学では「大学の指定業者を通して買いなさい」と指示してくるといいます。すると届くまでに1カ月かかる。文具にしても、隣のコンビニなら500円で買えるものが、指定業者を通すと2週間後に1000円の請求がくる。どれも法律や政令で決められているわけではありません。あくまで管理を強めたい大学の事務方が、自主的に定めた非合理的なルールです。

学会への出張に関しては、とりわけ細かい規則の宝庫です。大学ごとに「始発で間に合う場合には、前泊は認められない」「特急列車を利用した場合は、改札で無効印を押してもらった特急券を提出すること」などと定められています。

もっとも厳しいのは、過去にカラ出張による研究費不正請求があった東京工業大学。学会に参加したことを証明するために「隣に座った人と一緒に写真を撮る」、もしくは「学会の看板の前で写真を撮る」ことが義務付けられているそうです。この子どもじみた特異なルールは学会では有名で、最近は隣席の人に写真撮影をお願いしても、「あ、東工大の先生ですね」と応じてくれるのだとか。

こうしたローカルルールや研究環境の効率化についての情報提供を求めたところ、研究者から山のようにメールが届きました。とにかくフラストレーションが溜まっているのです。文科省とやりとりしていても、こうした現場の声は入ってきません。


241名、計83大学の文部科学省職員の国立大学への「現役出向」の実態を明らかにした(第1回参照)自民党行革推進本部長の河野太郎氏は、「現役出向」が事実上の天下り支援制度と化し、教育行政に負の側面をもたらしていると指摘する(第2回参照)。「文科省不要論」を唱える河野氏がこれからの教育行政の在り方を提言する。

文科省不要論

私は、これまで「文科省不要論」を唱えてきました。昨今の惨憺たる有様を見るにつけて、その考えをより強くしています。

文部科学省は、解体して国の教育行政をスリム化すべきです。初等中等教育は、財源とともに地方自治体へ移行させる。また、高校についても、都道府県に委譲する。大学については、国が管轄するしかありませんが、文科省からの現役出向は禁じて、本当に必要ならば出向ではなく「転籍」させる。現在のように、文科省にお伺いを立てなければならないようなシステムは壊し、国立大学法人化したときに目指した原点に立ち返るべきです。

科学技術行政についても、文科省が足を引っ張っています。私は、科学技術政策は文科省から引きはがし、官邸主導の国家戦略とすべき分野だと考えています。すでに、省庁の垣根を超えた司令塔となるべき内閣府の総合科学技術・イノベーション会議があります。

文科省は「ナショナル・プロジェクト」と銘打って新しい予算をどんどん獲得しようとしています。ときに文科省が「こういう方向性の研究が大事だ」などと力説しますが、それは文科省が判断すべき事項なのでしょうか。また、文科省にその能力があるのでしょうか。例えば、高速増殖炉の原型炉「もんじゅ」に、毎年200億円を垂れ流し続けてきた責任官庁は、まぎれもない文科省です。

科学研究費補助金(科研費)に象徴される競争的資金の本質は、研究者自身が「こういう研究をやりたい」と計画を立てる点にあります。

今日、一部の研究者の間でも誤解されていますが、我が国の科学技術研究予算の総額は決して減っていません。むしろ、科学技術振興費は平成元年比で3倍以上に増加しており、これは社会保障費の伸び率より高くなっています。科学技術立国を目指して予算を配分してきた結果です。「日本は基礎研究の予算を削っている」という指摘も俗説にすぎません。つまり、文科省は研究者に誤解されるようなお金の使い方しかできていないのです。

基礎研究はプロジェクトを1000件やって発見が一つあるかどうか。そこには継続的に予算を投入する必要があります。

研究とは関係のない無駄な書類記入のような非生産的な作業を増やしている間に、日本の大学や研究機関の国際競争力はどんどん低下しています。

文科省によって歪められた大学や研究者のあり方を正常化するに当たっては、まずは効率的な研究環境を整備する必要があります。

研究者が使う競争的資金のルールを統一

自民党の行革推進本部が再三申し入れを行った結果、動き出したこともあります。

研究者が使う競争的資金は、文科省だけではなく各省庁が予算を持っていますが、すべてルールが違いました。書類の提出期限、出納整理期間、消耗品を買っていいかどうか、そしてもちろん書式も省庁ごとにバラバラでした。提出する研究者からすれば、そのたびに書類も作成し、ルールを把握しなくてはいけませんでした。

そこで大学を管轄する文科省を呼び出して統一を迫りましたが、「他省庁については、うちからは言えません」。そこで内閣府の担当者を問い質しても「統一を図ろうと思って3年やっていますが失敗しています」。

まったく埒が明かないので、全省庁の競争的資金担当者を行革推進本部に呼び出しました。そして、私から「来週までに統一ルールを決めなければ、こちらで決めたルールに従ってもらう」と告げました。すると、翌週にはキチンと案が出てきました。2015年度の募集から、各省の競争的資金は統一ルールで運用されています。そうやって一歩一歩、変えていくしかありません。

バッシングで終わらせない

今回明らかになった天下り斡旋を防ぐためには、退職後2年間は関係団体に再就職してはいけないという外形的な行為規制をもう一度、きちんと導入するべきです。

違反者に対するペナルティは、民主党政権時代に「懲戒処分だけ」と決まりましたが、役所を辞める人間への抑止力にはなりません。刑事罰を盛り込むべきでしょう。

唯一の救いは、早稲田大学のケースが再就職等監視委員会の調査によって明らかになったことです。同委員会が一応、機能していることが分かりました。

監視委員会の調査に対して、文科省と早稲田大学は当初口裏を合わせていましたが、微妙な矛盾点を突っ込んでいったら、早稲田側が「申し訳ありません」と折れてしまったといいます。早稲田側も、天下りを押し付けられて内心では困っていたから、「これ幸い」とばかりに厄介払いをしたのかもしれません。ただ、文科省との関係がより深い国立大学のケースでは、そう簡単に進むとは思えません。

再就職等監視委員会には常勤監察官が実は1人しかいません。継続的な調査を行うためには、政令改正でできる監察官の増員を図るべきだと思います。

私がいま懸念しているのは、いたずらに霞が関バッシングが盛り上がることです。

もちろん法律違反は論外です。しかし、「天下り」が必要とされてしまう、霞が関の人事の仕組みを改革する必要があります。

年功序列を維持し、ピラミッド型の組織を守るために、定年前の肩叩き、天下りが行われてきました。定年まで本省で働けるのはほんの一部、40代、50代で肩叩きにあって役所から放り出され再就職をすべて禁止されれば、食うにも困ってしまいます。

天下り規制の強化を受けて、2008年、国家公務員の再就職を一元化して支援する内閣府の「官民人材交流センター」が設置されています。しかし、民主党政権下で制度変更されて、利用できるのは、組織がなくなった場合と早期退職制度に応募したときに限られ、自主的な退職や定年退職では利用できなくなりました。その結果、ほとんど利用された実績がありません。

人材の流動化を

いまの霞が関のシステムを放置したまま、天下りだけをやみくもに厳しく取り締まれば、優秀な人材が霞が関に集まらなくなり、行政機関の能力低下を招いてしまいます。

ですから、きちんとキャリアパスを提示して、官僚のモラルを向上させることが、私たち政治家の役割です。

クリントン政権下の1993年から97年までアメリカ軍統合参謀本部議長を務めたジョン・シャリカシュヴィリという人物がいます。彼は、一兵卒として陸軍に入りましたが、入隊後に「士官学校に行ってみろ」と勧められて士官になり、大将になり、最終的には米軍全体のトップにまで上り詰めました。

ところが、22歳の試験でキャリア、ノンキャリアが一生区別される日本の国家公務員には、そんなキャリアパスは絶対にありえません。おかしな話です。

今後は、どんどん霞が関の人材の流動化を図るべきです。キャリア、ノンキャリアの区別なく採用し、能力主義で登用する、霞が関の門戸を開放して優秀な民間の人材に各省庁に転籍してきてもらう、もちろん、年功序列も廃止します。例えば、局長以上の幹部職員を政治任用にして、それ以外の職員は定年前の肩叩きを受けない終身雇用にするのも一つの手です。

今回の事件を奇貨として、文科省だけの問題で終わらせず、霞が関のキャリアシステムを大幅に見直すべきだと考えています。

文科省国立大「現役出向」241人リスト 問題は天下りだけではない。これが“植民地化”の実態だ|文藝春秋2017年4月号・全3回

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