2017年2月28日火曜日

記事紹介|大学不動産の有効活用

はじめに

昨年(2016)5月に国立大学法人法の一部を改正する法律案が国会で成立し、本年(2017)4月より、国立大学法人の資産の有効活用を図るための措置として、その対価を教育研究水準の一層の向上に充てるため、教育研究活動に支障のない範囲に限り、文部科学大臣の認可を受けて、土地等を第三者に貸し付けることができるとされたことはご案内の向きも多いかと思う。

本改正は、国立大学法人の財政基盤の強化にとって大きな効果をもつことが期待されるが、そもそもこうした措置がとられた背景には、公的セクター全体として不動産を有効活用しようという流れが影響しているといえる。

すなわち、公共施設等の整備・運営に、民間の資金や創意工夫を活用することによって、効率的かつ効果的な公共サービスを実現し且つ公的負担の抑制を図るべく、多様な官民連携事業を推進していこうとする大きな政策動向が根底にあるという捉え方である。

本稿では、地方公共団体を中心にその意義が大いに注目されている公的不動産(PRE-Public Real Estate)の利活用を巡る現状や国立大学法人法の今次改正の影響を踏まえて、大学法人が保有する不動産の有効活用に関する方向感につき私見を述べたい。

公的不動産(PRE)の利活用を巡る現状

わが国の不動産全体(2400兆円)のおおむね4分の1(590兆円)を占めるPREは、地方公共団体の庁舎や学校施設などが典型的なものであるが、その利活用は、「経済財政運営と改革の基本方針2016」(骨太方針)において政府全体で取り組むべき課題と位置付けられている。その具体的な目標として、「日本再興戦略2016」において、2022年までに人口20万人以上の地方公共団体で平均2件程度、事業規模4兆円が実施目標として掲げられ、関係省庁がそれぞれの諸施策を推進しているところである。

PRE利活用の意義について

PREの利活用は、公共側および民間側双方にとって意義があるが、公共側にとっての意義は、大きく二点ある。一点目は、「財政健全化への貢献」である。たとえば、PREを民間事業者に賃貸すれば賃料収入を得ることができる。あるいは、民間事業者がPRE上の建物を保有すれば固定資産税収入等を得ることができる。つまり、公共側にとっては、新たな財源や税収の確保が可能となる。また、保有意義のないPREの処分やPREの管理・運営に民間を起用すれば、PREの管理運営コスト削減や売却収入等が期待できる。

二点目は、「地域活性化への貢献」である。PREを活用した民間収益事業等の導入や、収益事業と公共サービスとの複合化により、PREの利用価値を高めつつ集約・再配置等を進め、都市・生活サービスを効果的に提供するなど、PREを拠点として地域の活性化を図っていくことが考えられる。

PRE利活用に向けた政府の取り組み

地方公共団体におけるPREの利活用に関して、政府は、これまでも事例集やノウハウ集の整備など推進策を打ち出してきているが、2016年度から2017年度にかけて実現される以下施策により、より一層の進展が期待されているところである。

第一に、すべての地方公共団体で、公共施設に関し、長期的な視点をもって、更新・統廃合・長寿命化などを計画的に行う公共施設等総合管理計画の策定を進め、管理の基本方針を定めること。第二に、保有する固定資産の内訳といえる固定資産台帳の整備を2017年度中メドに進め、PREの個別資産の価値把握を進めること。第三に、2016年度中にすべての人口20万人以上の地方公共団体において、一定規模以上の公共施設等整備を行うにあたり、従来型の手法ではなく民間活用に基づく事業手法を優先的に検討する規程を導入することである。

とりわけ、上記のうち、公共施設等総合管理計画の策定と固定資産台帳の整備はPREの所謂「見える化」と捉えることができ、PREの価値が改めて見直され、PREの利活用を軸とした様々な議論・検討が行われる素地となる可能性があるといえる。

大学法人の保有する不動産の有効活用について

これまで述べたPRE利活用を巡る状況は、類似点・共通点を鑑みると、国立大学法人をはじめとする大学法人の不動産有効活用の方向感にも影響を与える可能性があるのではないかと考えられる。

まず、「日本再興戦略2016」において、「公的サービス・資産の民間開放」の中で「新たに講ずべき具体的施策」の中に、「文教施設」がとりあげられたことが挙げられる。文教施設は、スポーツ施設・社会教育施設・文化施設と定義されているが、2016年度から2018年度までの間で3件の公共施設等運営権方式を活用したPFI(Private Finabce Initiative)事業の具体化が既に目標として掲げられているなど、国立大学法人の保有資産と比較的近い領域において、PRE利活用の推進と同様の構図がすでに存在しているといえる。なお、こうした重要業績評価指標(KPI:Key Perfomance Indicator)が設定されたことは決して唐突ではなく、例えば、「学校の小規模化について対策の検討に着手している自治体の割合」や「企業から大学等・公的研究機関への研究費総額」といった項目についてもKPIが議論されてきたという経緯がある。いわば「経済・財政一体改革推進」という大きな流れの中で今回のKPIがあるという点は注目に値しよう。

また、前述のとおり、公共施設等の整備・運営に、民間の資金や創意工夫を活用することで、効率的かつ効果的な公共サービスを実現し且つ公的負担の抑制を図るとする大きな政策動向がPRE利活用のストリームを生み出しているわけだが、国立大学法人法の今次改正の効果も同様の捉え方ができる。

現状では、国立大学法人が土地等の貸付を行う場合は、国立大学法人法第22条第1項各号の「業務規定に合致する」範囲内で行われる必要があり、具体的には、大学に直接関係する事項、例えば、学生寮や職員用社宅等の用途であれば第三者への貸付けが可能とされていた。今次改正により、例えば、学生寮や職員用社宅等のみならず、分譲・賃貸マンション等収益を生み出す不動産を整備するためにも保有する土地を第三者に貸すスキームが成立していくことは、教育研究水準という「サービス」を実現しつつ施設整備・維持管理費用の抑制や新たな資金源を獲得する可能性を秘めていると考えられよう。

こうした点を鑑みれば、国立大学法人が保有する不動産の有効活用についても今後政府を中心に一層の推進策が示されていく可能性は否定できず、その場合大学法人全体の資産戦略に波及する流れが発生してくるのではないだろうか。

大学保有不動産の有効活用を取り巻く諸環境-みずほ銀行証券部長 大類 雄司|文部科学教育通信 No.405 2017・2・13 から

2017年2月27日月曜日

記事紹介|大学職員の育成(1)

SD義務化の話は職員研修の視点にとどまるものではないと前回(略)で示したところですが、それではどのような「大学運営の高度化」が今後進められ、SD義務化を契機にどのような運営改善が進められるべきか、について、しばらく取り上げていきたいと思います。今回は「大学のコスト意識」についてです。

予算と事業

かのP・F・ドラッカーは、「マネジメント~基本と原則」という著書の中で、予算を中心に運営されている公的機関について、組織の成果が予算の獲得・拡充に重きが置かれ、予算を通じて達成すべき価値の実現には実はあまり関心を払っていないと、手厳しく述べています。また、予算という仕組みでは組織の事業が抜本的に見直される機会に乏しく、大胆な成果検証が行われにくいこと、仮に行われたとしてもそれが予算面での大胆な組み替えにつながることは少なく、旧態依然とした取組も温存されがちになってしまうということにも触れています。

法人化された国公立大学、そして多くの私立大学において、実質的に予算制度が採用されています。経営が厳しくなっているとはいえ、普通の企業に比べれば学生納付金収入というかなり予測可能性の高い収入源が存在していることは、中長期的な収支の見通しを明るくする代わりに、事業を自ら厳しく見つめ直す動機を損なわせやすい要因ともなっています。

また、事業と財務の考え方が別個に存在し、お互いが十分リンクしていないという課題もあります。自己点検・評価制度や認証評価制度、国立大学であれば国立大学法人評価制度により、事業の実施状況に対するメスが入ります。ただ、(国においても基盤的経費の配分上一定の考慮はされていますが)それが学内の予算配分の増減に直接にリンケージしているかというと、もちろん無関係ではないものの、「全学的に重要だから」や「この事業を倒してしまうと対外的な説明ができないから」などといったいわば政策的な判断も介入してきます。

もとより、各事業において「資源を投入すればするほどよい」という考え方の下で事業設計されていることが多く、また、基盤的経費や学生納付金収入はいわば前受金として法人に入ってくるわけなので、それらをどう執行=費消するかという観点で事業が組まれていることが通常ですから、個々の事業に対しそれぞれのコスト意識をしっかり伴わせるプロセスが十分とは言えません。

こうして事業ごとの達成状況を財務的観点から検証することが難しい状況が生まれ、その一方で、全体の予算組み自体は厳しいわけですから全事業についてシーリングをかけざるを得ず、事業ごとの予算配分にメリハリが利かない(「全体を薄ぐ切り取っていく」)状況が生じます。

事業の正当性や重要性を実施責任者が執行部に訴える場面は幾らでも存在しますが、そのような場面でどれだけコストを意識した議論がなされているかというと、逆に「どれだけコストがかかってもこれはやるべきだ」という向きになっているかもしれません。確かに果断な判断とチャレンジは必要ですが、いつまでに何を達成できなければ事業は継続できない、ないし、その場合は予算はこの程度に抑える、等という合意が予めできているかどうかということは非常に大切なポイントだと思います。

なお、このことは、各事業による便益を必ず金額的な便益に置き換えるべき等という議論につながるものではありません。そうではなく、限りある資源を配分する際には、前例踏襲ではなく相応の注意が必要だということです。

「コスト意識」と大学職員

大学は営利組織でなく、利潤追求が最大の目的ではないので、高等教育において、大学教育におけるサービス性を過度に強調すべきではないと考えますし、そもそも大学の教育・研究の「リターン」を厳密に判別することは大変難しいことです。このため、事業の意義を財務的観点から判別していくプロセスには困難が伴います。

しかし、教育研究に投入する資源は無限ではありません。全方位的に様々な取組を進めることが、取組自体の自己目的化につながり、資源の戦略的配分を更に困難にしてしまいます。学問分野、「個人主義」「自身の裁量」が重んじられる大学文化の中、ただでさえ様々な「部分最適」が生まれがちな中で、大学における「コスト意識」が育まれないことは大学が変革を進めていく上で大きな阻害要因となります。

一方で大学全体で統一的な「コスト意識」を持つことは難しいと思われるので、少なくとも事業実施側に予めその意識を持たせるためのプロセスは重要ではないかと思います。つまり、事業が目指す目標と工程表の明定です。どのような「コスト意識」を持ってもらうかは強制しないが、自ら立てた「コスト意識」の遵守状況は確認する、というスタンスです。このプロセスの実施レベルは、各教員レベルかもしれませんし、学科・コース、研究組織、学問単位レベルかもしれません。その辺りのマネジメントは大学ごとで異なっていて良いと思いますが・このマネジメントには職員や事務組織が積極的に関わっていくべきだと思います。専門家ではないのでその研究の価値自体をはっきりとは理解できないことが、逆に大学運営の安定性・継続性に向けた透明性と英断を支えることになるように思います(その道の専門家であるほど「店じまい」は逆に困難である)。こうしたことを、SD義務化を契機として、大学マネジメントの新たな機能としてしっかり位置づけていくことが重要だと感じます。

SD義務化が問うものの-早稲田大学 喜久里 要|文部科学教育通信 No.405 2017・2・13 から

2017年2月22日水曜日

記事紹介|続・信頼回復

文部科学省が、組織ぐるみの「天下り」のあっせんについて中間報告を発表した。

外部の弁護士を中核とする調査班によって、法の網をくぐる行為の広がりと、手法の悪質さが明らかになりつつある。

内閣府の再就職等監視委員会が国家公務員法に違反、もしくはその疑いがあると指摘した計38件のうち、今回、文科省自身が27件を違法だったと認めた。関与した官僚は前川喜平前事務次官を含め20人に及ぶ。

あっせん作業の手順を引き継ぎ、共有するための人事課内のメモも2種類見つかった。あっせんが「業務」として位置づけられていた事実を物語る。

うち一つは監視委対応マニュアルというべきもので、天下りのあっせん役を担っていた文科省OBの氏名は明らかにしないようにと明記されていた。

後ろ暗さがあるからこその隠蔽(いんぺい)ではないか。前高等教育局長の早稲田大への天下り疑惑を監視委が調べた際、人事課職員が関係者に口裏合わせを求めたことと並んで、許しがたい。

当のOB自身を学長予定者とする大学の設置申請に関するやり取りも、調査対象になった。

驚くことに、申請内容を審査する審議会の情報が、まったく関係のない人事課職員に漏れ、OBに伝わる可能性があったという。文科省内のコンプライアンスのあり方に重大な疑念を抱かせる出来事といえよう。

文科省はさらに調査を進め、来月、最終報告を発表する方針だ。行政や税金の使い道がゆがめられていなかったかを、徹底的に調べる必要がある。

違法行為をうんだ原因について、松野文科相は「規制への認識が十分でなく、省内の順法意識が欠けていた」と述べた。

だが根本的な問題は、再就職先を必要とする文科省と、設置認可や補助金の獲得を有利に運びたい大学との、持ちつ持たれつの関係にあるといえる。

この十数年、文科省は改革を促すために大学を競わせ、めがねにかなったところに補助金を出す政策を続けてきた。大学側からは「国の狙いをいち早くつかみ、繁雑な事務手続きをこなすには文科省出身者の力が不可欠」との本音が漏れてくる。

加えて、来年からの18歳人口の急減期を前に、経営の行く末を心配する大学は少なくない。再就職だけでなく、文科省職員の現役出向も広がっている。

調査班は事実関係の解明にとどまらず、こうした官と学のもたれ合いの構図にも切り込み、違法な天下り根絶策の検討に役立つ素材を示してほしい。



組織ぐるみの違法な天下りのあっせんが、恒常的に行われていた。文部科学省の順法意識の欠如は、目に余る。

再就職あっせん問題で文科省が設置した調査班が、中間報告を公表した。新たに17件を国家公務員法違反と認定した。政府の再就職等監視委員会が違法性を認めた分と合わせると、違反事案は計27件となった。

既に判明している早稲田大などに加え、上智大や岐阜大などが、あっせん対象となっていた。

依願退職した前次官が、次官在任中に違法なあっせんに関与していたことも判明した。16人の処分が検討されている。

問題なのは、OBの嶋貫和男氏を調整役とするあっせんについて、人事課職員が引き継ぎ書を作成していたことだ。

OBを介在させて、現役職員によるあっせんを禁じた国家公務員法の規制をすり抜ける仕組みを維持するためだった。あっせんを「業務」の一環として行っていた実態が裏付けられたと言える。

無論、官僚の再就職が、一律に非難されるものではない。在職中に培った知見が、企業や大学などにとって貴重な戦力となるケースは少なくない。

ただ、所管する業界への再就職には、慎重な対応が求められる。文科省は大学の補助金や設置認可に強い権限を持つ。大学側が見返りを期待することも否めまい。

国家公務員法が天下りに規制を設けているのは、癒着の温床となるのを防ぐためだ。ルールをないがしろにした文科省の責任は重い。

調査では、嶋貫氏の天下り先に関わる大学設置審査の情報が、文科省内で不適切に扱われていたことも判明した。

嶋貫氏を学長予定者とする私立大の設置審査について、認可の見通しが厳しいことを、当時の高等教育担当の審議官や職員が人事課職員に伝えて、助言を行った。担当部署で厳格に管理すべき情報の事実上の漏えいである。

調査班が「審査の信頼性を大きく損なう」として、国家公務員法が禁じる信用失墜行為にあたると判断したのは当然だ。

別のOBが調整役を務めた事例も、調査で明らかになった。脱法的な行為が広がった背景には、天下りに対する認識の甘さや感覚のまひがあるのではないか。

文科省は3月末に最終報告をまとめる。全職員への書面調査などで全容を解明するとともに、再発防止のために、抜本的な意識改革を急がねばならない。

2017年2月21日火曜日

記事紹介|信頼回復

白鳥は 悲しからずや 空の青 海のあをにも 染まずただよふ(若山牧水)

新年早々、痛恨の不祥事が明るみに出た。1月20日付で関係者の処分が断行され、文部科学省に衝撃が走った。公務員天下り規制法令違反、人事課による隠ぺい工作。文部科学省への国民の信頼は著しく低下した。

天下り問題は、全省庁に共通する問題である。また、これにとどまらず、文部科学省と国立大学との人事交流や出向人事を捉えて、前行革大臣は、「国立大学は文部科学省の植民地か。」と指摘している。

ワープロ事件、リクルート事件、施設整備汚職事件など過去の大不祥事に比して、今回は贈収賄事件ではないものの、大臣官房人事課が震源地であり、また、文部科学省と大学との関係を根本的に問われる点で極めて重い。

文部科学省そして文教行政は危機的局面を迎えている。文部科学省は、事件の徹底した調査とその公表、再発防止策に、迅速かつ精力的に取り組み、国民の信頼回復に努めなければならない。

冒頭の牧水の有名な句は、文部科学省の知人からの今年の年賀状に取り上げられていた。オリジナルは、青春期の孤独感を表現した作品だが、知人は、特定の色(意向)に染まらずに自立性を確保したいこと、あるいはその難しさを示唆したようだ。

今年は、昨年以上に何が起きるかわからない、これまでの常識が通用しない年となるであろう。ダボス会議では、皮肉にも中国の習近平国家主席が、多国間の自由貿易体制の重要性を指摘し、米国トランプ政権の保護貿易主義傾向を非難した。

今後、「理念」よりも「利益」を重視するトランプ政権の誕生によって世界は多極化、無秩序化していく恐れがある。日本は、国際情勢の中で漂流することなく、地道に国力を強化しつつ、複眼的、長期的に、米国、中国、ロシア等との関係を構築する必要がある(中西輝政・ウエッジ1月号)。教育、科学技術、文化、スポーツなどの分野でも国際的視点からの政策展開が一層求められる。

今回の不祥事を受けて、職員の士気の低下が心配だ。しかし、文部科学省は、「悲しみを抱えて漂う」のではなく、今こそ自身と世界の難局へ果敢に対峙し、着実に施策を実施して行かなければならない。

文教ニュース・文部科学時評「難局を乗り越える」|平成29年2月6日 から

2017年2月12日日曜日

記事紹介|IRとKPIによる見える化

■良い見える化は、気づき、思考、対話、行動を育む

遠藤(2005)によると、同じ目的に向かって仕事をしていても、「見えていない」部分のほうが圧倒的に多く、「見える」ことは本質的な競争力の源泉だという。そのうえで、「見せよう」とする意思と「見える」ようにする知恵の2つがなければ、「見える化」は実現できないと述べている。

その一方で、「見える化」の落とし穴として、「IT偏重」、「数値偏重」、「生産偏重」、「仕組み偏重」の4つを指摘する。

IT偏重では、IT化で逆に「見えない化」が進むこともあり、デジタルとアナログの使い分けが大事とし、数値偏重では、トヨタ生産方式の生みの親である大野耐一元副社長の「『データ』はもちろん重視するが、『事実』を一番重視している」との言葉を紹介している。

生産偏重とは、モノづくりの現場だけでなく、全ての職場において「見える化」を徹底することの大切さを述べたものであり、仕組み偏重では、実際の業務に携わる人達の「感度」の大切さを強調している。

そのうえで、「良い見える化」は「気づき」を育み、「思考」を育み、「対話」を育み、「行動」を育むと述べ、「見える」ことが「気づき→思考→対話→行動」という一連の「影響の連鎖」をもたらし、その結果として問題解決が促進されるとの認識を示している。

明治大学でIR機能を担う評価情報事務室の山本幸一氏も、「異なる立場の教職員が、1つの目的に向けて話し合うこと、つまり組織的な議論を生み出すことが、IRの役割だと考える。部分最適になりがちで、改善が滞りがちな教学運営にあって、データを媒介に、異なる部門同士、あるいは学科会議のような機会に、大学の未来や、学生の将来に思いを馳せる、そして、何らかの教育改善に向けた活動がはじまる。データは組織や人のカベを溶かす力がある。データだけで課題を解決することはできないが、データは、人の思いをつなぎ、教育を動かすきっかけを提供できる」と述べている。

■データに基づく対話・判断・改善を常態化する

IRは「データの収集・分析による意思決定の支援」と説明されることもあり、その関心は大学執行部の意思決定、全学的な合意形成、戦略・計画の策定に対する支援に向きがちだが、より重要なことは、大学業務全般において、部署や職階に拘わらず、データに基づく対話、判断、改善が日常的に行われる状態をつくりあげることである。

「情報」は、ヒト、モノ、カネと並ぶ4つの経営資源の一つである。経営の巧拙は、いかに経営資源を獲得するか、それらをどれだけ有効かつ効率的に活用するかによって決まる。特に、情報は目に見えないが故にその収集能力や活用度を把握することは難しい。なお、ここでいう情報は、ヒト、モノ、カネ以外の無形資源の総称であり、それと使い分けるため、本稿では「データ」と呼ぶことにする。

データには定性データと定量データがあり、ともに重要であるが、トップから現場に至る構成員の感度や想像力があって、はじめて活きてくる。

大学の活動は数値で表せないものの方が圧倒的に多い。それが難しければ定性データでも良い。それすら難しければ、現場、現物、現実にじかに触れながら五感で感じとればよい。

このような考え方や行動を組織内に広げ、定着させるためには、トップがその重要性を語り続けるとともに、自ら実践しなければならない。また、部署ごとにデータの棚卸を行い、直ちに学内で共有できるもの、見せるために工夫が必要なもの、新たに収集が必要なものを明らかにし、整ったものから、様々な機会を捉えて上位者や関係部署に示してい
く必要がある。

統合型データベースの構築、ダッシュボードをはじめとする見せ方の工夫、分析手法の導入・普及、戦略・計画策定や教育改革への参画などを行いながら、上に述べたような機運を醸成していくことが、IR機能を担う組織に期待されている。

■IRの基盤なしに適切なKPIの設定は難しい

このようにしてIRの基盤を整えない限り、適切なKPIの設定も、KPIという手法を大学機能の高度化につなげることも難しい。

大工舎・井田(2015)は、常に目標を達成している組織の特徴として、①達成すべきこと・実現すべきことが数値で明確になっている、②達成のための重要成功要因(CSF=Critical Success Factor)は何かを徹底的に掘り下げている、③事実とデータを重視する、④必要な情報とは何かを考えている、⑤振り返りを行い、次につなげている、の5つをあげる。

そのうえで、業務活動の最終的な成果を測定する指標としての「成果KPI」と、最終成果を創出するための活動やプロセスを測定する指標である「プロセスKPI」の2つを設定することを提案している。

「見える化」の観点からIRとKPIによる大学機能の高度化を考える|リクルート カレッジマネジメント202 / Jan. - Feb. 2017 から抜粋

記事紹介|給付型奨学金:世間の批判をかわす見せかけの予算

大学というのはお金がかかる。まずは授業料、入る前には入学金という一種の契約金のようなお金も払わねば入れてくれない。家から通える者はまだ良いが、遠くから出てくるとなると、寮か学校の近くに下宿でもしなければ通学できぬ。寮費は安いが下宿は民間だからそれなりにかかる。今頃は食事などのまかない付きなどは探しても見つからない。また、大学の授業を受けるには教科書などを購入する経費も必要。今頃はコンピュータも必携だったりするのでこの出費もバカにならない。ふつうは親が支出することになるが、難しければ学生本人がアルバイトで稼ぐことになる。これも簡単ではないと思ったのは昨年のクリスマスシーズン。コンビニで働くバイト学生にケーキの購入ノルマがあると言うので驚いた。コンビニも結構「アコギ」な商売?ではないか。

話がそれたが、昔は、村の優秀な子どもが尋常小学校を終えても、家が貧しく優秀な子どもが上級の学校に進学することが難しかった。そんなときに村の裕福な家がその子の将来のために旧制の中学校などに行くお金を支援してくれたなどという美談があった。こんな人たちを篤志家と言った。そのほかには、授業料はおろか制服代も含めた経費を面倒見た師範学校という制度もあり、小学校などの教員養成を国家の施策として推し進めた時代には、優秀な子どもも救われるシステムもあったと言える。戦後、教員になった場合には、奨学金返済免除という制度もあったがこの考え方の名残りといえよう。少し違うけど、陸海軍の学校でも寮も含め経費の面倒を全額みてくれた制度もなかったわけではない。今の防衛大学校の学生も公務員としての地位を与えられお金がかからない学生生活だと聞いている。

筆者などおじさんたちの昔は、国立大学の授業料が幼稚園より安く、月額千円の時代があって、これなら大学の寮に住み夏休みなどの長期休暇に力仕事で一気にかせいで、通常の授業期間は勉強に専念できた友入も少なくない。

一部かもしれないが、なにやかやと昔のシステムは学生が勉強して高等教育を終えられるようにしたと思われる。ところが今や、国の奨学金は、利子をとる貸与型の奨学金が主流だ。これはアメリカの悪しき?システムをそのまま応用(流用、真似しただけ)。金融機関が儲ける仕組み。奨学システムは、日本学生支援機構なる独立行政法人の仕事。これは昔の日本育英会だがそもそもその基金の元は、昭和十九年に天皇からの御下賜金百万円(当時の金額)もらって、財団法人から衣替えして特殊法人の大日本育英会となり本格的になったらしい。絶対的な「篤志家」としての天皇ですね。

さて、今回の給付型奨学金だが、住民税非課税世帯や児童養護施設から進学した学生らが対象だが、そもそも基本的な給付額が少なすぎる。生活のことなど考えてないと言わざるを得ない。加えて、そもそも選考基準の学業成績は、ある程度家庭の資力がなければ勉強できるようにならない。低所得世帯の子どもは塾に通えず、成績を重視されると不利になるのだ。一見公平そうだが、これまた現実的ではない。さらに、批判の一つに、現在留学生には返済義務のない奨学金の他に生活費十数万円が支給され、往復航空券までもあるのに、日本人の税金が一方的に外国の留学生に支出され逆差別ではないかというわけだ。とりあえずは世間の批判をかわす見せかけの予算かもしれませんよ。

ちまちま、広く薄く配って繕うより、授業料などを免除したり、完全に四年間の生活を含めた面倒をみる考えは無理ですか?

教育ななめ読み「出でよ、篤志家」|文部科学教育通信 No.404 2017.1.30 から

2017年2月5日日曜日

記事紹介|文部省は一国にとりて必ずしも必要欠くべからざる機関にあらず

高橋是清(1854~1936)はもちろん、幾度となく戦前の日本経済を救った希代の国際金融政治家である。ただ、もうひとつの大事な顔がある。自由主義がもたらす恩恵を信じ、官僚主義や軍国主義と闘った政党政治家のそれだ。

なかでも面目躍如たるのは、原敬内閣の蔵相だった1920(大正9)年に提出した「内外国策私見」だろう。

第1次世界大戦後の国際協調と大正デモクラシーの時代だった。その変化をとらえ、内閣の統制が及ばない陸軍参謀本部と海軍軍令部の廃止や、農商務省から農林、商工両省への改編などを意見した。そのラジカルさは軍部の反発を恐れた原首相が印刷を差し止めたほどだった。後に高橋が蔵相として軍事予算の増大に抗して陸軍若手将校の恨みを買い、2・26事件に倒れたことを思えば、歴史の因縁でもある。

だが先見性に富んだ「私見」の射程はそれにとどまらない。最後の第4項目で高橋は、文部省の「全国画一的」な教育行政を憂え、「発奮努力の精神を喪失せしむる」弊害を指摘してこう提言した。

-小中学校の施設経営監督は地方自治体に委(まか)せよ。大学への国庫補助は必要かもしれぬ。だが学長選挙も内部行政も文部省の手を煩わせず大学に自治の精神を発揮させよ。官立大学の特典を廃止し私立大学と自由に競争させ学術の発達進歩を計れ。文部省は一国にとりて必ずしも必要欠くべからざる機関にあらず。

結論は表題に明白だ。

「文部省ヲ廃止スルコト」


永田町界隈(かいわい)でひどい話はさんざん見聞きしてきた方だが、今回の文部科学省の天下りあっせん問題には息をのむ。

言うまでもなくこの役所は、私立大学に対し設置認可などの許認可権を持ち補助金を交付する立場だ。利害関係などというのは生やさしく、大学側からみればまさに生殺与奪の権を握る「特権」的な存在なのである。

にもかかわらず、大学担当の前高等教育局長が早稲田大へ「天下る」よう組織的にあっせんしていた。官製談合事件の反省から改正された国家公務員法の禁止のルールを踏みにじる違法行為である。

しかも現職の事務次官が審議官だった時にあっせんに関与しており辞任した。隠蔽(いんぺい)のため早稲田大に口止めし、口裏合わせの想定問答集まで用意していた。そこまで明るみに出ていて、さすがに調査は完全に第三者に任せるかと思いきや、それさえ曖昧(あいまい)なままだ。

責任意識の欠如であり、世論に対する鈍感さである。次世代の子供たちを育てる教育において、不平等とか特権といった問題は、市井の人々の神経を逆なでせずにはおかない。それは、不正入学問題が大統領引きずり降ろしの街頭デモに火を付けた韓国の例にも明らかだ。

それでなくとも、この役所の場合、時代の変化と並走しようとする責任意識が感じられない。昨夏の参院選での18歳投票開始に向け、全国で主権者教育の取り組みが活発化したとき、この役所は指導書や通知で「教員が個人的な主義主張を述べることは避ける」と繰り返し、注意点や禁止、規制を事細かく列挙した。

むろん、極端な政治的支持や反対を教え込む教育は論外だ。だが主権者教育とは、自由な議論と試行錯誤によって最適解を探し出すものだ。その時代的意義より管理を優先させる「べからず集」は結局、学校現場の「発奮努力の精神」を萎(な)えさせるものでしかないではないか。


平地に波乱を起こすような廃止論を唱えるものではない。だがこうは思う。

なぜ今この時代この国において、科学でも文化でも体育でもなく、文教事務を国家が統括する「文部」を頭に冠した役所が存在する必然性があるのか。

責任を負うべきところで身をかわし、自由に任せるべきところで管理を持ち出し、特権を慎むべきところで守ろうとする。そうしたちぐはぐな行動様式を改めない限り、その必然性を感じさせることは難しい。百年たっても、「必要欠くべからざる機関」であることの挙証責任は他でもない、文部官僚たちにある

(日曜に想う)100年前の文部省廃止論 編集委員・曽我豪|2017年2月5日朝日新聞 から

2017年2月1日水曜日

記事紹介|ニンジンと戦争

英米が合同作戦により、無人攻撃機で上空からテロリストを殺そうとする。機体を操縦するのは、現地ケニアからはるか遠い米国にいる兵士である。公開中の映画「アイ・イン・ザ・スカイ」は、最新技術が支える現代戦の一断面を描いている。

作戦のカギを握るのは現地から送られる鮮明な映像である。ハチドリ型や昆虫型の超小型偵察機が飛び回り、屋内にいるテロリストの顔まで映し出す。映画のなかだけの話だと思ってはいけない。

防衛省が大学や民間から募る研究テーマの一つに、「昆虫あるいは小鳥サイズの小型飛行体」がある。手のひらに収まり、消費電力が低くてすむ技術がほしいという。一体どんな使い方をするのだろう。

「安全保障技術研究推進制度」というこの仕組みの予算が、2017年度から大幅に増額されそうだ。研究費不足にあえぐ大学の鼻先に、ニンジンをぶら下げるようなものである。科学者でつくる日本学術会議は検討委員会を設けて、軍事研究とどう向き合えばいいのかを議論している。

技術を持つ側には安全で効率的でも、持たない側には苛烈(かれつ)となる戦争の現実がある。高度な技術がもたらす風景を想像する力が求められている。

敗戦から5年後、科学者の有志が、戦争につながる一切の動きに反対するとの声明を出した。いま読んでも古びてはいない。「われわれは研究資金の交附(こうふ)、就職の機会の増加、其(そ)の他の誘惑によって戦争準備に協力することが、如何(いか)に危険であるかをも知っている。

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